Simply Dead

映画の感想文。

お知らせなど(四畳半・テコンV・TRASH-UP!! etc.)

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 先日、感動のフィナーレを迎えた湯浅政明監督のTVアニメ『四畳半神話大系』。最終回のオンエア直後、twitterなどでの大反響と併せて、DVD&Blu-rayの予約ランキングが一気に上位へ跳ね上がったのは、まぎれもなく作品の力が成し遂げた快挙。個人的には『インセプション』も『Un Prophete』も差し置いて今年のベスト1確定! というくらい楽しませてもらいました。で、普通にファンとしてBlu-rayの予約をだいぶ前から入れてたんですが、思いがけず仕事で関わらせていただくことに。8月20日にリリースされる第1巻の封入特典ブックレット(DVD&Blu-ray共通)に掲載される、湯浅監督インタビューの取材・構成スタッフとして参加しました。原作ファンにとっても湯浅ファンにとっても、けっこう面白い内容になっていると思いますので、よければご覧になってみてください。

・Amazon.co.jp
『四畳半神話大系』第1巻(DVD)
『四畳半神話大系』第1巻(Blu-ray)


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 そして、こちらもアニメの話題ですが、韓国が生んだヒーローロボットアニメの名作『テコンV』が、いよいよ8月7日からシアターN渋谷にてレイトショー公開されます。現在、チラシが映画館などで配布されていると思いますが、そのテキストを不肖私めが書かせていただきました。解説文のほか、コピーも書いています。いくつか出したコピー案のなかには「イルカも守るぜ、テコンV!!」というのもあったんですが、当然のごとく却下されました(本文の方も、少しばかり削られてたり……そっちは内容的に全然関係ないんですが、まあ、一連のイルカ騒動の煽りで)。それはさておき、映画自体はホンッットに楽しい作品なので、ぜひ映画館で、なるべく大勢で観ることをお薦めします。どこかで見たことあるようでないような斬新なメカデザイン、娯楽のツボをおさえた王道のストーリー展開、韓国らしいディープな悪のキャラクター造形、意外に気合いの入った作画など、見どころ盛りだくさん。日本人向けに三割増ぐらい映画を面白くしている「こども商事」監修による字幕もサイコーです! あと、劇場で販売されるパンフレットのテキストも書いたので、そちらもよろしく!!

・映画公式サイト
『テコンV』(チラシ画像も見れます)


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 さて、おなじみ孤高のトラッシュカルチャーマガジン「TRASH-UP!! vol.6」も現在発売中。先日ようやく現物を屑山編集長から受け取りましたが、厚い! 重い! ホビージャパンか! と声を荒げたくなるほど充実した内容で、正直まだ半分しか読めてません(多分、次の号が出る頃には読み終わるかと……)。大林宣彦監督のロングインタビューを含む『HOUSE』大特集だけでも、映画ファンにとっては一生の宝物になること間違いなし。他にも『サバイバル・オブ・ザ・デッド』座談会、東映ニューポルノの歴史、ローラーダービー最新事情、GPミュージアム特集、アメリカンニューシネマとヴェトナム戦争など、もはや殺人的な読み応えです。柳下さんによるヴァーホーヴェン幻の新作レビューも面白かったし、三宅隆太監督による渾身の『THE WAR/戦場の記憶』評にも痺れました。とにかく素晴らしく面白い読み物が満載で、その全てについてここで紹介するのは不可能なので、まずは店頭で手に取ってみてください。見知らぬ世界の入り口に興味津々で飛び込んでいける人なら、絶対に損はしません。というか、個人的には、そういう人が世の中にもっと増えてほしい(そして自分もそうありたい)という願いも込めて記事を書いてたりしますので……。

・公式サイト
TRASH-UP!!(通販もやってます)

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 あと、これは自分が関わっているわけではありませんが、友達がスタッフとして参加している「佐々木昭一郎というジャンル」と題した特集上映が、7月24日?30日の1週間、ユーロスペースで開催されます。TVドラマの枠を逸脱した傑作の数々を世に放ち、多くの人々に衝撃と感動を与えた伝説のディレクター・佐々木昭一郎。その監督作『マザー』『さすらい』『夢の島少女』『四季・ユートピアノ』の4本をスクリーンで上映。いずれも現在では観られる機会の少ない貴重な作品なので、未見の方も、熱烈な佐々木作品ファンの方も、ぜひ足をお運びください。香港の映像作家アレン・フォンと並んで、映画ファンならいちどは触れるべき作家だと思います。

・特集公式サイト
「佐々木昭一郎というジャンル」
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『インセプション』(2010)

『インセプション』
原題:Inception(2010)

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 おもしろかったー! 109シネマズ川崎のIMAX上映にて観賞。まさか2010年にあんな大画面でトム・ベレンジャーの芝居が観られるとは思わなかった。才能のある監督が、今のハリウッドで内容面でも予算面でもほぼ完全な自由を手に入れて、本当にやりたいことをやりきったら、こんなに面白いものができるんだなあと感動。もちろん、ここまで意欲的な企画を通せたのも『ダークナイト』(2008)の大成功あってこそだろうから、きわめて異例のケースなのだろうけど。

(ここから先、なるべくネタバレはしませんが、なんの予備知識もなく映画を観たいという方はスルーしてください)

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『レポゼッション・メン』(2010)

『レポゼッション・メン』
原題:Repo Men(2010)

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 お、おもしれえ……! 観ている間、そんな嬉しさが幾度もこみ上げてくるSF映画の快作。人工臓器の取り立て人というパンチのきいたアイディアを、アクション満載の直線的ストーリーとして組み上げ、乱暴なまでの力技でラストシーンまで走りきってしまう力量が何しろ凄い。原作・共同脚本を手がけた作家エリック・ガルシアの個性が、濃密なSF感覚として全編に横溢。それを見事に具現化しているのが、ダニー・ボイル作品のストーリーボードやPV演出などを手がけてきた新鋭監督、ミゲル・サポチニクのパワフルな演出と卓抜したビジュアル造形だ。フィリップ・K・ディックのディストピアSF小説に代表される様々な過去作品のリファレンスを散りばめつつ、いちばん凶悪な頃のポール・ヴァーホーヴェンが帰ってきたようなバイオレンスもてんこ盛りで、こういう作品こそ映画好きに応援されて然るべきではないだろうか?

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 劇中で描かれる悪質な人工臓器の貸し付け商法は、あからさまにサブプライムローンのメタファーであり、そこで臓器回収人(レポ・マン)として働く主人公ジュード・ロウは、単刀直入に言うと企業に飼われている殺し屋である。ローンが払えないクライアントに最後通牒を突きつけ、有無をいわさずメスで腹をかっさばき、血まみれの人工臓器を引きずり出してあとは知らんぷり。誰がどう見ても「最悪の仕事」だが、彼はそれを淡々とプロフェッショナルとしてこなすことに誇りを持って生きている。自らが債務者として追われる身になるまでは。

 『レポゼッション・メン』は単純に企業悪を風刺するだけでなく、そこで働く個人にも等しく冷徹な目を向けている。これはアメリカだけでなく現代の社会全体を覆っている病理だろう。『フィクサー』(2007)を思い出してほしい。世のため人のためには全くならない、むしろ誰かを不幸にすることで利益を弾き出すことを仕事にしている人々がいる。彼らは自分のやっている仕事が、低所得者の生活破綻や、深刻な環境破壊、社会秩序の崩壊などにつながることを心のどこかで知りながら、それが資本主義社会の現実だと自らに言い聞かせ、目先の利益や評価を求めて企業に尽くすことを選んでしまう。そのとき、彼らは仕事に対してもプロフェッショナルであると同時に、自分の良心に嘘をつくことにかけてもプロフェッショナルとなるのだ。その「彼ら」とは、「私たち」のことかもしれない……。『レポゼッション・メン』はいささか極端なかたちで、ジュード・ロウ扮する主人公がその病理に目覚めていく過程を、ダークな笑いにくるんで描きのめしている。

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 ローンが払えないからといって生活に必要な車や住居を取り上げてしまう信用商法の冷酷さを、本作では「人工臓器の強制回収」というメタファーで描いているわけだが、それはカンペキに人間の死にも直結する行為なので、さすがに乱暴な話ではある。『ブレードランナー』(1982)みたいにアンドロイド狩りをするならまだしも、いくら社会秩序が失われて久しいディストピアといったって、そう簡単に取り立て人ごときが市民をバンバン殺しまくっていいのだろうか? 遺体はそのまま放置されてしまうようだが、警察はどうしているのか? 貸し付け契約書に「強制回収時の事故等に関しては責任を負いかねます」みたいな条項が書いてあれば許されてしまう世界なのか? 大体こんなことを繰り返していたら企業としての信用もガタ落ちになって、客なんか来ないのではないか?……等々、様々な疑問が頭に浮かぶ。映画をシナリオで観るタイプの人は、きっと最初のほうでつまづいてしまうだろう。

 そうした疑問に対して、この映画の作り手は緻密な世界観設定を用意して逐一答えるよりも、むしろ不条理な設定であることを観客に気づかせ、頭を働かせながら観てくれることを望んでいるようだ。あるひとつの結論としては、今この現実社会においても、人々から財産を巻き上げて社会的な死に至らしめる悪徳企業は、立派に成立しているはずである。こうした論理の導きを促すために、冒頭のボイスオーバーでわざわざ「シュレディンガーの猫」理論を紹介しているのかもしれない(?)。一方ではハリウッド謹製の娯楽作品として、SF設定の瑕疵について観客がいつまでもこだわる余裕を与えず、新たなストーリー展開や強烈な見せ場をたたみかけ、前へ前へとグイグイ引っ張ることにも心血を注いでいる。個人的には、まんまと「ああ、SFってこのぐらい強引なほうが楽しいよな」とか思わされてしまったので、バカをひとり騙せた時点で概ね成功していると言えるのではないだろうか。もちろん誰にでもできる芸当ではない。きっと天性の嘘つきに違いないエリック・ガルシアの大胆不敵な力技のなせる業だ。

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 腕利き回収人レミーの活躍(=殺戮)をノリノリで描く前半部は、ラフでタフなブラックジョーク・ハードボイルドといった感じで小気味いい。このくらいの野卑な図太さでP・K・ディック作品も映画化されるべきだと思う。レミーの家でバーベキューパーティーを開いている最中、相棒のジェイクが近所を通りかかった債務者から「臨時回収」するくだりは特に秀逸。きわどいユーモアと残酷さに満ちていて、その蛮行を嬉々として行うのが“いいひと役者”としては右に出る者のいないフォレスト・ウィテカーであるという面白さもある。

 後半、追跡劇に移行してからもアイディアがみっちりと詰め込まれていて飽きさせない。なぜか双子のように同じ格好をしたアジア系の母娘が営む闇医者が登場するシーンなど、このタイミングでまだそんなに楽しいことをする余裕があるのか! と感心してしまった。そして、観客が望むようなクライマックスに向かって、ご都合主義もなんのそので強引にストーリーを押し進めていくパワフルな語り口が痛快。『オールド・ボーイ』(2003)を意識したと思しき長回しアクション、とてつもなくエロティックで痛々しいラブシーンなど、なんで今こんなことやってんのか全然わかんねえけど面白いよーッ! としか言いようのない見せ場を連打し、まさに夢のような映画を観ている気分にさせてくれる。

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 ……と、次に待ち受けるのはSF的に極めて正しいツイストだ。映画好きなら誰もが「ミ」で始まって「ル」で終わる例のアレを思い浮かべるだろう(展開から細かい人物配置まで本当にソックリなので絶対に言えません!)。そこで、それまでのやや無理のある展開も腑に落ちるし、観ながら「あれ、なんだったの?」と引っかかっていた細かい描写も、意味ありげに思い出されてくる。例えば、主人公が本社ビルの廊下で倒しまくる敵の中にいた、顔の見えないアイツはやっぱり……とか。このオチを逃げと見るか、パクリと見るか、評価は分かれるだろう。が、個人的には『ミ○○○○○○○○ル』をまだ観たことがないような若者が、SF映画の面白さに初めて気づく作品として、バッチリ合格ラインに達していると思う。

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 プアホワイト出身の元軍人という荒っぽい役柄に扮したジュード・ロウが、なかなか新鮮な魅力を放っているのも見どころ。劇中では時代や地域が特定されていないため、絵的にはまるっきりハリウッド映画なのに、かなりラフなイギリス訛りで全編しゃべり通しているのも面白かった。フォレスト・ウィテカーの巧演も忘れがたく、ヒロインを演じるアリシー・ブラガの存在感も印象に残る。特別出演のRZAも役作り不要(?)のハマリ役だったし、出ている役者は軒並みよかった。音楽の使い方も小技がきいていて楽しい。タイトル部分を飾るのは『ダーク・シティ』でも印象的に使われた「Sway」だ。

 胸躍るアイディアの面白さと腕力押しの豪快さが融合した、今時のハリウッドでは貴重な快作である。見逃すべからず。(ちなみに原作小説『レポメン』は、映画とは内容が全然違うらしい。そっちの映像化も観てみたかった)

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Blu-ray & DVDセット『レポゼッション・メン』
原作本『レポメン』 by エリック・ガルシア(新潮文庫)

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『傘の中の三人の女』(1980)

『傘の中の三人の女』
原題:우산 속의 세 여자(1980)
英語題:Three Women Under the Umbrella

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 ありとあらゆるジャンルの娯楽作を手がけた職人監督にして、70?80年代の韓国映画界を支えたヒットメイカーとしてもリスペクトされる巨匠、イ・ドゥヨン。「テコンドー映画のパイオニア」「コリアン・エロス・ブームの火付け役」などの称号をもつ彼だが、女性を主人公にした繊細なドラマ作りにも定評がある。本作『傘の中の三人の女』は、以前に紹介したミステリー大作『最後の証人』(1980)と同年に発表された女性ドラマの秀作だ。原作はチョ・ソンジャク、キム・ジュヨン、チョ・ヘイルによる合作小説。互いに見も知らぬ3人の現代女性が、ひとりの男の死をきっかけに奇妙な縁で結ばれていくさまを、ミステリアスな語り口で描いていく。監督お得意の心理スリラー的要素、都会の冷たい孤独感を湛えた映像、そして良質のセンチメンタリズムがとても魅力的な作品である。お話としてはメロドラマなのだけれども、それらの要素が重奏的な効果を生み、単純なカテゴライズを許さない奥行きと膨らみを物語に与えている。

 近年はテレビドラマの名脇役として活躍するチョン・エリやキム・ミスクといった女優陣が、本作では若々しい美貌を披露しているのも見どころ。そして『最後の証人』の主人公役も印象深いハ・ミョンジュンが、ここでもナイーヴな好人物を味わい深く演じている。韓国映画界の至宝と言われる名キャメラマン、チョン・イルソン撮影によるクールな映像も素晴らしい。また、韓国ロックを代表するバンド「サヌリム」のリーダー、キム・チャンワンが音楽を手がけているという点でも、注目の作品である。

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〈おはなし〉
 ミヨン(チョン・エリ)は若くして結婚し、ごく普通の主婦として暮らしていた。が、ある日突然、夫のミョンジェ(ハ・ミョンジュン)が事故死。悲嘆に暮れながら葬式を終え、遺品の整理を始めたミヨンは、夫の使っていた手帳を見つける。そこには、KとMという、ふたつのイニシャルの人物と彼が秘かに会っていた記録があった。それを目にした瞬間、ミヨンの脳裏に、葬式に訪れたふたりの女たちの面影が蘇る。ファッションデザイナーのミン・シネ(キム・ミスク)と、ホステスとして働くコン・スミ(イ・ムンヒ)という女たちだ。ミヨンの胸中に、どす黒い感情が湧き上がる。夫の死は、単なる事故ではなく、あの女たちが関わっているのではないか?

 ミヨンはさっそく彼女たちの身辺調査を開始。そして、たまたまテープに録音されていた夫の電話口での話し声を編集し、シネとスミに電話をかけ、そのテープを聞かせた。さながら死んだはずの夫から電話がかかってきたかのように……。ミヨンの思惑どおり、大変なショックを受けるシネとスミ。だが、それはミヨンにとって手始めに過ぎなかった。

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 シネは恐怖を感じながらも、ミョンジェと過ごした幸福な日々のことを思い返す。彼女はかつて孤児院でミョンジェと一緒に育った仲だった。大人になってファッション業界で成功し、裕福なパトロンの愛人になってからも、彼女は兄のように優しかったミョンジェのことが忘れられずにいた。そして思いがけない再会を機に、ふたりはようやく結ばれたのだが、その前途は多難であった……。一方、スミもまた、ミョンジェとの短く儚い恋に思いを馳せていた。初めて出会った夕暮れの動物園、常連客として店に足繁く通ってくれた日々、初めて結ばれた時のこと、そして自ら切り出した別れの瞬間……。ふたりの女たちにとっても、ミョンジェはかけがえのない存在だったのだ。

 女たちのことを調べれば調べるほど、夫ミョンジェの知られざる一面を知っていくミヨン。しかし、彼女の中に芽生えた悪意はもはや歯止めを失い、彼女自身にも分からない結末に向かって、計画は着々と進行する。3人の女が出会う時、一体何が起こるのか?

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 男性的な作風で知られるイ・ドゥヨン監督だが、デビュー当時はもっぱらメロドラマ職人として活躍していたという下地があり、全キャリアを通じて女性心理を描くことへの興味を示し続けている。本作『傘の中の三人の女』は、かつて彼が70年代初期に量産していたメロドラマとはまた違った現代的アプローチによる、新たな女性映画路線の端緒となった作品といえよう。これが後年、チャン・ミヒ主演の犯罪スリラー風ドラマ『欲望の沼』(1982)へと繋がり、はたまた土俗的時代劇路線と融合して『避幕』(1980)や『桑の葉』(1985)へと結実していく。ジャンルムービー不遇の時代に叩きつけたヒロインアクション『黒雪』(1990)も、女性映画を数多く手がけてきたイ・ドゥヨンならではの企画だったといえるだろう。

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 『傘の中の三人の女』に登場するヒロインたちは、それぞれに身分も出自も職業も違う。同時に、それぞれが都会に暮らす現代韓国女性のサンプルとしても描かれている。中流家庭育ちの平凡な若妻であるミヨン。孤児院育ちで社会的に成功したデザイナーのシネ。純真無垢で子どもっぽいが他人に依存しない生き方を貫き、ホステス業に勤しむスミ。3人の対照的な生きざまをクールに見つめる描写も魅力的だが、彼女たちの人生を通して、ひとりの男の肖像が浮き彫りになっていく過程もまたスリリングである。現代的なキャラクター造形、語り口の鮮やかさは、今観ても色褪せていない。

 三者三様の愛のかたちを手際よく見せていく語り口のうまさは、さすがメロドラマ職人としてならした監督の面目躍如。特に、バーで働く少女スミとミョンジェが結ばれるまでの描写に顕著だが、ベタな描写の積み重ねにも嫌味がない。いつもは静かに飲んでいた常連客がたまさか悪酔いし、気のいいホステスの自宅に連れ込まれ、その夜は何事もなかったが、朝になって……なんていう展開はベタの極致だと思うが、イ・ドゥヨンは実に淀みなく心地好く見せてしまう。つまり「ベタ」のツボが分かっており、代わりに「クサさ」を排除する術をきちんと心得ているのだろう。ベッドシーン演出のうまさも特筆モノだ。80年当時の韓国映画ではここまでが限度、という簡潔な描写ながら、きちんと生々しいエロティシズムが表現できている。

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 嫉妬と喪失の痛みが殺意を招く、女性心理の闇にスポットをあてたスリラーとしても、本作はすこぶる魅力的である。サスペンス演出に卓抜した冴えを見せる、イ・ドゥヨンならではの名場面が目白押しだ。ミヨンによる電話の録音テープを使ったトリックの描写は、さながらブライアン・デ・パルマを思わせるし、電話を受け取った女たちが恐怖に顔を引きつらせるシーンの大袈裟な原色照明ときたら、ほとんどマリオ・バーヴァである。そのベタさが嬉しい。同年の『鬼火山荘』(1980)でもそうだったが、イ・ドゥヨンは電話を使った演出が非常にうまいという、なかなか奇特な才能の持ち主である。映画の後半、ミヨンがシネに対して「ある凶行」に走るシークェンスも、サスペンスフルな緊張感とほのかなブラックユーモアのバランスが楽しい。『サイコ』と『下女』(共に1960)のパロディを同時に盛り込むあたりもナイス。

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 最大の見どころは、なんといってもヒロインたちの美しさ。3人全員がことごとくハマリ役で、それぞれがこれ以上になく魅力的に撮られている。静かに憎しみを研ぎ澄ますヒロイン・ミヨンを演じたチョン・エリは、前半では夫の裏切りを知った若妻の焦燥と混乱を痛ましく演じ、後半では新珠三千代を思わせる冷酷な美貌で観る者を陶然とさせる。キム・ミスクの都会派クールビューティぶりも、しっかりキャラクターと合致しており、その硬質な表情が時にユーモアさえ漂わせるあたりが素晴らしい。あどけない表情がキュートなスミ役のイ・ムンヒは、ちょっと矢田亜希子(または卓球の福原愛)に似ているロリ系アイドル女優という感じで、さぞかし当時の韓国では人気だったんだろうなーと思いきや、映画出演は本作1本だけなんだとか。もったいない!

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 撮影のチョン・イルソンは、構図・色彩・明度など、全ての面において最高水準の仕事を残している。特にナイトシーンや、ちょっと暗めの室内シーンなどに、繊細な明度のコントロールが冴え渡っている。実はこの時期、医者から死刑宣告を受けるほどの大病を患っていたらしいが、画面を観るかぎりはそんな不調を全く感じさせない(その後、手術を受けて復帰)。『最後の証人』に続くイ・ドゥヨン監督とのコンビ作だが、ふたりの最高傑作『長男』(1984)についても、また別の機会に語りたいと思う。

 キム・チャンワンによる音楽も貢献度が高い。クラシック楽曲をアレンジした劇的なオーケストラスコアのほか、電子楽器をフィーチャーしたゴブリン調のスリラー音楽も聴かせてくれるなど、多才な腕前を披露している。映画の前半では、彼がリーダーをつとめるバンド「サヌリム」も特別出演。うーん、サントラ欲しい。

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 ……と、ここまでベタ誉めしてきたわけだが、とはいえ手放しで傑作と断言するのはためらってしまうような、若干いびつな瑕疵も含まれていることは認めざるを得ない。初めは主人公ミヨンの主観で進行するストーリーなのかと思いきや、途中から3人それぞれの記憶がフラッシュバックする構成になるあたりは、やや観ていて戸惑ってしまう。それに、ミヨンが他の女たちの過去を知っていくプロセスが、ほとんど描写されないのも説明不足だ。また、先述の電話の録音テープを使った犯罪トリックのくだりも、録音時の状況を考えたら、そんなクリアに会話だけ録音されてるわけないだろ! と誰もが突っ込んでしまうはず(しかし、観ていて実にワクワクするシークェンスであることは誰にも否定できまい!)。

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 ラストシーンの処理の仕方も賛否両論だろう。いちばん身近にいるはずの伴侶のことを理解できていなかったというヒロインの絶望は、理解と赦しをもって、かすかな希望に着地する。字幕なしで観たので、ミヨンによるモノローグ=物語の結論部分のすべてを理解できているわけではないのだけれども、やはり最終的に「夫の浮気」は不問に付されていることは間違いない。女性から見ると、なんて男側に都合のいい話なのかしら! と怒られても仕方ないようにも思える。ただ、そこで思い出されるのが、あのハ・ミョンジュンのナイーヴな笑顔なので、「ああいう男じゃ仕方ないか」と思ってしまう人も少なくないのではないだろうか(と、また都合のいい結論)。

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 イ・ドゥヨン監督が1980年に製作した5本の作品のうち、本作は最も早く封切られ、次にキム・ソンジョンの長編小説を映画化した力作『最後の証人』が公開された(本当は79年に撮り終えていたものの、検閲によって再編集を余儀なくされ、公開が延びたという事情がある)。残りの3本もバラエティに富んでおり、どれも見応えある作品ばかり。ヴェネチア国際映画祭ISDAP賞を獲得したフォークロア・ミステリーの秀作『避幕』、監督のスリラー演出が冴え渡る恐怖映画の快作『鬼火山荘』、そして香港映画『鷹爪鐵布彬』に追加撮影と再編集を施した珍品『双雄』。まさに八面六臂の活躍ぶりであり、イ・ドゥヨン監督の40年にわたるキャリアの中でも、特に充実していた時期だったと言えるだろう。

 おなじみ「KMDB」の動画配信サービスで観た本編は、シネマスコープ・119分の完全版。韓国映像資料院の所蔵プリントを、そのままデジタルデータ化したらしく、画質はすこぶる良好(それにしても作品紹介ページのあらすじが実際の内容と違うのは、なんとかならないもんだろうか)。『草墳』とか『長男』とかの傑作群と合わせて、DVD-BOX化してくれないかなあ……。

▼韓国公開時のポスター
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・KMDB
『傘の中の三人の女』作品紹介ページ(英語)
『傘の中の三人の女』動画配信ページ(英語)
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