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Simply Dead

映画の感想文。

『クレイジー・ボーイ』(1985)

『クレイジー・ボーイ』
原題:돌아이(1985)
英語題:Crazy Boy

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 韓国の人気歌手・タレントのチョン・ヨンロクが主演した痛快アクションコメディ。彼が演じるのは5人組ガールズバンド“スリラー”のマネージャー兼用心棒。でっかい黒縁メガネと小柄な身体がトレードマークの彼は、見た目は冴えないが実はクンフーの使い手。気が短くて正義感が強すぎるあまり、常に揉めごとや生傷が絶えず、バンドのメンバーに叱られることもしばしば……。そんなキレやすくも心優しい“クレイジーボーイ”が、自由奔放でわがままな美女たちを守るため四苦八苦する姿をテンポよく描いた、80年代ムードたっぷりの娯楽活劇だ。韓国では大ヒットを記録し、3本の続編も製作された。

 監督は『最後の証人』(1980)のイ・ドゥヨン。70年代にはテコンドー映画を数多く手がけ、年間6本も撮ったことがあるというイ監督の職人ぶりが、本作でも遺憾なく発揮されている。コメディ、お色気、クンフーアクション、カーアクション、人情ドラマと、娯楽映画の要素を(ほとんど思いつきのように)盛り込めるだけ盛り込み、上映時間114分をまったく飽きさせない。イ監督は同年に韓国版『東京物語』といわれる家族ドラマ『長男』も撮っていて、翌年には大ヒット作『桑の葉』(1986)を放つ。とにかく韓国の職人監督はジャンルの幅が広い。

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 重厚な社会派サスペンス映画である『最後の証人』でもやたら迫力あるアクションシーンに度胆を抜かれたが、この『クレイジー・ボーイ』にも見応えある立ち回りが満載。本作では当時大人気だったジャッキー・チェン主演映画の影響をモロに受けており、コミカルでハイテンポな格闘様式が採り入れられている。本家ジャッキーに比べれば若干見劣りするものの、チョン・ヨンロクのアクションには充分以上のスピードと迫力があり、特に足技のキレが素晴らしい。かなりハードなスタントにも挑戦していて、歌手が片手間でやっているというレベルではない。

 でもいちばん楽しいのは、主人公がガールズバンドのマネージャーであるという設定。カラフルな80年代ファッションに身を包んだスタイル抜群の長身美女たちの周りを、使いっ走りみたいな主人公がちょこまか駆け回る姿が何ともおかしくて愛らしい(「あー、日本語でいう太鼓持ちか」なんて台詞も出てくる)。やること為すこと裏目に出たり、なんだかんだ文句を言われたりしながら、最終的には女の子たちから「オッパ?!(=お兄ちゃん)」と慕われるという、ある種の理想的ヒーロー像でもある。コミカルな三枚目と、目の奥に殺気を宿したファイターという2つの表情を、チョン・ヨンロクは嫌味なく好演。確かにハマリ役だ。

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 バンドメンバーを演じる美女たちも全員キャラが立っていて、本作のもう一方の主役としてしっかりドラマを引っ張っている。ステージでの演奏シーンも結構かっこいい。曲ものっけからザ・ゴーゴーズ「We Got The Beat」のカヴァーだったりして、エイティーズ好きの方にはたまらないのではないか。そこにまた80年代アジア圏ならではのイナタイ都会的センスが加わり、いい風味を醸し出している。バンドのオリジナル曲はポップソングとして完成度が高く、今聴いても普通にアガル名曲揃い。主題歌「DOLAI」もすごくいいし、ヨンロクのヴォーカル曲も耳に残る。

 また、奔放なヒロインたちが見せるセクシーショットの数々も、本作の大事な見どころ。水着の股間を執拗に狙ったりするカメラワークは、女性が見るとちょっとカチンとくるかもしれない。彼女たちを野郎どもの魔の手からいかに守り抜くか、というのが主人公の重要なミッションでもあるわけだが、努力の甲斐なく結構ハードな展開になったりするのが韓国映画らしい。

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 脚本は『最後の証人』や『桑の葉』(1986)など、イ・ドゥヨン監督とたびたび組んでいるユン・サミュク。細かい事件のエピソードを次々に積み重ねていく構成は『Mr.BOO!』シリーズを思わせるが、その畳み掛け方があまりにも早急なので、どんだけ矢継ぎ早にトラブルが舞い込んでくるのかと途中で思わず笑ってしまう。もう最後になると戦ってる相手の正体が誰なんだかよく分からないほどだ(ちょっと阪本順治監督の『鉄拳』っぽい)。でもまあ別にいいか、と思わせる大らかさが本作の魅力である。

 80年代アジア圏の娯楽映画ならではの、懐かしい魅力がいっぱいに詰まった快作。荒っぽいところも「そこでそれはどうなの!?」というツッコミどころも多々あるが、それもまた面白みのひとつだ。こういう映画がもっと観てみたい。

▼続編『クレイジー・ボーイ2』のサントラCDジャケット
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・Yesasia.com
DVD『クレイジー・ボーイ』(韓国盤・リージョンオール・英語字幕つき)

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『ホット・ロッド めざせ!不死身のスタントマン』 (2007)

『ホット・ロッド めざせ!不死身のスタントマン』
原題:Hot Rod(2007)

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 傑作。今年に入って観たコメディ映画のなかでは断トツに面白かった。スタントマン志望のボンクラ無職青年ロッドが、重病を抱えた義父の手術費5万ドルを稼ぐため、仲間たちとスタントショー開催を目指して奮闘するスポ根ならぬスタ根コメディ。

 主演は「サタデー・ナイト・ライヴ」の人気者アンディ・サムバーグ。監督のアキヴァ・シェイファー、弟役で共演のヨーマ・タッコンと共に、「SNL」ではトリオとして活躍中なんだとか。共演は『寝取られ男のラブ・バカンス』(2008)のビル・ヘイダーや、『Mr.ボディガード/学園生活は命がけ』(2008)のダニー・マクブライドといった、ジャド・アパトウ作品でもおなじみの面々。てっきり映画自体もアパトウ系のベタなドタバタ喜劇なのかと思ったら、どちらかというと『ナポレオン・ダイナマイト』(2004)系の、スモールタウンに暮らすダメダメなアウトサイダーたちの生き様に迫る秀作だった。たいへんクオリティの高いバカがたくさん見られて、片時も目が離せない。

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 まず見どころは主人公ロッドが挑む壮絶かつバカバカしい「大失敗スタント」の数々。ギャグとしては『ジャッカス』シリーズの系譜ともいえるが、ジョン・ランディス風味の荒唐無稽なアクションもあったりして、コメディの初心に帰ったような懐かしさも感じる。しかし、そんなフィジカルな笑いだけにとどまらず、パロディや時代錯誤ギャグ、感動的なドラマ要素、アマチュアが根性でヒエラルキーを覆すサクセスストーリーなど、最近流行のコメディ映画によく見られるエッセンスも巧みに散りばめられているのが今っぽい。

 脚本は『サウスパーク』シリーズや『チーム★アメリカ/ワールドポリス』(2004)の製作・脚本を手がけてきた才媛、パム・ブレイディ。主人公が山の斜面をひたすら転がり落ちるシーンには、『チーム★アメリカ』のゲロと同じ匂いを感じた(イヤな言い方だな)。元々はウィル・フェレルのために書かれたシナリオだったらしいが、彼がやっていたらおそらく新鮮味のない、身勝手な変人が大暴れするいつものウィル・フェレル映画になっていただろう。まだコメディアンとしては未知数のアンディ・サムバーグが演じたからこそ「読めない面白さ」が溢れる快作になったのだと思うし、ニート青年の成長ドラマという面でも格段に初々しさと説得力が増した。

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 主人公がスタントで一攫千金を目指すきっかけになるのが、義父の手術代を稼ぐためという理由なのだが、単なるお涙頂戴の筋立てとは正反対。実はこの親子関係こそがストーリーの根幹であり、その描き方が本当に素晴らしいのだ。2人は毎日フルコンタクトの喧嘩ばかりしていて、連れ子のロッド君は常に惨敗。そんな時、にっくき義父の深刻な病状を知った彼は「俺を男として認めないうちに死ぬんじゃねえ、このクソオヤジ!」と、ほぼ怒りの衝動から義父の命を救おうとする。義父の方も「やれるもんならやってみな、このゴクツブシ!」と、死の床に臥してなおロッドの闘争心を煽り続ける。100%素直じゃないけど、そんじょそこらの冷たい親子関係なんかより、はるかに熱いもので結ばれている2人なのだ。

 義父に扮するのはイギリス出身の名優イアン・マクシェーン。最近では『カンフー・パンダ』(2008)の悪役で印象に残っている人もいるだろう。息子をからかい続けるのがホントに楽しいといった風情で、ひねくれオヤジを好演している。ストーリーが進むにつれて、この親子の絡みを観ているだけで本当に泣けてくるし、ラストはものすごい伏線の回収も併せて爆笑&号泣。彼らをやさしく見守る母親役シシー・スペイセクの佇まいも素晴らしかった。

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 主人公の義理の弟を演じるヨーマ・タッコンは、自身もコメディアンながらギャグは控え目にバイプレイヤーに徹し、主役のサムバーグをしっかりサポートしている(DVD特典のメイキング映像を観ると、どうも重度の露出狂らしい)。代わりにスパークしているのがスタントチームの仲間を演じるビル・ヘイダーとダニー・マクブライド。ちょっとこれ以上のバカにはお目にかかれないと思うくらい、本気のバカっぷりを見せてくれる。本筋とは関係なくヘイダーが病院へ行くエピソードが凄すぎて感動した。マクブライドは『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』(2008)と全く同じギャグを本作でもやっている。

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 キュートなヒロインを演じるのは、新作『お買いもの中毒な私!』(2008)の公開も控えるアイラ・フィッシャー。なんら詳しい人物設定もなく、ただ素で可愛いという役を自然体で好演。ちなみに実生活ではボラットことサシャ・バロン・コーエンの婚約者である(一女あり)。彼女のサイテーな恋人役を怪演するのは『俺たちフィギュアスケーター』(2007)のライバル役も鮮烈だったウィル・アーネット。今回もあのいやらしい悪役声を駆使し、異様なインパクトを与える。

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 アキヴァ・シェイファー監督の演出は、抑制を心得たシンプルな語り口と歯切れよいカッティングが心地よく、なかなか好感が持てた。バカコメディと家族ドラマのバランスもちょうどよく、感動的に盛り上がるところで細かいギャグを入れて中和する“照れ隠し”の按配もいい。前述のように、アメリカン・コメディのいいところをうまい具合に取り込んで消化したクレバーな作品という印象もある。「SNL」人脈の実力を久々に見たな、という気がした。

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DVD『ホット・ロッド めざせ!不死身のスタントマン』

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『少年メリケンサック』(2008)

『少年メリケンサック』(2008)

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 「パンクって何がいいのか分かんない」とか思ってる奴の作ったパンク映画なんて観たかねえんだよこっちは。クラシックに興味ねえ奴が『アマデウス』撮るのかって話だろうが。こんなもん撮るぐらいなら実家に帰って親孝行でもしろ馬鹿野郎。

 あと全体的にヘタクソ。シナリオも演出も分かりづらいし、前後の繋がり・辻褄合わせはひたすらズサン。役者の扱い方もうまくない。特にトモロヲさんは唯一の“本物”なんだから、もっとうまく使うことはできなかったんだろうか。犬塚弘の扱いなんて侮辱以外の何物でもない。

 この映画に音楽的な何か、映画的な何か、反体制的な何かを期待している人がいたら、精神衛生上よくないから観ない方がいい。全然スカッとしないし、誰にも幸福をもたらさない映画だと思う。でもまあ観終わった後でパンクな気持ちにはなれる。作った奴の顔面を100万回ぶん殴りたくなるから。

 これなら『ザ・クランプス/精神病院ライブ』を10回観た方がよっぽど心洗われる。期待して観たのに、こいつ本当にパンク好きでもなんでもねえんだってことだけハッキリと分かる映画だった。パンク精神すらなかった。心底ガッカリした。

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『戦略大作戦』(1970)

『戦略大作戦』
原題:Kelly's Heroes(1970)

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 アリステア・マクリーン原作の戦争スパイ活劇『荒鷲の要塞』(1968)を大ヒットさせたクリント・イーストウッドとブライアン・G・ハットン監督が、再びコンビを組んだ戦争巨編。第二次大戦中のヨーロッパ戦線を舞台に、連合軍のならず者集団がドイツ軍の所有する金塊を盗み出そうとするアクションコメディである。共演はテリー・サヴァラス、ドン・リックルズ、ドナルド・サザーランドほか錚々たる面々。ロバート・アルトマン監督の『M★A★S★H』(1970)と同時期に製作された本作は、まるで向こうを張ったかのように全編フマジメというか無責任なユーモアに溢れ、ハリウッド製の戦争大作にしては一風変わった仕上がりになっている。変わり者の戦車隊長に扮したドナルド・サザーランドは『M★A★S★H』以上にのびのびと怪演し、クライマックスにはイーストウッド自らマカロニ西部劇のパロディを演じるという仰天シーンも。テリー・サヴァラスが珍しく常識人っぽい役を好演し、ずば抜けてイイ。

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 主人公たちが戦う理由が愛国心などではなく、単なるお宝目当てなのが何しろ痛快。登場人物が最初から最後まで不純な動機で突っ走ってくれるシナリオが清々しい。敵の攻撃より味方の誤爆の方に苦しめられるという戦場の描写が繰り返されるのも、ノンポリ・ムードを強調している。もちろん、ベトナム戦争の真っ只中にあった当時の厭戦気分、国家不信も反映されているだろう。結末には岡本喜八かと思うようなオチも用意されていて、アメリカ映画にしてはなかなか珍しいと思った。

 なおかつ、大作ならではの派手な戦闘シーンもふんだんに用意されている。特に終盤、片田舎の美しい小さな町でタイガー戦車とシャーマン戦車が大砲をぶっぱなし、建物に突っ込んで町を横断したりするバトルシーンは迫力満点(軍事的考証もしっかりしているとかで、ミリタリーファンの間ではとても評価が高い)。しかし、英雄的とか勇猛果敢とかいった感じで撮られた場面はひとつもない。もしくは戦争の悲劇性を声高に訴えるような深刻な描写でもない。ただ全てが徹底的にアナーキーかつ非文明的な破壊行為として、面白おかしく映しだされるのだ。

 その合間に、兵士たちの無為なダベリや金塊泥棒の相談などが、のんべんだらりと描かれる。実にユルイ作りながら、それでも144分という長尺を意外と飽きさせないのがエラい。ブライアン・G・ハットンって結構やるんだな、と思った。その前にエリザベス・テイラー主演の鬱陶しい愛憎劇『ある愛のすべて』(1972)しか観ていなかったので、ちょっと見くびっていた。申し訳ない。

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 冒頭を飾るマイク・カーヴ・コングリゲイションによる主題歌「Burning Bridges」は、なんともピースフルで大らかな曲調のコーラス・ソング。『M★A★S★H』の「Suicide is Painless」を意識したのかもしれないが、とても戦争映画のオープニング・テーマとは思えないポップな名曲だ。ラロ・シフリンによる劇中音楽もスッとぼけた感じで素晴らしい。モリコーネのパロディまで聴かせてくれる。

 さすがに『M★A★S★H』のような鋭い風刺性や深みはないが、ある意味で時代性を強く感じさせる映画ではある。大手スタジオの凋落とニューシネマの勃興という、ある端境期だからこそ生まれ得た、独特の味を持ったフィルムと言えるだろう。そして、のちのニューハリウッド世代を代表する、とある映画作家にとっても非常に重要な作品なのだ。

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 『戦略大作戦』は、1969年にユーゴスラヴィアで9ヶ月間もかけて撮影された。様々な国から集められたクルーやキャストが現場にひしめき合う中、制作助手として奔走する1人のアメリカ人青年がいた。当時18歳のジョン・ランディスである。

 ランディスは経済的事情で学校を放り出され、20世紀フォックス所有のスタジオでメールボーイとして働いていた。その頃、彼はアンドリュー・マートンというベテラン監督と知り合う。ランディスの姉が通っていたギター教室に、マートンの娘も通っていたのだ。ハンガリー出身のマートンは戦前のヨーロッパ諸国で映画監督として活躍したが、ナチス台頭を機に渡米。『史上最大の作戦』(1962)の米軍パート演出や『海底世界一周』(1965)などの監督を手がける一方、『ベン・ハー』(1959)や『クレオパトラ』(1963)といった大作の第2班監督として重宝されていた。映画オタクのランディスは、彼からハリウッドや戦前ヨーロッパ映画界の昔話を根掘り葉掘り聞いては大喜び。マートンもまた、この人なつっこい若者に親しみをもって接した。ある時、マートンはランディスに映画界入りのチャンスを与える。

 「今度、ユーゴスラヴィアでMGM製作の戦争映画を撮ることになった。私も第2班監督として参加するんだが、君も来るか? 現場で仕事があるかどうかは約束できんが」

 ランディスはその申し出に飛びつき、母親には「映画の仕事が決まった!」と嘘をついて、人生初のヨーロッパ旅行に出発した。ただし、ヨーロッパの地理も大きさもよく分かっていなかったため、とりあえずロンドンに行けばなんとかなるだろうと思い、結局そこから何週間もかかってやっとユーゴスラヴィアの撮影現場に辿り着いた。ちょうど第1班の助監督が神経衰弱で帰国してしまったため、ランディスは第2班ではなく本編のアシスタント・スタッフとして働くことになった。

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 彼を待っていたのは、映画製作の名の下に行なわれていた壮大な“戦争ごっこ”であった。ハリウッドの映画人たちと欧州混成スタッフが入り乱れる撮影現場はまさにカオスで、市街戦クラスの銃撃戦や爆破は日常茶飯事。エキストラの数も衣装の数も膨大。役者は男ばかりの上、サザーランドやハリー・ディーン・スタントンといったクセモノ揃い。初心者にはあまりにもハードな現場だったが、ランディスにとっては全てが素晴らしい経験だった。

 目の回るような忙しさの中で、ランディスは多くの映画人たちと交流を持った。監督のブライアン・G・ハットン、撮影監督のガブリエル・フィゲロア、そして後年、自作『アニマル・ハウス』(1978)などに起用することになるドナルド・サザーランド(すでにランディスとは20世紀フォックスで『M★A★S★H』撮影中に顔を合わせていた)。陽気で人当たりのいい映画青年ランディスは皆に可愛がられ、そこで築かれた人間関係は彼にとってかけがえのないものとなった。H・D・スタントンとよくツルんでいる兵士を演じたジェフ・モリスは、のちに『ブルース・ブラザース』(1980)でカントリー酒場の店主を演じ、続編『ブルース・ブラザース2000』(1998)にも再登場。そして、文句の多い調達屋を演じたコメディアンのドン・リックルズは、近年に至るまでラスヴェガスのステージに立ち続け、その模様をランディスはライブフィルム『Mr. Warmth: The Don Rickles Project』(2007)として映画化した。

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 ランディス自身も俳優として映画に出演している。中盤、戦車に乗った主人公たちとすれ違う尼僧の1人がランディスである(もちろん顔も見えないが)。

 撮影を務めたガブリエル・フィゲロアは、ルイス・ブニュエル監督の『忘れられた人々』(1950)や『皆殺しの天使』(1962)などを手がけた名手である。もちろん彼との仕事はランディスを興奮させた。ある撮休日、フィゲロアはランディスと車でイタリアのトリエステに向かい、映画館でフェデリコ・フェリーニ監督の新作『サテリコン』(1969)を観た。その帰り道、フィゲロアは古い友人の家に立ち寄った。そこでランディスは初めてサルバドール・ダリと会ったそうだ。

 『戦略大作戦』撮影終了後、ランディスはイーストウッドのスタンドインを務めていたジム・オルーク(もちろんミュージシャンのジム・オルークとは別人)と意気投合し、スペインへ出稼ぎに行くことに。当時はマカロニウエスタンの全盛期であり、多くの西部劇がスペインで撮影されていた。ランディスたちはハリウッド仕込みのスタントマンとして、『レッド・サン』(1970)など数々の作品に参加。異国での映画修行を積んだ後、帰国したランディスは『シュロック』(1973)で映画監督デビューを果たすのだった。……そのあたりの話は、またの機会に。

▼『戦略大作戦』撮影現場にて。左からブライアン・G・ハットン監督、ドナルド・サザーランド、ジョン・ランディス、ガブリエル・フィゲロア、フォーカス担当のダニー・リオス
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 今観ると、『戦略大作戦』は“映画監督ジョン・ランディス”の人格形成に多大な影響を与えたとしか思えないような作品だ。無責任なユーモア、無意味かつ壮大な破壊のスペクタクル、ユルい会話、ノンポリ精神、そしてドライな死。映画中盤の戦線突破シーン、そしてクライマックスの豪快な戦車対決など、破壊と混乱のカオスを淡々と繰り広げてみせるアナーキズムは、『ブルース・ブラザース』の壮絶な物量アクションの原型にも見える。「ああ、映画ってこんなことしちゃっていいんだ」という決定的な悟りを開かせた現場体験だったのではないだろうか。そう考えると、『トワイライトゾーン/超次元の体験』(1983)撮影現場での悲劇の遠因にも思えてきて、ちょっと罪深い作品ではある。

 ランディスは、妻で映画衣装デザイナーのデボラ・ナドゥールマンに「この時の経験を映画化すればいいのに」と言われ、悪くないアイディアだと思っているらしい。それは個人的にもすごく観てみたい。『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』(2008)などとはまた違う、愉快でハチャメチャで愛らしい映画になると思うから。

(参考文献:Giulia D'Agnolo Vallan編著「John Landis」

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DVD『戦略大作戦』

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『Mr.ボディガード/学園生活は命がけ!』(2008)

『Mr.ボディガード/学園生活は命がけ!』
原題:Drillbit Taylor(2008)

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 高校入学直後からイジメの標的にされてしまった冴えない少年3人組が、ボディガードを雇ってイジメっ子をやっつけようとする。が、応募してきたのは自称元特殊部隊のボンクラ宿無し青年、ドリルビット・テイラーだった……。一時期のジョージ・ルーカス並みにプロデュース作を次々送り出している“アメリカン・コメディの旗手”ジャド・アパトウ製作による1本。原案・脚本は『スーパーバッド/童貞ウォーズ』(2007)のセス・ローゲンと、アニメ『ビーバス&バットヘッド』のシナリオなどを手がけたクリストファー・ブラウン。監督は『リトル・ニッキー』(2000)のスティーヴン・ブリルが務めた。

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 子どもたちに適当なケンカ指南をするうち、自身も少しずつ人間的に成長していくヘタレ主人公ドリルビットを、オーウェン・ウィルソンが好演。子ども相手に対等の目線で大真面目に議論できる稀有な少年性(大人げないとも言う)を持った俳優といえば、現在ハリウッドで彼に右に出る者はいないだろう。まあ、ファンとしてはどうしても「自殺未遂直前に撮影された1本」というイメージで観てしまう作品だけど。

 映画自体は正直、可もなく不可もなくという仕上がり。セス・ローゲンとアパトウという絶好調コンビにしては若干ハジケ足りない印象だし、オーウェンの芝居にもいつものヤンチャな元気がない気がする。まあ、これまでオーウェンが純粋に役者として出演したコメディ(製作に直接関わっていないもの)の中では、かなり上出来の部類だと思うけど。盟友ウェス・アンダーソンの監督作、または本人のプロデュース以外で、彼のよさを的確に活かした珍しい作品ではある(『カーズ』は別格)。

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 実質的な主人公である少年コンビがとてもいいので、そこでもかなり助けられている。ヤセっぽちとデブという分かりやすいカップリングのうち、前者担当のウェイド役=ネイト・ハートリーは、『ファンタズム』(1979)のマイケル・ボールドウィンと小栗旬を足して割ってヒョロッとさせたような美男子。後者担当のライアン役=トロイ・ジェンテイルはずいぶん芝居慣れした感じで、即興ラップ対決の場面も難なくこなす芸達者。あとで調べたら『ナチョ・リブレ/覆面の神様』と『テネイシャスD/運命のピックをさがせ!』(共に2006)でジャック・ブラックの少年時代を立て続けに演じた子だった。

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 個人的には、キャスティング面での驚きがいっぱいあって、それだけで飽きずに観られた。まず、端正な顔立ちのイジメっ子フィルキンスを演じているのが、アレックス・フロスト。『エレファント』(2003)では銃撃犯、そして『The Lost』(2005)では狂った不良の腰巾着を演じていた彼が、こんなファミリー向けのメジャー作品でけっこう凶暴な芝居を披露していることに、ちょっと感動を覚えた。同時に、コメディ映画のベタな憎まれ役をきっちりプロとして演じている姿にも、妙な安心感を抱いてしまった。

 そして、イジメられっ子トリオの中でいちばんバカでお調子者のちびっ子エミット役を演じるのは、デイヴィッド・ドーフマン。ハリウッド・リメイク版『ザ・リング』シリーズのエイダン君である。見た目には成長したんだかしてないんだか微妙な感じだが、こんな吹っ切れたバカ演技もできるようになったんだ! と、ミュージックビデオに合わせてグニョグニョ踊る姿を見ながら思わず感慨に耽ってしまった。

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 他にも、『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』(2008)の爆破係ダニー・マクブライドが主人公のホームレス仲間を怪演していたり、マイク・ジャッジ作品の常連スティーヴン・ルートが校長先生の役で出ていたり、オーウェンとは出世作『アンソニーのハッピー・モーテル』(1996)でも共演したロバート・マスグレイヴがものすごい風貌でチラリと出演していたりする。主人公ウェイドが恋するアジア系メガネっ娘、ヴァレリー・ティアンの美少女ぶりにも注目。

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 こぢんまりとはしているが、秀作『スーパーバッド』に通じる成長ドラマとしての真摯な作り、あくまで少年たちのストーリーに寄り添って余計な脱線をあまりしない演出には好感が持てた。その辺は『飛べないアヒル』シリーズの脚本・監督で頭角を現したブリルの資質が上手く作用している気がする。少なくともアダム・マッケイの監督作みたいに、DVDの特典映像みたいな単発ギャグを羅列するだけの凡作にはなっていない(マッケイの『俺たちステップブラザーズ ─義兄弟─』は最初すごく期待したんだけど、途中からいつもどおりだった……)。

 惜しむらくは日本でリリースされたDVDが、110分の無審査ノーカット版ではないということ(日本版DVDの本編は102分)。ちょっとヌルい印象があるのはそのせいかもしれない。ちなみにオーウェンの正真正銘の復帰作『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』(2008)は3月末に日本でも劇場公開。

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DVD『Mr.ボディガード/学園生活は命がけ!』

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『P2』(2007)

『P2』
原題:P2(2007)

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 レイチェル・ニコルズの巨乳。本作を語るうえでは決して避けて通ることを許されない圧倒的存在である。その存在感たるや『地獄の黙示録』(1979)のマーロン・ブランドに匹敵するといっても過言ではない。あまりに巨大すぎて映画自体の意味をも失わせるという点でも共通している。

 美人だが取り立てて特徴のないアダムス扮するヒロインが、OL仕事にいそしむ姿を映し出す映画の序盤では、そのギミック(いや、立派なギミックだと思う)は決して観客に悟られないよう注意深く撮られている。そして、地下駐車場で何者かに襲われたヒロインが気絶から目覚め、鎖に繋がれ下着姿で目覚める時、我々は二重のサプライズに遭遇することになる。その瞬間、本作の製作者たちがこの「駐車場ホラー」などという貧弱なプロットをどうやって映画として成立させようとしたか、にわかに分かり始めるのだ。

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 それはいにしえのハマープロ主義への回帰。クリスマス・イヴの夜には寒すぎる、たわわなワワワ(copyright:滝本誠)が文字どおり画面に豊かなふくらみを与え、娯楽映画のプリミティブな歓びを呼び覚ます。

 だが、しばらくして気付くのは、もはやそのマーロン・ブランド的存在感に気をとられ、かなりストーリーへの集中が困難になっているという事態である。そこに畳み掛けられる(こんな小品にしてはクドすぎるとさえ思える)景気のいいゴアシーンが、観客に適度な覚醒を促すのだ。そこからは「女体における表面張力の危機」と「イケメン基地GUYのアノ手コノ手」の両面で楽しもうという前向きな気持ちになり、どちらかが品薄になってきたら片方の要素に期待するという比較的円満な映画への接し方が成立する。後半、どっちもフェードアウトする瞬間がないことはないが(そうなるともう口がへの字)。

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 まあ観る前の不安よりはずっと楽しめる映画だった。餃子の王将でいうと「天津麺」ぐらいの感じ。でもケータイ拾おうとして爪が剥がれる場面は二重の意味でイヤだった。生理的にダメなのと、お前の指先はトーフかというツッコミと。

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DVD『P2』

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『最後の証人』(1980)

『最後の証人』
原題:최후의 증인(1980)
英語題:The Last Witness

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 パク・チャヌクやリュ・スンワンといった監督たちが「不朽の名作」と評する、1980年製作の韓国映画。ある田舎町で起きた殺人事件を捜査する刑事が、歴史に翻弄された不運な人々の悲劇を解き明かしていく、サスペンスドラマの秀作だ。監督は『桑の葉』シリーズなどで日本でも知られるイ・ドゥヨン。原作は韓国を代表するミステリー作家キム・ソンジョンによる同名小説で、のちに『黒水仙』(2001)としてリメイクされた。長らく幻の作品と化していたらしいが、最近になって日本語字幕つきのDVDが発売されたのを知って、買って観てみた。

 今回リリースされたDVDは、本国での劇場公開時に政府の検閲によってカットされた部分を、2002年にコリアン・フィルム・アーカイヴが可能な限り修復した154分バージョン(オリジナルは157分)。公開版はなんと100分だったそうで、さらにビデオ発売時には90分に短縮されていたとか。もはや別物と言っていい。そこまで厳しい検閲を受けたのは、製作中に「奴らはアカの映画を作っている」と何者かが当局にタレ込んだからだそうだ(もちろんそんな内容ではない)。

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〈おはなし〉
 小さな町ムンチャンの川沿いで、ヤン・ダルスという男が殺された。捜査を担当することになった刑事オ・ビョンホ(ハ・ミョンジュン)は、被害者の出身地プンサンへ赴き、その人間関係を洗い始める。村人たちが言うには、ヤン・ダルスは20年前に北のゲリラを一網打尽にした功労者であり、その後どこからか大金をせしめて妾と町に移り住んだのだという。オ刑事はさらに山奥の村へ足を運び、20年前の事件について詳しく知るという老人カン・マノ(ヒョン・ギルス)を訪ねる。

 マノはかつて智異山に潜伏する朝鮮人民軍ゲリラの一員であった。戦況の悪化に絶望した司令官ソンは、部下のマノに娘のジヘ(チョン・ユニ)を頼むと告げ、山中に隠した財宝の地図を託した後、命令違反の咎で処刑されてしまう。やがて韓国軍の総攻撃を受けたゲリラ軍は敗走。司令官の娘ジへや、民間人数名を含めた13人だけが里に逃げ延びる。小学校の床下に身を隠した彼らは、不安を紛らすためにジヘを輪姦。唯一、彼女を守ろうとしたのは民間人ファン・バウ(チェ・ブラム)だけだった。マノは自首を決意し、村の青年団長ヤン・ダルスの手引きで人民軍に学校を包囲させ、仲間たちに投降を促す。しかし交渉は決裂し、小学校は炎に包まれた……。

 マノの悲痛な告白の中に嘘を見破ったオ刑事は、その罪を厳しく追求する。激昂した老人は心臓発作を起こし、そのまま帰らぬ人となってしまった。証人を失ったオ刑事は、次の目的地ソウルへ。飲み屋の酌婦として働いていたソン・ジへを探し出し、投降後に何が起こったかを聞き出す。

 事件後、ジヘは心優しいファン・バウと夫婦になり、兵士たちに犯されて産んだ息子テヨンと3人で平和に暮らしていた。だが、智異山に隠した父の財宝が見つかったことで、さらなる不幸がジへたちを襲う。そこにはヤン・ダルスの卑劣な企み、そして事件の生存者の一人ハン・ドンジュの影があった……。

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 イ・ドゥヨン監督はテンポのいい語り口と、70年代的な懐かしさの漂う味わい深い映像で、2時間半の長尺をまったく飽きさせず、情感豊かに見せきる。重い題材を扱いながらも、人間味溢れるほのかなユーモア、バラエティに富んだアクション、思わず息をのむバイオレンス描写などを盛り込み、見どころの多い娯楽作に仕上げている。うらぶれた田舎の情景や、ソウルの貧民街の光景などを切り取ったロケーション撮影も素晴らしい。10ヶ月もの撮影期間を費やし、小学校のセット以外は全てオールロケで撮影されたという冬枯れの映像が、絶大な効果を上げている。キャメラマンを務めたのは『火女'82』(1982)も手がけたベテラン、チョン・イルソン。主人公の刑事が各地を巡り歩くロードムービー風の構成は『砂の器』(1974)のようでもあり、本作も『殺人の追憶』(2003)あたりに色濃く影響を与えているのではないかと思われる。

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 過去と現在が交錯し、様々な登場人物が絡むミステリアスな推理劇の中で浮き彫りになるのは、数十年間にわたって苛酷な運命に堪えてきた男女の悲劇だ。朝鮮戦争をモチーフにしながら、より偏在的な人間の悪意や欲望の罪を告発する内容へと発展していくところに、作り手の成熟を感じた。そして主人公が真相に近付けば近付くほど、ある家族が悲運の末にようやく掴んだ幸福を再び壊すことになるというアイロニーが、上質のドラマ性を生んでいる。

 また、堂々たるエピックとしての風格を湛えながら、同時に繊細さを感じさせる作劇が魅力的だ。特に、ハ・ミョンジュン演じるオ刑事のキャラクターが、本作の個性を象徴している。繊細なヒューマニストであるがゆえにアウトローとなり、事件の孕む悲劇性に自身も打ちのめされていくという、刑事ドラマとしてはあまり類を見ない人物造形が新鮮だ。彼の行くところ常に誰かが死や暴力に見舞われるというノワール・ヒーローでもある。ハ・ミョンジュンの好演もあって(たまにものすごくオーバーな芝居になるけど)、忘れ難いキャラクターとなった。映画のラストで彼がとる行動のインパクトも凄まじい。

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 そう、何よりすごいのが、観る者を残らず衝撃に叩き込むラストシーンである。2時間半も良質の娯楽映画として引っ張っておいて、オチがこれか! という意外性にもぶっ飛ばされるが、ある意味では圧倒的に説得力がある。この映画の主人公は、ハリウッド映画に出てくるようなクールで逞しい虚構のヒーローではないのだから。いくらでも丸く収められるところで「この物語はこうやって締めくくられなければならない」という強固な意志を貫く作り手の気迫に胸打たれる。この鋼のごとき負のパワーが韓国映画の力なのだ、と思い知らされる強烈なエンディングであり、本作がなぜ幻の傑作と評され、若き日のパク・チャヌクらの心に深く刻まれたのかハッキリと分かる、衝撃的結末である。

 ほかにもいい場面は本当にたくさんあるのだけど、個人的には、オ刑事が村はずれの屠殺場を訪ねるシーンに目を見張った。彼が土砂降りの田んぼ道を歩いてくる場面の雨と風の吹き付け方も素晴らしいが、バン! と戸を蹴破るように納屋の中に入った途端、ただならぬ異様なムードと緊張感が画面に張りつめるのだ。まさに映画の魔が宿ったような瞬間だった。そして終盤、ある登場人物のモノローグが本人の語りではなく、むせびなくような女性の歌声によって語られるという手法にも度肝を抜かれた。非常に民族的なメンタリティを感じさせる演出でもあり、実験映画のような斬新さもある。あと、たまーに描写が雑だったり変だったり、ツッコミどころもしっかり用意されていて(?)飽きない。

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 薄幸のヒロイン・ジヘを演じるチョン・ユニの美しさ、人間の良心を体現するファン・バウ役の名優チェ・ブラムの熱演も印象的。主人公の捜査に手を貸す友人の新聞記者シン・ウチュルも、コメディリリーフとしていい味を出している。そのほか、やたら顔の濃いカン・マノ役のヒョン・ギルス、親身な警察署長役のユン・イルジュ、コミカルな風貌がインパクト大のハン・ボンジュ(ドンジュの弟)役のパク・チョンソルなど、全ての配役がドンピシャ。飲み屋の女将や村の老人たちに至るまで、味のある顔が揃えられている。

 韓流ブームとはいっても過去の名作・傑作がほとんど観られない状況にあって、こういう映画史的に重要な作品が完全なかたちで(しかも日本語字幕つきで!)観られるのは本当に嬉しい。アン・ソンギの演技だけで引っ張っていたリメイク版『黒水仙』の薄っぺらさとは、あらゆる点で比較にならない秀作だった。逆に、検閲でズタズタにされながらも当時の観客にインパクトを与えた劇場公開版も観てみたいと思った。よっぽど思いきったことをしないと意外に切るところのない映画だと思うし、大体あのラストがそのまま残っているのかどうかも気になる。

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 DVDはリージョンオール。ただし、プレイヤーによっては本来シネマスコープの画面がヴィスタサイズで再生されてしまうので注意(パソコン等なら大丈夫)。本編は決して最良のプリント状態とは言えないまでも、画質自体はクリアーで発色もいいので問題なし。特典として、イ・ドゥヨン監督と映画評論家キム・ヨンジンによる音声解説、『キリマンジャロ』(2000)のオ・スンウク監督とジャーナリストのジュ・スンチュルによる音声解説、静止画ギャラリー、韓国語と英語で記載されたブックレットを収録。音声解説にも英語字幕がついているのが親切。この勢いで、同じくイ・ドゥヨン監督の代表作といわれるホラーミステリー『避幕』(1980)もソフト化してほしい。

・YesAsia.com
DVD『最後の証人』(韓国版・リージョンオール・日本語字幕つき)

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原作本『最後の証人〈上〉』『最後の証人〈下〉』 by キム・ソンジョン


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