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Simply Dead

映画の感想文。

『白衣の男』(1951)

『白衣の男』
原題:The Man With The White Suit(1951)

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 『マダムと泥棒』(1955)のアレクサンダー・マッケンドリック監督が、英国イーリング・スタジオで撮り上げた傑作諷刺喜劇の1本。シンプルかつ寓意に富んだシナリオと、惚れ惚れするほどシャープな演出に、ただただ敬服するしかない名品だ。主演は『マダムと泥棒』でもマッケンドリックと組んだ名優アレック・ギネス。いわゆる“イーリング・コメディ”の代表作として知られながら長らく日本未公開のままだった作品だが、先日ようやくDVD化された。

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〈おはなし〉
 繊維業界で働く若き研究者シド(アレック・ギネス)は、決して汚れず、破れもしない「究極の繊維」の開発にいそしんでいた。あまりに研究熱心なあまり、湯水のように経費を使いこんでしまうため、それがバレて転職を繰り返す日々。なんとか潜り込んだバーンリー工場でもあわやクビになりかけるが、社長令嬢ダフネ(ジョーン・グリーンウッド)を味方につけて、なんとか会社の理解を得ることに成功。度重なる試行錯誤の末、シドはついに奇跡の繊維を完成させる! しかし、永久的に長持ちする繊維の登場は、業界の存続危機を意味していた。噂を聞きつけた各社の重役陣は、シドの発明を永遠に封じ込めようとする……。

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 社会のシステムすら揺るがしかねない世紀の大発明を成し遂げたがために、逆に社会から抹殺されてしまうという筋立ては、デイヴィッド・マメットの『ウォーターエンジン/アメリカ帝国の陰謀』(1992)を想起させる。マメットはそれを辛辣で重苦しい悲劇として描いたが、マッケンドリックは徹頭徹尾ウィットに富んだ諷刺喜劇として、資本主義社会の矛盾を鋭くついてみせる。その中で、企業側はもちろん、労働者側も等しくパラドックスに陥るさまを皮肉たっぷりに見つめる視線が、いかにもイギリス喜劇らしい。

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 マッケンドリックの演出は終始スピード感と切れ味を保ち、ひたすら快調に物語を疾走させる。構図の取り方はどこかコミックを思わせる的確さで、人物の動かし方にも活劇的なダイナミズムがあり、「おおっ」と声が出てしまうようなショットがいくつもある。イギリス映画人らしい、ちょっぴり非人間的とすら思える笑いのセンスがすごくカッコイイ(ちなみにマッケンドリックはアメリカのボストン生まれだが、生後すぐに家族とスコットランドへ移住した)。奇妙なリズムを奏で続ける実験器具、失敗続きで爆発事故を繰り返してるうちに工場の建物が戦場めいた様相になっていくあたりの、ちょっとタガの外れたギャグが秀逸だ。

 それでいて、各キャラクターの茶目っ気や可愛げもきっちり描き、決して人間を突き放して観察するだけの冷淡なサタイアにはなってない。ほのかなラブストーリーの要素を織り込む手際も鮮やか。前半、ヒロインの車に飛び乗った主人公が転げ落ちる描写の酷薄なまでのあっけなさ、そのあとで劇的な(ある意味ロマンティックな)会話シーンへと繋げるスマートさにもドキッとさせられる。クールなモダニズムと、いたずらっ子のような茶目っ気がバランスよく溶け合ったマッケンドリックの演出が、ちょっぴりファンタジックな要素をもった諷刺劇であるシナリオと見事に合致している。

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 変わり者の主人公を、ひたすら愛らしく演じたアレック・ギネスが素晴らしい。研究第一で周囲の迷惑や責任など考えずに暴走する科学者を、純粋で浮き世離れした青年として表現し、とても魅力的な好演を見せている。この時期の出演作にしては珍しく、特殊メイクや凝った役作りなどをせずに、わりと素に近い状態でエキセントリックな人物を演じているのが貴重だ。

 『カインド・ハート』(1949)でもギネスと共演していたジョーン・グリーンウッドが、本作では利発で可愛らしい社長令嬢に扮し、やはり快演と呼びたい見事な演技を披露している。知的なスマートさと、えもいわれぬ艶っぽさを兼ね備えた独特の魅力は、本作でも健在だ。特に、映画の後半で彼女が一人芝居をするシーンで聞かせる台詞の色っぽさときたらどうだろう。また、名優セシル・パーカー演じる社長のお人好し感、紡績業界の大物に扮する怪優アーネスト・セシジャーが全身から釀し出すハッタリ感、ハマープロ作品や『バットマン』シリーズでおなじみのマイケル・ガフ扮する青年社長の酷薄ぶりなど、芝居的に楽しめるポイントが随所に散りばめられていて飽きない。

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 イーリング作品には、ちょっとした特殊効果撮影を含む映画が多く、それが楽しみのひとつでもある。本作では白いスーツが闇の中でボワッと光るというエフェクトがあり、なかなか面白い。着ている人間は闇に包まれているのにスーツだけが光っているという画づらを巧みなライティングで表現していて、どうやって撮ってるのかな、と思った。撮影を担当したのは、多くのイーリング作品で活躍し、のちに『インディ・ジョーンズ』シリーズなどを手がける名手ダグラス・スローカムである。

 アレクサンダー・マッケンドリックがイーリング・スタジオで撮ったコメディ作品には、他に『Whisky Galore!』(1949)と『The Maggie』(1954)があり、聾唖の少女とその家族を主人公にしたドラマ『Mandy』(1952)もある。イーリング最後の輝きといえるヒット作『マダムと泥棒』のあと、彼は生地アメリカに戻り、バート・ランカスター主演の『成功の甘き香り』(1957)でハリウッド・デビュー。その後は『サミー南へ行く』(1963)などの秀作を手がけるものの、アメリカではその才気をあまり発揮できないまま、教職に転向してしまった。カリフォルニア芸術大学で彼に習った生徒のなかには、『3時10分、決断のとき』(2007)のジェームズ・マンゴールド監督もいる。ハリウッドでは不遇だったマッケンドリックだが、イギリス時代に手がけた作品は掛け値なしの傑作・秀作ぞろいだ。『白衣の男』も、もっと多くの映画ファンの目に触れてほしいと思う。

・Amazon.co.jp
DVD『白衣の男』

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欲しいDVDリスト・海外編[2009.6]

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最近、輸入盤といえば韓国映画のDVDしか買ってなかった反動で、欧米の通販サイトでバカ買いしそうな気がして怖い、欲しいものリスト・海外編のお時間です。前回から随分と間が空いてしまったので、紹介できなかった分は綺麗サッパリ忘れることにします。今回は6月にリリースされる海外盤DVDの中から注目作をピックアップ。米国盤では、ホアキン・フェニックスの俳優引退作となった恋愛ドラマ『Two Lovers』、イタリアのB級エログロ職人ジョー・ダマトのカルトスプラッター『Horrible(Antropophagus 2)』などが登場。英国盤では、ちょっと『ダークシティ』を思わせるイギリス製SFスリラー『Franklyn』、デンマークで批評的にも興行的にも大成功を収めた話題作『Flame And Citron』など、多彩な作品がリリースされます。中国生まれの韓国人監督キム・ガンホのインディーズ作品『軌道』にも注目。各商品タイトルのリンク先はDVD FantasiumAmazon.co.ukYesasiaなど各国の通販サイト。


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●2009.6.1発売
『A Christmas Tale』 Un Conte de Noel(2008)
英国盤(PAL)。今やフランス映画界を代表する監督となったアルノー・デプレシャンが描く、ある一家の年代記。カトリーヌ・ドヌーヴ、マチュー・アマルリック、エマニュエル・ドゥヴォス、キアラ・マストロヤンニなど、充実したキャスト陣の競演も見どころ。(Drakes Avenue Pictures)


●2009.6.9発売
『Nobel Son』(2008)
米国盤(リージョン1)。ノーベル化学賞を受賞した大学教授の一人息子が誘拐される。だが、彼は身代金を払おうとせず、事態は予想外の展開に……。ランダル・ミラー監督による犯罪コメディ。監督の前作『Bottle Shock』に出演したアラン・リックマン、エリザ・ドゥシュク、ビル・プルマンらが続けて登板するほか、メアリー・スティーンバージェン、ダニー・デヴィートなど豪華な顔ぶれが共演。(Fox)


●2009.6.10発売
『マリンボーイ』(2008)
韓国盤(リージョン3)。元水泳選手のヨンスはギャンブルで多額の借金を背負い、その命と引き換えに「マリンボーイ」となることを強要される。それは新種の麻薬を自らの体内に隠し、海を泳いで運ぶという危険極まりない仕事だった……。今年2月に韓国で公開され、大ヒットを記録した犯罪スリラー。主演は『食客』のキム・ガンウ、『悪い男』のチョ・ジェヒョン。(CJ Entertainment)


●2009.6.11発売
『軌道』(2008)
韓国盤(リージョン3)。中国の辺境でひっそりと暮らす、両腕のない男チョルス。そこに耳が聞こえず喋ることもできない女ヤンスクが逃げ込んでくる。訳が分からぬままに彼女を匿うことになったチョルスは、次第に彼女を愛するようになるが……。中国朝鮮族出身のキム・ガンホ監督によるヒューマンドラマ。実際に両腕のない俳優チェ・クムホが主人公チョルスに扮し、孤独に生きてきた男の愛と葛藤を圧倒的なリアリティで演じた。(Indie Story)


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●2009.6.15発売
「The London Collection」
英国盤(PAL)。犯罪スリラーやコメディ、ショートフィルムなど、50?60年代のロンドンで撮影された多彩な作品群を収めた5枚組DVD-BOX。バジル・ディアデン監督の『波止場の弾痕/Pool Of London』(1951)、J・リー・トンプソン監督の『The Yellow Balloon』(1953)、ケン・ヒューズ監督の『俺は殺られる!/The Small World Of Sammy Lee』(1963)、ジョアン・リトルウッド監督の『Sparrows Can't Sing』(1963)、ノーマン・コーヘン監督の中編『The London Nobody Knows』(1967)、ダグラス・ヒコックス監督の短編『Les Bicyclettes de Belsize』(1969)の計6タイトルを収録。マイク・ホッジス監督は『俺は殺られる!』の映像を見て、劇場デビュー作『狙撃者』の撮影監督にウォルフガング・スシツキーを起用したそうなので、これはぜひ観てみたい。(Optimum Home Entertainment)

『The Class』 Entre les Murs(2008)
英国盤(PAL)。2008年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを獲得した、ローラン・カンテ監督の話題作。パリにある高校を舞台に、ひとりの教師と24人の生徒たちの交流をリアルに描く。授業を通して差別や貧困など様々な社会問題と直面することになる主人公の高校教師を、原作者のフランソワ・ベガドーが自ら演じ、生徒たちも全員オーディションで選ばれた。(Artificial Eye)


●2009.6.16発売
『What Goes Up』(2009)
米国盤(リージョン1)。スティーヴ・クーガン、ヒラリー・ダフ、オリヴィア・サールビーが共演した異色青春ドラマ。80年代半ば、スペースシャトル“チャレンジャー”の乗組員に選ばれた宇宙飛行士の故郷の町に、ニューヨークから1人の記者が取材にやって来る。彼はひょんなことから、その町に暮らすティーンエイジャーたちと交流を持つことに……。監督・脚本は新鋭ジョナサン・グラッツァー。(Sony Pictures)


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●2009.6.22発売
『Franklyn』(2008)
英国盤(PAL)。イギリスの新鋭ジェラルド・マクモローが監督・脚本を務めたデビュー作。現代のロンドンと近未来都市ミーンワイルシティを舞台に、奇怪なマスクを被ったダークヒーロー、心に傷を負った美女、家出した息子を捜す父親など、4つの孤独な魂のドラマが錯綜する。出演はライアン・フィリップ、エヴァ・グリーン、サム・ライリーほか。製作はジェレミー・トーマス。Blu-ray版も同時発売。(E1 Films)

『壁の中の少女』 Anchoress(1993)
英国盤(PAL)。中世イギリスの片田舎。荘園の代官と結婚する運命だった少女クリスチーヌは、聖マリアと共に生きる「Anchoress(女隠者)」となることを司祭に説かれ、教会の壁と壁の間にある小さな部屋にマリア像と共に閉じこめられる……。数々の短編作品で高い評価を得てきたクリス・ニュービー監督の長編デビュー作。特典としてニュービーの短編『The Old Man of the Sea』『Flicker』『Stromboli』も収録。(BFI)

『This Filthy Earth』(2001)
英国盤(PAL)。イングランド北部を舞台に、親から受け継いだ広大な農地を守る姉妹が、ふたりの男の出現によって悲劇的運命をたどるという物語。エミール・ゾラの『大地』に着想を得た、アンドリュー・コッティング監督の長編第2作。(BFI)

『Mathilde』(2004)
英国盤(PAL)。『Moonlighting』の名優ジェレミー・アイアンズと、『シビラの悪戯』の美少女ナッサ・クヒアニチェが共演した反戦ドラマ。クロアチア紛争で全てを失った少女マチルドと、国連軍の大佐の間に芽生えた、残酷な愛の行方とは……。(Aquarius)


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●2009.6.29発売
『スリープレス』 Sleepless(2001)
英国盤(PAL)。ダリオ・アルジェント監督が初期の作風に立ち返ったジャーロが新装ジャケットで発売。特に好きな映画ではないけど、パッケージの魅力に負けて思わず買っちまいそう。ランベルト・バーヴァ監督の『首だけの情事』、ルチオ・フルチ監督の『墓地裏の家』も同時リリース。(Arrow Video)

『Surveillance』(2008)
英国盤(PAL)。デイヴィッド・リンチの愛娘ジェニファー・リンチによる15年ぶりの監督作が、米国盤より2ヶ月早くリリース。ある殺人事件の捜査のため、田舎町を訪れたFBI捜査官コンビが関係者を取り調べるうち、異様な事実が浮かび上がっていく。主演はジュリア・オーモンド、ビル・プルマン。Blu-ray版も同時発売。(E1 Films)

『Flame And Citron』(2008)
英国盤(PAL)。ナチス統治下のコペンハーゲンで、レジスタンス組織の一員として活動する2人組“フレーム”と“シトロン”。全く対照的な性格の2人が、裏切り者の正体を探っていく姿をサスペンスフルに描く、実話をもとにしたスリラードラマ。デンマークで国内映画としては異例の大ヒットを記録し、数々の映画賞にもノミネートされた話題作。出演は『天使と悪魔』のトゥーレ・リントハルト、『007/カジノ・ロワイヤル』のマッツ・ミケルセン。Blu-ray版も同時発売。(Metrodome Video)


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●2009.6.30発売
『Two Lovers』(2008)
米国盤(リージョン1)。全くタイプの違うふたりの女性の間で揺れる青年と、その家族。秀作『アンダーカヴァー』のジェームズ・グレイ監督とホアキン・フェニックスのコンビ第3作は、ドストエフスキーの短編小説をもとにした恋愛ドラマ。ブルックリンに暮らすユダヤ人一家の日常描写、独自の視点で切り取られたニューヨークの魅力的な情景も見どころ。共演はヴァネッサ・ショウ、グウィネス・パルトロウほか。Blu-ray版も同時発売。(Magnolia Home Entertainment)

『The Education Of Charlie Banks』(2007)
米国盤(リージョン1)。平凡な大学生活を送る青年チャーリーの前に、かつての友人ミックが現れる。粗暴だがカリスマ的な魅力を放つ彼の出現によって、チャーリーの日常は思いもよらぬ方向へと変わっていく……。リンプ・ビズキットのフレッド・ダーストが監督を手がけた青春ドラマ。主演は『イカとクジラ』『Adventureland』のジェシー・アイゼンバーグ。(Anchor Bay/Starz)

『The Human Contract』(2008)
米国盤(リージョン1)。女優ジェイダ・ピンケット・スミスが監督・脚本を務めた愛憎ドラマ。ビジネスマンとして大きな成功を収めた男が、ある奔放な美女に本気で惚れてしまい、ネガティヴな感情を暴走させていく姿を描く。主演はジェイソン・クラーク、パス・ヴェガ。(Sony Pictures)

『Violence And Flesh』 Violencia na Carne(1981)
米国盤(リージョンオール)。3人の脱獄囚が人里離れた海辺の民家に押し入り、暴虐の限りを尽くす。『鮮血の美学』を思わせる筋立てのブラジル製バイオレンスポルノ。主演は『欲望という名の女』のヘレナ・ラモス、『バージン・プリズン/第69処女拷問収容所』のネイデ・リベイロほか。(Impulse Pictures)

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『Horrible』(1981)
米国盤(リージョンオール)。別題『Rosso Sangue』または『Antropophagus 2』。ジョージ・イーストマン演じる不死身の殺人鬼が暴れ回る『猟奇!喰人鬼の島』の続編で、監督は前作同様、ジョー・ダマト。今度は洋館を舞台に血みどろの惨劇が繰り広げられる。凄惨なスプラッター描写がマニアの間で語り種になっているカルト作。(Mya Communication)

『大狂乱』 Lookin' to Get Out: Director's Cut(1982)
米国盤(リージョン1)。様々な名作を世に残しながら地味な評価しか得られなかった名匠ハル・アシュビー監督による、ギャンブルを題材にしたコメディ。ジョン・ヴォイトが主演と共同脚本を手がけ、アン=マーグレットとバート・ヤングが共演。幼い頃のアンジェリーナ・ジョリーも顔を見せている。公開当時は2年間もオクラ入りの憂き目にあった上、スタジオ側が再編集した短縮版で上映されたが、今回は初公開のオリジナル全長版でリリースされる。特典としてキャストインタビュー、予告編を収録。(Warner)

たまには小説の感想でも……『標的』

『標的』 by 林紗羅(イム・サラ)

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 「TRASH-UP!! vol.3」韓国特集の仕事が一段落して、気がつけば映画ばかり観ていたので、「コリアン・ミステリ ─韓国推理小説傑作選─」という本を読んでみた。全13編の短編小説が収められたアンソロジー本なのだが、これがなんとも微妙な内容で、それミステリって言わないんじゃないの……? と思ってしまうような作品が大半だったりする。

 特に顕著な特徴としては、ヒネリがない。いちど話をオトして、さらにヒネリを加えていくのがミステリの常套手段だと思うのだけど、大概それがなく、ハンパなところで幕となる。『最後の証人』(1980)の原作者でもある韓国ミステリ界の重鎮、キム・ソンジョンによる短編『失踪』ですら、導入部や中盤の展開はスリリングで面白いのに、最後は「んー?」と首を捻ってしまうような終り方をしてしまうのだ。読み進めるほどに、韓国の作家は基本的にミステリ(ことに短編)とか、あんまり向いてないんじゃないだろうか……という考えが頭をよぎるのである。

 中には、ユ・ウジェという作家の『敵と同志』のように、中身は列車を舞台にした密室サスペンス+どんでん返しの平凡な折衷だが、南北のスパイ戦と組織内部の疑心暗鬼をモチーフにしている点から二重の意味を読み取らないと、内容をちゃんと理解したことにならないようなものもある(そんな深い意味はないかもしらんけど)。その辺は外国人の読者には難しいところだろう。とはいえ、いきなりミステリ本として純粋に楽しむには全体的にツラい気がした……途中までは。

 そんな上記のような印象を、完全に吹き飛ばしてしまう一編がある。イム・サラ(林紗羅)という女性作家が書いた『標的』という作品だ。これは他の短編とは比べ物にならない、正真正銘の傑作だった。

 物語はある女性の視点から語られる。90年代の現在、出版社で編集者として働いている彼女は、かつて韓国で民主化運動が最も加熱していた80年代に大学生だった世代である。しかし、彼女自身は当時の学生運動の“熱さ”に馴染めず、息を潜めるようにして学生生活を送るしかなかった。日本にもシラケ世代があったように、実際そんな若者も少なくなかっただろう。そして時が経ち、晴れて民主国家(その実バブリーな資本主義社会)が成立した今、彼女が目にしたものは「まやかしの英雄たち」の登場だった。当時、大して活躍もせず、死にもの狂いでデモ隊の最前列で旗を振っていたわけでもないのに、まるで自分が革命の闘士だったかのように振る舞う詐欺師たち。

 本作のなかでは、それはひとりの女の存在に集約される。みんなの憧れの的だった運動家に恋人としてつきまとい、自身は何をしたわけでもないのに、今になって美化された当時の思い出を詩集として出版しようとしている女・ウンス。本作の語り手であるヒロイン・スンフィは、つとめてシニカルに、その図々しい生きざまに対して敬意さえ表しながら、しかし明確な敵意をもって彼女(と、彼女に代表される嘘つきども)に呪詛を投げかける。

 激動の時代に傍観者でいることしかできなかった者のコンプレックス。傍観者であればこそ、はっきりと見える矛盾と欺瞞。こうした鋭い視点を持つ作品には、個人的にあまりお目にかかったことがなく、すごく新鮮だった。イム・サラの文体はどこかニューロティックな繊細さと、歯に衣着せぬ烈しさが同居し、女性ならではの秘めたるパッションのたぎりを感じさせる。『標的』はそんな導入部を経て、時代的屈折を抱える主人公スンフィの前に、また別の心理的屈折を与えた“もうひとりの女”を登場させ、ミステリアスな物語へと読者をいざなっていく。

 大学最後の夏、スンフィはウンスの紹介で、米国籍を持つユン・チソルという美しい女と出会った。魅惑的な報酬付きで、アメリカへの旅に同行してほしいというのだ。理由は、スンフィが学校新聞のために書いた短編小説を読んで気に入ったからだという。明らかに怪しい申し出だったが、スンフィは半ばチソルの放つ魅力にのまれるようにして、アメリカ行きを承諾する。その旅が、彼女に一生消えぬ記憶をもたらすことになるとも知らず……。

 コネチカット州ニューロンドンの海岸から、ロングアイランドへ向かう船上で起こる第一の事件。紅蓮の夕陽に照らされたデッキの上で、スンフィが目撃した光景とはなんだったのか。そして10年後、ロシアに舞台を移して再び繰り返される2人の女の旅……。女たちのノワール・エピックともいうべき見事なドラマ構成、逃れ得ぬ悲劇へと引き込まれていく心理描写、ブライアン・デ・パルマの映画を彷彿とさせる美しく鮮烈なクライマックスが圧巻だ。わずか20ページの短編とは思えない時間的・地理的スケールの大きさ、そして何より、映画的ビジュアルの喚起力がずば抜けている。同性愛的ニュアンスを漂わせる報われないラブストーリーとして深読みもできるし、三者三様の生き方を歩んだ女たちの「時代」との関わりを描いた興味深いドラマでもある。ぜひ長編サイズのシナリオに膨らませて、パク・チャヌク監督あたりに映画化してほしいと思った。

 残念ながら、イム・サラの小説はこの『標的』しか邦訳されていないが、本国では『私のプリマドンナ』や『愛する時と死する時』といった長編作品が出版されているらしい。ミステリのみならず、童話作家としても活躍しているとか。また、彼女の小説を原作にした映画『とても特別な変身』(1994)もある。主演は『血も涙もなく』(2002)のイ・ヘヨン。これも機会があったら観てみたい。

▼『標的』 著者イム・サラさん
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 話を『コリアン・ミステリ』に戻すと、『標的』のあとに収録された短編はどれも面白かった。ブレット・イーストン・エリスの文体をパクったような艶笑譚『いとしのシンディ・クロフォード』(キム・サンホン作)、朝鮮戦争がもたらした悲劇的な運命のいたずらを描く『月夜の物語』(イ・スグァン作)、オチは脱力ものだがコミカルな語り口が面白い『隠しカメラ』(イ・スンヨン作)などが印象に残った。

・Amazon.co.jp
「コリアン・ミステリ ─韓国推理小説傑作選─」


「TRASH-UP!! vol.3」まもなく発売!

 トラッシュ・カルチャー・マガジン「TRASH-UP!! vol.3」の発売が間近に迫ってまいりました。ビデオマーケットタコシェなど、一部のお店では5月30日?31日頃に入荷。Amazon.co.jpタワーレコードなどでは、1週間遅れの6月6日頃に流通し始めるそうです。今回の内容はざっとこんな感じ。

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「TRASH?UP!! vol.3」

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《特集1:ダリオ・アルジェント》
 全作品解説 & 国内版未リリース『4匹の蝿』シナリオ翻訳
 少女マンガとアルジェント
 日本のアルジェント系映画を探せ

《特集2:大韓トラッシュの世界》
 韓国映画の怪物キム・ギヨンの世界 & 韓国ホラー大全
 美少女ホラーの世界『女校怪談』シリーズ/『4人の食卓』
 サヌリム、シン・ジュンヒョン……これが大韓ロックだ!!

《インタビュー》
 フランク・ヘネンロッター(『バッド・バイオロジー』『バスケットケース』)
 三家本礼(漫画家『サタニスター』『ゾンビ屋れい子』)

《緊急座談会》
 「俺たちのポール・ナッシー」
  出席者:伊東美和、中原昌也、山崎圭司、前田毅、屑山屑男

《Pick Up!!》
 子供を殺す映画『TRAS EL CRISTAL』
 毒アニメ『バイオレンス・ジャック―地獄街―』

《コミック》
 うぐいす祥子「たけのこ姉妹シリーズ 回転」
 山田緑
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《コラム、etc.》
 格闘アクション俳優列伝 ジャン=クロード・ヴァン・ダム
 よくわかる私的ニンジャ映画の歴史―後編―/ニンジャ映画紳士録
 これが虫料理だ!
 WORLD KILLERS COLLECTION 殺人鬼フィギュアの世界
 Photo「A Girl in Black forest」ACID EATER
 詩「船の模型」小笠原鳥類
 WORLDS AND TAPES #1 asuna
 ロイド・カウフマン物語 vol.3
 バウス日記 vol.3
 アガサ森田(小さいテレーズ)
 桐島こより

《付録DVD》
 LIVE(ACID EATER、ASUNA、にせんねんもんだい、のうしんとう、
 葉っぱの裏側シスターズ、GAGAKIRISE、MARUOSA、THEWATTER)
 「Captain Berlin vs Hitler」予告編、ポール・ナッシー・ダイジェスト...etc

価格/1575円
責任編集/屑山屑男

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 ダリオ・アルジェント特集では山崎圭司さんを始め、お馴染みの方々が筆をふるってらっしゃいます。前回好評だった餓鬼だらくさんの「ニンジャ映画の歴史」もついに後半戦へ突入。「ポール・ナッシー/ヨーロッパ悪趣味映画の王者」出版記念の緊急座談会には、著者の伊東美和さんを囲んで中原昌也さんほか親交のあるゲスト陣が参加し、飲み屋のダベリをそのまんま収録(笑)。

 ぼくは今回、主に韓国特集を担当しました。みんなでソウルに行って取材したり、約3ヶ月間に50本くらい韓国映画を観たり、マッコリとチャミスルを浴びるように飲んだりしたので、かなり充実した特集になったと思います。いわゆる“韓流ブーム”からは外れた「これが俺たちの韓流だ!」という宣言にもなってますので、興味のある方はぜひ。で、自分の書いた分は以下のとおり。

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特別座談会「キム・ギヨン映画の衝撃と感動」(文・構成)
  出席者:石坂健治、市山尚三、高橋洋、篠崎誠
コラム「韓国映画史におけるホラー」
コラム「韓国ホラー最新事情」
インタビュー「映画ライター、キム・ヨンウンさんに訊く韓国ホラーの実情」(文・構成)
コラム「聖なる娼婦、海辺の女 ─80年代韓国映画のミューズ、ナ・ヨンヒ─」
DVDレビュー「ファン必携! キム・ギヨン コレクション」
作品別レビュー
 『火女』
 『殺人蝶を追う女』
 『火女'82』
 『月下の共同墓地』
 『避幕』
 『キラー・レディ 首なき殺人』
 『クワイエットファミリー』
 『鳥肌』
 『美しい夜、残酷な朝/Cut』
 『奇談』
 『チェイサー』
 『カン・チョルジュン:公共の敵1?1』
 『最後の証人』
緊急座談会「俺たちのポール・ナッシー」(文・構成)
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 屑山編集長と一緒に相当がんばったつもりなので、よかったら読んでやってください。今回ばっかりは本当に死ぬかと思いました……。詳細はまた今度!


『サスペリア・テルザ ─最後の魔女─』(2007)

『サスペリア・テルザ ─最後の魔女─』
原題:La Terza Madre(2007)

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 楽しかった。いろいろと考えさせられる部分はあり、決して手放しで褒められた作品ではないにしろ、劇中でたびたび噴出する「楽しさ」には抗えない。世界中の魔女たちがローマへ集い始めるシーンの下世話なテンションの沸騰、異様に念入りかつ品のない女性殺害シーンにおける「どや?」感、そしてクライマックスのあとに必然性など無視して付け加えられるガンバルマン的試練。思わず頬がほころぶ楽しさこそがこの映画の美徳だが、スクリーンで観るとそれがより増幅されるのが新鮮な驚きだった。輸入DVDなどで観ると、やっぱり映像の「あれよあれよ感」が希薄なのである。

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 『サスペリア・テルザ ─最後の魔女─』は、ダリオ・アルジェントが世界中のファンに向けて「君たちの観たかったものを見せてやろう!」と盛大にサービスしつつ、齢64にして獲得した新たな作風も節操なく盛り込んだ、パワフルな老人力に圧倒される作品である。もちろん相手はアルジェントなので、こちらの観たいものと向こうが差し出すものとはバッチリ食い違っているわけだが、今回は頑迷なファンにもゴチャゴチャ文句を言わせないような(もはや何を言っても無駄だと思わせる)突き抜けた描写をそこかしこに散りばめ、観る者を茫然自失もとい強引に納得させてしまう。

 特に、カタストロフを描こうと思ったら酔っ払いの小競り合いというか小さい暴動レベルにしかならなかった、という驚愕の終末ビジョンがあまりに面白すぎる。普通なら弱点になるところだが(いや実際そうなんだけど)、そこにはアルジェントが初めて挑む大スケールの物語への不慣れ感、同時に「こんなもんでいいんだ!」という力強い確信がみなぎっており、そのズレが独特の妙味を生んでいるのだ。

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 新しいモードというのは、TVシリーズ『マスターズ・オブ・ホラー』で味をしめたと思しき、いわゆるアルジェント的な優美さをかなぐり捨てた派手な人体破壊と露骨なエロティシズム、そして現実世界の見た目に則したプレーンな映像である。かつてトレードマークと言われた超現実的な原色照明、奇抜なカメラワークは90年代半ば頃から意識的に封じられたが、久々にオカルトをテーマにした本作でもアルジェントは近年の好みを貫いている。

 一方で、若い世代のアルジェント・ファンを代表するような米国人ライターチームにベタベタな脚本を書かせ、安手のオマージュみたいな一直線のストーリー展開にも沿ってみせたのが意外。今までの意固地なひねくれぶりが嘘のようだ。前作『ドゥー・ユー・ライク・ヒッチコック?』(2005)にもあった執拗なロングショットヘのオブセッションなどは陰を潜め、シナリオに書かれたイベントをひとつずつ消化するのが最優先という感じの淡白な演出は、賛否分かれるところだろう。個人的にも「もう少しタメというか、引っ掛かりがあればなあ」と不満を抱きながら前半は観ていたが、先述の魔女集結シーンを始め、シナリオを逸脱する破綻や沸騰が見え始めてからは面白くなる。予算の少なさから来るカットやシーンの不備は歯がゆいが、何よりも本作最大の弱点はミーハーなくせに生真面目すぎる脚本だ。しかし、御大の条理を超えた演出がそれを克服する瞬間も確かにある。

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 主演はアーシア・アルジェント。父ダリオの監督作に主演するのは4度目だが、今回はいつにも増してプロの役者として父の演出に応えようとしているように見えて、それだけでも感動的だ。例えば、不自然な感情の流れを演じる時でも、シャワーシーンでフルヌードを見せる時でも、いい意味で素材に徹する割り切りを感じた。熱演ともまた違う、適正な温度でダリオ・アルジェント映画のヒロインを演じられる女優に成長しているのである。逆に、母ダリア・ニコロディとの絡みになると私情がまるだしになるところは微笑ましい(母親役なので当然だが)。こういうベタに気のきいたことをしようとする演出も、家族と疎遠になる一因なのかな……と思ったりしたけど。

 ウド・キアーやフィリップ・ルロワといったベテラン俳優陣の出演も見どころ。ケバい日系魔女を怪演したイチカワ・ジュンもインパクト大(アフレコ台詞だけ別人なのでインチキ日本語になってしまうところは可哀想だったが)。個人的には魔女の配下を演じるクライヴ・リッシュの飛び道具感も印象的だった。本業は歌手らしい。

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 ホラー映画ファン、アルジェント・ファン(父でも娘でも)はもちろん劇場で対面するべき作品だし、いま上映されている他のどんな映画とも似ていないものが観たい人にもお薦め。いまだに「アルジェント節、健在なり!」とか言いたくて仕方がない昔からの信者には失望を与える映画かもしれないが、アルジェントはとっくに次の段階へ進んでいるのだ。次回作『Giallo』が楽しみである。

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雑誌「TRASH-UP!!」VOL.3(ダリオ・アルジェント特集!!)

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『楽しき人生』(2007)

『楽しき人生』
原題:즐거운 인생(2007)
英語題:Happy Life

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 音楽映画の秀作……とは一瞬分からないようなジャケットと題名だけど、見逃したら損をする良作である。不景気の中で冴えない日々を送る中年男たちが、20年ぶりにロックバンドを再結成する姿を感動的に描いたヒューマンコメディ。大ヒット作『王の男』(2005)のイ・ジュニクが監督を務め、名パートナーのチェ・ソックァンが脚本を手がけた。主演は『王の男』で燕山君を演じた性格俳優チョン・ジニョン、そして『チェイサー』(2008)で大ブレイクを果たしたキム・ユンソク。韓国映画には『ワイキキ・ブラザーズ』(2001)など「バンドもの」の傑作・名作が多く、この『楽しき人生』もその最新版のひとつに数えられる作品だ。

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〈おはなし〉
 大学時代からの友人サンウの突然の死を知り、葬式に駆けつけた3人の中年男たち……リストラされて以来、妻から小遣いをもらってブラブラ過ごしているキヨン(チョン・ジニョン)。同じく職を失い、今は昼夜のバイトで家族を養っているソンウク(キム・ユンソク)。そして中古車販売店を営みながら、海外留学中の息子と付き添いの妻にせっせと金を送り続けるヒョクス(キム・サンホ)。彼らは学生時代に“活火山”というロックバンドを組んでいたが、コンクールで立て続けに落選したり、メンバーが徴兵されたりした末に解散。音楽活動を続けたのはサンウただ一人だったが、その生活は惨めなものだった。

 サンウの遺品のギターを強引に持ち帰ったキヨンの胸に、あの頃の情熱がむくむくと湧き上がる。翌日、彼はソンウクとヒョクスを訪ね、「バンドを再結成しよう!」と提案。いちどは一笑に付す2人だったが、悶々とした日々を過ごす彼らがキヨンの誘惑に負けるまで、長くはかからなかった。3人は貸スタジオに集い、20年ぶりに“活火山”を再スタートさせる。が、当然のごとく演奏力も歌唱力も衰えており、何よりメインボーカルでありバンドの中心的存在だったサンウの損失は大きかった。

 キヨンはそこで、サンウの一人息子ヒョンジュン(チャン・グンソク)を新メンバーとしてスカウト。彼は父親譲りの音楽的才能の持ち主で、おまけに相当なイケメンであった。バンドは一気に活力を取り戻し、オーディションの成功、ライブハウスでの演奏と、メキメキ実力を発揮していく。しかし、そんな新生“活火山”の好調ぶりとは裏腹に、夢を追う中年男たちと家族との関係は綻び始めていた……。

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 不況の影響をモロに受け、それでもなんとか家族との生活を維持しようと頑張るあまり、生きる楽しみを失ったオジサンたちの姿には、現代韓国社会の過酷な現実が反映されている。それを暗憺たる気分でリアルに切り取るのではなく、軽妙な風刺喜劇タッチで描いているところに、イ・ジュニク監督独自の洗練を感じる。どこかクラシカルな無責任男風の主人公キヨンを推進力として物語が展開していくところも大きいだろう。

 辛気くさいドラマを小気味良くすっ飛ばしていく語り口も魅力的だ。バンド再結成までの過程がやたら早かったり、チャン・グンソク演じる若者ヒョンジュンが中年バンドへの加入をあっさり承諾したり、わりとトントン拍子でバンドが人気を得ていったりするあたりは、一種のファンタジーとも言える。男たちのわがままを黙認する家族たちの優しさも同様だ。そういう意味で人間ドラマとしての重みはないが、映画的にはそれらの描写がユーモアやテンポの良さを生んでおり、非常に心地好い。設定としてはあったはずの父サンウと息子ヒョンジュンの葛藤も大胆に省略され、過去を匂わす程度にとどめられているのも、そうした配慮による演出だろう。何よりこの映画は「つらい世の中だからこそ、生きる楽しみを忘れてはならない」というメッセージを伝える映画なのだから、余分な重苦しさは必要ない。むしろ、現実をしっかり見据えながら、観終わった後で元気になれる清々しい娯楽作に仕上げたところに本作の価値がある。

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 キャスティングも全員カンペキ。中でもやはり、キム・ギヨンというナイスな役名の主人公に扮したチョン・ジニョンの素晴らしさに尽きる。個人的には『王の男』や『リング・ウィルス』(1999)で見せたようなアクの強い演技が印象深く、どこか「怖い人」というイメージがあったのだけど、本作のようにコミカルな表情芝居をさせても抜群にうまい。憎めないダメ男といった風情で、ふてぶてしさと小心さが同居した個性的なキャラクターを見事に表現している。年齢に左右されないボンクラ感覚と不良性を漂わせた佇まいが、とても魅力的だ。

 キム・ユンソクは3人の中でいちばん渋く落ち着いているように見えて、実は最も衝動的でわがままな面を持つソンウクを好演。もちろん『チェイサー』の時よりはずっと身綺麗な姿で登場するのだが、そうすると「カッコいい次長課長の河本」みたいに見えるという事実も発覚。この人もやっぱり不良の匂いがする役者で、ふとした表情から醸し出すヤンチャなムードがとてもいい。また、ヒョクス役の名バイプレイヤー、キム・サンホも素晴らしい演技を見せている。ハゲちらかした頭とでっぷりした体躯は出オチ感満点だが、単なるコメディリリーフにとどまらない繊細な芝居と愛らしさで泣かせてくれる。

 チャン・グンソクはその役柄同様、スターのカリスマ性を存分に発揮して映画に若々しい息吹を与えている。あくまで脇役に徹した控え目な芝居で、オジサンたちの守護天使のような存在感を放ち、好印象。キヨンの妻役キム・ホジョン、ソンウクの妻役チュ・グィジョンの妙演も光る。ギヨンの娘役で『グエムル ―漢江の怪物―』(2006)のコ・アソンが顔を出しているのも個人的に嬉しかった。 

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 すごいのは、ほとんど全てのシーンで俳優たちが実際に楽器を演奏していること。前半、“活火山”再結成直後にメンバーたちが久しぶりに音を合わせるシーンのたどたどしさ、ナイトクラブのオーディションでド緊張のあまりグズグズになってしまう場面は、とてつもなくリアルで可笑しい。そして、ヒョンジュンの加入によってだんだんとカンを取り戻していき、最終的に4人が見せるクライマックスのライブシーンはかなりの迫力だ。特にドラム担当のキム・サンホが強烈にカッコいい。

 楽曲のクオリティも高く、“活火山”のオリジナル曲「弾けるぜ」「楽しき人生」は普通に名曲として聴けるし、主人公たちの青春を象徴するかのような80年代韓国ロックのカヴァーもいい。特に印象的なのは、劇中で二度流れる「しばらく遠のいたのさ(한동안 뜸했었지)」。オリジナルはチェ・イチョル率いる最長寿ロックバンド“愛と平和”による、元気な力強さとロマンティックな詩情を兼ね備えた名曲。いろいろなミュージシャンに歌われているので、映画やTVなどで耳にしたことがある人もいるだろう。また、中年男たちがやりきれない思いをぶつけるようにして熱唱する“オクスン'80”の「火遊びだ(불놀이야)」も感動的。

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 70?80年代に活躍したアーティストたちへのリスペクトも、本作のテーマのひとつである。映画の後半、ヒョクスが国際電話で幼い息子に向かってロックの魅力について語るとき、まずレッド・ツェッペリンやピンク・フロイドといった名前を挙げる。そして一拍おいてから、堰を切ったように「シン・ジュンヒョン、愛と平和、トゥルクッカ、サヌリム……」と、かつての韓国ロックの立役者たちの名前を列挙するのだ。そこには、彼らの名前と功績を決して忘れてはならないという作り手の思いが込められているようであり、過去の文化がないがしろにされやすい韓国社会への、ちょっとした批判のようにも聞こえる。胸を打つ名場面だ。

 ヒョクスやキヨンたちが学生だった80年代は、民主化運動の全盛期。ロックやフォークはプロテストの重要な一手段であり、真に魂の叫びがこもった名曲が数多く生まれた時代だった。そのあたりの知られざる韓国ロックの世界は近日発売の「TRASH-UP!!」VOL.3でも特集されるそうなので、お楽しみに。

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DVD『楽しき人生』

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『星から来た男』(2008)

『星から来た男』
原題:슈퍼맨이었던 사나이(2008)
英語題:A Man Who Was Superman

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 秀作。『猟奇的な彼女』(2001)のチョン・ジヒョンが従来のイメージを一新し、やさぐれたTVディレクターに扮したコメディタッチのヒューマンドラマ。『ハピネス』(2007)の演技派ファン・ジョンミンが“自分をスーパーマンだと思い込んでいる男”を熱演し、風変わりなストーリーに活力を与えている。監督・共同脚本は『マラソン』(2005)のチョン・ユンチョル。

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〈おはなし〉
 テレビ制作会社の女性演出家スジョン(チョン・ジヒョン)は、心温まる感動やヒューマニズムを売り物にする番組作りにうんざりし、外国へ旅立とうとしていた。そんな時、彼女は町でたまたま自称スーパーマンの男(ファン・ジョンミン)と出会う。派手なアロハシャツに時代錯誤なパーマ頭のスーパーマンは、日々町中を駆け巡り、正義と平和を守るためにと大忙し。困っている老人を助けたり、小学校に出没する露出狂を撃退したり、地球温暖化を防ぐために逆立ちしたり。スジョンは彼を主人公にドキュメンタリー番組を制作することに決める。だが、スーパーマンの頭には謎の物質クリプトナイトが埋め込まれており、そこには彼の悲しい過去が隠されていた……。

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 要するに『フィッシャー・キング』(1992)のような「聖なる狂人」もののバリエーションである。純粋な心を持つ主人公の破天荒な行動をコミカルに描きながら、切ない過去のドラマでホロリとさせる。そこに環境破壊問題や、無闇に繰り返される都市開発への批判、人間性を失った現代人の病理、さらには軍事政権時代の暗い記憶まで絡めてくる生真面目な社会派色が、実に韓国映画らしい。チャン・ジュヌァン監督の『地球を守れ!』(2002)を思い出す人もいるだろう。

 チョン・ユンチョル監督は、自称スーパーマンの男の視点=妄想と、現実の状況を対比させて面白みを出そうとしている。ただし、妄想と現実の描き分けはハッキリさせていない。突飛な出来事も現実感のあるルックで撮っているので、観客が一瞬どう捉えていいのか困惑するような感じにしてある。そして語り手はあくまでTVディレクターのヒロインなので、映画全体の視点に統一性はなく、見せ方としてはかなりキワキワな感じ。ある面では挑戦的だが、ある面ではちょっと雑な作りに乗り切れるかどうかで、好き嫌いが分かれる作品だろう。個人的には、もう少し上手に見せられる気もしたけど、映画的に面白いことをやろうとしている意欲は伝わるので許容範囲内だった。ミシェル・ゴンドリー的ないやらしさも希薄だし。

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 映像面よりはやっぱりストーリー重視の作品で、ネタの仕掛け方・明かし方・もったいぶり方がとにかく巧い。特に、後半のとあるシーンで光州事件(80年に起きた未曾有の軍民衝突事件)が出てくるところなど「あっ!」と声を上げそうになるくらい驚かされた。ただ、そういう事件があったことを知らないとよく分からないような構成になっているので、とりあえず『光州5.18』(2007)ぐらいは観ておいた方がいいと思う。韓国で『スーパーマン』が公開されたのは前年の79年なので、モチーフを見ただけでピンと来る人もいるかもしれない。エンディングに出てくるテロップも衝撃的だ。

 そして、泣かせ方もさすが手練の仕事という感じ。後半はもうずっと涙腺にジワジワきてるんだけど、まさか終盤でちょっとしか出てこない高校生グループの「服装」でバーストさせられるとは思わなかった。ああいうの弱い。

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 ユメもチボーも失った主人公スジョン役のチョン・ジヒョンは、男っぽい性格にユーモラスな諦観を滲ませた「働きマン」的なキャラクターを好演。この映画の彼女は、今までに出演したどの作品よりも魅力的だと思う。元々それほど器用に芝居できる人ではないけど、今回はアイドル扱いのつまらない美人役でも、素質的に似合わないヘヴィーな役柄でもない。衣装や髪型などビジュアル面の新鮮さも手伝って、いつになくアグレッシヴに、のびのびと演技しているように見える。まあ、プロのTV屋らしい現場での所作があんまりできてないという欠点はあるけど、役者としては正直ちょっと見直した。それは共演者ファン・ジョンミンの演技力に引っ張られているところもあると思う。

 ここ数ヵ月、雑誌の記事を書くために韓国映画を集中的に観ていて思ったのは、ファン・ジョンミンはすごい! ということ。熱心な韓国映画ファンの方にしてみたら「何を今さら」という感じだと思うけど……恥ずかしながら『ハピネス』と『黒い家』(2007)の主人公が同じ人だとは、しばらく気付かなかったのだった。まるでカメレオンのように様々な役柄をこなしつつ、どの役にも持ち前の善良で実直そうなキャラクター(そして若干の怖さ)を感じさせる不思議な俳優である。『星から来た男』でも、ファン・ジョンミンは“行き過ぎた善人”をパワフルにエキセントリックに演じ、同時にまったく別人のようなパーソナリティも見事に演じ分けてみせる。

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 韓国映画にはあまりないタイプのファンタジー性と、韓国映画らしい社会性をウェルメイドな作風でうまく融合させた、とても面白い映画だと思う。チョン・ジヒョン主演作にしては地味な扱いだが、埋もれさせておくには惜しい秀作。繰り返しになって申し訳ないが、この映画のチョン・ジヒョンは本当に今まででいちばんいい表情をしてるし、いちばん可愛い。

 なお、本作はHDカメラで撮影され、日本の劇場でプロジェクター上映された時はハイビジョンドラマのような印象だったらしいが(確か予告編もそうだった)、DVDはちゃんとフィルム感のある画質に調整されている。日本でDVDリリースされたのは106分の劇場公開版(国際版?)だが、韓国で発売されたファイナルカット版は110分と、少し長いらしい。

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DVD『星から来た男《劇場公開版》』プレミアム・エディション


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『グラン・トリノ』(2008)

『グラン・トリノ』
原題:Gran Torino(2008)

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 泣いた。ここ数日は『星から来た男』(2008)とか、『Futurama:Into The Wild Green Yonder』(2009)とかで泣いてばっかりだったけど、『グラン・トリノ』でもやっぱり顔面グショグショにさせられた。せっかく花粉症も治まってきたのに……。

 もう傑作とかなんとかいうレベルを飛び越えて、あらゆる人の胸を打つ映画だと思う。別に、これまでのクリント・イーストウッド作品のなかでも屈指の完成度を誇る作品というわけでもない。リタイアした頑固親父が若者を鍛え上げていくというプロットなら、他に思いつく作品例は数限りなくあるだろう。だが、ここ数年間ひたすら揺れ続けたアメリカという国の現在、そしてその展望を、ごく小さな世界のシンプルな物語のなかに、見事に表現しきっているのは本当にすごい。行き詰まった状況へのアイロニーでもなんでもなく、「マイノリティへの“よきアメリカ”の継承」を真摯に提示してみせる物語の現代性、加えてその主人公を78歳のクリント・イーストウッド自身が演じることの凄みと説得力。私たちがこれまでイーストウッドという存在をどのように受け止めてきたかを思えば(どんな受け止め方であれ)、重みが断然違うのだ。

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 近年のイーストウッドは紛うかたなきアメリカ人としてアメリカを描きながら、そこには常に他と一線を画す冷静な客観性があった。国粋主義的な理想に淫せず、その病理も率直に掘り下げ、どこか外から見るような視点で「この国が何を大事にしていったらいいのか」を真摯に提案し続けてきたような感がある。そんな独特の視線を持ち得たのは、やはりイタリア映画界からの逆輸入というかたちでハリウッドスターに返り咲いたキャリア、いちど外地で“ヤンキー俳優”としての日々を過ごした経験が、大きく作用しているような気がしてならない……みたいなことを『父親たちの星条旗』(2006)の時にもチラリと書いたけど、今回もやっぱり同じような感覚を抱いた。

 もしゴリゴリのナショナリストや白人至上主義者だったら、当然、本作のような映画は撮れなかっただろう。それこそ主人公ウォルター・コワルスキーのような人間だったならば。そういう意味では、監督としての視点とは真逆の人間像を役者として見事に演じあげたイーストウッドの仕事は、まさに離れ業といえる。

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 今回の『グラン・トリノ』最大の見どころのひとつが、イーストウッド御大がとことん“ダメな人”を演じてみせる姿だ。ひたすら口が悪く、頑固で攻撃的で、おまけに好色。誰かと口をきくたびに見ている方がハラハラしてしまうような食えない親父を、まるで自分の役者人生の集大成のように、嬉々としてユーモラスに演じている。その姿はとても痛快だ。その上、老いてなお衰えない格好良さや鬼迫も見せてくれるのだから、魅力的でないはずがない。しかも本作は、頑迷な老人のデリケートな成長ドラマでもある。俳優としていまだに向上心がなければ務まらない役柄だろう。

 この映画のもうひとりの主役といえるモン族の少年タオを演じたビー・ヴァン(友達にそっくりで他人とは思えなかった)、その姉スー役のアーニー・ハーもそれぞれ印象に残る。特に、クレバーでタフなキャラクターを颯爽と演じるアーニー・ハーが素晴らしい。ビー・ヴァンの内向的なひねくれ方、後半でちょっと調子に乗る感じも絶妙だ。ちょっとおかしなテンションの芝居もあるけど、基本的には自由に演じさせているのが分かって、監督イーストウッドの柔軟な演出法がほの見えるかのよう。童貞コメディ映画の主人公のように見えて、実は儲け役の神父クリストファー・カーリー、コワルスキーの駄話仲間である床屋ジョン・キャロル・リンチもいい味を出している。

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 柔和で穏やかな場面も多いが、全体の語り口はやはりイーストウッド作品らしい骨っぽさに貫かれている。ことさら感動のためにシーンを間延びさせたりせず、大胆な説明台詞すら交えて話がサッサカ進んでいき、「もうひと押しあれば盛り上がるのに」と思うようなところでも躊躇なく前へ前へと進む。クライマックスさえ効果的に見せられれば充分だ、というように。そして監督の思いどおり、ラスト10分で観客の涙腺はものの見事に決壊する。それでいいのだ。この気骨も、イーストウッドが後続の若いハリウッド映画人たちに継承したい「アメリカ映画のスピリット」なのではないだろうか。

 ラストでは、イーストウッド自身が78歳の声で歌うテーマソングが流れる。その名も「Gran Torino」。それが、どうしても「雨上がりの夜空に」と重なって聞こえてしまい、よけいに涙が止まらなかった。単にタイミング的なことに過ぎないかもしれないけれど、帰り道も自転車をこぎながら頭のなかにその2曲がずっとループしていて、何度も目の前が滲んで仕方なかった。特に、男の別れと、死して何を残すかを伝える物語を観た後では。

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DVD『グラン・トリノ』
Blu-ray『グラン・トリノ』

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『フューチュラマ ベンダーの大冒険』WOWOWで放映!

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“Good News, Everyone!!”

 明日5月12日の夜7時から、WOWOWで『フューチュラマ ベンダーの大冒険(Futurama: Bender's Big Score)』が放映されます。前にブログで書いた作品の内容・感想はこちら

 『Futurama』は、『ザ・シンプソンズ』の原作者として知られるマット・グレーニングが、デイヴィッド・コーエンと共に原案・製作総指揮を手がけたSFコメディアニメ。1999年から2003年にかけて第1?第4シリーズがテレビ放映され、マニア心をくすぐるSFマインドと辛辣なギャグの洪水、そして愛すべきキャラクターたちの魅力で多くの熱狂的ファンを獲得(日本では残念ながら未放映)。2007年からファンの熱い要望に応えて長編OVAシリーズがスタートし、つい先日、完結編となる『Futurama: Into The Wild Green Yonder』(2009)がリリースされました。

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 今回のWOWOWでの『フューチュラマ ベンダーの大冒険』の放映は、『Futurama』シリーズ日本初上陸となる快挙。スペシャルゲスト声優として、『スター・ウォーズ』のマーク・ハミルや、人気ラッパーのクーリオ、アル・ゴア元副大統領なども出演しています。元のTVシリーズを観ていない人でも十分に楽しめる内容だと思うので、ぜひご覧ください。

▼WOWOW作品紹介ページ
http://www.wowow.co.jp/pg/detail/021045001/

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 ちなみに長編OVAシリーズ最終作『Into The Wild Green Yonder』も、ついさっき輸入盤DVDで観ました。ファン号泣必至の傑作です! ぜひ全シリーズの日本放映を!

『殺人魔』(1965)

『殺人魔』(1965)
原題:殺人魔(살인마)

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 韓国映画黄金期といわれる1960年代に作られた怪奇映画の1本。監督・脚本を務めたイ・ヨンミンは、60?70年代にかけて『血を吸う悪意の花』(1961)や『恐怖の二重人間』(1974)など、数多くのB級ホラーを手がけた人物。『殺人魔』は最近になってプリントが復元された彼の代表作で、イタリアのウディネ・ファー・イースト映画祭でも特別上映された。

 映画黄金期とはいっても、60年代韓国ホラーの大半はお化け屋敷感覚あふれる怪談ものだったり、テレビの特撮怪人ものに近い見世物映画だったりするので、今の映画ファンが観て楽しいものであるかどうかは微妙なところ。ただ、その時代の韓国における大衆娯楽のありようを考える上では、非常に興味深い。それに、かつての大蔵怪談的ないかがわしさやおどろおどろしさが好きな方なら、心地よい郷愁を覚えるかもしれない。本作『殺人魔』も、白黒・シネマスコープの映像がなかなかいいムードを醸し出している。映画としては傑作でも何でもないが、ある種の映画ファンのツボをぐいぐい押してくるタイプの作品なのではないだろうか。

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〈おはなし〉
 画廊を訪れた男シモクは、そこで今は亡き前妻エジャの肖像画を見つけ、愕然とする。彼女は15年前、自らの不貞を苦に自殺したはずだった。その絵を描いた画家チュンチョルの家へ向かうと、彼はひどく怯えた様子でシモクに肖像画を引き取ってくれと押しつける。すると、そこにエジャの亡霊が現れ、チュンチョルを殺してしまった!

 ほうほうの体で逃げだし、妻や子供たちの待つ自宅に帰ってきたシモク。だが、そこにもエジャの影がちらつき始める。一体なぜ? 実はエジャの死には、シモクの現在の妻ヘスクと、シモクの母が仕組んだ奸計が隠されていたのだ。やがて奇怪な現象の数々が、シモクの家族を襲う……。

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 冒頭のがらんとした画廊の撮り方からして、不気味でいい感じ。場面ごとに犯罪スリラー調、医療ホラー風味とコロコロ雰囲気を変えながら、結局は化け猫映画だったというオーソドックスすぎる内容も、ある意味では新鮮(?)。どこまで行っても「女の恨み」がメインテーマになるのは韓国怪奇映画のお約束である。基本的には古色蒼然とした内容ながら、中には本当に先鋭性を感じさせる趣向もあって、なかなかバカにできない。主人公の子供たちが幽霊によって異次元に連れ去られてしまい、声だけが聞こえるという場面は、まるっきり『ポルターガイスト』(1982)だ。

 恐怖演出や特撮のクオリティに関しては、当時ですらこれで怖がる人はいなかったであろうという稚拙さ。特に、老婆にとりついた化け猫が正体を現すところで、普通に猫ちゃんが衣服にくるまれている画を映してしまうテキトーな演出がおかしい。要するに、この頃の韓国におけるホラー映画の立場は、一般的には“子供だまし”扱いだったのではないか。一応「怖いもの」として演出するものの、結果的に大人が声をあげて笑うようなものになっても全然構わない、という感じなのである。

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 まあ、普通なら「こういう映画もあったんだねえ」と他愛もない感想を抱いて終わり、となるところだが……DVDを観ながらある事実に気付き、愕然とした。なんとキム・ヨンハン監督の『キラー・レディ/首なき殺人』(1985)は、本作の忠実なリメイクだったのだ! といっても、『首なき殺人』自体がおそろしくマイナーな映画なのでいまいち衝撃が伝わりづらいと思うが、その辺は近日発売の「TRASH-UP!! Vol.3」に詳しく書いたので、そちらをお読みください(こっそり宣伝)。あんな珍作にまったく同内容のオリジナル版が存在していたなんて思いもよらず、本当にびっくりした。もちろん『首なき殺人』のハチャメチャな仕上がりと違って、『殺人魔』は古き良き韓国怪奇映画のクラシックとして成立している、ような気がする。語り口もよっぽどタイトだし、ちゃんと納得できるオチもつくし。まあ、比べればの話だけど。

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 ちなみに主人公の母親の若い愛人を演じているのは、若き日のナムグン・ウォン。キム・ギヨン監督の『火女』(1971)や『殺人蝶を追う女』(1978)、イ・ドゥヨン監督の『避幕』(1980)などに出演し、「韓国のグレゴリー・ペック」とも呼ばれたスター男優である。本作ではいかにもマダムキラー的な野性味漂うハンサム青年として登場。当時でもそれなりに若手スターとして認められていたはずだが、なんでこんな映画に出たんだろう……?

・SCRIPTVIDEO
DVD『殺人魔』(韓国盤・英語字幕つき)

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『ザ・バンク ─堕ちた巨像─』(2009)

『ザ・バンク ─堕ちた巨像─』
原題:The International(2009)

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 トム・ティクヴァ監督の演出手腕が冴え渡る社会派アクションスリラーの快作。この監督にはこういう映画を撮ってほしかった、という願いが見事に叶ったような作品で、溜飲の下がる思いがした。

 硬質でスタイリッシュな映像センス、甘さのない人間ドラマ描写が魅力的で、やはりハリウッドの監督にはないセンスを感じる。音楽と映像を連動させ、サスペンスを盛り上げていく語り口も見事だ。世界各国のロケーションを有効活用した、文字どおりインターナショナルな大作然とした画面の作り方も堂に入っている。『パフューム/ある人殺しの物語』(2006)で大規模な合作映画の現場を経験したことも大きいだろう。暗殺事件の起こった集会場を遥か上空からの真俯瞰で捉えるカットなど、ムチャな発想を見事に具現化しているところも楽しい。

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 しかし、「巨大銀行による犯罪」という本当に巨大なテーマを選んでしまった以上、どうしても限界はある。今どき、銀行の協力なしに作られる映画などないからだ。多少の手加減、曖昧さ、煮え切らない結論などは観る前から大体予想できてしまう。ラストはやはりご都合主義的な伏線回収で物語を強制終了させてしまった感は否めない。それは、メディアと軍需産業を手中に収める複合企業の犯罪を暴こうとする『消されたヘッドライン』(2009)にも当てはまるジレンマで、あの映画でもやはりクライマックスで「問題のすり替え」が起こり、告発対象が急にぼやけてしまう。もはやハリウッドでストレートな告発映画は作られることはないのか、と複雑な気分にさせられてしまった。

 さらに『ザ・バンク』には、社会派作品としての題材のリアリティと、アクションスリラーとしての体裁にやや齟齬が生じているという問題もある。どちらか一方で楽しもうとすると、展開に無理があると思ってしまったり、逆に地味すぎる印象を受けたりする。個人的には、いくら取引の邪魔になるからって、そんなにポンポン人を暗殺してたらすぐに問題が表面化すると思うし、そこで生かさず殺さず陰湿な口封じをすることで組織の恐ろしさがリアルに描けるのではないのか、と思ったりした。ただ、それだと大多数の観客には地味な映画だと思われてしまうだろう。今この手のポリティカルスリラーをリアルに、かつ娯楽映画として作るのは、なかなか難しいことではある。

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 いろいろと微妙なバランスで成り立っている映画だなあとは思いながら、やっぱり魅力的な作品であることは間違いない。特に、多くの映画ファンの心を確実に鷲掴みにしてしまうシーンがあるので、それを思うとだいぶ評価が甘くなる。中盤のニューヨーク・グッゲンハイム美術館(を精巧に再現したセット)で展開する大銃撃戦がそれだ。もう、しばらくはこの感動を凌ぐガンアクションは出てこないだろうというぐらい、本当に興奮した。この場面だけでも劇場で観ることができてよかったと思う。

 それまでの流れで「ここもロケ撮影なのかなあ」と思っていたら、いきなりマシンガンで美術品や建物に銃弾を撃ち込みまくる非常識なアクション・シークェンスが幕をあける。それも延々と。しかも主人公が耳の後ろから鮮血をボタボタ垂れ流しながら。さらに、そこで彼がある人物と結託して危機を乗り切らなければならなくなるという、予想外のバディムービーにまでなってしまう。まさに「こんなの見たことない」と思える夢のようなシークエンスで、ただただ興奮し、酔いしれるばかりだった。ハッキリ言って、前述の社会派作品としてのリアリティという面で考えればデタラメもいいところの展開である。しかし、あまりにも破格の迫力に満ちた場面だし、どう考えても作り手がいちばん気合いを入れて撮っているシーンなので、その時間だけは些細な疑問も彼方に吹っ飛んでしまう。銃撃戦好きは何をおいても必見だ。

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 主演はクライヴ・オーウェン。無精髭だらけの薄汚れた風体で、巨大銀行の犯罪を追うインターポール捜査官を熱演。相変わらずストイックな演技スタイルを貫く姿が頼もしく、硬質なエンターテインメントの主役が本当によく似合う。サポート役に徹するナオミ・ワッツの控えめな存在感もいい。

 後半、主人公があるひとつの正義を行うために全てを捨てて《亡霊》となるか、それとも組織の一員として不毛な戦いを続けていくかという岐路に立たされた時、彼は強い覚悟をもってナオミ・ワッツに自らの決断を告げる。この場面におけるクライヴ・オーウェンは、劇中で最も憔悴しきったズタボロの姿であるにもかかわらず、ほとんど透徹した威厳を放ち、もはや人間というより別の美しい生き物になってしまったような印象さえ与える。そんな瞬間を体現できる役者は彼だけではないだろうか。マイク・ホッジス監督と組んだ主演作『ブラザー・ハート』(2003)における、大物ギャングだった過去を捨ててどん底の生活を送りながら、どこか野生動物のような美しさを湛えて生きる主人公の姿が重なった。

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 ぜひまた同じチームで堂々たるアクションスリラー映画を作ってほしいと思った。できれば、社会悪に牙を剥く気概は十割増しで。

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『チェイサー』(2008)

『チェイサー』
原題:추격자(2008)
英語題:The Chaser

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 傑作。すでに韓国盤DVDで何度か観ていたけど、やっぱり劇場の大画面で観ると格別だった。

 ある事情で警察組織を追われ、今はデリヘルの経営者に身をやつしている元刑事ジュンホ。そして、風俗嬢や金持ちの老人を狙い、猟奇殺人を繰り返す男ヨンミン。ある真夏の夜、ふたりは出会った──。その瞬間から幕を開ける追跡劇を、息詰まる緊迫感で描いた異色犯罪スリラー、それが本作『チェイサー』である。監督・脚本を務めたのは、ナ・ホンジン。これがデビュー作とは思えない堂々たる演出、卓抜した語り口で、エモーショナルかつ殺気と死臭に満ちた傑作を作り上げた。

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 この映画は、03?04年にかけて21人を殺害し、ソウルを震撼させた実在の連続殺人犯ユ・ヨンチョル事件がモデルとなっている(後に殺したのは31人と供述)。韓国の人々の間では、今も生々しい記憶として残っている事件である。ナ・ホンジン監督は、犯人が逮捕される前後2日間ほどの出来事に焦点を当て、事実とフィクションを巧みに織り交ぜながら緻密なストーリーを構築。風俗業者の通報が犯人逮捕の決め手となるという点は実際の事件に即しており、それが本作の重要なポイントになっている。

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 タイトルは『チェイサー』だが、その図式は「追跡者VS犯人」とは限らない。主人公ジュンホが元刑事の勘で犯人の男ヨンミンを捕えるところまでは呆気ないほど手早く描かれ、映画はそこから本当の追跡劇を疾走させていくのだ。街のどこかに監禁されているはずのデリヘル嬢ミジンの行方を、雇い主のジュンホが必死に探し回る姿をサスペンスフルに活写しつつ、犯人の拘留期限切れが迫る過程もスリリングに映し出される。中盤、ジュンホがひょんなことからミジンの娘を連れて夜の街をさまようことになり、子連れ探偵もの的な展開になっていくあたりが非常に魅力的だ。

 やがて物語は予想外の方向へねじ曲がり、『悪魔のいけにえ』(1974)を思わせるような衝撃的展開を迎える。熱いヒューマニズム脈打つ捜索劇から、想像を絶する暗黒へ……そして尋常ならざる殺気に満ちたクライマックスへと雪崩れ込んでいく、その情け容赦ないドラマ構成が圧倒的だ。

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 実在の事件をもとにしている作品の性質上、本作は様々な避けがたい運命の“分かれ目”を見せていく映画にもなっている。ひとつひとつの小さな偶然、ひとつひとつの些細な決断が、その人間の生死を決する瞬間となる。その見せ方が非常にさりげなく、抜群にうまい。時に切なく、時に残酷な意味を持つそれらの瞬間が、フィルムノワール的な妙味として周到に仕掛けられているのだ。繰り返し観る方には、その辺りの演出もぜひ注目してほしい。

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 刑事としての勘を徐々に取り戻しながら、世界の闇と対峙していく苦悩の主人公ジュンホを演じるのは、キム・ユンソク。『オールド・ボーイ』(2003)のチェ・ミンシクがさらに落ちぶれたような風体で登場しながら、わずかに残された己の人間性を懸けてひたすら疾走し続ける男を熱演し、観る者を感動させずにはおかない。とにかく走る。ひた走る。『フレンチ・コネクション2』(1975)のジーン・ハックマンに匹敵する走りだ(それを焦点深度の浅いステディカムで執拗に追っかけるカメラマンも相当なものだが)。これまで映画界では脇役として活動していた彼にとって『チェイサー』は大ブレイクの機会となり、国内映画賞の主演男優賞を総なめにした。

 犯人ヨンミン役を不気味に演じたのは、ハ・ジョンウ。どこにでもいる普通の青年にしか見えない無名性、ふてぶてしく冷酷な表情のギャップが異様なインパクトをもたらす。キャラクター造型がやや類型的なのが残念だが、『殺人の追憶』(2003)の犯人がもし画面に登場していたならこんな感じだったのでは……という興奮を感じさせるリアリティがある。悲運のデリヘル嬢ミジンを演じたソ・ヨンヒの儚い美しさも忘れ難い。その娘役のキム・ユジョンの愛らしさと力強いまなざしも印象的。主人公の元同僚刑事チョン・インギ、ジャガイモみたいな風貌の舎弟ク・ボヌンもいい味を出している。正直言って全体的に地味目なキャスティングだが、その全員がことごとく素晴らしい。

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 裏町の匂いまで漂ってくるような映像の質感も、本作の大きな魅力のひとつだ。撮影を手がけたイ・スンジェの名前は覚えておいた方がいい。夜のソウルを駆け巡るロケーション撮影、リアルな美術セットが素晴らしい効果を上げている。その真に迫る都会の闇のリアリティがあってこそ、欲望の渦巻く街ソウルの現実、危険と隣り合わせに生きざるを得ない者たちの哀しみが痛切に伝わってくるのだ。

 ぜひ劇場で堪能してほしい傑作なので、あんまり興を削ぐようなことは言いたくないのだけど……日本公開版だけ、例の「あの場面」をモノクロ処理してしまうのはどうなの!? とは思った(もちろんオリジナル版は血の色も鮮烈に映えるカラーである)。そうでもしないとR-15指定が獲得できなかったのかもしれないが、その後に来るドラマのエモーショナルな高まりを半減させかねない改変だし、本編中で最もドラマチックなシーンでもあるだけに、単なる規制を越えて「演出への介入」とも取れる効果が図らずも生まれてしまっている。そこら辺は観ていて少し気にかかった(まあ、DVDなどでは元に戻るだろうけど)。とはいえ、それしきの“修正”はものともしないパワフルさを持つ作品であることは間違いない。

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 ダークな実録犯罪スリラーの中に、警察機構批判、ヒューマニズム、タイムリミット・サスペンス、そして度肝を抜く残酷描写と、様々な要素が盛り込まれた『チェイサー』は、それこそ『殺人の追憶』にも比肩しうる骨太な社会派エンタテインメントの傑作だ。ノースター、新人監督のデビュー作、成人指定という条件にも関わらず国民的大ヒットを飛ばしてしまった事実からも、その面白さは折り紙付きである。必見。

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