Simply Dead

映画の感想文。

2010年に面白かったもの

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 2010年は半分近くを「TRASH-UP!! vol.7」のイ・ドゥヨン監督特集の準備と実作業に費やしていたような気がします。ご協力いただいた皆様、改めてありがとうございました。そして今年は憧れの「映画秘宝」本誌で何度も原稿を書かせてもらったり、『ジョニー・マッド・ドッグ』の公式サイトにブログの文章を掲載していただいたり、『テコンV』に宣伝協力で参加できたのも嬉しかったです。来年3月公開の韓国映画『ビー・デビル』(キングレコード配給)でも、チラシとパンフレットのテキストを担当させてもらいました。そちらもよろしくお願いいたします。

 さて、2010年に面白かった作品ですが、とりあえずアイウエオ順でタイトルをバーッと挙げておきます。上位10本のリストは1月発売の「映画秘宝 2011年3月号」に掲載されると思うので、どれがベスト1になったかは、そちらでご確認いただけると幸いです。

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『愛に関するすべてのこと(得炒飯)』 『アウトレイジ』 『アドベンチャーランドへようこそ』 『Until the Light Takes us』 『Un Prophete』 『イップ・マン 序章(葉問)』 『イップ・マン(葉問2)』 『インセプション』 『インビクタス/負けざる者たち』 『ウィンターズ・ボーン』 『ウソから始まる恋と仕事の成功術』 『ウルフマン』 『エッセンシャル・キリング』 『エンター・ザ・ボイド』 『オーケストラ!』 『かいじゅうたちのいるところ』 『Casino Jack and United States of Money』 『カラフル』 『義兄弟 ─SECRET REUNION─』 『キック・アス』 『雲を抜けた月のように』 『クリスマス・ストーリー』 『黒く濁る村』 『クロッシング』 『クロッシング(Brooklyn's Finest)』 『刑事ベラミー』 『恋するポルノ・グラフィティ』 『告白』 『Collapse』 『サバイバル・オブ・ザ・デッド』 『詩』 『ジャック、舟に乗る』 『十三人の刺客』 『人生万歳!』 『SHIN-MEN』 『セックス・クラブ』 『ソフィアの夜明け』 『第9地区』 『チャウ』 『月に囚われた男』 『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』 『冷たい熱帯魚』 『Defamation』 『テコンV』 『鉄男 THE BULLET MAN』 『Deliver Us from Evil』 『トイ・ストーリー3』 『Dr.パルナサスの鏡』 『トスカーナの贋作』 『ナイト&デイ』 『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』 『バッド・ルーテナント』 『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』 『ビー・デビル』 『ヒーローショー』 『ヒックとドラゴン』 『ビン・ラディンを探せ! スパーロックがテロ最前線に突撃!』 『ファッション・ヘル』 『不信地獄』 『冬の小鳥』 『ブルーノ』 『プレシャス』 『ベンダ・ビリリ! もう一つのキンシャサの奇跡』 『ぼくのエリ/200歳の少女』 『ボディガード&アサシンズ/十月圍城』 『マイネーム・イズ・ハーン』 『マイレージ、マイライフ』 『ミスター・ノーバディ』 『密告者』 『モンガに散る』 『四畳半神話大系』 『Last Cup』 『REDLINE』 『レポゼッション・メン』 『私のチンピラのような恋人』 『わたしを離さないで』


 で、ワーストの方ですが、これは別に減るもんじゃないので、ここで10本発表しちまいます(秘宝のトホホ3とは若干異なる……かも)。1位はぶっちぎりで例のアレです。これ観てから体調がガッタガタに崩れ、年末ずっと寝込む羽目になりました。体温調節ができなくなるほどの問題作なので、新年を健やかに過ごしたい方は絶対に遠慮されたほうがいいと思います。

1.『SPACE BATTLESHIP ヤマト』
2.『ソルト』
3.『下女[2010年版]』
4.『4人の女』
5.『トロン:レガシー』
6.『ズーム・ハンティング』
7.『宇宙ショーへようこそ』
8.『悪魔を見た』
9.『アンチ・ガス・スキン』
10.『NINE』


 あと、音楽を聴くことが増えたので、2010年によく聴いていた曲もついでに。まあ、ここ最近は「ウィークエンド・シャッフル」とか「東京ガベージコレクション」とか、ラジオ番組の録音ばっかり聴いてますけど……。

▼スウェーデンの女性歌手ポーリーン。この人の曲は全部カッコイイ。


▼最高すぎて言うことなし、ミラーボールズ。ライブもかっこよかったー。ニューアルバム「ネオンの森」発売中。


▼ご存知ヤー・ヤー・ヤーズ。「Zero」も名曲。


▼韓国ストレンジロックの雄、チャン・ギハと顔たち「月が満ちた、行こう」LIVEバージョン。珠玉の名曲!


▼フランス出身のガールズバンド、プラスティシーヌ。かわいい。


▼少女時代「Genie」。どう考えても韓国語版の方がクール。


▼カーロ・エメラルド「That Man」。オシャレ。


▼アマンダ・ジェンセン「Happyland」。この人もスウェーデン出身。


 あと、RHYMESTER「付和 RIDE ON」「Once Again」、ロマンポルシェ。「ワルのテーマ」「ハイスクール・ララバイ」、いしわたり淳治&砂原良徳+やくしまるえつこ「神様のいうとおり」、昔の曲だとオインゴ・ボインゴ「Try to Believe」「No One Lives Forever」、レ・リタ・ミツコ「Les Amants」、ハリー・ベラフォンテ「Jump In The Line」、あとサントラ関係では『GOGO 70s』『つつましき詐欺師』『かいじゅうたちのいるところ』『REDLINE』あたりを何度も聞き倒しておりました。それでは名曲と共に、よいお年を!

▼オインゴ・ボインゴ「Try to Believe」。映画『ミッドナイト・ラン』主題曲のボーカルバージョン。サントラ収録版はこちら


▼レ・リタ・ミツコ「Les Amants」。『ポンヌフの恋人』エンディング曲としてもおなじみ。


▼ハリー・ベラフォンテ「Jump In The Line」。多分、世界でいちばん幸せな気分になれる映画のエンディングテーマ。

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お知らせなど(映画秘宝「反日映画ベストテン」、チェブラーシカ etc.)

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 現在発売中の「映画秘宝 2011年2月号」にて、ふたつの特集で原稿を書かせていただきました。まずは巻頭からにぎやかに始まる「新春特別企画 映画秘宝オール・ジャンル・ランキング!」という特集内で、「今こそ観たい反日アクション映画 Best10」という記事を書いています。いきなりシネマトゥデイで記事になってたりしてびっくりしましたが……。何やら物騒なムードを感じる方もいるかもしれませんが、そういうものに対してただ脊髄反射的に怒ったり排除したりするのではなく、「ジャンルとしての反日映画」なんて昔からアジア全体でポピュラーに存在しているものだし、それなりの歴史認識があれば反日感情を含んだ作品が各国で作られる事情は理解できるはずだし、何よりそんな理由で『イップ・マン 序章』みたいな超傑作を未公開のままにしておくのはバカバカしいでしょ? といった意図に基づく文章です。

 ただし、本当に一方的な敵意や悪意をもって日本を攻撃するような作品ではなく、『ドラゴン怒りの鉄拳』『お兄ちゃんがいる』『忠烈図』のように当時の娯楽映画のルーティンとしてたまたま日本人を悪役に選んだ快作や、『畏れ慄いて』『カカバカバ・カ・バ?』のように鋭い視点で現代日本を批評している秀作などを選んだつもりです。まあ、原稿につけたタイトルと違って「アクション」って入っちゃってるんで、『畏れ慄いて』だけかなり浮いてますけど……主演が『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』のシルヴィ・テステュだから、いいよね(?)。

 もうひとつは「この映画を買え!」特集の「厳選30本! クリスマスに大人買いしたい日本未公開 Blu-ray & DVD」というコーナー。日本の配給会社がちっとも買ってくれる気配がない……ほんだらもうええわい! 輸入盤買ったらい! という作品をみんなで紹介しております。ぼくは30本中、10本を書かせてもらいました。以前ブログで紹介した『Fay Grim』『夜と霧』のほか、今すぐ劇場公開してほしいくらいの傑作『証人』『キングコングを持ち上げる』『タチマワ・リー/悪人よ地獄行き急行列車に乗れ!』なども入ってます。でもトップで紹介しているマイケル・ケイン主演の傑作バイオレンススリラー『Harry Brown』は、『狼たちの処刑台』というタイトルで2010年4月にDVDリリースされるそうです。嬉しいような悲しいような……(劇場で観たかった!)。

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 あと、仕事で『チェブラーシカ』の中村誠監督にもインタビューさせていただきました。下手したら全ロシア国民を敵に回しかねないプロジェクトに向きあい、6年かけて新作を完成させた監督に、細かいところまでお話をうかがってきました。

『チェブラーシカ』中村誠監督インタビュー
前編 この世界は実在する、という感じを出したかった

後編 ロシアの観客に言われて、いちばん嬉しかった言葉

 

『ウソから始まる恋と仕事の成功術』(2009)

『ウソから始まる恋と仕事の成功術』
原題:The Invention of Lying(2009)

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 号泣。今年観た映画の中では『トイ・ストーリー3』(2010)に匹敵するくらいの勢いで泣いてしまった。TVシリーズ『The Office』で知られるイギリスの人気コメディアン、リッキー・ジャーヴェイスがハリウッドに招かれて撮り上げた監督デビュー作で、アメリカ出身のマシュー・ロビンソンが共同監督/共同脚本を務めている。誰の目にも観る気を失わせる邦題とは違って、原題は「ウソの発明」というシンプルなもの。「もし人間が“ウソ”という概念を持たずに進化・発達した社会があったら?」という突飛な設定で始まり、そのなかで人類史上初めての嘘をつくことになる男の物語が描かれる。以前、町山智浩さんがTBSラジオの番組「キラ☆キラ」で紹介していたので、知っている人もいるだろう。

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〈おはなし〉
 ここはウソの存在しない世界。主人公マーク(リッキー・ジャーヴェイス)は、レクチャー映画社に務める平凡な脚本家である。ある晩、彼はとびきり美しい女性アンナ(ジェニファー・ガーナー)とデートするが、「あなたの遺伝子は欲しくないから、二度と会わないと思うわ」と冷たく言い放たれてしまう。翌日、会社に無能と判断されたマークは仕事をクビになり、売れっ子脚本家のブラッド(ロブ・ロウ)からは「前から君が嫌いだったよ」と爽やかに言われる始末。家賃も払えず切羽詰まったマークは、銀行に行って貯金を全額引き出そうとする。その瞬間、彼の脳髄に未知のショックが! 預金額を聞かれ、彼はとっさに「800ドルです」と多めの額を口にしてしまう。そのデタラメを銀行員はそのまま素直に信じ、彼に金を手渡した。一体これはどういうことだ!? マークは人類で初めて「ウソ」をつく能力を得てしまったのだ……。

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 この映画が描く「ウソのない世界」では、誰もが率直で、歯に衣着せぬ物言いをするため、痛烈な罵倒を受けても素直に受け止めるしかないし、自殺志願者に「大丈夫、人生なんとかなるさ」などと慰めを言う者もいない。結果として、あまり面白みのない無感情な社会が出来上がっている。街の様子も、どこか50年代風のクラシカルな雰囲気と近代的な冷たさが同居する、中庸の居心地よさを取って表情を捨てたような社会だ。それは異色のディストピア・イメージともいえる。このあたりの描写における容赦ないブラックユーモアは、まさにリッキー・ジャーヴェイスの独壇場といった感じ。多分、生まれつきハートが黒い人なんだと思う(ジョン・クリーズとか、サシャ・バロン・コーエンとか、バナナマンの設楽統とかと一緒で)。

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 冒頭15分ほどで描かれる主人公マークの住む世界、周囲の人々との「言葉のボクシング」のごとき残酷であけすけなやりとりを観ながら、観客は「はたしてこんな社会が成立可能なんだろうか?」とか、「文明や歴史が築かれていくためには、大なり小なりウソや方便は必要なんじゃないだろうか?」という思いにとらわれ、いろんな考えを頭の中でめぐらせるはずだ。深く考えれば考えるほど、矛盾や不自然さを感じてくるだろう。といっても、この映画が目指しているのは「ウソのない世界」をリアルで説得力のある設定として成立させるという部分ではない。むしろ逆に、その世界をとてつもなく突飛なものとして映すことで、我々の社会に「ウソ」がどれだけ当たり前のように氾濫し、それなしでは成立しえなくなっているかを考えさせることこそが第一義なのであって、周到な辻褄合わせをする気など最初からないのだ。それは『レポゼッション・メン』(2010)における、人命が限りなく軽視された未来社会の設定と同じである。つまり、ファンタジックな寓話の舞台として描かれるに過ぎず、本題はそのあとの展開にある。

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 ジャーヴェイス演じるマークは、ふとしたきっかけで「ウソをつくこと」を体得し、世界でただひとりのウソつきとなって、街角に出てあらゆるウソを試す。彼の言うことをなんでも素直に受け取ってしまう純粋な人々のリアクションも含めて、とても面白いシークェンスだ。最初に彼の口からついて出るウソが金銭絡みであるという卑小さが実にリアルであり、同時に作り手の計算高さを感じるところでもある。始まりはとにかく小市民的な、気まずくなるほどしょーもないウソであることで、のちに主人公がつく一世一代の「大ウソ」や、あるいは個人的欲望からくるウソとは明らかに性質の違う「誰かのためにつくウソ」が“発明”される瞬間が、ひときわ光り輝くのだ。

 そして、想像力や洞察力といったものも、物事を見たとおりにそのまま判断する「事実しかない世界」の視点からは生まれないのだと、この映画は語る。ウソをつく力を得たことで、主人公は突飛なことを想像できるイマジネーションを手に入れ、“フィクション”という概念をこの世に誕生させる(もちろん、他の人々にとっては驚くべき“事実”として受け止められるのだが)。イマジンという行為は、世界を異なる視点で捉える力を獲得することであり、それは他人を理解しようとすることにも繋がってくる。それが後半の展開にも大きく効いてくるあたりも、また深い。

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 この映画で最も重要な場面……病院のベッドで、死を前にして怯える母親に対してマークが「大丈夫。怖くない。死んでも人は無になったりしない。幸せな世界が待ってるんだ」というシーンは、“天国”という概念がまったくのウソから誕生したことを示唆すると同時に、人が誰かのためにつく最も優しいウソのかたちを描いてもいる。観る者の涙腺をかなりの高確率で決壊させる屈指の名場面ではないだろうか(今思い出しても、ちょっと涙ぐんでしまうくらい)。それだけでも泣かせるのだけど、横で聞いてる医者や看護婦たちもキラキラした目で「本当?」と聞き入っているカットで、もうバーストしてしまった。ホントずるい。しかも医者やってんのが、心ないキャラクターを演じさせたらピカイチのジェイソン・ベイトマンなんだもの。

 それから物語のスケールはにわかに大きくなる。“天国”の存在を示してしまった主人公は、人々にその詳しい説明を求められ、やがてイエス・キリストやモーゼと同じ「預言者」の役割を担うことになる。マークはピザの箱に殴り書きした「十戒」を人々の前で読み上げ、雲の上にいる全能の主“The Man in the Sky”=神の存在をその場ででっち上げるのだ。つまり、ウソという概念がなければ、宗教すらも成立しないのだという奥深いテーマまで突っ込んでいく。このあたりは、町山さんもラジオで指摘していたように、実に秀逸なやり方で宗教や神という概念の成立過程を暴いてみせた、ホントに見事な展開だと思う。

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 さて話は変わるが、ぼくもどちらかというと正直者よりウソつきの類に入る人間だと思う。子供の頃は基本的にウソばかりついていた。それは、本当のことを言って怒られたくないからだったり、事実をそのまま話すより誇張した方が面白いからだったり、まあ決して「素直な子」ではなかった。それから、ほんの少しずつ「本当のこと」とか「真情」もちゃんと言えるようにリハビリして、現在に至っている。でも、自分が元来ウソつき寄りの人間だという自覚は常にどこかで感じながら生きているし、その素養は今の仕事にちょっと役立っているとも思う。ちなみに映画の感想を書く時は、言葉の字面の気持ちよさに引っ張られたりして、ついつい思ってもないウソを書きそうになりがちである。そこで踏みとどまって、いかに素直な「真情」を言葉として引っぱり出すか、というのが毎回の課題だったりする(たまに負けるけど)。

 できるだけ見事なウソを考えるのが生業の人もいるだろう……作家とか、宣伝マンとか。あるいは自分にウソをついて、最悪の仕事をして金を稼ぐ人もいるだろう……悪徳企業の社員とか、政治家とか。または日常生活のなかで、誰かの幸福のためにウソをつき続けている人もいるだろう……バットマンとか、スパイダーマンとか。その種類はどうあれ、自分にとっての「ウソ」を身近に意識している人ほど、この映画は心に響くのではないだろうか。

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 映画の後半では、あらかたウソを出し尽くしてしまった主人公が、今度は他人から「真情」を引っ張り出そうと奮闘する。ジェニファー・ガーナー演じるヒロインは、ブサイクで冴えない完全ストライクゾーン外の主人公と友人として付き合ううち、彼に感化されて想像力や洞察力を少しずつ身につけていく。やがて、彼に対して愛情を抱き始めるものの、彼女は完璧な遺伝子目当てに、性格の悪いイケメン脚本家と結婚しようとする。つまり無意識に、自分の「真情」にウソをついてしまう。ここは「ウソのない世界」だが、言いたいことを口ごもり、本当の願いを心の奥に閉じ込め、自分自身を抑圧することは可能なのだ。主人公はそれまでウソにウソを重ね、それを純粋な人々に易々と信じ込ませてきたが、ここに来てようやく、己の真情だけで相手にぶつかっていく。愛する人に「ウソをつかないで」と言うために。その姿は、やっぱり胸を打つのである。

 俳優の監督作だけあって、やはりキャスティングが素晴らしい。特に、ヒロインを演じたジェニファー・ガーナーの可愛さったら、もう! 今まで観た彼女の出演作のなかで断トツに魅力的だ。また、主人公のボンクラ仲間を演じるスタンダップ・コメディアンのルイス・CKを始め、ジャド・アパトウ組の看板役者としてお馴染みのジョナ・ヒル、アメリカではシットコムの人気俳優として知られるジェイソン・ベイトマン、脚本家としても活躍する女性コメディアンのティナ・フェイ、そしてモキュメンタリー・コメディの先駆者であるクリストファー・ゲストら、アメリカのコメディ業界を代表する豪華キャストと、英国代表ジャーヴェイスとの息の合った共演ぶりも見どころだ。いけすかないハンサム野郎を喜々として演じるロブ・ロウの怪演もおかしい。また、フィリップ・シーモア・ホフマンやエドワード・ノートンも「えっ!?」という場面で顔を見せている(後者はクレジット見るまで気づかなかった……)。

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 12/16現在、日本版DVDはレンタルのみだが、そのうちセル版も出るはず。DVDには特典として、本編からはカットされた石器時代が舞台のオープニング・シークェンス(正直すごくつまらない)や、メイキング、NG集などが収録されている。ジャーヴェイスはかなりの笑い上戸らしく、何かというと新種の野鳥みたいな金切り声を上げて爆笑してしまうため、大量のNGを出してフィルムを無駄にしたんだとか。よくそんなんでコメディアン続けられたな……。あと、ジャーヴェイスが友人をわざわざイギリスから呼び寄せ、ハゲの原始人役で映画に出演させるというドキュメンタリーも秀逸(先述のように、そのシーンは本編からバッサリ切られた)。本当にハートが黒い人なんだな、と痛感させてくれる。

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『レバノン』(2009)

『レバノン』
原題:Lebanon(2009)

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 2009年の第66回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞(グランプリ)を獲得したイスラエル映画。アリ・フォルマン監督の秀作『戦場でワルツを』(2008)でも描かれた、1982年のイスラエル軍によるレバノン侵攻を題材にした戦争映画である。監督・脚本を手がけたサミュエル・マオスは、レバノン戦争当時、実際に戦車兵として従軍しており、その実体験をもとにこの映画を作ったそうだ。日本ではあと1ヶ月もしないうちにDVDが発売されてしまうが、現在、シアターN渋谷1館のみで果敢に劇場公開中(ただしDLP上映、しかも通常料金なのが微妙だけど)。

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 映画はレバノン戦争の開戦初日に駆り出されたイスラエル軍の戦車兵4人の姿を描く。登場するのは、いずれも実戦経験がなく、優柔不断だったり反抗的だったり臆病者だったり、兵士としては未熟な連中ばかり。カメラは戦車の中からほとんど外に出ず、外界の様子は照準スコープを通してしか映されない。いわゆる密室劇の一種である。装甲に隔てられた外の世界で何が起こっているのか分からない不安、あるいは現実感覚の乏しさは、一体なぜ自分たちがレバノンで戦っているのか分からないイスラエル人兵士の率直な心境をそのまま象徴してもいるのだろう。劇中で「どうしてレバノンにシリア人がいるんだ?」という台詞が出てくるように、兵士たちの全てがこの戦争の状況を把握していたわけではなかった。そして、眼前で自分たちの戦闘によってレバノン市民の生活が蹂躙されていくさまを見つめながら、それを奇妙に白日夢めいた光景としてしか認識できない歯痒さも、兵士たちのリアルな心情として描かれる。泣き叫ぶ女性や家族を失った子供、怒りに満ちた老人の表情を前にしても、彼らにはどうすることもできない。『戦場でワルツを』にも通じる描写だ。

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 イスラエル人(国家ではなく)にとってのレバノン戦争、ひいては、不条理な政治的紛争とそれに利用される個人という関係すべてについて、さまよう戦車兵たちの1日のドラマを通して暗喩的に描くというアイディアは特筆ものである。しかし、本作はそのアイディアに足を取られすぎたのか、先に述べた文章ひとつで表現できてしまう“コンセプト”以上の何かが足りない(とはいえ、この映画も監督の“リアル”な戦争体験に基づいているという事実はあるのだけれども……)。例えば映画としての豊かさ、観客を画面に引きずり込むパワーとかいったものがあるかというと、はっきり言ってかなり弱い気がする。

 もし『プライベート・ライアン』(1998)とか『ブラックホーク・ダウン』(2001)的な、観る者の体を揺さぶるような臨場感や緊張感を求めた場合、この映画はまったくその期待に応えないだろう。実際、僕が観に行った時は、映画が終わった瞬間に「くだらねえ! 期待はずれだ!」というオジサンからの怒号が飛んだ。ある程度、どんな映画であるか予習してから観に行った方がいいかもしれない。むしろ、緊迫した状況下にありながら事情を把握できないことの不安、気がついたら生命の危機に追い込まれていると知った時の恐怖、閉鎖空間の中でだんだんと正気を失っていく過程を描く心理スリラー的戦争映画といった方が近い。

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 1本の映画として観た時、正直ちょっと退屈なところが多いのは、舞台となる戦車という密室の捉え方があまり面白くないからだと思う。かなりの低予算で作っているだろうから無理も言えないのだけど、せめてもう少しグラフィカルに表現するとか、その空間の特殊性を表す上で何かハッとするような演出を用意するとか、映像的な色気を加味してもよかったのではないか。それに「戦車内の描写と、戦車から見た視点だけで構成する」という作り手自身の設けたルールが、あまりに窮屈で限定的な印象を与えてしまうのもマイナス。同じく超低予算・コンセプト優先の戦争映画『リダクテッド/真実の価値』(2007)ぐらい、映画のウソを前提とした自由闊達さがあってよかったと思う。本作にも「戦車兵がヘルメットもゴーグルもなしで任務に就くか?」とか「動いてる状態の戦車のスコープからそんな見え方するか?」とか、ウソくさい部分は幾つも出てくるのだけど、それらは表現を豊かにするための映画のウソというより、構図の凡庸さも相まって、単に雑なだけじゃないかという感が否めない。

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 もちろん、ヴェネチア映画祭の審査員たちがそうだったように、優れたコンセプトと志の高さで十分にこの映画を評価できる人もいるだろうし、不透明な状況下で混迷を深めていく兵士たちの脂汗べっとりの心理ドラマに感情移入する人もいるだろう。ただ、ド派手な戦争アクション大作のようなポスタ?と、ヴェネチア国際映画祭グランプリというアオリに惹かれて観に行くと、肩すかしを食らう可能性は高い。何より、この映画もまた『戦場でワルツを』と同様、イスラエル人側の「俺たちもよく分かってなかったんだ」という自己弁護的な匂いを感じさせたままに終わってしまうところが、最大の弱点だ。

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DVD『レバノン』

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『詩』(2010)

『詩』
原題:시(2010)
英語題:Poetry

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 第11回東京フィルメックス・クロージング作品。『シークレット・サンシャイン』(2007)のイ・チャンドン監督の最新作である。今回もまた、一見すると非常に平坦な映像を積み重ね、淡々とした語り口を貫きつつ、気がつけば静かな迫力と、べっとりと心に青黒い染みが貼りつくような余韻をもたらす、相変わらずの比類なき“イ・チャンドン作品”であった。本国では興行的に振るわなかったそうだが、確かに今時の一般観客が敬遠するタイプの作品ではあるだろう。前作もそうだったが、もはや面白みさえ余分なものとして排除するような語り口が、本作でさらに計算深く研ぎ澄まされている。分かりやすく「傑作!」と思わせてくれた『ペパーミント・キャンディー』(1999)などと比べると、随分と遠くにやってきたものだなあ、と思った。

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 もちろん今回もイ・チャンドンは鬼のように意地悪である。主人公は、親戚やご近所さんにひとりはいそうな、可愛らしくてお洒落なおばあちゃん・ミジャ。66歳となった今でも少女っぽさと純真さを引きずっているかのような人物像を、往年の名女優ユン・ジョンヒが(たぶん天然の素質も活かしながら)素晴らしくリアルに演じている。ある日、彼女は地元の文化センターの講習会に参加し、生まれて初めて詩を書いてみようと思い立つ。ところがその矢先、その年齢で背負うにはあまりにもヘヴィーな出来事が次々と襲いかかる。一緒に暮らしている中学生の孫が、ある女子学生を自殺に追い込んだ集団暴行事件に加わっていたというのだ。打ちのめされる間もなく、彼女は遺族への慰謝料として早急に500万ウォンを工面しなければならなくなるが、この歳でそう簡単に用意できる金額ではない。さらに、病院での精密検査の結果、自分が進行性アルツハイマーにかかっていることも判明。その上、パートタイムの仕事で介護をしている半身麻痺の老人からは「一度でいいからヤラせてくれ」と迫られたりする始末。そんなハードな状況のなかで、彼女はあと1ヶ月のうちに、一編の詩を書き上げなければならないのだった……。

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 とんでもなくアイロニカルな筋立てである。しかし、普通ならそのままブラックユーモアに走ってしまいそうな状況を作り上げながら、イ・チャンドン監督はそこで「本物の詩が生まれる瞬間」を真摯に捉えようとする。目の前が真っ暗になりそうな状況のなかで、この映画のヒロインは一所懸命に周囲の世界をつぶさに見つめ、その美しさを探求しようとする。同時に、目を背けたくなるような現実とも向き合い、死んでしまった少女とその家族への罪悪感や、内面が全く読めない孫との関係、そして性欲を解消できずに苦しむ老人への憐れみといった様々な感情も、すべてを飲み込んでいく。

 もし彼女が詩を書くことなどに興味を持たず、この世界を見つめようともしていなかったら、問題の幾つかには目をつぶっていたかもしれない。だが、幸か不幸か、その時の彼女の心はあらゆるものを採り込むために開け放たれてしまっていた。やがてヒロインが徐々に「詩心」を掴んでいく様子をつぶさに見せることで、イ・チャンドンは芸術が芽生える過程をスリリングに、感動的に提示してみせる。人生の闇にも光にも等しく目を向け、採り込んでいくことで、彼女はにわか詩人として、何よりも人間として劇的に成長していくのだ(そこには、アルツハイマーの進行、死への接近という逆説的な“成長”も含まれている)。

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 求めるものを得ようとするならば、身を引き裂くような苦痛や困難は免れないのだと言わんばかりに、イ・チャンドンは仮借なく「試練」を課す。あるいは、そうした極限状況のなかで大きく一歩を踏み出した時、それがあさっての方向だろうとなんだろうと、人は何かの真髄に辿り着くことがあるのではないか、という仮説にも見える。それがよかったことなのか悪かったことなのか、それは誰にも(今すぐには)分からない。『シークレット・サンシャイン』で、主人公がとてつもない苦痛の果てに、神との距離を縮めることができたように。

 映画は明確な結末というより、観客に解釈を委ねるかたちで幕を閉じる。そこに映し出されるのは、少女の遺体がゆっくりと川を流れてくる冒頭のシーンと繋がるイメージだ。フィルメックスのQ&Aで、監督はそのラストシーンに登場する川は冒頭のそれとは違い、「生命」を表現していると語った。そう言われて個人的に思い出したのは、大島弓子のマンガ『八月に生まれる子供』のラストで描かれた「再生」のイメージだった(これも素晴らしい作品だからぜひ読んでほしい)。常識的に考えれば前途多難としか言いようのない本作のラストにも、そんな微かな希望が込められているのだろうか。

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 主演女優ユン・ジョンヒの自然な表情は、一見すると現実逃避にも見えかねないヒロイン・ミジャの行動を、ひたむきで純粋なものとして、説得力十分かつ魅力的に伝えている。見ていて心配になってくるほどの危うさも脆さも心細さもみっともなさも、全てをさらけ出すように生々しく演じてみせた女優魂には敬服するほかない。そして、バイアグラを飲んでヒロインに迫る半身麻痺の「会長」に扮したキム・ヒラの熱演も特筆もの。実際に脳卒中で倒れ、リハビリ生活の末に『死生決断』(2006)で俳優復帰した彼が、自らの体験を活かして障害者を体当たりで演じている姿には、感動を禁じ得なかった。また、孫のジョンウクを演じたイ・デイヴィッドも、保護者に反抗せずにはいられない思春期の少年らしさを絶妙に表現していて素晴らしい。『極楽島殺人事件』(2007)でも「こいつ、いいな」と思ったが、今回は輪をかけて好演。その他、本人役で登場する詩人キム・ヨンテク、死んだ少女の母親役のパク・ミョンシン、加害者グループの父親のひとりを演じたアン・ネサンらの存在感も忘れがたい。

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 ちなみに、この映画は実際に起きた事件をもとにしている。『シークレット・サンシャイン』の舞台となった地方都市・密陽(ミリャン)で2004年に起こった、女子中学生集団暴行事件だ。ある女子学生が密陽市の高校に通う男子生徒たちから度重なる性的暴行を受け、母親の通報をきっかけに事件が発覚し、40人近くの男子高校生が身柄を拘束された。しかし、被害者の少女は捜査開始後も警察からの保護を受けられず、加害者の家族から脅迫されたり、捜査過程でもわざと加害者たちと近距離で対面させられたりして、多大な精神的ダメージを受けたという。その一方、加害者の男子高校生たちには結局なんの刑罰も科されず、今でも全員が普通に生活しているそうだ。人権軽視と女性蔑視がまかりとおる韓国社会の歪みを象徴する出来事として、あちらでは非常に有名な事件である。

 今年のフィルメックスで上映されて話題を呼んだ『ビー・デビル』(2010)のチャン・チョルス監督も、「傍観者であることの罪」というテーマの源泉のひとつとして、この集団暴行事件を挙げていた。また、ポン・ジュノ監督の『母なる証明』(2009)で描かれる、町中の男たちの慰み者にされながら誰もが黙認していた女子学生という存在も、おそらく同じ事件をモチーフにしたものだろう。そして、イ・チャンドン監督は今回の『詩』で、「加害者の家族」という新しい視点から、この忌まわしい出来事に光を当てている。ここでは、子供たちの罪そのものに目を向けるより、彼らの将来のために事件をなかったことにしようと奔走する加害者の親たちや学校関係者たちの姿を通して、倒錯した現代社会の病理が浮き彫りにされる。

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 観た人に様々な思いを喚起させるディープな作品ではあるが、決して難解な手法で混乱させるような映画ではない。すべては身近な日常のなかで起こり、思わず笑ってしまうようなユーモアもいっぱいだ。シンプルな筋立ての中に、多彩な社会問題や、世界や他者との関わりといったテーマを巧みに織り込んだ秀作である。ただ、タイトルにもなっている「詩」そのものに興味が全くない人や、ある種のセンセーショナリズムに惹かれて観に行く人、あるいはもっと明快に意地悪なストーリー展開を期待してしまう人(ぼくです)にとっては、退屈な部分が多いかもしれない。特に前半はきついかも。だが、根気よく付き合えば、いろいろな素晴らしい瞬間に出会えるはずだ。今年のカンヌ国際映画祭では脚本賞、そして大鐘賞では最優秀作品賞・脚本賞・主演女優賞・助演男優賞を獲得。日本公開は来年の秋以降だそうだ。

(追記:日本では『ポエトリー アグネスの詩』のタイトルで2012年2月に劇場公開。2013年1月にDVDリリース)

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DVD『ポエトリー アグネスの詩』

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