Simply Dead

映画の感想文。

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『月は…太陽の見る夢』(1992)

『月は…太陽の見る夢』
原題:달은…해가 꾸는 꿈(1992)

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 パク・チャヌク監督の記念すべき長編映画デビュー作。韓国での公開当時は、興行・批評の両面において見事なまでにそっぽを向かれ、監督が『JSA』(2000)や『オールド・ボーイ』(2003)でブレイクした後にも全く省みられず、いまだにDVD化される気配もない幻の作品である。ましてや日本での上映の機会など当分なさそうなので、覚悟を決めて(そこそこ高価な)韓国版VHSを購入してムリヤリ観てみた。もちろん無字幕なので、台詞の細かい内容等について完全には理解していないのだけれども……思っていたよりも、面白かった。

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〈おはなし〉
 釜山の黒社会に身を置くヤクザ者のムフン(イ・スンチョル)は、ある日、ナイトクラブで働く女ウンジュ(ナ・ヒョニ)と運命的な出会いを果たす。ふたりはたちまち惹かれ合うが、彼女は組織のボスの愛人でもあった。隠れて関係を続けていたムフンたちは逃亡を決意。組織の金を奪ってアジトに身を隠すが、間もなく追手に捕らえられてしまう。ムフンは手酷く痛めつけられながら、金を持って命からがら脱出。しかし、ウンジュはドスで頬を斬られ、売春街に売り飛ばされてしまった。

 1年後。ムフンはカメラマンとして成功を収めている腹違いの兄弟ハヨン(ソン・スンファン)のもとに身を寄せていた。ある夜、ムフンはスタジオで1枚の写真を見つけ、驚愕する。それはハヨンが売春街で撮影したもので、そこにはウンジュの姿が写っていた。ムフンは売春街に乗り込み、強引にウンジュを救い出してハヨンの家に連れ帰る。こうして、3人の奇妙な共同生活が始まった。ウンジュの美貌に惚れ込んだハヨンは、彼女にモデルになることを勧め、顔の傷を直すための手術を受けさせる。いつしかハヨンは、ウンジュに対して秘かな恋心を抱き始めていた。

 一方、釜山の組織はムフンたちの足取りを執拗に追い続け、ついに彼らの居場所を突き止める。ウンジュの安全をエサに脅迫されたムフンは、組織の裏切り者を始末するよう命じられ、警官に変装して裁判所に忍び込むのだが……。

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 以上のあらすじは「KMDB」の作品解説を参考にしている。読めば分かるように、ストーリー自体は「ヤクザ映画+メロドラマ」という、いたって通俗的なもの。しかし、映像面では若手監督のデビュー作らしい、斬新な試みが随所になされている。別の言い方をすれば、もったいつけたタイトルどおりの「詩的な感覚」を前面に押し出し、凡庸なシナリオを補強しようとした作品でもある。ちなみに『月は…太陽の見る夢』というタイトルは、監督曰く「パウル・クレーだかジャン・ミレーだかの画家の言葉からいただいた」のだそうだ。そして、この映画の興行的失敗を教訓として、以降は題名をシンプルなものにすると心に決めたらしい。

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 初長編を撮るにあたって「自分のスタイリストとしての可能性を模索した」という新人監督パク・チャヌクは、ここぞという場面で、アンバーやブルーといった透明感のある色彩で画面をスタイリッシュに染め上げる。その色遣いへの徹底的なこだわりが、苦難と制約に満ちた第1作を撮りきる上での大きな演出的モチベーションだったのではなかろうか。鼻につく一歩手前の都会的センスで造形されたセットデザインにも、低予算ながらも洗練されたビジュアルを作り出そうと懸命に努力している監督の意気込みが、ひしひしと伝わってくる。

 かといって、オシャレ一辺倒のスカシた映画なのかといえば、さにあらず。軽薄さに流れないノワール主義、血と暴力への傾倒は、本作でも露骨に表れている。刺す・殴る・蹴るといったバイオレンスが噴出する瞬間には、やはりパク・チャヌクらしいキレがあり、パンチのきいた残酷性があるのだ。映画の中盤、病院の廊下で主人公がチンピラを蹴り飛ばすシーンなど、なかなかの迫力である。パク監督自身もファンであるというイ・ドゥヨンのアクション演出も彷彿とさせる、といったら言い過ぎか。

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 堅実なショット構成、腰の据わったカメラワークも、一見チャラいビジュアルの印象とは異なり、そこらの一発屋とは一線を画した落ち着きと力強さを感じさせる。また、随所に散りばめられた凝った映像テクニックも見どころだ。暴力シーンでの主観映像、時制を混乱させるようなカッティング、『めまい』ショット(ズームバック+トラックイン)などなど……恐る恐る、しかし大胆に、それぞれの技巧が効果的に使われている。

 ただ、やる気のないシーンは本当にブン投げるように撮っている。恋人同士が遊園地ではしゃぐ姿のモンタージュなど、びっくりするほど無感情でありきたりだ。安っぽい部分や、気恥ずかしい演出も少なくない。『モダン・タイムス』(1936)の引用、映画館を舞台にしたベッタベタなラストシーン……ああ、青い! 人物造形にも子供じみたところがあり、特にヒロインのキャラクターが薄っぺらい気がする(台詞がちゃんと聞き取れてないので「気がする」としか書けないが)。何より、主人公ムフンを演じるイ・スンチョルが、映画俳優としての魅力に欠けるのが残念。

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 主演のイ・スンチョルは、現在も韓国芸能界で活躍している人気歌手である。本作にキャスティングされた理由は、パク監督たっての希望というわけではなく、制作会社の意向であった。92年当時、彼は大麻吸引スキャンダルでTV出演を禁じられており、そのため「映画に出せば、ファンの女の子たちが劇場に殺到するのではないか?」という浅はかな思惑が生まれたのである。謹慎中でも忙しかったのか、パク監督が主演俳優に対面したのはクランクインの数日前。彼は開口一番「で、どんなあらすじなんですか?」と尋ね、監督の度肝を抜いたという。いざ現場に入ると、ちゃんとプロとして最善を尽くしてくれたそうだが、歌手としての彼を知らない身としては、どうしても力不足に見えてしまう。

 健気なヒロイン・ウンジュに扮したのは、本作で女優デビューを飾ったナ・ヒョニ。芝居やキャラクターの弱さはさておき、画面上では非常に美しく魅力的に撮られている。さすがパク・チャヌク、この頃から女優選びの目は確かだったんだなあー、と感心してしまった。彼女はその後、TVに活動拠点を移し、リュ・シウォン主演の『青空』(1995)などに出演。歌手としても活動しており、本作ではイ・スンチョルとデュエット曲も披露している。

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 役者としては新人の上記ふたりを支えるかのように、この物語の実質的な主人公=語り部であるハヨンを演じたのは、子役出身のベテラン俳優ソン・スンファン。気弱なインテリ風の外見は、どこかパク監督の分身のようだ。観客の視点を代表する存在でもある彼の好演が、本作の要となっている。その他のキャストの中では、ハヨンにつきまとう美人モデルを演じた、パン・ウニの色っぽいコメディエンヌぶりが圧倒的に光っている。『将軍の息子』(1990)のヒロイン役としてすでにブレイクしていた頃だと思うが、パク監督が助監督として参加した『雨降る日の水彩画』(1989)に出演していたことから、デビュー作に花を添えてあげたのかもしれない。

 パク監督がこれまで執筆した文章をまとめた「パク・チャヌクのモンタージュ」(キネマ旬報社)には、映画監督デビューの経緯も詳しく載っている。大学在学中から映画評論家として名を馳せていたパク・チャヌク青年は、卒業後にイ・ジャンホ監督のプロダクションに入って助監督としてのキャリアをスタートさせた。しかし、結婚したばかりで経済的に行き詰まった彼は、クァク・ジェヨン監督の『雨降る日の水彩画』の現場に参加した後、転職を決意。洋画の買い付けや字幕制作などの仕事をする小さな会社で働き始める。しばらくして、会社の規模が少し大きくなった頃「ウチでも1本、低予算映画でも作ってみるか」という話になり、かねてから演出志望を口にしていたパク・チャヌクに白羽の矢が立ったというわけだ。

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 映画全体としては「習作」という印象は否めない仕上がりだが、見どころは多く、単なる失敗作と斬って捨てるには惜しい作品である。少なくとも2作目の『3人組』(1997)よりは、現在のパク・チャヌク監督の作風に通じるエッセンスを感じることができた。

・Amazon.co.jp
和書「パク・チャヌクのモンタージュ」 by パク・チャヌク(キネ旬ムック)
【“『月は…太陽の見る夢』(1992)”の続きを読む】
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近況、お知らせなど(秘宝本誌初参戦!etc.)

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 本日2月20日発売の「映画秘宝」2010年4月号にて、ちょっと長めの原稿を1本、書かせていただきました。9ページにわたる大特集「韓国暴力映画の系譜 ?A History of Violence in Korean Cinema?」のなかで、「韓国暴力映画の歴史」というデカすぎるお題で2500字ほどのテキストが載っております。昨年、映画秘宝ムック「イングロリアス・バスターズ 映画大作戦!」にも寄稿させていただきましたが、「映画秘宝」本誌はこれが初参戦。ド緊張の中、文字数のリミットと格闘しながら一所懸命書きましたので、よろしくお願いします。ああ、もっと書きたかった! ぼくの原稿はともかく、江戸木純さん、知野二郎さん、ギンティ小林さんといった錚々たる執筆陣の方々が腕を振るっておられますので、見逃し厳禁です。ちなみに表紙の『コララインとボタンの魔女』も必見の秀作!(まだ日本公開未定だった頃に「TRASH-UP!! vol.4」で紹介文を書きました)

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 さて、ここからは自分の仕事とは関係ないけど大切なお知らせ。秘宝読者にはおなじみ藤原章監督の大傑作『ダンプねえちゃんとホルモン大王』が、毎週水曜日の夜7時30分からアップリンクファクトリーにて再上映中です。ぼくも昨年末に観て、そのまま2009年ベスト3に急遽ブッこんでしまったくらい衝撃的に面白い作品なので、未見の方はぜひ足を運んでみてください。藤原監督のブログに連載中の続編シナリオ「宝塚ちゃんぽんブルース」も要チェック!

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 そして、内戦下のアフリカ某国を舞台に、暴虐のかぎりを尽くす少年兵たちの姿を活き活きと描いた傑作反戦映画『ジョニー・マッド・ドッグ』が、ついに4月17日からシアターN渋谷にて公開決定! 戦争を遊ぶ狂犬として訓練された少年兵を演じたのは、リベリア内戦を経験した本物の元少年兵たち。モラルもヘッタクレもない戦場の狂気を容赦なく映し出し、観る者全てに強烈なボディブローを食らわせる必見の1作です。ある意味、最恐のホラー映画とも言えます。

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 そしてそして「TRASH-UP!! vol.5」も好評発売中! おかげさまで各方面から反響をいただいております。中身が濃いのは相変わらずですが、普通に読者として見ても、今回の号がいちばんバラエティに富んでいて楽しいんじゃないでしょうか。巻頭から始まる音楽レビューも賑やかだし、スカンジナビアンホラーの歴史も興味深いし、西新宿ビデオマーケットの歴代店員さんや『古代少女ドグちゃん』メインスタッフの座談会も楽しいし、八重子さんの私小説もメチャクチャ面白かったし(続編希望!)。あと、いい漫画がいっぱい載ってる雑誌だなあー、とも改めて思いました。「ゾンビ父ちゃん」最高! 好評連載中「たけのこ姉妹シリーズ」でおなじみ、うぐいす祥子さんの待望の新刊『闇夜に遊ぶな子供たち(1)』も3月17日発売予定です。

 てなわけで、諸々よろしくお願いします。

もうすぐ発売!「TRASH-UP!! vol.5」

 毎号毎号アツくてヤバいトラッシュカルチャーシーンを自転車操業でご紹介している雑誌「TRASH-UP!!」、まさかの第5号がいよいよ今週発売されます。メイン特集は、ザ・レジデンツ、ピーター・アイヴァース、リチャード・フライシャー『絞殺魔』、パク・チャヌク『渇き』、追悼ポール・ナッシー、北欧ホラーのすべて、羽仁進の映画世界、『古代少女ドグちゃん』スタッフ座談会、そして香港ニューウェーヴ! 盛り込みすぎでよく分かりません!!

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「TRASH-UP!! vol.5」
2月12日発売
定価1575円(税込)


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《PICK UP》
●ザ・レジデンツ
「70年代のザ・レジデンツ」 by 継田淳
「旅のお供にザ・レジデンツ」 by 樋口泰人
●羽仁進の映画世界?『午前中の時間割り』『彼女と彼』? by 真魚八重子
●リチャード・フライシャー 『絞殺魔』 by 柳下毅一郎
●恐怖映画界に新風を吹き込むスカンジナビアン・ホラー
「北欧ホラー映画の歴史」「必見! 北欧ホラーの注目作」 by 山崎圭司
「Let the Right One In」 by 尾崎未央
●『渇き』
 作品解説/パク・チャヌク監督インタビュー/原作と映画の関係 by 岡本敦史
 韓国における『渇き』の反応 by キム・ヨンウン(CINE 21)
●キング・オブ・ユーロ・トラッシュ 追悼・ポール・ナッシー by 伊東美和
●古代少女ドグちゃん?スタッフ座談会?
 井口昇(監督・脚本)×豊島圭介(監督)×三宅隆太(監督・脚本)×継田淳(脚本)×加藤淳也(脚本)
●アルファセントーリからやってきた男 ピーター・アイヴァース by ウエハラサトシ(SCHOP)
●Vシネ・コマンド大戦争!?東南アジア系コマンド・アクションの系譜? by 餓鬼だらく

●香港ニューウェーヴの過激な魅力
●ビデオマーケット・ヒストリー 大座談会
●巨人ゆえにデカイ
●関西インディーズ・ムービー『尻舟』とは?
●パラノーマル・アクティビティ
●宇宙のダン・オバノン
●活動写真弁士・坂本頼光 インタビュー
●セミ・ドキュメント小説『十代 八重子の場合』
●MUSIC Review
●STRANGE DVD OF THE WORLD

《MUSIC》
●インタビュー:SIKASIKA/未来世紀メキシコ/藤田建次(WORDS AND TAPES #3)
●YOU GOT A RADIO!
●Owllights
●キム・チャンワン・バンド
●オンリーワンズ

《COMIC》
「ソレイユ ディシプリン vol.2」 根本敬×河村康輔
「ゾンビ父ちゃん」 Story:キング・ジョー Drawing:須田信太郎
「老人と子供のスペル」 作画:うぐいす祥子
「マフラー」 作画:山田緑
「お野菜PUNK」 作画:アボット奥谷

《ART》
アボット奥谷/cana

《POEM》
「喉笛城開門」 by 広瀬大志
「いろいろな動物に変身する中島敦の短歌の引用と、思い付いたこと」 by 小笠原鳥類

《COLUMN》
●中央線TRASH通信
「バンコク式といこうじゃねえか?高円寺フィギュア通信?」 by 原田ブリスキン(豆魚雷高円寺店 店長)
「吉祥寺のオモシロ本屋さんBASARA BOOKSがおくる日常・非日常」 by 関根愼(バサラブックス 店長)
「バウス日記 vol.5」 by 武川寛之(吉祥寺バウスシアター)
●アメリカン・トラッシュ・ガイド by 佐々木淳

mmm/A.K.I.(倫理B-BOY RECORDS / A.K.I.PRODUCTIONS)/神谷一義(オフノート)

・・・more

?MIXDVDー
SIKASIKA/THE SHOP/藤田建次/Mrs.Tanaka/YOU GOT A RADIO!/空間現代/巨人ゆえにデカイ/映画『尻舟』特別編集予告編/未来世紀メキシコ/MUDDY WORLD/PASTAFASTA/SHINZEE☆JOKEE/MARUOSA/GAGAKIRISE/映画『牛乳王子』PV

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 今回、ぼくがメインで担当したのは『渇き』関連の記事と、前にもチラリと告知させていただいた香港ニューウェーヴ特集。『渇き』は5ページ、香港ニューウェーヴは12ページに収めてもらいました。かなり文字サイズが細かくなっておりますので、視力の芳しくない方にはご迷惑をおかけします……。

 『渇き』のコーナーでは、ブログで書いた感想文よりも詳しいレビューと、原作『テレーズ・ラカン』との関係について書きました。パク・チャヌク監督へのインタビューも、短い時間だったわりに面白い内容になったと思います。また、韓国の映画雑誌「CINE 21」のキム・ヨンウンさんによる的確な批評、韓国公開時のレポートも必読。

 その他、日本でも劇場公開が決定した超絶バイオレンス反戦映画の傑作『ジョニー・マッド・ドッグ』の作品紹介に加え、継田淳さん渾身の「ザ・レジデンツ特集」内でヘンリー・セリックの短編『Slow Bob in the Lower Dimensions』についてちょこっと書いたりしてます。キム・ヨンウンさんの『坡州』レビュー、活弁士・坂本頼光さんのインタビュー記事も、ほんの少しお手伝いしました。

 取扱店はお馴染みタコシェビデオマーケットなど(その他の取扱店については「TRASH-UP!!」My Spaceをご参照ください)。早いところだと12日の夕方、他のお店では翌13日には店頭に並んでいるそうです。また、AmazonBRIDGEHMVタワーレコードdiskunionなどのオンラインショップでも予約受付中。今回もスッカスカになるまで頑張ったので、どうぞよろしくお願いします!


『13/窒息』(1977)

『13/窒息』(1977)

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 70年代後半から80年代前半にかけて香港映画界を席巻した若手監督たちのムーヴメント「香港ニューウェーヴ」。斬新な映像スタイルと生々しいリアリズムの追求によって、それまでのモードを一変させてしまった作家たちのなかで、ひときわ異彩を放っていたのがパトリック・タム(譚家明)である。武侠アクションという古典的ジャンルムービーの器に、鈴木清順ばりのアヴァンギャルドな映像美と、メロウな愛憎劇のテイストを盛り込んだ劇場デビュー作『名剣』(1980)は、当時の批評家・同業者たちに多大なインパクトを与えた。肝心の観客からはそっぽを向かれたものの、やがてカルトムービーとしての評価を獲得し、続けて発表された『愛殺』(1981)や『レスリー・チャン/嵐の青春』(1982)といった斬新な傑作群によって、パトリック・タムはその名を不動のものにしていく。

 映画界入りする前、パトリック・タムはすでにTVドラマ界の鬼才として知られていた。彼がディレクターとして参加した作品には『CID』『七女性』『小人物』『13』といったタイトルがあるが、中でも『13』はTV時代のパトリック・タムを代表するシリーズではないだろうか。人間の歪んだ愛情やオブセッションが招く犯罪や恐怖にスポットを当てた、30分枠のスリラードラマで、全13回・計11エピソードのうち、ほとんどの回の演出をパトリック・タムが手がけている。

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 そのうちの1編『窒息』は、若き日のチョウ・ユンファが主演した貴重なエピソードである。彼が演じるのは、死と暴力のイメージにとり憑かれた青年カメラマン。彼はモデルを使って殺人や強盗の現場を再現し、その様子を写真に撮り続けている。そんなある日、主人公の目の前に奇妙な幻影が現れ始める。かつて撮影した被写体がフラッシュバックし、内に秘めていたはずの暴力衝動が噴出し、現実と妄想が急速に混濁していく。そして、最後に彼が見出した被写体とは、自分自身の「死」であった……。

 脚本は、のちに『ソウル』(1986)や『喝采の扉』(1996)の監督を手がけるシュウ・ケイ。ミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』(1966)、あるいはマイケル・パウエルの『血を吸うカメラ』(1960)を発想の出発点として、スタンリー・キューブリックの『シャイニング』(1980)を先取りしてしまったかのような幻惑的サイコスリラーだ。同時に、透き通るような都会の孤独感を見事にすくい取った青春映画でもある。台詞はほとんどなく、分かりやすい説明も排され、多くは映像によってのみ語られる。こんな実験的な内容のドラマを、普通にTVでやっていたのだから恐ろしい。

 パトリック・タム独自の美的感覚に溢れた画面レイアウト/色彩設計、シャープで小気味良いカッティング/ショット構成は、この30分足らずの短編でも存分に発揮されている。前半のあるシーンに登場していたキャラクターが、唐突に主人公の自宅で食事をしているという場面の見せ方など、かなりハッとさせられる(もちろん『2001年宇宙の旅』の演出は凄く意識してるだろうけど)。ユンファ扮する主人公が異常殺人者なのではないか? と視聴者に思い込ませるトリッキーなオープニングや、エドワード・ホッパーの絵画を明らかに意識した深夜のダイナーの描写などは、初期ダリオ・アルジェントの作風にもやや近いものを感じさせる。BGMに『タクシードライバー』(1976)の音楽をまんま流用しているシーンもあったりして、アジア人らしからぬ洋画的センスが随所に感じられて面白い。当時でもいかにパトリック・タムが異端児的な存在であったか、この作品を観るだけでもよく分かる。

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 ものすごくスリムな姿で登場する新人時代のチョウ・ユンファは、都会に生きる若者の孤独を見事に好演。台詞回しは若干あやしいものの、若々しい色気があり、ひとつひとつの所作が魅力的で、スター性の片鱗がうかがえる。ちなみに彼は『13』唯一の長編エピソード『花劫』にも、端役で出演している。その辺のことは今月発売の「TRASH-UP!! vol.5」に書いたので、興味がありましたらぜひ(結局、宣伝)。

・56.com
『13/窒息』(Part 1)
『13/窒息』(Part 2)
(字幕はありません)
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『パブリック・エネミーズ』(2009)

『パブリック・エネミーズ』
原題:Public Enemies(2009)

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 傑作。ここ最近のマイケル・マン監督作品の中では断然いい。去年のうちに観なかったことを深く反省。2009年の上位20本の中にはぜひ入れたかった。

 犯罪王ジョン・デリンジャーと捜査官メルヴィン・パーヴィスの物語という、これまであらゆるメディアで語り尽された素材を、マイケル・マンはどう料理したか。答えは極めてシンプルである。「かつて見たことのないビジュアルで、皆がよく知る物語を“オレ流のリアリズム”で提示する」。本作はその一点にのみ心血が注がれていると言っていい。

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 『パブリック・エネミーズ』のビジュアルは、過去に作られた同ジャンルの作品、あるいは同時代を描いた作品では、ほとんどお目にかかったことのない新鮮さに満ちている。カメラアングル然り、ライティング然り、ロケーション然り。デジタル撮影がもたらした効果も大きいだろう。徹底的なリサーチを重ね、リアリティと臨場感にこだわりつつ、意固地なほどに過去作品のイメージに頼らない画面作りを実現させており、感動的ですらある。特に、ドラマティックな照明に彩られた夜の空港のシーン、鮮烈な白と明るさに溢れた留置所のルック、深夜の森での銃撃戦と逃走劇の美しさは忘れがたい。

 それは同時に、ニューシネマ以降のよくある「リアル一辺倒のギャング映画」にもしない(できない)ということであり、そこで潔く“オレ流”のクライムドラマ=男のファンタジーに仕上げてみせたのが、いかにもマイケル・マンらしいと言えよう(まあ、この人にはそれしかできないという話もあるが)。そういう映画なので、ジョン・ミリアスの『デリンジャー』(1973)と比較したりするのは、たいへん馬鹿馬鹿しい。[追記:町山智浩さんが「アメリカ映画特電」で両作を全く別物の作品として比較されていて、これは必聴。ただなんとなくのマイケル・マン批判ではなく、きっちり「映画としての在り方の違い」について語っています]

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 大事なのは“オレ流”であること。マイケル・マンは確かにディテールの作家だが、大枠におけるリアリズムには常に興味がない。ジョニー・デップ演じるジョン・デリンジャーはひたすらカッコいい台詞しか言わないし、クリスチャン・ベール扮するメルヴィン・パーヴィス捜査官は憎まれ役でありながらクリーンな男であり続ける。マリオン・コティヤールのヒロインに至っては、最後までノワールのノの字も感じさせない一途な愛の体現者だ。

 類型的なキャラクター造形、陳腐に陥る一歩手前のロマンティシズム、シンプルすぎて深みのないストーリーといった要素が、この監督に限っては好ましいものに思える。そんな稀有な作家であるマイケル・マンの個性は、この『パブリック・エネミーズ』でも強固に貫かれている。それは絶対的に映画を信じている者にしか持ち得ない、ある種パラノイア的な強みだ。映画の終盤、デリンジャーが死を迎えるその日にとった「ある行動」は、もちろん完全なフィクションであり、誰もが「んなアホな!」と突っ込みたくなる場面だが、それこそが“映画の夢”ではないだろうかと観客を心酔させてしまう力がある。伝記映画の枠組みを逸脱したファンタジー領域へと足を踏み入れることによって、まるで映画自体がジョン・デリンジャーという男の大胆不敵さを倣ってみせるかのようだ。

 前2作『コラテラル』(2004)と『マイアミ・バイス』(2006)では、監督のトレードマークであるリアリティとファンタジーの均衡が、デシタル技術の導入と機を同じくして、著しく損なわれた感があった。しかし、本作ではそのどれかひとつでも諦めることなく、ようやく最適のバランスを掴み取ったように思えた。

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 撮影には機種の異なるデジタルカメラを同時に数台回し、複合的に使っていたそうだが、そのため映像の統一感という面では、ややムラがある。フィルムよりも綺麗なのではないかと思うほどシャープでキメ細かいカットもあれば、デジタル特有の残像というかブラーが残って、アクションのキレを殺している部分もある(『アポカリプト』でも感じた特徴だ)。とはいえ、作品全体としては非常に美しいルックを作り出している。「ギャング映画には元々なんの興味もないから観ていない」と言い切るマン監督が、本作を撮るにあたって参考にしたのはエドワード・ホッパーの絵画らしいが、ホッパーといえばもちろん『電子頭脳人間』(1974)である。まあ、敢えて説明は省こう。

 技術面でとても面白い試みだと思ったのは、ナイトシーンにおける大胆な高感度撮影の使い方。TVの犯人逮捕ドキュメント番組、あるいは防犯カメラで撮ったかのようなノイズの浮いたDV画質で、1920年代を撮るという倒錯的な感覚にも惹かれたし、今の観客は実際のところ、そういうビデオっぽい映像のほうが「それなりにリアルな」緊迫感を抱いてしまうのではないか。前2作ではそれが当たり前に「現代」を映すだけで、大して感心しなかったが、今回の使い方には唸った。マイケル・マンがどこまで意識的に仕掛けているのかは分からないが、えらくトリッキーな映画であることには違いない。

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 マイケル・マン作品の醍醐味と言えば「渋い脇役の面構え」だが、今回の映画で最も印象に残る顔といえば、ウィンステッド捜査官を演じたスティーヴン・ラングである。『アバター』(2009)の軍人役ですっかり有名になってしまったが、本作で魅せる大人の威厳も非常に魅力的だ。まさかこの人が最後の最後で儲け役になるとは思わなかった、という意外性も手伝って印象に残る。そして、デリンジャーの右腕的存在であるレッド・ハミルトン役のジェイソン・クラークも、抑えた芝居と寡黙な存在感が後半でじんわりときいてきて素晴らしかった。他にも、ジェームズ・ルッソ、スティーヴン・ドーフ、マット・クレイヴンといった通好みの顔ぶれが、ひたすら主役のドラマを引き立てるために地味なサポートロールに徹している贅沢さも心地好い。「赤いドレスの女」ことアンナ・セージを演じるブランカ・カティッチ(あの『黒猫・白猫』のヒロインだ!)の存在感も光る。

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 公共の敵、ジョン・デリンジャーを「時代の終焉を象徴する男」として描き、ロマンたっぷりに惜別の思いを捧げたマイケル・マン。その胸中には“映画の夢”を途絶えさせてはならないという男の意地が、熱く静かに脈打っている。


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