Simply Dead

映画の感想文。

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『下女』&『火女'82』DVD発売決定!

祝! 『下女』&『火女'82』DVD発売決定!!

 「TRASH-UP!! vol.3」でも特集した“韓国映画界の怪物”ことキム・ギヨン監督の代表作が、今月末に相次いで待望のDVDリリースを果たします。監督の最高傑作と謳われ、長らくソフト化が待ち望まれていた『下女』(1960)と、その2度目のリメイク作品『火女'82』(1982)の2本です。

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 韓国の一部ショップでは7月29日発売、YESASIAでは8月4日発売と告知されている『下女』は、韓国映像資料院からのリリース。これまで不完全な状態でしか観ることができなかった映画本編は、マーティン・スコセッシが代表を務める世界映画財団の支援でデジタル復元作業を施したHDリマスター版。東京国際映画祭やカンヌ国際映画祭で上映された復元版プリントよりも、さらに修復を進めた最終バージョンだそうです。字幕は日本語・英語・韓国語・フランス語を収録。そして、特典としてポン・ジュノ監督と映画評論家キム・ヨンジンによるオーディオコメンタリー、復元前のフィルムとの比較映像、イメージギャラリーを収録。40ページの英訳つきブックレットも封入した豪華仕様。

 なお、次回の韓国映像資料院の古典映画コレクション・シリーズでは、ソク・レミョン監督の『高校ヤルゲ』(1976)、コ・ヨンナム監督の『夕立ち(ソナギ)』(1979)が秋にリリース予定だとか。

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 『下女』より数日早い7月25日にリリースされる『火女'82』は、キム・ギヨン監督晩年の傑作。韓国映画黄金時代を支えた名女優キム・ジミと、激動の80年代韓国映画シーンを代表する個性派女優ナ・ヨンヒの共演作としても非常に興味深い1本。こちらのDVDは残念ながら字幕なしですが、ノートリミング全長版(多分)でリリースされるだけでもめっけもの。東京国際映画祭で観て衝撃を受けた身としては、やはり買わねばなるまい……という1本です(初見時の感想はこちら)。

 この勢いで『火女』(1971)もソフト化されないかなあ!

・YESASIA.COM
DVD『下女』(リージョン3・日本語字幕つき)
DVD『火女'82』(リージョンオール・字幕なし)

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『ジョニー・マッド・ドッグ』(2008)

『ジョニー・マッド・ドッグ』
原題:Johnny Mad Dog(2008)

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 全身に震えのくる傑作。ひょっとしたら今年の私的ベスト3に入るかもしれない、強烈な映画だった。最初に観たのは3月のフランス映画祭2009で、その時は「TRASH-UP!!」の原稿やらなんやらで忙しく、なかなか紹介できなかった。最近また輸入盤DVDを買って見直し、改めて傑作だなーと思ってたら、なんと7月18日に「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2009」で上映されるというではないか。未見の方はぜひ川口へ!(ただし、暴力描写が苦手な人には絶対お薦めできません)

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 本作はアフリカ・リベリアで起きた紛争をモデルにしており、10代の少年たちで構成されたコマンド部隊が強盗・殺人・レイプなど、ありとあらゆる暴虐の限りを尽くす姿をイキイキと描いた問題作である。タイトルの“ジョニー・マッド・ドッグ”とは、少年部隊のリーダーをつとめる15歳のハンサムな男の子ジョニーの呼び名だ。監督・脚本はこれが初の長編劇映画となったフランス出身の新鋭、ジャン=ステファーヌ・ソヴェール。

 鬼気迫る緊迫感とリアリティ、容赦ない暴力描写、そして時折噴き出すダークなユーモアが圧倒的だ。暴力と支配力に陶酔しながら進軍する少年兵たちを追いながら、同時に戦場を逃げ惑うひとりの少女の姿も交互に映しだし、サスペンスを高めていく手腕も見事。市街地があっという間に戦場と化す恐怖と不条理も、かつてない視点からリアリティたっぷりに描かれていて斬新である。

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 画面サイズはシネマスコープだが、そこに開放感はない。その視点は主に、昨今のサイコホラー映画などでお馴染みの、視野狭窄的な手持ちカメラの映像で綴られるからだ。突撃前にはコカインを一発キメ、どこから来るか分からない敵の存在を常に意識しながら、命令どおりに恐怖と暴力で町を制圧することに“熱中”する子供たち。それはそうだ、「子供は遊ぶのが仕事」なのだから。サッカーボールやTVゲームの代わりに実銃を与えられ、ただひたすら無邪気に暴力の素晴らしさを謳歌し、死ぬかもしれないスリルを満喫する。将来の可能性、世界の広大さ、多様な価値観、他者への寛容さなどといったものはハナからインプットされていない。『ジョニー・マッド・ドッグ』の映像はまさに彼らの視野の狭さを表しているのだ。

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 少年兵たちは民族憎悪、暴力と支配の快感、「戦わない者は男ではない」というマッチョな価値観を植え付けられ、機関銃やバズーカを手に野へ放たれる。武器の扱いや編隊の組み方はもとより、まるで教科書に倣うかのように行われるレイプや凌辱行為も、おそらく大人の上官から叩き込まれた「戦場のテクニック」なのだろう。一人前の大人として認められたい子供心を利用し、まだ倫理観などに凝り固まらない柔軟な精神につけこみ、ありあまる元気と好奇心を暴力衝動と直結させ、巧みに操作する。そして、暗示にかけられた子供たちは上官の期待に対し、懸命に応えようとする。自由の闘士として。

 秀逸なのは、部隊が町中で狙撃兵に襲われ、ライフルで撃たれた少年を仲間たちが担いで物陰に隠れるという場面。これが強烈に『フルメタル・ジャケット』(1987)の有名なシーンを想起させるのだ。つまり、少年たちがいくら本気で戦争に臨んでいようと、無意識にどこかで観たイメージを再生産してしまう。この戦闘の全てが、暴力の安易なイメージを利用したシミュレーションゲーム的な軽さの中で行われており、それが現実に市民の生活を蹂躙している、という狂った状況を端的に示しているのだ。シニカルな可笑しさと恐怖が張り詰めるこの場面には、プロデュースを務めたマチュー・カソヴィッツらしいセンスを感じた。

(以下、ややネタバレ)

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『アパルーサの決闘』(2008)

『アパルーサの決闘』
原題:Appaloosa(2008)

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 腐女子必見の傑作。さすがエド・ハリス先生、分かってらっしゃる! と思わず唸ってしまう場面満載の“やおい西部劇”のマスターピースであった。ロバート・B・パーカーの西部劇小説に惚れ込み、自ら製作・監督・脚本・主演を兼任。サイドキック役には『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで世界中の女性観客を虜にしたヴィゴ・モーテンセンを選び、ただひたすら渋くてカッコいいだけのメンズ・メンズ・ワールドを展開させる。流行のリアリズムも、捻りのきいた奇抜なストーリーもいらない。ただ互いを信じ合い、支え合う男同士の絆(a.k.a. イチャイチャ)をこれでもかと描きのめすだけの113分! しかもエンディングにはエド・ハリス自らが朗々と歌うテーマソングまで流れるのだ。もう「参りました」としか言いようがない。

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 エド・ハリスの慧眼は、やはりヴィゴ・モーテンセンに実質的な主役を任せた点にあると思う。ハリス演じる保安官ヴァージルの引き立て役にして女房役、そして本作の語り手である保安官助手ヒッチ役を誰にするかで、映画の出来は完全に変わっただろう。寡黙で神秘的な存在感を漂わせるヴィゴ・モーテンセンだからこそ、最小限の佇まいだけでハリス=ヴァージルを引き立てられるし、また自身の魅力も相乗効果的に発散できる。このパワーバランスの見事さは、保安官事務所のポーチに並んだ2人のショットを見るだけで否応なく伝わる。そんな彼らが「まるで恋人か夫婦のような信頼関係で結ばれているさまを言葉少なに醸し出す」場面が、2時間ひたすら連発されるのである。で、つまんないブス女(レネエ・ゼルウィガー)に友情を壊されかけたりするのだ。これはもう、お好きな方にはたまらない世界だろう。

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 そう、主人公コンビの間で揺れる恋多き女、アリーを演じたレネエ・セルウィガーの扱いにも、エド・ハリス演出の冴えが感じられる。男たちを翻弄する美女という設定にしては、やはりミスキャスト感は否めない。だが、それはおそらく意図的な配役だ。個人的には好きな女優さんだし、よくブスの代名詞みたいに言われるけど、実際すごく可愛いし綺麗な人だと思う。ただし、この映画に関して言えば、近年の出演作の中では最もブサイクに撮られている。つまり男優陣の艶姿を堪能しに来た女性観客にとってノイズにならないよう、徹底的に「感情の矛先が向かない」存在になっているのだ。嫉妬や羨望、あるいは「あんなセクシー爆弾が相手じゃ仕方ないか」的な諦めはまるで感じさせない。

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 さらに、その脇を固める男優陣が、また揃いも揃って渋い中年好きのツボをグイグイ押してくるような顔ぶれなのである。なんたって非情な悪役を演じるのがジェレミー・アイアンズだ(気がつきゃデイヴィッド・クローネンバーグ作品でお馴染みの顔ばかりではないか)。凄腕ガンマン=ランス・ヘンリクセンが登場してくるタイミングの巧さにも卒倒しそうになった。自分がフケ専だったら死んでるんじゃないかと思うくらい、「俺たちに惚れてる連中をヒィヒィいわせるための映画」として、すこぶる完成度の高いフィルムに仕上がっている。

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 まあ、上記のような偏った感想(妄想)はともかく、もちろんオーソドックスな西部劇として見応えある秀作である。ジョン・カーペンターあたりが地団駄踏んで悔しがりそうな、シンプルな西部の男たちのドラマを現在のハリウッドで完璧に実現してしまっているのは本当に凄い。「インディアンの包囲から逃れるため、敵と味方がやむを得ず一時休戦して協力し合う」などというクラシカルな展開が、まさか新作映画で見られるとは思っていなかった。いくつかある決闘シーンの演出も、ひとつひとつの尺は短いながら実に見事だ。

 映画全体にカット割りは極力少なく、ゆったりとした広い構図を多用して、役者も美術も空気感も余すところなく捉える演出が快い。オーストラリア出身のベテラン撮影監督ディーン・セムラーによるカメラワーク、ちょっとマーク・アイシャムを思わせる哀切さの滲むジェフ・ビールの音楽も絶品だ。特に撮影は、DVDで観ても「ああ、やっぱりフィルムっていいなあ」と思えるくらい、惚れ惚れする美しさ。『アポカリプト』(2006)以降は“ジェネシス”撮影の第一人者としてデジタル撮影しかやらないと思われていたディーン・セムラーが、本作のメイキング映像で「そんなことないよ! フィルムだってやる時はやるよ!」と力説していたのがおかしかった。

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 主人公コンビは何度も言うがひたすらかっこよく、実際のアメリカ開拓時代の写真に収まっていても何の違和感もなさそうな佇まいである。これを観た女性の映画ファンの声もぜひ聞きたいと思った。やばいよ、これは。

・Amazon.co.jp
DVD『アパルーサの決闘』特別版

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『Franklyn』(2008)

『Franklyn』(2008)

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 外した……。なんとなく面白そうだと思ったのに、うまくやりゃあ傑作になるかもと期待していたのに、外した……。ジェレミー・トーマス製作だからひょっとして、と思ったのに(以下略)

 ストーリーは、『ダークシティ』(1997)と『ブレードランナー』(1982)を合わせたような架空の異世界“ミーンワイル・シティ”に生きるダークヒーローの彷徨と、現代のロンドンを舞台にそれぞれ「喪失」を抱えた人々の群像ドラマとを、ミステリアスに交錯させるというもの。これが『世界の中心で愛を叫んだけもの』ばりの飛躍とSFマインドで、時空を超えたふたつの世界を結び付けるとかいう展開なら思わず膝ポンする気マンマンだったのだが、そうは問屋がおろし金。SFかと思ったらサイコスリラーだった、という今時どんでん返しにもならないチンケ&チッポケな話だった。要するにテリー・ギリアムのヘタクソな変奏である(同じジェレミー・トーマスが製作を手がけた『ローズ・イン・タイドランド』とほぼ同じ)。いいじゃんもう、そんな話! 飽きたわ!!

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 あとまあ、映画の構造的に無理があるなあと思うのは、アメコミ/SF的な現実離れした世界観と、灰色の現実感に富んだリアルな世界観を並行して描くという手法。前者はファンタジーなので、ある種の「没入」を観客に要求する。『ブレードランナー』なら1カット目にそれを促す強烈な近未来L.A.のビジョンがあった。『シン・シティ』(2005)ならビジュアルスタイルを統一することで異世界を観客に納得させた(映画自体はダメダメだったけど)。あるいは、どう見ても単なるオーストラリアの荒れ地を「近未来!」と言い切る『マッドマックス2』(1981)は、観客のジャンルへの理解とストーリーへの集中力、つまり観客自身のイマジネーションが設定を補完した。

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 しかし、本作ではその「没入意欲」がいちいち現実風景のインサートでチャラにされてしまい、観客はいつまで経ってもファンタジー世界に馴染めず、否応なく突き放した態度にならざるを得ない。どんなに美術やVFXが頑張っていても「ウソくさー」としか思えない。ならアクションに期待だ! と思うと、これもグダグダ。だから、あっという間にネタバレする。観客の物語展開予想チャートの筆頭には「これ、どっかのバカの妄想だろ」という選択肢がポッと浮かんでしまうのだ(そしてそれは紛れもない正解である)。だから無理なのよ、この手法は。余程のストーリー的な飛躍か、強烈な映画的魅力がないと。

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 百歩譲って、本作がそういったコケオドシ的ギミックが主眼の映画ではなかったとする。あくまでも、さまよえる4つの孤独な魂が交錯する“宿命的偶然”の物語なのだと。だとしても、その人物造形の幼稚さたるや呆れ返って屁も出ねえよ、と言いたくなる甘ちゃんぶりでは話にならない。トリッキーなドラマ構築も、思わせぶりな前半はともかく、後半になるにつれ息切れし始める。「これ、すげえつまんねえ話なんじゃねえの?」と観客に気づかせてしまうのだ。クライマックスでは全ての伏線を回収し、エモーショナルな盛り上がりも最高潮に達するフィナーレへと導こうとして、逆にシナリオ全体の脆弱さを見事にさらけ出してくれる。実に安易かつ陳腐、そして無理がある。その時、観客の脳裏にはノートルダム寺院の鐘の音ほどのボリュームで「どうでもいい」の一言が鳴り響くことだろう。

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 まあ、台詞とか細かい部分ではいいところもあるし、エヴァ・グリーンも綺麗なんで、彼女のファンは90分ぐらい付き合っても損しないんじゃないでしょうか。そんな感じ。あーあ。

・Amazon.co.uk
DVD『Franklyn』(英国盤・PAL)


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『ローゼンシュトラッセ』(2003)

『ローゼンシュトラッセ』
原題:Rosenstrasse(2003)

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 戦時中のベルリンで実際に起きた事件をもとにした、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督による戦争ドラマの力作。現在と過去を行き来するミステリアスな筋立てで、強制収容されたユダヤ人の「家族」という立場からナチスと闘ったドイツ女性たちの存在にスポットを当てる。

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〈おはなし〉
 現代のニューヨーク。夫を亡くしたルース(ユッタ・ランペ)のもとには多くの弔問客が訪れるが、彼女は誰にも心を開こうとしない。かつてナチスによるユダヤ人迫害の時代を生き延び、アメリカに渡って生活してきたルースには、いまだ誰にも知られぬわだかまりを胸に秘めていた。娘のハンナ(マリア・シュラーター)は、母の凍てついた心を解くため、非ユダヤ人の恋人との結婚を認めてもらうためにも、母が決して語らない過去について独自に調べようとする。

 ベルリンへやってきたハンナは、そこで幼き日の母と生活を共にしていたという女性レナが存命であると知る。彼女はレナの住むアパートを訪ね、自らをユダヤ人迫害について研究している学生と偽り、当時の話を聞き出そうとする。そして、年老いたレナがハンナに語ったのは……。

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 戦時中のベルリン。町中のユダヤ人が次々とナチスによって何処かへ連れ去られていく。その中には、異人種婚でアーリア人と家庭を築いていた者も少なくなかった。突然帰ってこなくなった夫や家族の行方を求め、女たちは奔走する。そして、ローゼン通りの仮収容所にたどり着いた彼女たちは、建物の前で幾日も待ち続けた。そこには、母をさらわれた少女ルース(スヴェア・ローデ)、そして、音楽家である夫を連れ去られた若き日のレナ(カーチャ・リーマン)の姿もあった……。

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 ローゼン通りの収容施設の前に集ったのは、大半がユダヤ人の夫をもつ女性であった……と映画は語る。そこにトロッタ監督がこの逸話を映像化した最大の理由があるのだろう。逆に、ユダヤ人の妻を持つアーリア人の夫は(全員ではないにしろ)恐怖のあまりユダヤの血を引いた妻や子供たちを見限った。その典型例として描かれるのが、ルースの家族である。「仕方ないわ、男は弱いもの」という端的な台詞が痛い。トロッタ監督が語る男性心理の分析は、穏やかでいて辛辣だ。その諦念は優しく、すこぶる残酷である。男性観客は思わず「自分なら……」と考えさせられてしまう。

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 過去と現在を交錯させる、ミステリアスでトリッキーな構成で進行しつつも、どこか生硬さの残る語り口もあって、嫌味な感じは全くない。劇的な盛り上がりを意識的に排したような禁欲性は『戦場のピアニスト』(2002)を思い出させるが、ポランスキーのような冷徹さや、ヴァーホーヴェンのような残酷さにも走らない。いくつかのシーンは非常に言葉少なに抒情的で、感動的だ。それがトロッタ監督の美意識なのだろう。

 また、先に述べたように、本作は実話をもとにしている。もし、この逸話をストレートに映画化していたら、それは単なるハリウッド好みの美談に終わっただろう。だが『ローゼンシュトラッセ』はその「奇跡」の恩恵に預かれなかった者の屈折した心情からスタートし、さらにその娘の視点という間接的立場からストーリーが進行していく。この映画は最初から、ひと握りのかろうじて救われた命より、無数の救われなかった命の存在が前提となっている。

 ある「奇跡のような実話」を題材としながら、それを殊更に持ち上げて描かず、決して偽善的な内容には陥るまいとする強固な意志は、当のドイツ人が描いているからこそだろう。これもある意味、独特の美意識というかモラルの表れと見ていい。我々はいまだ『シンドラーのリスト』(1993)や『ディファイアンス』(2008)のような映画が無神経に撮れる立場ではないと、自意識が叫んでいる映画なのだ。

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 分かりやすい感動や映画的ギミックが排されているという意味では、地味な作品かもしれない。しかし、外からの目線ではない「当事国」独特のモラルと美意識に支えられた反戦映画/女性映画の秀作として、観る価値は十二分にある。

・Amazon.co.jp
DVD『ローゼンシュトラッセ』

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欲しいDVDリスト・海外編[2009.7]

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最近「TRASH-UP!! vol.3」の韓国特集について各方面から反応があり、いろんな大御所の方々からお誉めの言葉をいただいたりして、嬉しくもあり、ビビってもおります。聞いた話では佐藤忠男先生にも読んでもらえたとか……恐縮です! 皆様ありがとうございます! まだ読んでない人は買ってね!!(立ち読みできるボリュームじゃないんで)。さて今月は、「TRASH-UP!! vol.3」の韓国ホラー映画史でも少しだけ言及したキム・ソンホン監督の猟奇スリラー『失踪』韓国盤、ハル・ハートリー監督の名作『トラスト・ミー』英国盤、鈴木清順監督のカルトムービー『悲愁物語』米国盤などがリリース。ニール・ゲイマン原作&ヘンリー・セリック監督の『Coraline』も登場! 各商品タイトルのリンク先はDVD FantasiumAmazon.co.ukYesasiaなど各国の通販サイト。


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●2009.7.6発売
『愛の奇跡』 A Child Is Waiting(1963)
英国盤(PAL)。知的障害児施設を舞台に、生きる目的を失った音楽教師が再び希望を取り戻す姿を描いた人間ドラマ。監督をつとめたジョン・カサヴェテスは、スタジオ側が行なった理不尽な編集に激怒し、完全インディペンデント体制でしか自分の映画は作り得ないと決意。ある意味、記念碑的な作品となった。出演はバート・ランカスター、ジュディ・ガーランド、ジーナ・ローランズほか。(Optimum Home Entertainment)

『The Cool Mikado』(1962)
英国盤(PAL)。ギルバート&サリヴァンのオペラ喜劇「ミカド」を翻案したミュージカルコメディ。監督は『ジョーカー野郎』『狼よさらば』のマイケル・ウィナー。若きアメリカ人兵士ハンクは、駐屯先の日本で画学生ヤムヤムと恋に落ちる。しかし彼女の父親ココはヤクザの親分で、2人を無理やり別れさせようとするが……。出演はケヴィン・スコット、ジル・メイ・メレディス、フランキー・ハワードほか。ちなみに『グラン・トリノ』で若いアジア系の女の子をずっとヤムヤムと呼んでいるのは、『ミカド』から来ている差別ネタと思われる。(Network)

『スリー・モンキーズ』 Three Monkeys(2007)
英国盤(PAL)。トルコの俊英ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督によるヘヴィーな人間ドラマ。ある事件をきっかけに“見ざる言わざる聞かざる”を決め込んだ家庭が崩壊していくさまを、鮮烈な映像美で描く。08年のカンヌ国際映画祭で監督賞を獲得し、東京国際映画祭でも上映された。(Drakes Avenue)


●2009.7.8発売
『失踪』(2008)
韓国盤(リージョン3)。行方不明の妹を捜して、ある田舎の村へやってきた女性ヒョンジュン。手がかりを求めて村を彷徨う彼女に、想像を絶する恐怖が迫る……。90年代に韓国で恐怖映画ブームの礎を築いたキム・ソンホン監督の復帰作。主演はチュ・ジャヒョン、ムン・ソングン。制作中に似たような殺人事件が起きたことでも話題を呼んだ。


●2009.7.13発売
『The Other Side Of Underneath』(1972)
英国盤(PAL)。ラディカルな女性運動家であり劇作家・映像作家・女優だったジェーン・アーデンの監督作品。82年にアーデンが自殺して以来、長らく幻となっていたフィルムを英国映画協会(BFI)が修復・初ソフト化。本作はアーデン自身が劇団「Holocaust」で上演した舞台劇の映画化で、暴力的かつショッキングなイメージによって、分裂症と診断された女性の深層心理を探っていくという内容。そのほか、アーデンが脚本・主演をつとめ、ジャック・ボンドが監督した女性映画『Separation』(1967)、アーデンとボンドが共同監督した実験映画『Anti-Clock』(1980)、各3作品のBlu-ray版も同時発売。(BFI)


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●2009.7.14発売
『悲愁物語』 A Tale Of Sorrow(1977)
米国盤(リージョン1)。梶原一騎の原作を鈴木清順監督&大和屋竺脚本という最強の布陣で映画化した、ビザール極まるメロドラマの怪作がアメリカで初DVD化。白木葉子演じる若き女性プロゴルファーがスターとなる前半、新興住宅地を舞台に奇怪な愛憎劇に巻き込まれていく後半と、まるで予想のつかない物語が展開する。キム・ギヨン作品との共通性も感じられる一作。(Cinema Epoch)

『Grey Gardens』(2009)
米国盤(リージョン1)。かつて上流階級の花形だった母娘が、収入もないまま幽霊屋敷のような豪邸で暮らす姿を描いたドキュメンタリー映画の傑作『Grey Gardens』(1975)を、ドリュー・バリモア&ジェシカ・ラング主演でTV映画化した話題作。なお、オリジナル版ドキュメンタリーはクライテリオン社から発売中。(HBO)

『The Edge Of Love』(2008)
米国盤(リージョン1)。ウェールズの詩人ディラン・トーマスとその妻、そして彼らの友人夫婦が紡ぐ愛憎模様を、第2次大戦を背景に綴ったドラマ。主演はキーラ・ナイトレイ、マシュー・リス、シエナ・ミラー、キリアン・マーフィ。ナイトレイの母親で劇作家のシャーマン・マクドナルドが脚本を手がけ、『愛の悪魔』『ジャケット』のジョン・メイブリーが監督を務めた。Blu-ray版も同時発売。(Image)

『Don't Touch The White Woman!』 Touche pas a la femme blanche(1974)
米国盤(リージョン1)。イタリアの異才マルコ・フェレーリ監督が「パリで西部劇を撮る」というシュールな試みに挑んだ異色作。出演はカトリーヌ・ドヌーヴ、マルチェロ・マストロヤンニ、ミシェル・ピッコリ、フィリップ・ノワレほか豪華な面々。本作を含んだフェレーリ作品のDVD-BOX「Marco Ferreri Collection」も発売中。(Koch Releasing)


●2009.7.20発売
『地獄のガイドブック』 Hot Enough For June(1964)
英国盤(PAL)。ダーク・ボガードとシルヴァ・コシナが共演した、チェコスロヴァキアが舞台のスパイスリラー。脚本は『何がジェーンに起ったか?』『ふるえて眠れ』のルーカス・ヘラー。監督は『キッスは殺しのサイン』のラルフ・トーマス。(Network)


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●2009.7.21発売
『Coraline』2-Disc Collector's Edition(2009)
米国盤(リージョン1)。ニール・ゲイマンの小説『コララインとボタンの魔女』を、『ナイトメア・ビフォー・クリスマス』の鬼才ヘンリー・セリックが映画化した長編ストップモーションアニメ。別世界に迷い込んだ少女コララインの冒険を、ちょっぴりホラーでシュールな世界観と、死ぬほどカッコいい映像美で描くアドベンチャーファンタジー。メチャクチャ楽しみにしてるのに日本公開がちっとも決まらない……ガマンの限界とはこのことだ! ゼッタイ買うたる!! 1ディスクのみの通常版Blu-ray版も同時発売。(Universal)


●2009.7.27発売
『トラスト・ミー』 Trust(1991)
英国盤(PAL)。ハル・ハートリー監督の出世作となった名作『トラスト・ミー』がイギリスで初DVD化(アメリカ・日本では未発売)。妊娠した16歳の少女と風変わりな青年のラブストーリーを、オフビートかつ繊細に描く。主演のエイドリアン・シェリー、マーティン・ドノヴァンの好演は忘れられない。同監督の『ヘンリー・フール』『The Girl From Monday』各単品、3作品を収録したDVD-BOX「The Hal Hartley Collection」も同時発売。(Artificial Eye)

『Il Divo』(2008)
英国盤(PAL)。イタリア映画祭2009でも大きな話題を呼んだ、パオロ・ソレンティーノ監督の政治ドラマ。7期に渡ってイタリア首相を務めながら、裁判にかけられるなど物議を醸した実在の人物ジュリオ・アンドレオッティ。その圧倒的権威に翳りが見え始めた議員生活の晩年を、スタイリッシュな映像と流麗な語り口で描いた力作。08年のカンヌ国際映画祭では審査員賞を受賞。(Artificial Eye)

『The Flesh Is Weak』(1957)
英国盤(PAL)。イタリアからロンドンにやってきたメリッサは、ハンサムな青年トニーと出会う。初めは優しく面倒見のいい彼だったが、その正体は若い女性を無理やり娼婦に仕立て上げるポン引きだった……。『アルゴ探検隊の大冒険』『恐竜100万年』のドン・チャフィ監督による犯罪ドラマ。出演はミリー・ヴィターレ、ジョン・デレク。(Odeon Entertainment)


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●2009.7.28発売
『The Howl』 L'Urlo(1970)
米国盤(リージョンオール)。ティント・ブラス監督のシュールな映像美学が炸裂した初期作が、『危険な恋人』(1968)に続いて待望の初DVD化。結婚式から逃げ出した花嫁が、見知らぬ男と一緒に逃げるうち、奇怪な幻想世界に踏み入っていく。出演はティナ・オーモン、ジジ・プロイエッティほか。(Cult Epics)

『反撥』 Repulsion : Criterion Collection(1965)
米国盤(リージョン1)。ロマン・ポランスキー監督がイギリスに渡って撮り上げた傑作サイコスリラーがクライテリオン・コレクションで登場。ニューマスター版の本編、ポランスキー監督と主演女優カトリーヌ・ドヌーヴの音声解説、メイキングドキュメンタリー「A British Horror Film」、当時のTV番組用メイキング映像、予告編を収録。Blu-ray版も同時発売。(Criterion)

『レスラー』(2008)

『レスラー』
原題:The Wrestler(2008)

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 満身創痍の中年レスラーの苛烈な生きざまを、痛ましくも感動的に描いた男泣き必至のヒューマンドラマ……って聞いたけど、監督ダーレン・アロノフスキーなんだよな? 方向転換したんか? と疑問を抱きながら観に行ったら、なんのことはない、非常にアロノフスキー先生らしい映画であった。

 この映画は『π』(1998)や『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000)同様、何かに取り憑かれた人間がものすごいスピードで堕ちていくのが大好き! その落下と同じ勢いで寄り添いたい! という、破滅萌えの映画だ。このまま行けば取り返しのつかない末路に至ると知りながら、湧き出るアドレナリンと死の誘惑に駆られるまま、地獄の淵を目指して加速する。アロノフスキーはそんな人々のパワーに魅了され、熱い視線を注ぎ続けてきた。本作もまた例外ではない。

 その上で『レスラー』は、過酷な生き方を選択してしまった者の哀歓、誰もが抱える衰えへの不安、尊厳をもって生きるということのシビアな現実といった普遍的なテーマを織り込み、ラストに訪れる「墜落」の瞬間を途方もなくドラマティックな感動へ昇華させることに成功している。これまでの映画では観客も対象を突き放して観ることができたかもしれないが、本作の主人公ランディ“ザ・ラム”ロビンソンの挫折は他人事ではない。主人公の心情にぴったり寄り添い続ける手持ちカメラの視線は、いつしか観客のそれと同化していく。『レスラー』はアロノフスキーの映画監督としての成熟を感じさせる秀作だ。

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 その感動の大部分を担っているのが、主人公ランディを演じるミッキー・ロークの肉体が放つ圧倒的なリアリティである。自らの体をとことん痛めつけ、改造に改造を加え、かつての面影を失った醜い姿と化してなお観衆の前に立ち続ける。職種は違えど、主人公ランディと俳優ミッキー・ロークの姿は否が応にも重なって見える。もし彼の俳優としての栄光と挫折を知らない観客でも、その表情や佇まいには、虚構を越えた何かを感じ取るはずだ。

 本作はまず、主人公ランディの人気が絶頂期にあった88年までの回想シーン的モンタージュで幕を開ける。面白いのは、88年当時のミッキー・ローク自身は決して男性観客受けする俳優ではなかったということだ。『ナインハーフ』(1986)や『エンゼル・ハート』(1987)で女性ファンからの圧倒的人気を博し、例えばプロレス・ファンとか格闘技ファンみたいな男気溢れる人たちの目からは「あのスケコマシ役者が!」という印象で見られていたのではないだろうか。同時期に『死にゆく者への祈り』(1987)などで演技派として存在感を示していたとはいえ、セックス・シンボル的なイメージは長らくつきまとっていた。そこから脱却するためか、90年代に入るとボクシングにのめりこみ、出演作も『ハーレーダビッドソン&マルボロマン』(1991)や『ダブル・チーム』(1997)などのアクション路線へ転向していく。男くさいアクション俳優としての方向性を模索し、そして見事に失敗した。

 十余年にわたる低迷期、雌伏の時を経て、だんだんと「復活」の兆しを見せ始めてきたのは、つい最近のことだ。『ドミノ』や『シン・シティ』(共に2005)で肉体に躍動を取り戻した姿を見て、安心したファンも多いだろう。そして今回の作品で、80年代には真逆の存在だったプロレスラー役をゲットし、かつて実現できなかったイメージチェンジを(ボロボロに変わり果てた姿になって)ようやく果たしたのだ。その代償はあまりに大きかったかもしれない。だが、そんな暗黒の日々を過ごしたからこそ、『レスラー』のランディ“ザ・ラム”ロビンソン役は、彼以外にはありえないハマリ役となった。アロノフスキーは製作予算を大幅に削られることも厭わず、ロークの出演に固執したという。きっと、その肉体が放つ苦痛と悔恨のリアリティを手放したくなかったのだ。

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 それほど登場人物が多くない本作にあって、主人公を取り巻く女性2人のキャスティングもかなりの重要課題だったと思うが、それも見事に成功させている。主人公と心を通わせるストリッパー役のマリサ・トメイは、そろそろ潰しの利かない歳になってきた女の哀愁を味わい深くリアルに演じ、『その土曜日、7時58分』(2007)の妻役と並ぶインパクトをもたらす。大胆な脱ぎっぷりはもとより、相手に距離を置こうとするときの表情のリアリティにも胸打たれた。そして、ランディの一人娘を演じたエヴァン・レイチェル・ウッドも素晴らしかった。こんなにエモーショナルな芝居と可愛らしさの両立できる女優だったのか、と思ったのは『サーティーン』(2003)以来かもしれない。

 個人的には格闘技ファンでもなんでもないので、世間での熱狂とは少しズレたところで観てしまったのかもしれないが、それでもこの映画は確かに万人の胸を揺さぶる力を持った秀作だと思う。特に、スポーツ選手でもアイドルでも俳優でもなんでもいいけど、誰かの「ファン」になったことのある人は必見。

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