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Simply Dead

映画の感想文。

『ラジオスター』(2006)

『ラジオスター』
原題:라디오 스타(2006)
英語題:Radio Star

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 号泣。イ・ジュニク監督が大ヒット作『王の男』(2005)のあとに撮り上げたヒューマンコメディの小品。のちの『楽しき人生』(2007)『あなたは遠いところに』(2008)へと続いていく“音楽映画三部作”の第1作である。今やすっかり落ちぶれてしまった元人気歌手が、ひょんなことから地方のラジオ局でDJをすることになり、長年連れ添ってきたマネージャーに説得されて渋々引き受けるのだが……という物語。個人的には、近年これほど見事に泣かされた映画はなかったというくらい、ムチャクチャ感動した。

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〈おはなし〉
 80年代にロックバラードの名曲「雨のあなた」をヒットさせ、歌謡大賞にまで輝いたものの、その後は泣かず飛ばずの歌手チェ・ゴン(パク・チュンフン)。今では喫茶店のステージで弾き語りをするなど、小さな営業で糊口をしのいでいる。20年来の付き合いであるマネージャーのパク・ミンス(アン・ソンギ)は、私生活を投げ打ってまで健気に彼を支えてきたが、もはや限界寸前。自分の妻にも苦労をかけ通しで、まともに顔も会わせられない有り様だ。そんな時、チェ・ゴンが客相手に揉め事を起こし、留置場に入れられてしまう。保釈金を工面するため奔走するミンスは、知り合いの放送局長から「昼間のローカルラジオ番組のパーソナリティをやってくれるなら、金を都合してやる」と言われる。チェ・ゴンは冴えない仕事内容に気乗りしなかったが、ミンスの熱心な説得によって嫌々ながら引き受けることに。

 チェ・ゴンたちは平凡な地方都市ヨンウォルにやってくる。小さなラジオ中継局の埃だらけのスタジオから放送された第1回目のオンエアは、やる気のないチェ・ゴンが進行を無視してロクに喋りもせず、さんざんな結果に。女性ディレクターのソクヨン(チェ・ジョンユン)の怒りもそっちのけで、彼はそれからもデタラメな放送を繰り返す。しかし、そんな番組でも、地元でバンドをやっている若者たちや喫茶店のウエイトレスといった固定ファンを掴んでいき、あるきっかけからリスナー参加型の番組として活気を帯び始める。過去の放送分を勝手にネット配信するファンサイトまで作られたりして、番組はじわじわと人気を獲得していく。

 かつての栄光に比べればとても小さな成功だけれども、チェ・ゴンが再びやる気を取り戻していく姿に、ミンスは大きな喜びを感じていた。番組の人気はついにソウルに飛び火し、期間限定だった放送もソウルに拠点を移して延長しようという話まで持ち上がる。そんな時、ミンスに大手レコード会社から接触が。チェ・ゴンを大々的に再デビューさせようというのだ。しかし、そこにはミンスがマネージャーの座を退くという条件があった……。

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 韓国では国民的大ヒットを記録した『王の男』で注目を集めたイ・ジュニク監督。その彼が次に手がけた本作『ラジオスター』は、驚くほどこぢんまりとした人間ドラマだった。劇的なスペクタクル演出で観客を酔わせた前作とは打って変わって、別人の仕事かと思うような物静かな語り口で、中年男2人の冴えない日常を淡々と切り取っていく。そんな地味すぎるほど質素で簡潔な演出にも関わらず、観客の心を巧みに引き込んでいく手腕は、やはり見事としか言いようがない。

 ラジオ番組の仕事にありついた主人公たちが、地方都市の平凡な町並みをうろつきながら市井の人々と出会うくだりも、実に肩の力の抜けたタッチで衒いなく描かれる。後々この出会いが伏線になっていくんだろうな、というのが自然に分かる程度の、ちょうどいいバランス感覚というか。ちょっとラフな感じがするくらい、気負いのない撮り方も心地好い。『王の男』のタッチとは真逆のものだ。

 前半はそんな風に「こういうユルい演出も巧いもんだなー」と油断した状態で画面を眺めていられるが、もう中盤から後半にかけては涙腺決壊。顔面グシャグシャになるまで泣かされてしまうという、非常に恐ろしい映画である。別に、何も特別なことをやっているわけではない。大体、物語的には予想できる事柄が起こっていくだけなのに、とにかく泣ける。ひたすらシンプルかつ必要最低限の演出でありながら、見せ方がものすごく巧いので、まんまと感動させられてしまうのだ。これは実際に作品を観てもらう以外、説明がつかない。

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 栄光の呪縛に捕われたロック歌手チェ・ゴンを演じるのは、パク・チュンフン。そして、女房役として献身的に尽くしてきたマネージャーのミンスを演じるのは、アン・ソンギ。少しでも韓国映画に詳しい方ならお分かりの通り、2人は名作『チルスとマンス』(1988)を筆頭に、『トゥー・カップス』(1993)と『NOWHERE 情け容赦なし』(1999)というヒット作でコンビを組んできた大スター同士。80?90年代、つまり『シュリ』(1999)の登場でモードが一変する前の韓国映画界を牽引してきた人気俳優たちが、久々に共演を果たした作品がこの『ラジオスター』なのだ。彼らが同じ画面内に映っているのを観るだけで、もう言うに言われぬ感慨がこみ上げてくる人もいるだろう。

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 自分を捨てて柔軟に立ち回ることが人生の知恵であり、軽薄そうに見えてその実、相当な苦労人であるマネージャーのミンス。そのキャラクターは、演じる俳優アン・ソンギのイメージとも、どこか重なる。文芸作からアクションコメディまで、どんな作品にも分け隔てなく出演し、約30年間も韓国映画界を代表する俳優であり続けている彼の存在は、安心感を誘うと同時に凄みを感じさせる。本作では味わい深いユーモラスな芝居によって、観客に共感と安堵を与えつつ、その裏にはたゆまぬ苦労があることを、パク・ミンスという男の物語として教えてくれる。

 そして、あまりにも前時代を象徴するスターであったがために、今は居場所を見失っているチェ・ゴン。その人物像も、やはり現在の韓国映画界におけるパク・チュンフンの微妙な立ち位置をなんとなく反映しているように思える。だからこそ、彼が演じる「脱却と再生のドラマ」は、非常に感動的なのかもしれない。パク・チュンフンが本作で見せる、不器用ながらも繊細な男の表情は、彼の役者としての魅力と実力を鮮やかに思い起こさせてくれる。

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 脇役のキャラクター陣もいちいち魅力的だ。地方局に左遷され、チェ・ゴンのわがままに振り回される女性ラジオディレクターを演じるのは、チェ・ジョンユン。主人公たちの再生に感化されるように、物語が進むにつれてどんどん輝きを増していくキャラクターを見事に演じている。放送技師役のチョン・ソギョン、ソウル本部局長役のユン・ジュサン、支局長役のチョン・ギュスといった名バイブレイヤーたちの好演も印象的。物語のキーパーソンとなるタバン・アガシ(喫茶店のウエイトレス)に扮するハン・ヨウンも、コメディエンヌの佇まいを湛えつつ、観客の涙腺をバーストさせる役割を見事に果たす。

 平和な町でパンク衝動を持て余しているバンド“イーストリバー”の面々は、実際に韓国パンクロック・シーンを担う人気バンド“ノーブレイン”が演じている(いつぞやのフジロックで、昔の日本軍旗をひっちゃぶくパフォーマンスを披露して話題を呼んだ)。映画の中ではバカまるだしのボンクラ連中として描かれているが、演奏シーンで見せるカッコよさはさすがのもの。いかにもダメそうな奴らが実は……という展開は、たぶん『ハイ・フィデリティ』(2000)のジャック・ブラックのくだりを意識してると思われる。

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 音楽といえば、劇中で効果的に使われているのが“韓国ロックのゴッドファーザー”ことシン・ジュンヒョンの代表曲「美人」。一度聴いたら忘れられない独特のギターリフを、中盤のとある場面でアン・ソンギが嬉しそうに口ずさむ。それに対してパク・チュンフンが「怪しい奴め」とからかうという、何気なくも味わいのあるシーンでまず登場。そして、再びアン・ソンギが「美人」のメロディーを口ずさむ場面が、本作最高のクライマックスになるのだ。韓国音楽界の偉人、シン・ジュンヒョン先生へのリスペクト溢れる描写には、音楽通も思わず胸が熱くなるだろう。また、ラジオの公開録音シーンでノーブレインが演奏する「美しき江山」も、シン・ジュンヒョン先生の作詞・作曲によるヒットナンバー。パンクロック・バージョンで歌われる名曲もなかなか味わい深い。

 チェ・ゴン最初で最後のヒット曲として流れるバラード「雨のあなた」も、シンプルながら“名曲”としての説得力を持つ、素敵なナンバーだ。パク・チュンフンが力強く歌い上げるサビには思わずホロッときてしまう。音楽監督を務めたパン・ジュンソクは、『楽しき人生』『あなたは遠いところに』にも続けて参加し、出演者の音楽指導にもあたった功労者。70年代の韓国ロックシーンを描いた『GOGO70s』(2008)の音楽監督も手がけている。

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 イ・ジュニク監督は“音楽映画三部作”を作った理由として、「今の韓国の若者たちは、欧米の70?80年代の音楽は好んでよく聴くが、同じ頃に作られた自国の音楽は全くといっていいほど知らない。それは本当に不幸なことだと思う。だから、映画を通して彼らが先輩たちの音楽に触れ、共感し、もっと楽しんでくれたらと思ったんだ」と語る。そして、大作『王の男』で成功した後に『ラジオスター』のような小規模な作品を撮った理由として、「お話の大小ではなく、そこに真に迫る切実さがあるかどうかが大事。それさえあれば人を感動させることができるから」と答えている。

 その言葉どおり、『ラジオスター』はとても小さな映画だが、観終わってからも全てのカットが愛おしく思い出されてくるような秀作だ。“音楽映画三部作”の他の2作と併せて、いろんな人に観てほしい。

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DVD『ラジオスター』

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『死生決断』(2006)

『死生決断』
原題:사생결단(2006)
英語題:Bloody Tie

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 韓国映画界でひときわ異彩を放つ2人の個性派俳優、リュ・スンボムとファン・ジョンミンが競演したノワールアクションの力作。港湾都市・釜山を舞台に、ドラッグディーラーと悪徳刑事が繰り広げる仁義なき駆け引きをパワフルに描く。監督は『GOGO70s』(2008)のチェ・ホ。70年代東映アクションを思わせる過剰に男くさいピカレスクドラマと、スタイリッシュな映像演出を組み合わせ、がむしゃらなパワーと疾走感溢れる画面を作り上げている。実際、チェ・ホ監督は深作欣二の『仁義の墓場』(1975)のファンらしい。はっきり言って作りは粗いが、その荒々しさが魅力の作品でもある。英語題は“Bloody Tie”だが、どうせつけるなら“Live and Die in Pusan”とかの方がいい。

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〈おはなし〉
 IMF危機によって最悪の経済不況に陥った2002年ごろの韓国。そんな世相とは裏腹に、ドラッグディーラーのサンド(リュ・スンボム)は羽振りのいい生活を満喫していた。が、町の麻薬ルートを牛耳る大物逮捕の執念に取りつかれたト刑事(ファン・ジョンミン)に目をつけられ、サンドの享楽の日々も終わりを告げることに。ト刑事の強引な脅迫に折れ、渋々おとり捜査に協力するサンドだったが、逮捕劇は失敗に終わり、サンドは代わりに8ヶ月の懲役をくらってしまう。

 出所したサンドは再びト刑事から協力を乞われるが、当然ながらそう簡単には話に乗ろうとしない。そこで、サンドは情報屋になる代わり、町で最高のドラッグディーラーとして返り咲けるよう、ト刑事に資金提供と全面協力を約束させる。すべては大物逮捕のためと、目をつぶって悪人と手を組むト刑事。

 暴走刑事の後ろ盾をつけ、着実にのし上がっていくサンド。そこに町の大物チャン・チョルが接触してきて、サンドは麻薬ビジネスの中枢に迫るチャンスを得る。彼はト刑事に、合成麻薬製造のプロ「教授」の取引情報をタレ込むのだが……。

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 登場人物全員が一度は道を踏み外し、欲望や執念にとり憑かれ、再び訪れる人生の岐路で例外なく最悪の選択をする。そんな徹底したノワール主義が貫かれているため、「えっ、なんでそっち行くの!?」と説得力に欠ける場面もないではないが、展開の読めない映画であるのは確かだ。「常に悪い方向へ向かうのが人間の性だ」と言わんばかりの重苦しいストーリー展開ながら、演出はいたって70年代的にファンキーかつハイテンションな刑事アクション調なので、重くも暗くもなりすぎず、なかなか面白い相乗効果を生んでいる。アクションも見応え十分で、映像的にも様々なテクニックを凝らして観る者を飽きさせない。

 また、舞台となる釜山のロケーション撮影も見事。夜の歓楽街、高台にあるスラム、美しい港の光景など、魔性を湛えた町の多彩な表情を魅力的に切り取っている。雨の港で展開するクライマックスの劇的な盛り上がりは、まるで石井隆作品のようだ。

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 コミカルなお調子者キャラ的な役柄の多いリュ・スンボムが、その軽薄さのなかに悲哀を秘めたドラッグディーラーの主人公サンドを好演。まさにハマリ役といえるキャラクターをエネルギッシュに熱演し、俳優としての新たな代表作を見つけたように思える。そして、カメレオン俳優ことファン・ジョンミンの堂に入った悪徳刑事ぶりも小気味良い。感情移入などという行為のバカバカしさを身をもって教えてくれるような、本当にどうしようもない役柄ながら、なぜか憎めない愛らしさを漂わせるのが流石。レイバンのサングラスをかけ、くっさいキメ台詞を吐き捨てるラストシーンのかっこよさときたら!

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 本作はベテラン名脇役キム・ヒラの復帰作でもある。脳梗塞で倒れ、リハビリ生活を送っていた彼を、久々に映画の現場へ立ち戻らせた作品が、この『死生決断』であった。キム・ヒラが演じるのは主人公サンドの叔父テクチョ。元麻薬中毒者で、家族を苦しめた過去に痛切な悔恨の念を抱きながらも、実は……という、ある意味この映画の屈折した人間観を代表するようなキャラクターである。キム・ヒラはかつて『ピョンテとヨンジャ』(1979)や『ママと星とイソギンチャク』(1995)といった作品で見せたユーモラスな佇まいとはまた違う、落ち着いた老優の渋味を釀し出し、人生の敗残者を妙演。台詞回しは少しおぼつかない部分もあるが、麻薬で身を持ち崩したという設定上、不自然ではない。壮絶なアクションシーンにも挑んでおり、リハビリ後の老人をこんなキツイ目に遭わせていいのか? と心配になるくらい。エンドタイトルで一人だけ一枚看板で名前が出るのも納得だ。

 サンドが想いを寄せる薄幸のヒロイン・ジヨン役のチュ・ジャヒョンが見せる『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000)ばりの熱演も印象的。人工物っぽい清楚美人の彼女が、あんなことやこんなことまで……個人的にはあまりピンと来ない女優さんだったけど、さすがに感心した。

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 70年代アクション・ムードに拍車をかけるのが、ファンク感溢れる音楽。映画美術や広告デザインの分野でも活躍しているキム・サンマンが音楽監督をつとめ、日本人ギタリストの長谷川洋平が作曲・編曲で参加している。長谷川陽平は韓国のベテランロックバンド「サヌリム」に憧れるあまり、韓国に渡って最終的に正式メンバーとして加入してしまったという人物で、現地のミュージシャンたちから一目置かれている存在。最近では再結成した伝説のファンクバンド「デビルス」にも参加している(このデビルスの伝記映画が、チェ・ホ監督の次回作『GOGO70s』である)。ちなみに竜雷太と夏圭子の息子さんだそうだ。

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 『死生決断』は、傑作と呼ぶにはあまりに粗削りな仕上がりが惜しいものの、映画ファンのハートを確実に掴む快作だ。ナレーションをする登場人物が映画の途中から増えていくので混乱したり、場面によって映像スタイルが空回りしていたりと、明らかな欠点も少なくないが、監督の類い稀なポテンシャルは間違いなく伝わる。事実、チェ・ホが次に手がけた『GOGO70s』は、素晴らしい青春音楽映画の傑作に仕上がった(この作品については秋発売の「TRASH-UP!! vol.4」でも書く予定)。1本撮るごとに着実に巧くなっていくタイプの作家で、新作が楽しみな監督がこれでまた一人増えた。

・SCRIPTVIDEO
DVD『死生決断』(韓国盤・リージョン3・英語字幕つき)

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『あなたは遠いところに』(2008)

『あなたは遠いところに』
原題:님은 먼곳에(2008)
英語題:Sunny

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 傑作。『楽しき人生』(2007)のイ・ジュニク監督による“音楽映画三部作”の最終章で、1970年代初頭のベトナム戦争を背景にした力作ドラマである。タイトルの由来は、70年代に活躍した韓国の有名な女性歌手キム・チュジャのヒットナンバーから。劇中では他に彼女の代表曲「遅くなる前に」「ベトナム帰りのキム上司」などが歌われ、CCRの「Susie Q」やアイルランド民謡「Oh, Danny Boy」なども効果的に使われている。

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〈おはなし〉
 1971年。田舎の農家に嫁いだ女性スニ(スエ)は、夫(オム・テウン)が兵役中のため、義母とふたり暮らし。義母は家系を絶やさないことにしか興味がなく、毎月スニに夫との面会と外泊を強いるが、夫はスニに対して冷淡な態度をとるばかり。彼女にとって楽しみといえば、農家のおばさんたちの前でキム・チュジャの曲を歌うことぐらいだった。

 そんなある時、いつものように夫と面会したスニは、突然「俺のことを愛しているか」と問われ、答えに窮する。夫は数日前、ソウルにいる愛人から手紙で別れを告げられていた。「お前なんかに、愛の何が分かるってんだ」と、彼は吐き捨てるように言う。……翌月、また兵舎へ面会に訪れたスニは、夫が何も言わずにベトナムの戦場へ向かったと知らされ、愕然とする。義母はパニックに陥り、自分もベトナムへ行くと言って聞かない。スニはそれを押しとどめるうち、自分が代わりに行くと言ってしまう。

 とりあえず渡航手段を探そうと町へ出てみたものの、激戦下のベトナムに一般人が入国できるわけもなく、スニは途方に暮れる。そんな彼女の前に、金を稼ぐためサイゴンへ行こうとしていたバンドマンのジョンマン(チョン・ジニョン)という男が現れる。スニは彼の率いるバンドの臨時歌手としてスカウトされ、「サニー」という芸名をもらい、バンドメンバーと共にベトナムへと旅立つことになった。その先に、波瀾万丈のドラマが待ち受けているとも知らず……。

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 ベトナムへ旅立ってしまった兵士の夫を追い、自らも異国の戦地に身を投じる妻……という、大雑把なあらすじだけ書くとまるで夫婦愛の尊さを謳った美談のようだが、実際はそんなに簡単なメロドラマではない。夫には愛人がいて、妻も彼の裏切りを知っている。互いの仲は冷えきっているにも関わらず、それでも彼女が遠い異国に旅立つ理由はなぜか。一人息子を失いたくない姑への気遣いもあるが、何より冷淡な夫から浴びせられた言葉がその心に大きな楔を打ち込んだからだった。「お前に“愛”の何が分かる?」。結婚生活を裏切った男の口から図々しくも放たれたその一言は、しかし確実に彼女の足元をぐらつかせる。その答えを得るために、ヒロイン・スニは「異国のあなた」を追い、遠大なオデュッセイアが幕を開けるのだ。

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 スニ自身、なぜ自分がそこまでして夫に会おうとするのか、理性や言葉では分かっていないように見える。恨み言のひとつもぶつけようというのか、ほんのわずかでも残った愛情を証明しようというのか。愛とも憎しみともつかぬ感情を抱きながら、ただ彼にもういちど会わなければならないというオブセッションが彼女を衝き動かす。理屈抜きの信念でとことん突き進む純粋さと逞しさを持ったヒロイン像を、主演女優のスエはこれ以上ない説得力で演じていると思う。韓国での公開時にも「ヒロインの行動理由が分からず、感情移入できなかった」という批評があったようだが、分かりやすい感情を描くだけが映画ではない。彼女の胸中にある言葉にならない感情とは何なのか、それが観客の興味を引っ張る最大のミステリーでもある。

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 夫が地獄のような戦場を這いずり回る間、スニは慰問バンドの歌手として、ろくでなしのバンマス・ジョンマンに引きずり回されながら、戦争の様々な断面を客観的に見ていくことになる。その視点の新鮮さが、この映画の大きな魅力だ。一般人の目で描かれる戦争映画が依然として少ない中、本作のような作品は貴重である。そして歌謡映画+戦争ドラマといえば、マーク・ライデル監督の佳作『フォー・ザ・ボーイズ』(1991)などがあったが、こちらはより生々しい戦地の空気と、いかがわしいショービズ稼業の不良性に肉薄している。

 また、田舎出の素朴なヒロインがセクシーに変身し、兵士たちに希望を与えるスターとして輝き始める姿も、当然ながらすこぶる魅力的だ。舞台衣装を忘れてきてしまったので、急遽、軍服コスプレで出てくるという展開は「分かってるな?」という感じ。ステージの熱狂と歓喜のなかで、自己を解放していくスニの姿は、彼女の求める“愛とは何か”という問いの答えを、身をもって体現していく過程にも見えて感動的である。

 もちろん綺麗事ばかりではない。死と隣り合わせにある戦場に身を置いている以上、彼女もまた戦争の部外者ではいられなくなる。中盤、バンドメンバーたちは思いがけない極限状況に追い込まれ、戦場の恐怖と真実を知ってしまう。もうかつての自分たちには戻れない……そのことを、スニが米兵たちの前で歌う「Susie Q」1曲で鮮やかに表現する演出が実に見事だ。

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 そして、ある目的のために米兵相手に甘んじて屈辱を受け入れる彼女の姿は、六・二五動乱(朝鮮戦争)以来、アメリカの反共闘争に利用され続けてきた一面を持つ韓国という国の明らかなメタファーである。このシーンにこめられた痛切な憂いは凄まじい。ここまで自国の痛ましい姿を深々とえぐってみせるのも、韓国映画らしいパワーだと思う。

 それらの行程を経て訪れる物語の結末は、まさに万感迫る圧巻のクライマックスだ。イ・ジュニク監督はそこでも説明を避け、ただ言葉にならないエモーションを「画」として映し出し、映画を終える。おそらくは全てのイメージの出発点となったであろう、印象深いラストカットを残して。

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 イ・ジュニク監督の卓抜したストーリーテリングの力は、本作でも健在だ。ひたすら無駄を配し、抑制のきいた静かな語り口で淡々とシーンを積み重ねながら、感動的なクライマックスへと巧みに導いていってしまう。重みと深みを湛えたメッセージも、声高でないからこそ胸に響く。それでいて茶目っ気に溢れ、ユーモラスな場面で観客を楽しませることも忘れない。このバランス感覚は韓国の職人監督としては珍しいというか、ややイーストウッド的なストイシズムまで感じさせる熟練ぶりである。

 『あなたは遠いところに』では、単なるメロドラマの枠を超えた根源的な“愛の物語”を、オデュッセイア的な戦場のロードムービーとして展開させ、痛烈な韓国史観も交えつつ、ラブストーリーとして見事に閉じてみせる。きわめてシンプルなかたちでありつつも、他の映画とは一線を画した構造と語り口がとても魅力的な傑作なのだ。イ・ジュニク監督は、イ・チャンドン、ポン・ジュノと並んで、現在の韓国映画界を代表する名匠と呼んでいいと思う。

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 主演女優スエは、素朴な田舎娘からセクシーな歌手へと変身するヒロイン像をコントラスト豊かに体現しながら、内面的には一本筋の通ったキャラクターをしっかりと演じきった。一見おとなしそうに見えながら、簡潔な言葉をやや低めのトーンで話す台詞回しが、彼女の誰にも媚びない気の強さを端的に表していて効果的。ステージシーンでの変身ぶりも魅力的で、特に終盤の「Susie Q」熱唱シーンは圧巻である。

 そして、前作『楽しき人生』から引き続いての登板となる性格俳優チョン・ジニョンが、やはり今回も素晴らしい。どうしようもないろくでなしのバンドマスター・ジョンマン役を絶妙に演じており、情けない弱さをもったワルが似合う役者って素敵だなーと、本作の彼を観るとつくづく思う。『楽しき人生』では中年バンドのギター担当だったが、今回は楽器をサックスに持ちかえ、見事な演奏を聞かせてくれる。他のバンドメンバーもそれぞれ個性が立っていて、忘れがたい印象を残す。中でも、無口なギタリスト役のチュ・ジンモ(『霜花店』の美形俳優とは別人)が、あまりに“それっぽい”佇まいで笑ってしまった。

 スニの夫に扮するオム・テウンもいい。出番は少ないながら、しっかりと存在感のある芝居で物語のキーパーソンを見事に演じている。彼を目の敵にしながら、戦友として絆を紡いでいく同僚兵士パク・ユノの好演も印象的だ。イ・ジュニク作品の常連で“音楽映画三部作”全てに顔を出している名脇役シン・ジョングンの登場も嬉しい。

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 迫力に満ちた戦闘シーンや、70年代のサイゴンシティを再現したロケセットなど、映像的な見どころも多い。ベトナムを舞台にした場面は、タイで3ヶ月にわたるロケ撮影を敢行。戦場シーンの撮影ではタイ政府軍の全面支援を受け、数百人の現役軍人がエキストラとして参加しているという。銃器や手榴弾などのプロップ(小道具)も、韓国からタイ国内には持ち込めなかったため、現地軍の協力で撮影用に改造した実物を大量に使用。機関銃の射撃音などもタイで録音した「本物」のサウンドエフェクトで、かえってリアリティが増したという。監督曰く、「実際の製作費は70億ウォンだけど、画面を見ると200億ウォンぐらいかかった大作に見えると思うよ」。

 ちなみにイ・ジュニク監督は少ない予算で迫力のある画面を作る手腕に定評があり、それらのスペクタクルシーンも必要最低限のショット数とフレームで構成されている。よく見るとかなり経済効率のいい撮り方をしているのが分かるはずだ。個人的には、そういうところも好きな部分だったりする。

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 『あなたは遠いところに』は11月から開催される「韓流シネマフェスティバル2009」で上映される。全ラインナップの中でもずば抜けて優れた作品だと思うし、絶対に劇場のスクリーンで観た方がいい映画なので、ぜひお見逃しなきよう。

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