Simply Dead

映画の感想文。

『ボディガード&アサシンズ』(2009)

『ボディガード&アサシンズ』
原題:十月圍城(2009)
英語題:Bodyguards and Assassins

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 東京国際映画祭の協賛企画「2010東京・中国映画週間」で観賞。ピーター・チャン製作、テディ・チャン監督による渾身のオールスター歴史大作。映画祭会期中には13本も観たのに何も書いてなかったので、遅ればせながら簡単な感想でも(ちなみにフィルメックスでは8本観たので、こちらの感想もいずれ)。

 時は辛亥革命前夜の1906年。のちに「中国革命の父」と呼ばれる孫文が、武装蜂起のための密談を各地の革命家たちと行うべく、逃亡先の日本から香港にやってくるとの報せが。その情報を得た清朝は最強の刺客集団を香港に送り込み、逆賊・孫文の暗殺を企てる。それを阻止するべく、当地の富豪・李玉堂を中心とした人々が自ら盾となり、1時間というタイムリミットのなかで命がけの護衛作戦を決行する!!……という筋立て。作り手の狙いは明確で、つまり新世紀を迎えたばかりの香港の町なかで西部劇的アクションをやってやろうという趣向。インディアンの猛攻をかわしつつ原野を駆け抜ける駅馬車のごとく、殺し屋たちがいつ襲いかかってくるとも知れぬ香港の雑踏のなかを寄せ集めの護衛団に守られた人力車が進むという『駅馬車』あるいは『ガントレット』的と言ってもいい緊迫のアクションこそが、本作最大の見せ場だ。知略を尽し、意表をつく刺客VS護衛の攻防戦がいくつものステージに分けて描かれるクライマックスは、まさに「手に汗握る」出色の出来映えとなっている。

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 後半のアクション・スペクタクルに至るまでの前半部では、みっちりと群像ドラマが描かれていく。グランドホテル形式の登場人物紹介と、彼らがいかにして死を賭した戦いに加わり、あるいは巻き込まれていったか、そのプロセスと葛藤のドラマだ。しつこいくらいに「革命」と「大義」を正当化せんとするドラマ展開には、孫文本人の思想とは関係なく、大陸市場向けの大作企画ならではのイデオロギー臭が漂う。そこで鼻白んでしまうという人もいるだろう(ぼくはそうだった)。

 ちなみに、孫文らが起こした辛亥革命によって成立した中華民国は、大総統・袁世凱の独裁や各軍閥の割拠によって分裂。孫文自身も弾圧対象となって「革命未だならず」という言葉を遺し、志半ばにして死んだ(この動乱期を背景にした作品には、ツイ・ハーク監督の傑作『北京オペラブルース』などがある)。そのあたりの苦い歴史を知ると、映画の裏側に織り込まれた悲愴感がより痛切に伝わり、味わい方も違ってくるはずだ。本作『十月圍城』における孫文自身もまた、革命は人民の犠牲をもって為されるものだとする冷徹非情さを背負わざるを得なかった人物として描かれ、単なる正義の人としては扱われていない。

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 この映画が面白いのは、革命精神を声高に謳い、大義に基づく自己犠牲の尊さという中華思想的カタルシスを描いていると見せかけて、後半では全く別方向のテーマを立ち上げている点だ。つまり「革命の名のもとに虫けらのごとく命を奪われていく人々の悲劇」であり、「香港人だって建国のために血を流したんだ!」という強い主張である。また裏を返せば「これだけの血が流れたのに、革命が20世紀中国にもたらしたものは一体なんだったんだ?」という皮肉にも見える。大陸側に気を遣いつつ、香港人の主義主張も通すという計算高さ(と、あえて言ってしまおう)に、プロデュースを務めたピーター・チャンの器用さ、したたかさを見る思いがした。

 ただ、個人的にはやはり先述のように前半部のしつこさが鼻につき、素直に楽しめないところもあった。単純に映画として盛り上がりに欠ける冗長な部分や、長尺のわりに薄味な印象も気になる。完成に至るまでかなりの紆余曲折を経た作品らしいが、その影響もあるのだろう。実際に企画がスタートし、セットの建て込みを始めたのは2003年で、それからSARS禍やら出資者の自殺やらで何度も製作中断の憂き目にあいつつ、執念で完成に漕ぎ着けたのだとか(ほとんど『ポンヌフの恋人』ばりに壮絶なメイキングの一部始終も、調べてみると面白い)。2003年の撮入時点で、ここまで思想的要素の強いシナリオだったのだろうか? という疑問も湧く。

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 ただ、大味な大作と切って捨てるには惜しい魅力を持った良作であることも確かだ。本作で真の英雄として描かれるのは、革命家や思想家ではない。博打で身を持ち崩した清朝の内通者(ドニー・イェン)であり、悲恋に傷つき浮浪者に落ちぶれた元武道家(レオン・ライ!)であり、父を殺されたみなしごの少女(歌手のクリス・リー)であり、ジャイアント馬場みたいに図体がでかい臭豆腐屋のあんちゃん(バスケ選手のメンケ・バータル)であり、ささやかな幸福を夢みる車夫の青年(ニコラス・ツェー)である。社会のどん底に生きる落伍者や、ごく普通の市井の人々が命がけの戦いに挑み、そして散っていく姿の痛切さが、崇高な感動を呼ぶ。それもまた香港人の矜持と呼べるものではないだろうか。また、商人として改革派とは距離を置きながら、徐々に護衛作戦の中心人物となっていく李玉堂のキャラクター造形も出色。演じるワン・シュエインの素晴らしさも相まって、深みのある人物像になっている。

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 前半がイデオロギッシュな匂いに満ちたメロドラマであるだけに、後半の“純・香港活劇”として見せていくアクション・シークェンスは、否応なく心躍るものがある(さんざん溜めるだけ溜められて「やっとか!」という思いも込みで)。香港ではおなじみの高層建築と竹材の足場を用いたサスペンスフルなアクション、暗殺者集団の繰り出す奇怪な武器、世捨て人となった伝説の武道家の復活など、様々な趣向を凝らしたバトルを巧みに配置して観客を飽きさせない。それぞれの見せ場が短くて食い足りないところもあるが、それはオールスター映画の宿命だろう。

 特に素晴らしいのは、やはりなんといってもドニー“ザ・フラッシュ・ファイター”イェンと、カン・リー演じる刺客が繰り広げる壮絶な死闘である。出演作を重ねるごとにアクション映画史を更新することに懸けているかのようなドニー兄貴の気合いと執念は、オールスターキャスト大作のなかにあっても異彩を放ち、今回も圧倒的レベルのアクションを見せつけてくれる。来年G.W.の日本公開の際には、ぜひ劇場でその勇姿をお確かめいただきたい。

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コロムビアのDVD-Rシリーズも、なかなか凄い!

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えっ、あの『ポンペイ殺人事件』もDVDに!?

 というわけで、ワーナーMGMユニヴァーサルに続いて、米コロムビア(ソニーピクチャーズ)もオンデマンドDVD-Rの販売に乗り出したようです。題して「Screen Classics by Request」。ジャック・クレイトン監督の『女が愛情に渇くとき』、ジェームズ・コバーン主演の『太陽を盗め』といった作品のほか、アーサー・ペン監督とウォーレン・ベイティが最初に組んだ『Mickey One』などの未公開作品、あるいはロバート・アルトマン監督の『軍事法廷/駆逐艦ケイン号の叛乱』などのTVムービーもラインナップに上がっています。値段は概ね、1枚につき$19.94。今のところホームページでは北米圏での販売に限られているようですが、そのうちAmazon.comDVD Fantasiumでも取り扱いが始まると思います。おなじみ西新宿ビデオマーケットでも店頭で尋ねれば入荷してくれるかもしれません。以下、個人的に気になるタイトルをピックアップ。
(※リンク先では日本国内からの購入はできません。また、サンプル映像の音声が出るのでご注意ください)

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『Mickey One』(1964)
アーサー・ペン監督がフランス・ヌーヴェルヴァーグの影響を受けて撮り上げたシュールなドラマ。主演のウォーレン・ベイティとは3年後に『俺たちに明日はない』で再び組むことになる。黒澤明作品でお馴染みの名バイプレイヤー、藤原釜足も出演。

『The 30 Foot Bride of Candy Rock』(1959)
バッド・アボットとの凸凹コンビで人気を博した喜劇俳優、ルー・コステロの唯一の単独主演作にして引退作となったSFコメディ。コステロ演じる田舎の発明家が、自ら開発した機械によってガールフレンドを妖怪巨大女に変えてしまう。巨大化するヒロインを演じたのはドロシー・プロヴァイン。

『空中スパイ野郎』Birds Do It(1966)
TVコメディアンのスーピー・セイルズが主演した、東西の宇宙開発競争を絡めたSFコメディ。不思議な機械によって宙に浮く体になってしまった主人公の巻き起こす騒動を描く。監督のアンドリュー・マートンは数々の大作映画で第2班監督として活躍し、息子の同級生だったジョン・ランディス少年を『戦略大作戦』の撮影現場に招いて映画人の道へと引き込んだ偉人。

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『ポンペイ殺人事件』Fragment of Fear(1971)
リチャード・C・サラフィアン監督によるサイコスリラー。デイヴィッド・ヘミングス演じる作家が、殺された叔母の死の真相を探るうち、逆に殺人者に命を狙われ始める……。ダリオ・アルジェント監督の『サスペリアPART2』にも影響を与えたといわれる作品。共演はゲイル・ハニカット。ジョニー・ハリスの音楽もインパクト大。

『10番街の殺人』10 Rillington Place(1971)
ロンドンで実際に起きた連続殺人事件をリチャード・フライシャー監督が映画化した実録犯罪スリラーの傑作。名優リチャード・アッテンボローが強烈なキモさで変態殺人魔を巧演。無実の罪を着せられる不幸な青年を演じたジョン・ハートの悲しい表情も忘れられない。ちなみに英国盤DVD(PAL)の方は、特典豊富なスペシャル・エディション。

『華麗なる暗殺』The Executioner(1970)
ジョージ・ペパードが米国生まれの英国諜報員を演じるスパイスリラー。仲間を次々と殺され、組織内に潜む裏切り者を追う主人公の孤独な戦いをスリリングに描く。共演はジュディ・ギースン。監督は俳優でもあるサム・ワナメイカー。

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『恐怖の影』A Reflection of Fear(1971)
幼い頃から幽閉状態で育てられた少女が、かつて姿を消した父親の予期せぬ訪問によって精神のバランスを崩していく……。ソンドラ・ロックが狂気のヒロインを演じたニューロティック・スリラー。監督は『ローズマリーの赤ちゃん』『ブリット』の撮影を手がけたウィリアム・A・フレイカー。日本ではビデオ公開のみ。

『A Day in the Death of Joe Egg』(1972)
日本でも『ジョーエッグの死の一日』として上演されているピーター・ニコルズによる舞台劇を、ニコルズ自身の脚色で映画化。監督は『チェンジリング』(1980)のピーター・メダック。脳性マヒの娘をもった夫婦の葛藤を、ダークな笑いを交えつつスリリングに描く。主演はアラン・ベイツ、ジャネット・サズマン。

『The National Health』(1973)
ピーター・ニコルズの舞台劇を映画化したブラックコメディ。病院を舞台にソープオペラのパロディ風ドラマが展開する。ニコルズ自身が脚色を手がけ、ジャック・ゴールドが監督。出演はリン・レッドグレイヴ、コリン・ブレイクリー、エレノア・ブロンほか。

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『Storm Center』(1956)
図書館に勤める子供好きの未亡人女性が、ふとしたことから共産主義者の烙印を押され、いわれなき迫害を受ける姿を描いた社会派ドラマ。主演はベティ・デイヴィス、監督・共同脚本はダニエル・タラダッシュ。ハリウッドで最初に作られた反マッカーシズム映画とも言われている。

『Family Reunion』(1981)
名女優ベティ・デイヴィスが主演したTVミニシリーズ。バラバラになった家族の絆を再び一つに束ねようとする女教師役で、デイヴィスが威厳と優しさを湛えた名演を見せる。脚本はアラン・スローン、監督はフィールダー・クック。

『Hot Blood』(1956)
ロサンジェルスに暮らすジプシーたちの共同体を統べる兄と、自由気ままに生きる彼の弟が、ひとりの美女をめぐって凄まじい闘いを繰り広げる異色のメロドラマ。監督はニコラス・レイ、主演はジェーン・ラッセルとコーネル・ワイルド。英国盤DVD(PAL)も発売中。

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『女が愛情に渇くとき』The Pumpkin Eater(1964)
2度の離婚を経験し、8人の子を生んだ女性が、現在の夫との関係に苦悩するドラマ。ペネロープ・モーティマーの原作をハロルド・ピンターが脚色し、『回転』のジャック・クレイトンが監督した。主演はアン・バンクロフト。英国盤DVD(PAL)も発売中。

『The Juggler』(1953)
ナチスドイツの迫害を生き延びたユダヤ人の男ハンスは、戦後イスラエルに移住するが、その心は戦時中のトラウマに蝕まれていた。彼は警官を襲ったかどでお尋ね者となり、偶然に知り合った少年と逃亡の旅に出る……。カーク・ダグラス主演、エドワード・ドミトリク監督による戦争の傷跡を描いたヒューマンドラマ。

『Footsteps in the Fog』(1965)
妻をひそかに毒殺した屋敷の主が、秘密を知ったメイドに脅迫され、再び殺意を抱き始める……。当時夫婦だったステュアート・グレンジャーとジーン・シモンズが共演した英国製の犯罪サイコスリラー。監督はアボット&コステロの喜劇シリーズなどで知られる職人アーサー・ルービン。

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『FBIモスクワに潜入せよ』Man on a String(1960)
冷戦時代の西ベルリンで繰り広げられる戦慄のスパイスリラー。米ソ両陣営の諜報組織にスパイ候補として目をつけられる映画プロデューサー(実在の二重スパイがモデル)役を、アーネスト・ボーグナインが演じる。監督は『蝋人形の館』のアンドレ・ド・トス。

『The 27th Day』(1957)
ある日突然、世界各国から5人の男女がエイリアンの宇宙船に拉致される。彼らは簡単に大量破壊兵器を使うことができるカプセルを与えられ、27日間そこで兵器の使用を拒絶できれば人類は存続できると告げられるのだが……。『アイ・ラブ・ルーシー』などの「シットコム」の生みの親として知られるウィリアム・アッシャーが監督したSFスリラー。

『Synanon』(1965)
カリフォルニアに実在する麻薬中毒者厚生施設「シナノン」に集う患者たちの姿を描いた社会派ドラマ。監督は『女房の殺し方教えます』のリチャード・クワイン。出演はステラ・スティーヴンス、エドモンド・オブライエン、アーサ・キットほか。

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『The Mad Room』(1969)
ステラ・スティーヴンスとシェリー・ウィンタースが共演したサイコホラー。裕福な義母の世話をしながら暮らしている女性エレンのもとに、彼女の妹と弟がやってきて、同居生活を始める。彼らのうち、どちらかは両親を惨殺した精神異常者だったが、ふたりとも当時の記憶を失っていた……。監督は『マインド・スナッチャー/狂気の人体実験』のバーナード・ジラード。

『Address Unknown』(1944)
ドイツ系アメリカ人の美術商がヨーロッパでの取引のためにドイツへ移住し、やがてナチスドイツのプロパガンダに感化されていく姿を鮮烈なビジュアルで描く。『風と共に去りぬ』の美術や、監督作『惑星アドベンチャー/スペースモンスター襲来!』などで知られるウィリアム・キャメロン・メンジースの戦中作品。

『Surprise Package』(1960)
名匠スタンリー・ドーネンが製作・監督を手がけたケイパームービー。アメリカを追われたギャングのボス(ユル・ブリンナー)が逃亡先のギリシャの島で、同じく島に流れ着いた王様の冠を盗み出そうとする。共演はミッツィ・ゲイナー。

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『地獄のかけひき』Otley(1969)
イギリスの名脚本家コンビ、ディック・クレメント&イアン・ラ・フレネによるオリジナルシナリオを、D・クレメント自らの監督で映画化したスリラーコメディ。気ままな生活を送っていた平凡な青年オトリーが、ひょんなことからスパイ戦に巻き込まれてしまう。トム・コートネイが軽佻浮薄な主人公を好演し、ロミー・シュナイダーがヒロインに扮する。

『太陽を盗め』Duffy(1968)
ジェームズ・コバーン演じる引退した大泥棒が、富豪の船から200万ドルを強奪するという大仕事に挑む軽妙な犯罪コメディ。監督は『007/カジノ・ロワイヤル』(1966)でピーター・セラーズ&オーソン・ウェルズの出演パートを監督したロバート・パリッシュ。

『ホットスタッフ』Hot Stuff(1979)
うだつの上がらない凸凹警官コンビと美人婦警が、窃盗犯を捕えるため自らマフィアの一味になりすまし、一網打尽を企てるのだが……。人気コメディ俳優のドム・デルイーズが監督・主演をつとめ、「ドートマンダー」シリーズでおなじみの作家ドナルド・E・ウエストレイクが共同脚本を手がけた犯罪コメディ。

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『軍事法廷/駆逐艦ケイン号の叛乱』The Caine Mutiny Court-Martial(1988)
かつてハンフリー・ボガート主演で映画化されたハーマン・ウォークの小説『ケイン号の叛乱』を、法廷劇の部分に焦点を絞って映像化したTVムービー。原作者自身が脚色を手がけ、ロバート・アルトマンが製作・監督をつとめた。エリック・ボゴジアン、ブラッド・デイヴィス、ケヴィン・J・オコナーら俳優陣の鬼気迫る演技が見どころ。

『小さな冒険者』Flight of the Doves(1971)
莫大な遺産を相続した幼い兄妹が、その遺産を狙う意地悪な義父の手から逃れつつ、アイルランドに住む叔母のもとへと旅する冒険ドラマ。製作・監督をつとめたのは『ソルジャー・ブルー』のラルフ・ネルソン。主演は『小さな恋のメロディ』で主人公の親友を演じたジャック・ワイルド。

『The Mind of Mr. Soames』(1970)
30年間も昏睡状態にあった患者が、革新的手術によって覚醒を果たした。彼の失われた歳月を取り戻すための教育課程がTV中継されるのだが……。見た目は大人だが心は幼い子供という主人公ソームズを、名優テレンス・スタンプが演じた悲痛なSFスリラー。共演はロバート・ヴォーン。

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『The Case Against Brooklyn』(1958)
巨大な賭博組織と手を組んだ司法の腐敗を暴くため、新任捜査官がニューヨーク市警の暗部へと潜入する。実際の事件をもとにしたリアリティ重視の社会派犯罪スリラー。主演はのちの事件記者コルチャックことダレン・マクギャヴィン。監督は『奇蹟の天使』『悪魔のワルツ』などの職人ポール・ウェンドコス。

『711 Ocean Drive』(1950)
電話修理人の主人公は自らの職能を活かし、不正に得た情報をもとにギャンブルで荒稼ぎしていたが、やがてギャングに目をつけられ始める……。名優エドモンド・オブライエンが主演した緊迫のフィルムノワール。監督は『宇宙水爆戦』のジョゼフ・M・ニューマン。

『やくざ特急』The Long Haul(1957)
元米軍兵のトラック運転手ハーリーは大戦中にイギリス人女性と結婚し、リバプールで灰色の生活を送っていた。彼は抜き荷を行う悪党一味の情婦リーンに惹かれ、彼らの仲間に入るのだが……。ヴィクター・マチュアとダイアナ・ドースが共演した犯罪スリラー。監督は『チキ・チキ・バン・バン』のケン・ヒューズ。

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『Winter a Go-Go』(1965)
スキーリゾートとして有名なレイク・タホを舞台にしたゴーゴー映画。冬山でビキニ水着のセクシーギャルがゴーゴーダンスを踊りまくるという、たいへん寒そうな作品。ヒロインを演じるのは『サイレンサー』シリーズのビヴァリー・アダムズ。

『父の肖像』I Never Sang for My Father(1970)
ジーン・ハックマンがアカデミー助演男優賞にノミネートされたホームドラマ。厳格で独善的な父親、彼に反発しながらも突き放すことができない40歳の息子、そして父離れを兄に促す妹が織り成す葛藤を描く。父親役を演じたのは名優メルヴィン・ダグラス。

『ザ・ジャッカー(べガス行き724便砂漠に消ゆ!!)』Detour to Terror(1979)
広大な砂漠のど真ん中で起こるバスジャックの恐怖を描いたTVムービー。運転手を演じるのはO・J・シンプソン。TV放映題は『ベガス行き724便砂漠に消ゆ!!』で、ビデオタイトルは『ザ・ジャッカー』。


そのほか、気になるタイトルは以下に。これ以外の作品に関してはホームページのカタログをご覧ください。

『霊界魔人ミスターX』The Spiritualist(1948)
『Conquest of Cochise』(1953)
『New Orleans Uncensored』(1955)
『Pickup Alley』(1957)
『The Man Who Turned To Stone』(1957)
『No Time to be Young』(1957)
『Shadow on the Window』(1957)
『Crash Landing』(1958)
『決戦珊瑚海』Battle of the Coral Sea(1959)
『わが恋は終りぬ』Song Without End(1960)
『Valley of the Dragons』(1961)
『Five Finger Exercise』(1962)
『インターン』The Interns(1963)
『A Study in Terror』(1965)
『A Severed Head』(1970)
『ザ・テイク/わいろ』The Take(1974)
『マンハッタン特捜官』Contract on Cherry Street(1977)
『吸血こうもり/ナイトウィング』Nightwing(1979)
『Undercover with the KKK』(1979)
『恐怖!襲われたスチュワーデス寮』Terror Among Us(1980)
『Fire on the Mountain』(1981)
『すみれは、ブルー』Violets are Blue(1984)
『夜の子供たち』Le Voleurs(1997)

お知らせなど(映画秘宝でカン・ウソク監督にインタビュー! etc.)

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 現在発売中の雑誌「映画秘宝」2011年1月号にて、『黒く濁る村』のカン・ウソク監督へのインタビュー記事を担当させていただきました。泣く子も黙る韓国映画界の大物を前にして少し緊張しましたが、思ったよりも全然気さくな方だったので安心しました。ひとつひとつの質問にしっかり真摯に答えつつ、ちょっぴり意地悪なユーモアも織り交ぜて語る姿に、韓国映画人が慕わずにはいられない「兄貴感」を垣間見ました。また、秘宝編集部・岩田さんの心遣いでイ・ドゥヨン監督についてもコメントをいただけたのも嬉しかったです。ありがとうございます! 誌面では大幅に内容を削らざるをえませんでしたが、問題作『韓半島』について訊いた部分は、次号以降の「秘宝」に掲載できるかもしれません。お楽しみに!

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 そして映画『黒く濁る村』も必見の秀作です。これまでアクションやコメディなどを得意としてきたカン・ウソク監督の新境地と言える本格ミステリー作品であり、ひたすらシンプルなルックを保ちながら161分の長尺を見せきる鋭利な演出力、全編に漲る異様な緊張感には圧倒されます。終盤の展開がやや弱いところは残念ですが、それでもなお「凄い映画だった」と言い切れる迫力があります。「映画秘宝」のインタビューでも触れていますが、とにかくキム・サンホ&キム・ジュンベ&ユ・ヘジンの「イイ顔3人組」が最高! ぜひ劇場の闇の中でご覧ください。

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 さて、先日もお伝えしましたが、トラッシュカルチャーマガジン「TRASH-UP!! vol.7」も現在好評発売中です。過去最高のボリュームを誇る7号ですが、ぼくもまだ全部は読み切れていません。とりあえず、こんがりおんがく×山本精一対談、クリストフ・シュリンゲンズィーフ追悼記事、野村芳太郎の因果な世界、キングジョー&須田信太朗「怪物やん」などが期待以上に素晴らしかったです。ぼくが担当したイ・ドゥヨン特集についての感想・ご意見も、twitterなどにでも書いてくださると嬉しいです。よろしくお願いします!

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 そして、以前「映画秘宝」2010年10月号で紹介させていただいた韓国映画『キム・ボクナム殺人事件の顛末』が、『ビー・デビル』のタイトルで来年春にシアターN渋谷ほかにて公開決定! 現在開催中の第11回東京フィルメックス・コンペティション部門でも上映されます。この作品にも、なんらかのかたちで関わらせていただくことになりそうなので、また詳細が決まりましたらお知らせいたします。

「TRASH-UP!! vol.7」いよいよ発売!

 お待たせしました。トラッシュカルチャーマガジン「TRASH-UP!! vol.7」が11月11日に発売されます! 今回は「vol.6」よりもさらにボリュームアップしているとか。個人的に楽しみなのは、日本バスジャック映像史、『ファッション・ヘル』撮影現場ルポ、boid樋口さんと中原さんと山崎さんのクロストーク、チャン・ギハと顔たちインタビューなどなど。とはいえ毎度のことですが、実際に手に取ってめくってみるまでは、どんな衝撃的な未知の世界が待ち受けているか分かりません。それがこの雑誌の最大の魅力だと思います。

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「TRASH-UP!! vol.7」
 11月11日発売
 定価1575円(税込)
 TRASH-UP!! 公式サイトタコシェビデオマーケットAmazon.co.jp ほかにて取扱中

 (全国の「TRASH-UP!!」取扱店リストはこちら

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《PICK UP》
 奇跡のレーベル始動! こんがりおんがく
 こんがりおんがくが聞くインタビュー2本立!
 山本精一、チッツ
 総力特集 ギューン・カセット
 広島地下音楽の世界
 総括 東京BOREDOM
 韓国最強の映画監督 イ・ドゥヨン
 餓鬼だらくが潜入!! 継田淳監督最新作『ファッション・ヘル』撮影現場リポート
 日本バスジャック映像史

《MOVIE》
 野村芳太郎の因果な世界 & 巨匠が撮った気色悪い映画 by 真魚八重子
 世代を超えたクロストーク 俺たちが斬る!懐かしの女優たち
  by 樋口泰人×中原昌也×山崎圭司
 映画『making of love』ヒット記念! 恋愛映画と宇宙、そしてジョウント
  by 古澤健×mmm×宇波拓
 『エクスペンダブルズ』公開記念 厳選!Z級コマンド5!!
 『堀川中立売』
 追悼 クリストフ・シュリンゲンズィーフ
 伊東美和おすすめスペインホラー

《MUSIC》
 <豪華!インタビュー>

  割礼 PHEW 工藤冬里 女王蜂 INN JAPAN HIGH WOLF
  チャン・ギハと顔たち mothercoat
 誌上にて復活! ボルヘスを殺せ
 ガガキライズ
 KUDANZ
 フレネシ

《COLUMN》
 紐育此岸 ボーダーライン観光案内
 トンチが語りつくす コロッケの魅力
 神谷一義(オフノート)、ケペル木村、Willie Whopper、
 mmm、藤田建次、田房永子、ナカダヨーコ、
 A.K.I.(倫理B-BOY RECORDS / A.K.I.PRODUCTIONS)、アクセル長尾(赤い疑惑)
 中央線TRASH通信

《COMIC》
 やまがたいくひろ(core of bells)
 安里アンリ(ワッツーシゾンビ)
 秋葉慎一郎(ACID EATER)
 呪みちる「エレノイド・ミッシェル」
 根本敬×河村康輔
 キング・ジョー&須田信太朗
 DODDODO
 石井モタコ(オシリペンペンズ)

《詩》
 小笠原鳥類
 広瀬大志

【特典MIX DVD】
 フレネシ
 INN JAPAN
 Blue Marble
 ガガキライズ
 PWRFL Power
  ...ane more
収録時間100分以上!

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 11月12日(金)夜7時からは、新宿の書店「模索舎」さんで発売記念イベントもあるようです。詳細はこちら

 で、ぼくは今回、韓国の映画監督イ・ドゥヨンという人について書いております。日本では『桑の葉』シリーズで知られ、韓国ではテコンドーアクション映画の元祖『龍虎対錬』、あるいは韓国映画が海外の映画祭で注目を集めるきっかけとなった傑作『避幕』など、幅広いジャンルで数々の傑作・快作・話題作を放ってきた巨匠として知られています。当ブログでも『武装解除』『生死の告白』『最後の証人』『傘の中の三人の女』『鬼火山荘』『クレイジー・ボーイ』『業』といった作品を紹介してきましたが、その総決算として、全60本の作品解説を含む30ページの特集を組ませてもらいました。おそらくイ・ドゥヨンについてここまで詳しく書いた記事は日本初です。

 そして、今回は名著「龍熱大全」「ブルース・リーと101匹ドラゴン大行進!」などでおなじみ、香港功夫映画評論家の知野二郎さんにご参加いただき、アクション映画作家としてのイ・ドゥヨンの魅力について大いに語っていただきました(ふたりで喫茶店の片隅でひたすらイ・ドゥヨンについて喋り倒すという夢のような時間でした)。全作品解説コーナーでは『龍虎対錬』『続・秘密客』『黒雪』などの解説も執筆していただいてます。知野さんのご助力がなければ、この企画はここまで充実したものにはなりませんでした。僕の中では大きな夢が叶った気分です。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

 また、全作品解説やレビューでは「TRASH-UP!!」メインライターの真魚八重子さん、餓鬼だらくさんにもご協力いただきました。八重子さんの『最後の証人』レビューは凄く素敵だし、『サイレント・アサシン』や『暗殺/グレートハンターGJ』についてあんなに親身に書ける人は餓鬼さんしかいません!! いつも助けていただいて本当にありがとうございます。

▼イ・ドゥヨン監督作品アートワークの一部
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《特集内容》
■INTRODUCTION──韓国最強の映画監督イ・ドゥヨン
■イ・ドゥヨン全作品解説 1970-2002
 デビュー作『失われたウェディング・ベール』から、
 最新作『アリラン』に至るまでの監督作品全60本を紹介。
 観賞した作品については詳細なレビューも。ソフト情報つき。
 (執筆者/岡本敦史、知野二郎、真魚八重子、餓鬼だらく)
■対談「韓国アクション映画の開拓者 鬼才イ・ドゥヨンの魅力を語る!」
 香港功夫映画評論家として活躍する知野二郎氏を迎え、
 韓国随一のアクション映画作家として名を馳せたイ・ドゥヨン監督の魅力と、
 知られざる70年代テコンドーアクション映画ヒストリーに迫る!
 (出席者/知野二郎、岡本敦史)
■レビュー『最後の証人』 by 真魚八重子
■コラム:メイキング・オブ・『最後の証人』、『クレイジー・ボーイ』と『デス・プルーフ』、ほか

 今年の春は資料集めに明け暮れ、夏から秋にかけてはひたすらテキストを書きまくり、正直今まででいちばん心身共にキツイ思いをしました。『REDLINE』本の作業ともバッチリ被ってしまい、毎日「もっと時間をくれ!」と祈り続けてたような気がします。あまりに熱を入れすぎて、屑山編集長にもデザイナーのSさんにもご迷惑をおかけしました。すみません。とにかくメチャクチャ頑張って作った記事なので、ぜひ読んでみてください! よろしくお願いします!!

 ちなみに、こないだ「映画秘宝」さんの仕事で『黒く濁る村』のカン・ウソク監督に取材させていただいた時、何かイ・ドゥヨン作品で好きなものはありますか? と訊いたら、「やっぱり『避幕』かな。あと『最後の証人』も素晴らしいね」と仰ってました。イ・ドゥヨンの名を知らずして韓国映画を語るなかれ!

『肉体の門』(1981)

『肉体の門』
原題:육체의 문(1981)
英語題:The Door to the Flesh / The Gates of Flesh / Lost Corpse

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 キム・ギヨンが自身の製作会社「新韓文芸映画」でプロデュースした、韓国では珍しいスラッシャーホラー。監督はこれがデビュー作となったイ・ギファン。同じく本作で主演デビューを飾った新人女優の名は、キム・ヘスク。今では母親役を得意とするベテラン女優であり、パク・チャヌク監督の『渇き』(2009)では姑役を大迫力で怪演して強烈なインパクトを与えた、あのキム・ヘスクである。彼女は韓国恐怖映画の古典『殺人魔』(1965)をリメイクした怪作『キラー・レディ/首なき殺人』(1985)にも主演しており、ホラージャンルとはキャリアの初期から縁深かったようだ。

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〈おはなし〉
 マネキンの結髪の仕事をしているヘスク(キム・ヘスク)は、職場の女友達と飲み会を開いたり、ボーイハントにいそしんだりと、都会の自由な生活を満喫している。ある時、友人のひとりが結婚することになり、それに刺激されたのか周りの友人たちも経済力のないボーイフレンドを捨て、裕福な男との結婚に走り始める。が、どこか不気味な男と結婚した友人のひとりが、ハネムーン中に夫によって惨殺され、彼もまた飛び降り自殺をはかるという痛ましい事件が起きる。

 ヘスクは恋人の勤め先でもある法医学研究室で、殺された友人の遺体と対面。そのとき、同じく検視台に横たわる自殺した友人の夫の姿を見て、彼女は言いようのない恐怖を覚えるのだった。しばらくして男の遺体が忽然と消え、ヘスクの周囲で残忍な連続殺人事件が続発。ひとり、またひとりと友人たちの命が奪われ、ついに犯人の魔手はヘスクにも迫ろうとしていた……!

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 この映画に登場する女性は、平気で男を捨てたり、打算的な結婚をしたり、恋人がいるのに金のために愛人と寝たりする「いけない娘たち」として描かれる。そんな彼女たちに対して、マッチョな殺人鬼が地獄の淵から蘇ってきて制裁を加えるというわけだ。ラストシーンでは『キャリー』(1976)風のオチがついたあと、ヒロインの恋人が画面に向かって指差して「女たちよ、気をつけろ! 次はお前の番だー!!」みたいなことを叫んだりする。韓国的マチズモに染まりきった男性の立場から放たれる全女性への「説教」であり、「あんまり男のことをバカにすんなよ!」という切実かつ情けない叫びでもある。ホラー映画(特にスラッシャー)においては、性に奔放な女性に対する「お仕置き」的なニュアンスが入りがちだが、ここまでハッキリ言い切った作品も珍しいのではないか。身も蓋もないというか、なんというか。

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 今なら問題になりそうな偏った性意識と女性への悪意に満ちていながら、その姿勢がホラーとしては上等ないかがわしいムードを醸し出してもいて、なかなか捨て難いものがある。傑作などとは口が裂けても言えないが、全編に漂うスリージーな雰囲気と、厳しい表現規制のなかで懸命にスラッシャーホラーを作ろうとするイ・ギファン監督の情熱と心意気は買える。『バーニング』(1981)よろしく女の喉くびにハサミを突き立てるカットもあるし、水槽に生首が転がっているショックシーンは『サイレント・パートナー』(1978)からのいただきか。法医学研究所のモルグを舞台にしたクライマックスでは、遺体にかけられたビニールシートが扇風機の風で次々に剥ぎ取られていく幻想的な場面や、原色照明を巧みに使った廊下での緊迫感溢れる追っかけシーンがあったりと、かなり頑張っている。

 特筆すべきはハン・サンギによる音楽。リズムトラックやドラムマシンのループを使って独特の無機質なリズムを全編にあしらい、やたらとテンポのいい語り口と相まって観客を(半ば無理やり)ストーリーに引き込んでいく。キム・ギヨン監督の『ヌミ』(1979)でも同じような手法がとられていたが、その応用とも言える。

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 不死身で神出鬼没という殺人鬼の設定はまるっきり『ハロウィン』(1978)のマイケル・マイヤーズ。しかし、本作ではビルから飛び降りて死亡確認されても生き返り、拳銃で撃たれても蘇ってきて、終いには家の鏡をぶち破って出てくるという『ファンタズム』(1979)のトールマン並みの活躍を見せてくれる。タクシーの上にしがみついて、車中のヒロインに襲いかかったりするスタントアクションもあり。

 苦虫を噛み潰したようなコワモテと珍妙なヘアスタイルのミスマッチが強烈なインパクトを与える殺人鬼を演じるのは、チャン・イルシク(張一植)。元々はアクション俳優で、イ・ドゥヨン監督の『武装解除』(1975)にも出演しており、チョン・モン(張莽)という別名でも知られている。とにかく本作は、この人の見た目の怖さだけでホラー映画として十分に元がとれる。最初に普通のおじさんとして出てきた瞬間からムチャクチャおっかないんだもの。

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 これがデビュー作のキム・ヘスクは、正統派の美人ではないものの、この頃からすでに独特の可愛らしさを放っていて魅力的。小悪魔っぽいヒロインを表情豊かに瑞々しく演じていて、少なくとも『キラー・レディ』よりは断然イキイキして見える。後半のスクリーミング・クイーンっぷりが素晴らしく、そこからは俄然美人に見えてくるのが不思議(ちょっとユ・ジインに似てるなーと思う瞬間もあったりする)。

 ヒロインの恋人を演じたのは、のちにキム・ギヨン監督の『肉食動物』(1984)で主人公の息子を演じたり、『馬鹿狩り』(1984)でも主役のひとりを演じたキム・ビョンハク。『自由処女』(1982)に出演した石立鉄男似のキム・ウォンソプも端役で顔を見せる。

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 主演のキム・ヘスク、相手役のキム・ビョンハク、そして殺人鬼役のチャン・イルシクも含め、ことごとく美男美女ではない、どこかリアルな生々しさが漂う容貌の俳優ばかり選んでいるキャスティングには、作り手の明確な意図が感じられる。一見すると女性蔑視的な内容だが、よく見ると女性にも男性にも等しくシニカルで突き放した視線が向けられており、その上で意識的に偏ったジェンダー論を展開して、諷刺的な空気を作ろうとしている。恋人がいながら中年のパトロンとの関係を引きずるヒロインに対しても、いいか悪いかの結論づけなどはしていない(と思わせて、ラストで「倫理的に」制裁が加えられるあたり、ホラージャンルへの逆説的なパロディにも見えなくもない)。また、殺人鬼の執拗な追跡から命からがら逃げてきたヒロインが、いきなり欲求不満の恋人に無理やり犯されてしまうという展開では、男の一方的かつ暴力的な欲望がハッキリと醜悪なものとして描かれている。

 その生々しさとシニカルなムードも、この映画のちょっとした魅力だが、イ・ドゥヨン監督の『鬼火山荘』(1980)のパワフルな性的優位性の逆転には完璧に負けているのもまた事実だ。イ・ギファン監督は翌年に『他人の巣』(1982)というメロドラマも撮っていて、これもやはり同じようなスキャンダラスな匂いをもった作品らしい。夫の不能のせいで結婚生活がうまくいかなくなったヒロインが、夫の同僚と駆け落ちし、それを知った夫が自ら命を絶つというストーリーだという。また、イ・チュンフィ名義で撮った『細い道』(1988)は、巫堂(ムーダン)のヒロインが偶然知り合った犯罪者を自首させようとするストーリーの作品らしく、こちらも気になる。

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 なお、キム・ギヨンが1979?82年の間に「新韓文芸映画」作品のプロデューサーとして携わった作品は、以下のとおり(間違いもあるかも)。『龍門豪客』(1979)では脚本も手がけているようだ。また、本作『肉体の門』でシナリオを担当したキム・ヨンジンは、新韓文芸映画のプランナー・脚本家として多くの作品に携わっている。

●1979
『龍門豪客』용문호객(アン・ヒョンチョル監督)
『朝退勤する女』아침에 퇴근하는 여자(パク・ヨンジュン監督)
『水女』수녀(キム・ギヨン監督)
『ヌミ』느미(キム・ギヨン監督)

●1980
『この世の全てを与えるとしても』이 세상 다준다 해도(パク・ヨンジュン監督)
『窓の外の女』창밖의 여자(キム・ムノク監督)
『派手な経験』화려한 경험(イ・サング監督)
『龍拳蛇手』용권사수(キム・シヒョン監督)

●1981
『精武門'81』정무문 '81(イ・ウンス監督)
『怪盗出馬』괴도출마(チェ・ヨンチョル監督)
『終点』종점(チョン・イニョプ監督)
『肉体の門』육체의 문(イ・ギファン監督)
『人蛇夜闘』인사야투(クォン・ヨンスン監督)

●1982
『少林寺酒天鬼童』소림사 주천귀동(キム・ジョンソン監督)
『火女'82』화녀 '82(キム・ギヨン監督)

 この間、キム・ギヨンは自身の監督作『水女』『ヌミ』『火女'82』もセルフプロデュースしている。ちなみに、1981年に公開された監督作『潘金蓮』は、1974年に撮影されながらオクラ入りにされ、原版とは異なる編集を施されて封切られた不遇な作品。そして、当時の人気女優アン・ソヨン主演の『自由処女』(1982)は、別のプロデューサーから依頼された雇われ仕事である。

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『朝退勤する女』(1979)

『朝退勤する女』
原題:아침에 퇴근하는 여자(1979)
英語題:A Barmaid / The Woman Who Leaves Work in the Morning

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 韓国が生んだ世界的巨匠にして弧高のカルト監督、キム・ギヨン。代表作『下女』(1960)をはじめとするパワフルな傑作・怪作群を放った映画作家として広く知られる一方、彼は自ら製作会社を経営するプロデューサーでもあった。1979?82年の間には「新韓文芸映画株式会社」の製作・配給で、自身の監督作のほかに何本もの作品をプロデュースしている。例えば『龍門豪客』(1979)や『精武門'81』(1981)などのクンフーアクション、そして『窓の外の女』(1980)や『終点』(1981)といったメロドラマ、さらに怪作ホラー『肉体の門』(1981)などなど。本作『朝退勤する女』もその1本で、これは70年代に『ヨンジャの全盛時代』(1975)のヒットを機に流行した“ホステスもの”の流れを汲むメロドラマ。監督のパク・ヨンジュン、主演のコ・ドゥシムにとっては、本作がデビュー作となった。

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〈おはなし〉
 ナイトクラブのホステスとして働くチャンミ(コ・ドゥシム)は、公園で自分の姿をスケッチしていた青年ソン・ウヨル(ハ・ミョンジュン)と知り合う。エキセントリックで調子の良すぎるところはあるが、どこか憎めないウヨルに、だんだんと惹かれていくチャンミ。いつしかふたりは付き合い始め、ウヨルはチャンミの暮らすアパートに転がり込んでくる。ある日、チャンミは妹のように可愛がっている同居人のヨンア(チ・ミオク)が、ウヨルとキスをしているところを目撃。チャンミは彼女を叱責し、部屋から追い出してしまう。ウヨルも軽率な行動を慎み、チャンミをより真剣に愛するようになる。

 だが、幸福な日々は長く続かなかった。元々裕福な家に生まれたウヨルには美しい許嫁(イ・ファシ)がおり、両親から結婚を迫られていたのだ。それを知ったチャンミは、土砂降りの中、ウヨルを問いつめる。彼はチャンミへの揺るがぬ愛を誓い、婚約破棄を宣言するために実家へと出かけていった。意気揚々とご馳走を用意して、彼の帰りを待つチャンミ。だが、彼は翌朝になっても戻ってこなかった。思わずナイフを手に取り、ウヨルの結婚式に向かうチャンミ。しかし、式場で彼の苦渋に満ちた表情を目にして虚しさを感じた彼女は、ひとり来た道を引き返すのだった。

 数年後、チャンミはウヨルとの間にできた子供を産み、女手ひとつで幼い息子を育てながら、ホステスの仕事を続けていた。彼女は息子の幸福を思い、その親権をウヨル夫婦に譲り渡すことにする。悲しみに引き裂かれながら息子に別れを告げ、チャンミはまた夜の仕事に戻っていく。やがて彼女は重い病に倒れ、孤独に息を引き取った。チャンミの葬式に現れたウヨルは、冷たくなった彼女の骸に、別れの接吻をするのだった……。

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 上記のあらすじは、KMDBに記載されていた若干の間違いを含むあらすじと、実際の映画のストーリーをまとめたものだが、後半部のヒロインが病死するくだりに関しては定かではない。というのも、ぼくが観た『朝退勤する女』の韓国版ビデオは、残り10分くらいのところでテープが終わって勝手に巻き戻ってしまい、映画の結末を観ることができなかったからだ。昔の韓国のビデオは、90分テープに100分以上の映画本編をそのまま収録してる場合がたまにある。テープの長さに合わせて再編集しているものの方がよほど良心的だと思えるような、いいかげんな商売が成り立っていたのだ。

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 で、肝心の映画本編について。ストーリーだけ読むと典型的な「夜の女の哀歓」を描いたメロドラマっぽいが、実際の映画は前半と後半でまるっきりトーンが異なる。前半は現代的で活き活きとしたヒロインと、キャラがよく掴めないハ・ミョンジュン演じる軽佻浮薄な青年との恋の駆け引きをメインに、ちょっと躁病っぽいくらいのテンションで明るく軽いラブストーリーが展開する。その合間に、ヒロインの過去の失恋話や、妹のように可愛がっていたルームメイトの裏切りなどがあり、だんだんとシリアスなタッチに変化。そして、実は青年は良家の生まれで美しいフィアンセがいました、という大時代的な展開になり、一挙にメロドラマ化が加速していく。

 終盤では、前半あんなに活き活きしていたヒロインが苦労人のシングルマザーとなり、枯葉舞い散る公園で幼い息子と別れの愁嘆場を演じたりする。前半部を思い出すと別人だったんじゃないかと思うくらい、役者の演技の質もすっかり変わってしまう。そういう印象を抱かせる映画は、青春ものや一代記には珍しくない。が、この映画ではアフレコで登場人物の声をまるっきり変えてまで、そういう印象の変化をつけているのが凄い。相手役を演じるハ・ミョンジュンの吹き替えが、映画前半のやたら甲高い素っ頓狂な声から、後半では渋い声の声優にバトンタッチするのだ(当時の韓国映画はアフレコが主流だったので、香港映画のように、演じる役者本人ではない吹き替え専門の声優が台詞を吹き込むケースは多々あった)。

 このような分裂した構成には、もしかしたら製作者キム・ギヨンの「前半部だけで観客にどんな映画か悟られるような、意外性のない映画を作るな!」という“教え”が入っているのかもしれない。考えてみれば『虫女』(1972)も『殺人蝶を追う女』(1978)もそうだった。

 これがデビュー作のパク・ヨンジュン監督は、エネルギッシュな演出で前半の若者たちのラブストーリーをさばき、やや過剰な演出にも思いきって挑んでいる(例えば、波打ち際でヒロインが初恋相手に抱かれるシーンで、彼女の顔にザブザブ波がかぶるさまを繰り返し映し、パッションの高まりを表現しようとしているが、観てる方は「溺れてるじゃねーか!」と突っ込まずにいられない)。後半のいかにもメロドラマ的な展開では、前半の元気のよさを発揮できず、仕方ないとはいえ単なるまとめ仕事になってしまってつまらない。が、朝まで恋人の帰りを待っていたヒロインがさっと包丁を引っ掴み、次のカットでタクシーに乗っているあたりのシャープなリズムはなかなか秀逸だ。また、恋人が帰ってこないことを示す時間経過のひとつとして、12時をさす時計の針と警備隊の警笛(当時の韓国では夜間外出禁止令が続いていた)を使う簡潔な演出も、時代性を感じさせつつ巧みである。

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 コ・ドゥシムは近所のお姉さんタイプという感じの美人で、夜の蝶というイメージではないが、逆に生活感があってリアリティを感じさせる。デビュー作にしてかなり起伏の激しい、ハードルの高い役柄ながらも、果敢に、活き活きとヒロインを演じている。後半の疲れた母親ぶりもなかなか似合っていて、それはそれで「デビュー作でこんな表情まで演じさせんでも……」と少し複雑な気分になる。近年は母親役の似合うベテラン女優というイメージが定着しているから、韓流ドラマとかで彼女の姿を見慣れている人が観たら、そのはち切れんばかりの若さと可愛さに驚くのではないか。

 相手役のハ・ミョンジュンは、同年公開のキム・ギヨン監督作品『ヌミ』(1979)にも主演しており、イ・ドゥヨン監督の大作『最後の証人』(1980)の撮影もこの年に行われている。どちらかというと真面目でナイーブな印象の強い彼が、ヘタクソな肖像画をヒロインに見せて厚かましく口説きにかかるという、チャラチャラした変わり者キャラとして登場するシーンは、けっこう度肝を抜かれる(しかも、どう聞いても本人の声ではないハイトーンな声優の声なので、なおさらおかしい)。ただ、そのいかにも板についてない感じが逆に面白かったりして、後半でいつもどおりのシリアスな演技スタイルに戻ってしまうと、やや残念な気も。

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 余談になるが、ハ・ミョンジュンはこの年に実兄の映画監督ハ・ギルジョンを亡くし、以前から持っていた監督志望の夢をより強くしていた。そして、ある日キム・ギヨンから電話で「今度な、わしのプロデュースで君が監督をやりたまえ! ガッハッハッハ!」みたいなことを言われ、いきなり監督デビューすることになるが、間もなくキム・ギヨンの会社は経営難から倒産。仕方なく進行中の企画を別の会社に持ち込み、『X』(1984)で監督デビューを果たす。彼が監督業に進出するきっかけのひとつを与えたのは、キム・ギヨンだったのだ。

 そして、本作でハ・ミョンジュンの婚約者役を演じているのが、イ・ファシ。ここでは単なる綺麗どころ以上のものではない、印象の薄い役に甘んじているが、彼女はキム・ギヨン作品のミューズとして『異魚島』(1977)のヒロインや、『殺人蝶を追う女』冒頭に登場する自殺志願の女など、強烈なインパクトを与えるキャラクターを次々と演じている。『ヌミ』ではわりと普通の端役だったが、本作もそのポジションに近い。迫力すら感じさせる美貌と優れた演技力を兼ね備えた稀有な人気女優だったものの、当時の韓国ではあまりにセックスアピールが強すぎて風紀を乱すとの理由で、政府当局から圧力がかかり、仕事が来なくなって海外に移住したという壮絶な伝説を持つ(現在では復帰)。政権交代で性表現の規制が解かれた80年代からは『エマ夫人』(1982)のアン・ソヨンがセクシー女優として大人気を博すのだから、まったく不運としか言いようがない。

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 パク・ヨンジュン監督は、80年代に数多くのメロドラマやエロ映画などを演出。日本でも『ソウル・マダム・レイプ/白い肌の秘事』(1985)や『韓国幼性伝/いちぢく』(1989)などの作品が紹介されている。本作には思い入れがあったのか、1990年にリメイク的な続編『朝退勤する女2』を発表。90年代以降も活動を続け、2009年、64歳で他界した。

 『朝退勤する女』は、工夫はあるし、出演者も魅力的だが、はっきり言って平凡なメロドラマ以上でも以下でもない、普通の作品である。とはいえ、相変わらず台詞の内容がよく分からないまま無理やり観ているので、ひょっとしたら洒脱な台詞が満載の大傑作かもしれない(?)。実際、傑作なんてどこに転がっているか分からないのだ。その国の、その当時に作られた娯楽映画の在りようを知りたいという外国人観客のニーズに、もうちょっと耳を傾けてもらえれば、その探索作業もやりやすくなるのだけど……。

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『蝶々、懐で泣いた』(1983)

『蝶々、懐で泣いた』
原題:나비품에서 울었다(1983)
英語題:Crying in a Butterfly's Embrace

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 韓国映画界を代表する名匠イム・グォンテクが、キャリアの絶頂期に手がけたアダルトな恋愛ドラマ。製作は、敏腕プロデューサーにして監督でもあるチョン・ジヌ。風変わりなタイトルは、チョン・ジヌの監督作『愛の望郷/激流を超えて(原題:オウムからだで鳴いた)』(1981)、『娼婦物語/激愛(原題:カモメよ、すいすい飛ぶな)』(1982)などの“鳥シリーズ”に連なるイメージを狙ったものだろう。主演は『娼婦物語/激愛』でヒロインを熱演した演技派女優、ナ・ヨンヒ。

 「TRASH-UP!! vol.3」にも少し書かせてもらったが、ナ・ヨンヒという女優さんは80年代韓国映画ウォッチャーなら誰もが気になる存在で、イ・ジャンホ監督の問題作『暗闇の子供たち』(1981)で主演デビューした後、キム・ギヨン、ぺ・チャンホ、ユ・ヒョンモクなど錚々たる名監督たちと組んだほか、『ソウル・コンパニオン/肉体の虜』(1988)という大ヒット作にも主演している。それらの作品を追いかけているうち、早い話が彼女のファンになってしまい、巨匠イム・グォンテクと一緒に仕事をした作品と聞けば、これはぜひ観てみたいと思っていた。が、DVD化などはされておらず、中古ビデオ店に注文しても「探してみたらありませんでした」とか言われたりして、なかなか観ることができなかった。そして、最近ようやく(ちょっと高めの店で)中古VHSを発見し、念願かなって観ることができたという次第。

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〈おはなし〉
 美しい山々に囲まれたホテルをあとにした女性が、道端で1台のタクシーを拾う。彼女の名はヒョンジュ(ナ・ヨンヒ)。12年前に別れた初恋の人ミンソプを訪ねて、遠く離れたこの地までやってきたのだ。タクシー運転手のスンホ(イ・ヨンハ)は、彼女の想いに共感し、その願いを叶えるために一肌脱ぐことを約束する。目的地の炭坑町に着いたヒョンジュは、ミンソプの職場を訪ねてみるが、すでに彼は別の町へ引っ越したあとだった。今度はその移住先へと向かうふたり。その途中、地元の老人や僧侶、ヒッチハイカーのカップル、酒飲みの中年ドライバーなど、様々な人々と出会いながら、タクシーでの旅は続いていく。いつしかスンホは、ヒョンジュに惹かれ始めていた。

 ついに、ヒョンジュたちはミンソプの暮らす寂れた田舎町に辿り着く。だが、そこで待っていたのは、妻子持ちの疲れた中年男となったミンソプの姿だった。失意のヒョンジュに、よりいっそう深い愛情を感じるスンホ。ふたりは憂さ晴らしに地元のバーに立ち寄るが、そこでヒョンジュは中年ドライバーと再会。バンドの演奏に合わせて楽しげに踊る彼らの姿に嫉妬したスンホは、酔っぱらって男に絡むものの、返り討ちにあってしまう。

 気まずい空気のまま、ホテルに身を寄せたヒョンジュとスンホ。いつしか彼らは激しく求め合う。昼が過ぎ、夜が過ぎ、いつまでも愛し合い続けるふたり。が、ヒョンジュもまた、夫と子供がいる身だったのだ。その日の朝、ヒュンジュはソウルからの電話を受け取ると、置き手紙を残して去っていた。残されたスンホの胸に、虚しさが去来する……。

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 ストーリーはいたってシンプル。女と男が出会い、旅をし、結ばれ、女は去る。ただそれだけの話だ。イム・グォンテク監督は、その簡潔さをこの物語の美徳として最後まで守りながら、巧みな語り口で見せきってしまう。いちばんの立役者は、ロケーションだ。ロードムービーの背景として映しだされる、雄大で趣深い自然美の数々。そして時間が止まったような奥地の僻村や、炭坑町の情景が「キック」としてストーリーを盛り上げ、観る者を惹きつけ続ける。それらのビジュアルが本作最大の魅力であるといっても過言ではない。ひとつひとつの画面がそのまま絵葉書や写真集にできそうなくらいで、ぜひ綺麗なプリントで再見したいと思った。

 おそらく本作は、主演女優ナ・ヨンヒありきで企画されたものだろう。愁いを帯びたヒロインを演じる彼女は、確かにこれ以上にないハマリ役だが、それゆえ意外性にも乏しい。すでに似たような役柄しかもらえない映画女優の宿命=マンネリズムに足を取られているような印象を受ける。とはいえ、イム・グォンテク監督は彼女に極力抑えた芝居を課しながら、魅力的なショットをいくつも押さえている。シャワーシーンやベッドシーンも交え、女優映画としての体裁をしっかり保っているあたり、さすが職人の手際よさ。

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 ヒロインよりも、どちらかというと気のいいタクシー運転手を演じるイ・ヨンハの好演の方が記憶に残る。どこか子どもっぽさを引きずった青年役を、表情豊かに演じていて魅力的だ。ふたりが道中で出会う人々もそれぞれ印象的で、中でもチョイ悪な中年ドライバーを演じる名優ユン・ヤンハがいい。エンストした車の修理を待ちながら缶ビールをグイグイ飲んでいるという絵面もインパクト大だし、酒に酔って絡んできたイ・ヨンハを豪快な背負い投げでブンブン投げまくるシーンも面白い。また、ヒロインのかつての恋人役で、イ・ドゥヨン監督の『ムルドリドン』(1979)や『おかしな関係』(1983)に主演したハン・ソリョンが顔を見せている。同じくイ・ドゥヨン作品の常連であるハン・テイルも、1シーンだけ出演。

 韓国の美しい景観を情感豊かに切り取ったキャメラマンは、ソン・ヒョンチェ。イム・グォンテク監督とは前年の『アベンコ特殊空挺部隊/奇襲大作戦』(1982)などで組み、チョン・ジヌ監督&ナ・ヨンヒ主演の『娼婦物語/激愛』でも撮影を担当している。イ・ドゥヨン監督とは20年近くに渡ってコンビを組んできたことでも知られるベテランだ。脚本のソン・ギルハンは、イム・グォンテク監督と『曼陀羅』(1981)や『キルソドム』(1985)などの傑作群を共に送り出してきた常連スタッフである。

 イム・グォンテク監督としては、この映画は作家的欲求を満たす企画というより、完全なる雇われ仕事のひとつだったと思う。それでも、一歩間違えば退屈なメロドラマになりそうな企画を、ここまで情感豊かに、シンプルかつ寓話的なラブストーリーの秀作として仕上げてしまうあたり、絶頂期の凄みを感じさせる。

 水辺の道をタクシーが走り去る、哀愁漂うエンディングを締めくくるのは、なぜか『ロッキー3』(1982)のテーマ曲としておなじみの「Eye of the Tiger」。一体、誰の選曲なのだろうか……監督本人のセンスとは思えないが。

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