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Simply Dead

映画の感想文。

『ミラクル7号』(2008)

『ミラクル7号』
原題:長江七號(2008)

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 いい。すごくいい。昔懐かしい家族向け娯楽映画の復権を宣言するかのような、クラシックで端正なファンタジーコメディの良作であり、映画監督チャウ・シンチーの演出が隅々まで堪能できる作品だ。自身の出演シーンは最小限に抑えているので、「スター俳優チャウ・シンチー」のファンにとっては物足りない内容だろうが、裏方に徹した比重が増えたおかげで、これまでの単独監督作のなかでは最も無駄なく引き締まったフィルムに仕上がっている。

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 前2作ではドル箱コメディスターの義務として、自身の演技やギャグにも注力せざるを得なかったせいか、どこか故意にバランスを崩して逃げ道としている印象があった。今回は、そのストイシズムへの欲求を一気に開放させたかのように、より簡素でウェルメイドな娯楽映画作りを目指している。完成度としては『喜劇王』(1999)にも近い。チャウ・シンチーの演出家としての力量、映像・演技のコレオグラファーとしての才能は、本作でさらに研ぎ澄まされたと言えるだろう。マンガに多大な影響を受けたデフォルメ重視の演出はかつてない完成度を達成しており、カメラワークや芝居の段取りも透徹したシンプリシティと歯切れ良さを実現している。デジタル合成の自然さも過去最高レベルだ。

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 お話自体は、まさに王道かつシンプル。モロに藤子不二雄。今風のコミカルな要素も採り入れつつ、基本的なストーリー展開は非常にクラシカルで、余計な脱線は極力していない。ギャグについても、ウンコだのゴキブリだの、「女装した巨漢の男の子が可愛い女の子の声で喋ったら問答無用におかしい」だの、きわめてベーシックなところで押さえている。きっと終生こだわり続けるであろう“貧乏”というモチーフは今回も揺るぎないが、時代錯誤的に貧しい家庭を映すにしても、やはり淡々としている。シンチー演じる父親の登場シーンと絡めた、お弁当の中身の見せ方がさりげなくも実に上手い。

 映画パロディは『マトリックス』シリーズに『M:I?2』(2000)、そして『叫』(2006)と幅広いが、前作同様に自作を正面からネタにする思いきりはすごいと思った。まさか前作のクライマックスを完コピするとは! さらには『0061/北京より愛をこめて!?』(1994)を思わせる秘密道具まで登場したりして、ちょっと懐かしかった。

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 主人公の少年を演じるシュー・チャオ(実際は女の子)は、本当にバカで幸薄いハナタレ坊主にしか見えず、同級生を演じる子供たちもみな素晴らしい。さすが新人発掘にかけては目利きのチャウ・シンチーだけあり、彼らの生き生きとした演技が本作最大の見どころとなっている。それを楽しむためにも、この映画は絶対、一度はオリジナルの北京語音声で観なければならない(DVDはそのまま再生すると広東語の吹替版になってしまうので要注意)。そうするとチャウ・シンチーやラム・ジーチョンの声は本人ではない吹き替えになってしまうので、ファンには嬉しくないかもしれないが、あくまで子供たちの映画であるからして、彼らの肉声で台詞を聞いた方がいいに決まっている。

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 老若男女が楽しめるシンプルなストーリー、笑って泣ける子供映画というグローバルに通用するジャンルへの進出に、チャウ・シンチーが本気で勝負をかけてきたことが窺える。本作が北京語を主言語として製作されているのも、それを如実に示していよう。大陸でヒットさせることが大作映画の重要条件である今、広東語を第一言語とするのは時流に逆行するのだ。『レッドクリフ』(2008)を例に出すまでもない。

 そういった広い市場への意識と共に、やはりこの作品はチャウ・シンチーのなかでは今どうしても撮らなければいけない映画だったのではないか、という気がする。余分な要素を削ぎ落としたシンプルな題材で、映画監督としての己の技量を試し、本当にやりたいことを根源的に見つめ、自身のエッセンスそのものをフィルムに定着させることが、世界に打って出る際の“証明”として必要だったのではないか。そこまで大げさではないにしろ、原恵一監督の『河童のクゥと夏休み』(2007)と同じように、チャウ・シンチー監督の『ミラクル7号』は決して息抜き的作品ではなく、むしろ真っ向から自分自身と向き合った渾身の勝負作とみるべきだと思った。

 傑作とか野心作ではないが、パーソナルな意欲作であり、胸にしみる良作だと思う。エピローグでは相米慎二監督の『お引越し』(1993)のラストを思い出して、泣いた。

▼来日時のシュー・チャオ(可愛い!)とチャウ・シンチー
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DVD『ミラクル7号』コレクターズ・エディション

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欲しいDVDリスト・海外編[2008.12+α]

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 あのカニみたいな顔の首相が目眩ましのおこづかいをくれても、きっとAmazon.co.ukとかで使っちゃって国内経済にまるで貢献せず、生活向上にも一切プラスにならない使い方をしてしまう気がする、欲しいものリスト・海外編のお時間です。なので、もっとマシな財政を考えてください。先月はお休みしてしまったので、11月と12月のリリース分を併せてご紹介。オーストラリアのみで発売されている「Italian Film Festival」の2007年版、デイヴィッド・リンチ作品の豪華特典付DVD-BOX「David Lynch: The Lime Green Set」など、大ボリュームの商品が目立ちます。マット・グレーニングの人気アニメ『Futurama』長編シリーズの3作目『Bender's Game』も発売中。各商品タイトルのリンク先はDVD FantasiumAmazon.co.ukなど各国の通販サイト。


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●発売中
「Italian Film Festival 2007」
オーストラリア盤(PAL)。昨年メルボルンやシドニーなどで開催された、豪州イタリア映画祭2007の上映作品13本を、全6枚組にまとめたDVD-BOX。収録作品は、ジョヴァンニ・ヴェロネージ監督の『イタリア的、恋愛マニュアル2(MANUALE D'AMORE 2)』、エルマンノ・オルミ監督の『百本の釘(CENTOCHIODI)』、フェルザン・オズペテク監督の『対角に土星(SATURNO CONTRO)』、パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ監督の『ひばり農場(LE MASSERIA DELLE ALLODOLE)』、ロベルト・ドルディット監督の『Apnea』、クラウディオ・アントニーニ監督の『The Ball(LISCIO)』、ロベルタ・トーレ監督の『氷の挑発2(MARE NERO)』、マウリツィオ・シャッラ監督の『クロイツェル・ソナタ(QUALE AMORE)』、ロベルト・アンド監督の『The Secret Journey(VIAGGIO SEGRETO)』、ロベルト・チンパネッリ監督の『Kiss Me Baby(BACIAMI PICCINA)』、プピ・アヴァティ監督の『The Get-Together Dinner(LA CENA PER FARLI CONOSCERE)』、ダヴィデ・メレンゴ監督の『Night Bus(NOTTURNO BUS)』、ヴェスパのドキュメンタリー『FOREVER VESPA』。全作品、英語字幕つき。(Palace Films)

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『フェイズIV/戦慄!昆虫パニック』 Phase IV(1974)
米国盤(リージョン1)。タイトルデザインの巨匠ソウル・バスが監督を務めたSFスリラー。知性を持った蟻と、その生態を研究する科学者の攻防をサスペンスフルに描く。冷徹な観察眼で一風変わった世界の終わりを捉えた、唯一無二の異色作。(Legend Films)

『黒幕は最後に殺(ばら)せ』 Framed(1975)
米国盤(リージョン1)。『ウォーキング・トール』のフィル・カールソン監督&ジョー・ドン・ベイカー主演コンビによる犯罪映画。何者かの陰謀によって刑務所送りにされたギャンブラーの復讐を描く。(Legend Films)

『ザ・センダー/恐怖の幻想人間』 The Sender(1982)
米国盤(リージョン1)。超能力を持った青年の巻き起こす恐怖を、彼に惹かれていく女医の目を通して描いたホラーの秀作。監督は『バトルフィールド・アース』のロジャー・クリスチャン。主人公を演じたジェリコ・イヴァネクは、近年ではラース・フォン・トリアー作品やTV『ダメージ』などで名脇役として活躍中。母親役のシャーリー・ナイトの怪演が怖い。(Legend Films)

『Transsiberian』(2008)
米国盤(リージョン1)。『マシニスト』のブラッド・アンダーソン監督による最新スリラー。極寒の大地を走るシベリア鉄道を舞台に、あるアメリカ人夫婦が遭遇する恐怖を描く。主演はエミリー・モーティマー、ウディ・ハレルソン。Blu-ray版も発売中。(First Look)

『The Go-Getter』(2007)
米国盤(リージョン1)。ルー・テイラー・プッチ、ズーイー・デシャネル、ジェナ・マローンら若手俳優が共演したインディーズ映画。母親の死後、生き別れの兄を捜すため盗んだ車で旅に出た青年のさすらいをユーモラスに描く。(PeaceArch)

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『Futurama: Bender's Game』(2008)
米国盤(リージョン1)。『ザ・シンプソンズ』でおなじみのマット・グレーニングが生んだSFコメディアニメ『Futurama』の長編シリーズ第3弾。今回は、主人公フライを始めとする「プラネット・エクスプレス」社の面々が、ファンタジーゲームの世界に捕われてしまう。ゲスト声優として『スタートレック』のジョージ・タケイが出演。Blu-ray版も発売中。(Fox)

「The Films Of Budd Boetticher: The Collector's Choice」
米国盤(リージョン1)。年季の入った映画ファンの間では評価の高いバッド・ベティカー監督の西部劇5作品をDVD BOX化。収録作品は『反撃の銃弾』『Decision At Sundown』『Buchanan Rides Alone』『Ride Lonesome』『決闘コマンチ砦』。映像特典として予告編、ドキュメンタリー、マーティン・スコセッシやクリント・イーストウッドらのコメント映像などを収録。(Sony Pictures)

『Boss』(1975)
米国盤(リージョン1)。『大アマゾンの半魚人』のジャック・アーノルド監督が晩年に手がけたブラックスプロイテーション西部劇。製作・主演は『ブラック・シーザー』のフレッド・ウィリアムソン。公開時のタイトル『Boss Nigger』だと、さすがにソフト化できないので、改題して初DVD化。(VCI)

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「Lotte Reiniger/Fairy Tales」
英国盤(PAL)。1920年代から活躍したドイツの影絵アニメ作家、ロッテ・ライニガーの短編作品集。『シンデレラ』『長靴を履いた猫』『おやゆび姫』など19作品・192分を収録した2枚組。個人的には長編『アクメッド王子の冒険』より、短編の方が素晴らしいと思う。日本でも発売されているけど、高価なDVD-BOXでしか観れないのが残念。(Bfi Video)

『ザ・ラットルズ/4人はアイドル』 The Rutles - All You Need Is Cash - 30th Anniversary Edition(1978)
英国盤(PAL)。『空飛ぶモンティ・パイソン』のエリック・アイドルとニール・イネスによる、ザ・ビートルズのパロディ・モキュメンタリーの傑作が、製作30周年を記念して特別版で登場。特典として、エリック・アイドルの前説映像と音声解説、2種類のメイキング、未公開シーンを収録。(Second Sight Films Ltd.)

『金』 L'Argent(1928)
英国盤(PAL)。1920年代に『人でなしの女 イニューメン』など前衛的な作品を次々と放ったフランスの巨匠、マルセル・レルビエ監督によるエピックドラマ。原作はエミール・ゾラ。主演は『メトロポリス』のアンドロイド役で知られるブリギッテ・ヘルム。(Eureka Entertainment)

『Fighters』&『Real Money』
英国盤(PAL)。ゲイフィルムの秀作『Nighthawks』で知られるイギリスの映画作家ロン・ペックによる長編2作品を収録した2枚組。プロを目指してボクシングに打ち込むイーストエンドの若者たちの姿を追ったドキュメンタリー『Fighters』(1991)と、ボクサーたちを俳優として起用した犯罪ドラマ『Real Money』(1996)のダブルフィーチャー。(Second Run)

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「David Lynch: The Lime Green Set」
米国盤(リージョン1)。初DVD化作品を含むデイヴィッド・リンチ監督の5作品を、豊富な特典付きで収録した10枚組DVD BOX。『イレイザーヘッド』リマスター本編+サントラCD、「デイヴィッド・リンチ短編集」、『エレファント・マン』本編+特典ディスク、『ブルーベルベット』5.1chサウンドリミックス版本編、『ワイルド・アット・ハート』本編、ジュリー・クルーズのコンサートフィルム『インダストリアル・シンフォニー No.1』(初DVD化)、短編アニメシリーズ『Dumbland』、そして未公開映像満載の“ミステリーディスク”を収録。(Synapse)

『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』 Tropic Thunder: Unrated Director's Cut(2008)
米国盤(リージョン1)。日本でも現在ロードショー中の大ヒットコメディが、公開版より15分長いディレクターズカット版で登場。笑いと狂気の接近を積極的に試みるベン・スティラーの意欲的演出が見どころのパワフルな怪作。特典満載の2枚組。Blu-ray版も発売中。(DreamWorks)

『時をかける少女』 The Girl Who Leapt Through Time: Limited Edition(2006)
米国盤(リージョン1)。筒井康隆の原作を独自のアレンジでアニメ化した、細田守監督のヒット作が米国でも待望のリリース。特典ディスク、サントラCDつきの3枚組限定版。通常版も発売中。(Bandai Entertainment)

「Griffith Masterworks 2: DVD Box Set」
米国盤(リージョン1)。D・W・グリフィス監督作品『世界の英雄』『曲馬団のサリー』『恐ろしき一夜』『東への道』と、ドキュメンタリー「D.W. Griffith: Father Of Film」を収録した5枚組のDVD-BOX。各作品の単品も同時発売。(Kino)

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『アンソニーのハッピー・モーテル』 Bottle Rocket: Criterion Collection(1996)
米国盤(リージョン1)。サンダンス映画祭で注目されたウェス・アンダーソン監督の長編デビュー作が、クライテリオン・コレクションとして登場。オーウェン&ルーク・ウィルソン兄弟の出世作でもある。音声解説、メイキング、本作のオリジナルとなったモノクロ13分の短編バージョン、削除シーン、ブックレットなどを収録した2枚組。Blu-ray版も12月16日に発売。(Criterion)

『恋する惑星』 Chungking Express: Criterion Collection(1994)
米国盤(リージョン1)。ウォン・カーウァイ監督のヒット作が、5.1chサラウンド・リマスター版でクライテリオンから発売。映画評論家トニー・レインズの音声解説、監督とクリストファー・ドイル撮影監督のパートナーシップを紹介するイギリスのドキュメンタリー番組、米国版予告編、ブックレットを収録。Blu-ray版も12月16日に発売。(Criterion)


●2008.12.1発売
「Steve Coogan - The Complete Collection」
英国盤(PAL)。『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』でも不憫な映画監督を熱演している、イギリスの人気俳優スティーヴ・クーガン。元々はスタンダップ・コメディアンとしてキャリアを始め、「I'm Alan Partridge」シリーズなどのコメディ番組で人気を博した彼の出演作を網羅した14枚組のDVD-BOX。(2 Entertain Video)


●2008.12.2発売
『ホワイト・ドッグ/魔犬』 White Dog: Criterion Collection(1982)
米国盤(リージョン1)。黒人を襲うように調教された犬を、新たに飼い主となった若い白人女性が再調教しようとするが……。ロマン・ギャリーの寓話的小話をもとにした、サミュエル・フラー監督の問題作がクライテリオン版で登場。脚本はフラーと『L.A. コンフィデンシャル』のカーティス・ハンソンが共同執筆。(Criterion)


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●2008.12.16発売
『結婚演出家』 The Wedding Director(2006)
米国盤(リージョン1)。イタリアの鬼才マルコ・ベロッキオ監督による不可思議なコメディドラマ。新作の準備を放ったらかして逃げ出した映画監督が、辿り着いたシチリアで奇妙な結婚騒動に巻き込まれる……。主演は『星なき夜に』のセルジオ・カステリット。作品の感想文はこちら。(New Yorker Video)


●2008.12.23発売
『Burn After Reading』(2008)
米国盤(リージョン1)。コーエン兄弟が久々に手がけたオリジナル作品。あるCIAエージェントの機密情報を手に入れたフィットネスクラブの店員が恐喝を計画し、それが様々な人々を巻き込んだ騒動に発展していくというブラックコメディ。フランセス・マクドーマンド、ブラッド・ピット、ジョージ・クルーニー、ティルダ・スウィントン、ジョン・マルコヴィッチほか豪華キャストの競演も見もの。Blu-ray版も同時発売。(Universal)

『House Bunny』(2008)
米国盤(リージョン1)。『ホット・チック』の美人コメディエンヌ、アンナ・ファリスが天然ボケ風のヒロインを演じた学園コメディ。年齢のせいでプレイボーイ・マンションを追い出されたセクシー美女が、大学の女子寮で働くことになり、初めて自分の才能を開花させていく。Blu-ray版も同時発売。(Sony Pictures)


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●2008.12.23発売
『Ghost Town』(2008)
米国盤(リージョン1)。スピルバーグ御用達の脚本家デイヴィッド・コープの監督最新作。ひょんなことから幽霊が見えるようになってしまった人嫌いの歯科医を、イギリスの人気TVコメディ『The Office』のリッキー・ジャーヴェイスが演じるファンタジーコメディ。共演はグレッグ・キニアー、ティア・レオーニほか。Blu-ray版も同時発売。(Dream Works)

『The Duchess』(2008)
米国盤(リージョン1)。18世紀末のイギリスを舞台に、キーラ・ナイトレイがダイアナ元王妃の先祖であるデボンシャー公爵夫人を熱演した歴史ドラマ。美しく才気に溢れる社交界の花形でありながら、愛のない結婚生活に苦しむヒロインの闘いを綴る。共演はレイフ・ファインズ。監督・脚本はTVドラマ『ライン・オブ・ビューティー 愛と欲望の境界線』の演出などを手がけたソウル・ディブ。Blu-ray版も同時発売。(Paramount)


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●2008.12.26発売
『Wallander』(2007)
英国盤(PAL)。スウェーデンの作家ヘニング・マンケルの刑事小説「クルト・ヴァランダー」シリーズを映像化したイギリスのTVミニシリーズ。主人公ヴァランダーを演じたのはケネス・ブラナー。3エピソードの本編のほか、メイキングや原作者・キャストへのインタビューなども収録した3枚組。(2 Entertain Video)


●2008.12.30発売
『Towelhead』(2007)
米国盤(リージョン1)。アリシア・イリアンの同名小説を映画化した思春期ドラマ。ヒューストン郊外の住宅街を舞台に、厳格な家庭に育ったイスラム系の少女が、自身に芽生え始めた性衝動や人種差別に悩む姿を描く。監督・脚色は『アメリカン・ビューティー』のシナリオを手がけたアラン・ボール。出演はサマー・ビシル、アーロン・エッカート、トニ・コレットほか。タイトルはターバンを頭に巻いたアラブ系の人に対する差別語。(Warner)

『ヘルレイザー2』 Hellraiser 2: Hellbound: 20th Anniversary Edition(1988)
米国盤(リージョン1)。いつまで経っても日本ではDVD化される気配がない、クライヴ・バーカー原作のスプラッターホラー『ヘルレイザー』シリーズの第2作が、20周年記念特別版として再リリース。オーディオコメンタリー、メイキング、インタビュー、予告編集などを収録。(Anchor bay/Starz)

『パラサイトX』(2007)

『パラサイトX』
原題:Vikaren(2007)

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 デビュー作『モルグ』(1994)が世界的に注目され、そのハリウッド・リメイク版『ナイトウォッチ』(1997)でも自ら監督・脚本を手がけたデンマーク生まれの俊英、オーレ・ボールネダルの最新作。十把ひとからげのB級ホラー風パッケージでDVDスルーという投げやりな扱いとはいえ、久々に日本でも新作が紹介されるのは素直に嬉しい。先行レンタル版のDVDで観てみたら、相変わらずセンスのよさを感じさせるジュブナイルSFスリラーの佳作だった。特にオープニングタイトルのカッコよさには思わず身震いした。映画全体としてはこぢんまりとした小品であるものの、肩の力を抜いて観られる娯楽作に仕上がっている。ちなみに原題は「代理教師」の意味。

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〈おはなし〉
 母親を交通事故で亡くしたばかりの少年カールは、寂しさを胸の奥にしまい、父親と妹と支え合って暮らしていた。そんなある日、彼の通う小学校に代理教師のウーラが赴任してくる。彼女は子供たちの神経を逆撫でするような毒舌や命令を次々にぶつけ、とても教師とは思えない奇怪な言動を繰り返す。生徒たちが学校や親に訴えても、ウーラの巧みな口車によって逆に丸め込まれてしまう始末だ。

 そんな時、カールはふとしたことから彼女の正体が人間でないことを知ってしまう。ウーラは外宇宙から来たエイリアンだったのだ! 同級生とともに彼女の家に忍び込んだカールは、異様な光景を目の当たりにする。一方、ウーラは研修と称して生徒たちを「外国」に連れて行く準備を進めていた……。

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 古くは『惑星アドベンチャー/スペース・モンスター襲来!』(1953)、そしてそのリメイク『スペースインベーダー』(1986)などと同じく、大人たちの知らない恐るべき真実を知ってしまう子供の孤軍奮闘を描いた物語だが、本作ではそれが1クラス分の少年少女に増えているのが面白い。それぞれにキャラの立った子供たちが謎のエイリアンに立ち向かうという、冒険児童文学のセオリーに則ったようなストーリー展開を、ボールネダルはこなれた演出で巧みに描いていく。デビュー作でも確立されていた妙な巧さと落ち着きは相変わらずだ。

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 あくまで子供たちが主人公の映画なので、過激な描写やハードな展開などを期待すると肩透かしを食うだろう。『モルグ』のような激痛シーンもない。ただ、児童映画にしては少しいたずらが過ぎるというか、ヤンチャなところも幾つかあって、そこが楽しい。スプラッターシーンもしっかり登場する(被害者はニワトリだけど)。小学生が大型バスを運転するシーンは『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001)の影響だったりしたら嬉しいな、とか思った。

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 主人公のカール少年を演じるヨナス・ヴァンドシュナイダー君が、すごくいい顔をしていて印象に残る。映画一本をちゃんと引っ張れるだけのスクリーン映えする魅力があり、美少年好きの方も要チェックだろう。演技もしっかりしていて、孤独を胸に秘めながらも健気にがんばる思春期の男の子を好演している。脇を固めるクラスメイトのキャスティングも完璧。「出っ歯」「ガリ勉」「ブタゴリラ」「ミニ教育ママ」といった感じで容易くアダ名をつけられそうな分かりやすさがいい。主人公の妹役の女の子もキュート。

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 パプリカ・スティーンが怪演するエイリアン女教師の狂ったキャラクターも見どころ。本当に見ていて嫌悪感をもよおす怪人物を嬉々として演じており、だんだん親しみさえ感じられてくるのが不思議。クライマックスのコントみたいな芝居には爆笑してしまった。

 宇宙人の目的と行動がイマイチ合致しないとか、ユルすぎる部分もあるけど、好感の持てる佳作だった。家族で観てもよさそうな映画である。でも、同じボールネダル作品なら前作『I am Dina』(2002)の方を先にリリースしてほしかった。

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DVD『パラサイトX』

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『L.A. Confidential(Pilot)』(2000)

『L.A. Confidential(Pilot)』(2000)

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▲From "Mulholland Drive", Mellissa George

 デイヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』(2001)で、リンダ・スコットの「I've Told Every Little Star」に合わせて口パクで歌うブロンド美女を覚えているだろうか。アンジェロ・バダラメンティ扮するギャングの「This is the girl.」のひと声で、監督の意向をさしおいて主演女優に抜擢される“ラッキーガール”、カミーラ・ローズを。全ての女優志望者の憧れであり敵である存在を、現実離れした美貌で演じた彼女の名は、メリッサ・ジョージ。アレックス・プロヤス監督の『ダークシティ』(1998)では娼婦役で美しいヌードも披露した、オーストラリア出身のモデル兼女優である。

 言うまでもなく、『マルホランド・ドライブ』は元々1999年にTVシリーズとして製作されていたが、パイロット版が完成した時点で放映局ABCネットワークの首脳陣がその出来に難色を示し、オクラ入りとなってしまう。初めてビッグタイトルの主役に抜擢されたナオミ・ワッツの一世一代の力演は、闇に葬られることになった。そんなハリウッドの不条理な悲劇を、彼女と同郷のメリッサ・ジョージは立て続けに経験することになる。

 ジェームズ・エルロイによるノワール・エピックを映画化した『L.A. コンフィデンシャル』(1997)は、「無名のオーストラリア人俳優が主演のフィルムノワール大作なんて金を注ぎ込むだけ無駄」という大方の予想に反し、興行的にも批評的にも大成功を収め、アカデミー脚色賞/助演女優賞も獲得した。制作会社のリージェンシーとワーナーブラザーズは、続けてこの作品のTVシリーズ化を企画。2000年にパイロット版が製作された。

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 脚本は『ワイルド・バンチ』(1969)のウォロン・グリーン。暗黒のL.A.史とともに謎に満ちた物語が進行する原作小説のスケール感を、今回はたっぷりした尺で表現できるはずだった。映画版よりもいくらか遡った時点からストーリーを始め、登場人物たちの辿る変化をじっくり見せていこうとした意図も窺える。

 映画同様、主役格のバド・ホワイトとエド・エクスリー役には比較的無名の若手俳優を起用し、3番目のキーパーソンであるジャック・ヴィンセンズ役には、ほんの少し有名な俳優……キーファー・サザーランドを据えた。映画ではキム・ベイシンガーが演じた“ファム・ファタル”リー・ブラッケン役には、見事なブロンドの髪と、少女のような可愛らしい顔立ちと、美しい肢体をもつ若手女優、メリッサ・ジョージを抜擢。原作や映画と違い、TV版のリンはアリゾナ州の田舎からハリウッドに出てきたばかりの女優志望の女の子として登場する(さすがにヒロインがいきなり娼婦というのはTV的にマズかったのか、順を追って彼女の転落を描こうとしたようだ)。それは、奇しくも前年に彼女が出演した『マルホランド・ドライブ』で、ナオミ・ワッツが演じた主人公と同じ設定だった。そして舞台も同じL.A.であり、時代は同作で重要なモチーフとなっていた1950年代(フィフティーズ)。両者が脳裏で結びつかない方が難しい。

 しかし、完成したパイロット版は制作会社の判断で放映されないままに終わり、当然シリーズ化の話も立ち消え。撮るだけは撮ったパイロット版も、『シエラデコブレの幽霊』(1965)のように海外でだけオンエアされることもなく、『ツイン・ピークス』インターナショナル版(1989)のように無理やり単発作品にお色直しされることもなく、ただ倉庫の奥深くにしまい込まれた。

 パイロット版『L.A. Confidential』は、そんなに酷い出来だったのだろうか? 実際に観てみると、確かに映画版に比べて冴えない仕上がりではある。圧倒的にパンチが足りない。特に手痛いのは、キーファー・サザーランド演じるジャック・ヴィンセンズのキャラクターが、なんともヤワでありきたりな“悩める刑事”に書き換えられ、その魅力を失ってしまっている点だ。視聴者の共感を得るためか、その内面にある弱さやモラリスティックな面が強調されており、映画版のジャック=ケヴィン・スペイシーが醸し出していたヒップな不良性は完全に排除されている。そんな毒抜きされたキャラクターのジャックが、このTV版では、バドやエドをさしおいて主人公扱いなのだ(少なくともパイロット版を観る限りでは)。

 バド役のジョシュ・ホプキンズはタフなイメージはあっても色気に欠け、逆にエド役のデイヴィッド・コンラッドはあまりにハンサムで身綺麗すぎた(映画版のラッセル・クロウ、ガイ・ピアースと比較するのも気の毒だと思うが)。メリッサ・ジョージも、そのイノセントな美しさを振りまくだけで、演技力が発揮されるのは次回以降という感じ。ただ、後半のパーティーの場面で、初めてバドと言葉を交わすくだりはやはり魅力的だ。映画版に拮抗しうる素晴らしい演技を見せているのは、タブロイド雑誌の編集長シド・ハジェンス役のプルート・テイラー・ヴィンスと、大物実業家ピアース・パチェット役のエリック・ロバーツのみ(映画版ではそれぞれダニー・デヴィートとデイヴィッド・ストラザーンが演じていた)。劇中に登場するマリリン・モンロー役の女優が、ベタすぎる物真似も含めて色っぽくていいのだが、クレジットがないので名前が分からない。

 エリック・ラニューヴィル監督の演出はいかにもTVムービー的で、そつなく手堅いが悪い意味で古くさいところもあり、率直に言って凡庸だ。ノワール味もゼロ(映画版のカーティス・ハンソンの演出もその点に関しては興味が希薄だったが)。虚栄と犯罪の町ロサンジェルスの危険な魅力、そしてLAPDのタフでピカレスクな男たちの世界を、原作のように生々しく表現するまでには至っていない。というか、エルロイ本人や原作ファンが最も避けたかった「ヤワな映像化」というものを、文字どおり実現させてしまっている。

 しかし、この程度のクオリティのTVムービーなんて山程ある。まあ初回はこんなもんだろうとか、普通に退屈せず観られるかなとか思えるレベルには達しており、決して「お粗末」と呼ぶほどのものではない。問題はそれが『L.A. コンフィデンシャル』という傑出した「映画」と比較されてしまったことだ。迫力不足、予算不足、ディテール不足、カリスマ不足などと文句を言われても致し方ない。おそらくは、このままシリーズ化してもいい結果には結びつかないという判断で、もうひとつの『L.A. Confidential』は水子のごとく葬られた。ハリウッドではよくある不幸だ。

 一度ならず二度までも出演作がオクラ入りとなり、ブレイクの機会を逸したメリッサ・ジョージの落胆はいかばかりだったか。もし『L.A. Confidential』がシリーズ化され、彼女がヴェロニカ・レイク似の娼婦として変身していく過程が描かれていたら、どんなに凡庸な演出でもスリリングなものになったのではないかと夢想してしまう。そして、キャリア的にしばらく決定打を欠いていたキーファー・サザーランドにとっても、口惜しい結果だったに違いない(翌年にスタートした『24 -twenty four-』でのブレイクは、まさに悲願が報われた思いだったろう)。

 一方、同様の悲運に遭った『マルホランド・ドライブ』パイロット版は、のちにフランスのスタジオ・カナルからの援助で、追加撮影と再編集を施した劇場長編として劇的な復活を遂げる。いちどは葬られかけたナオミ・ワッツの名演も、メタフィクショナルな要素をもった追加部分でさらに増強され、作品は新たな深みをもって見事に蘇ったのである。スタジオの気まぐれと不条理に翻弄され、ハリウッドの露と消えていく女優の卵たちへの鎮魂歌として。だが、メリッサ・ジョージにスポットが当たることはなかった。

 『ダークシティ』『マルホランド・ドライブ』そして幻のTV版『L.A. Confidential』といった錚々たるタイトルの中で、絵に描いたような金髪のオール・アメリカン・ガールを演じながら、儚い印象だけを残してセルロイドの波間をたゆたうメリッサ・ジョージは、まるでハリウッドランドをさまよう亡霊のごとく神秘的で、美しく、愛おしかった。そんな彼女も、近年ようやく実体として認識できるほど(←失礼)活躍が目立ってきている。人気TVシリーズ『フレンズ』『エイリアス』への出演を経て、リメイク版『悪魔の棲む家』(2005)の妻役、ジョシュ・ハートネット主演のホラーアクション『30 Days of Night』(2007)のヒロイン役と、ジャンル映画ファンにも馴染み深い顔になりつつある。その未来に幸多からんことを、と願わずにはいられない。

 2003年、アメリカのケーブルTV局「Trio」でオクラ入りTVドラマの特集番組が放映され、そこで初めてパイロット版『L.A. Confidential』は一般視聴者の目に触れた。そして、今年9月に発売された米国盤『L.A. コンフィデンシャル』DVDには、映像特典としてパイロット版が収録され、待望の初ソフト化も果たした。日本でも、来年1月リリースの『L.A. コンフィデンシャル』ブルーレイ・エディションの特典として、初お目見えする予定だ。

・Amazon.co.jp
Blu-ray『L.A. コンフィデンシャル』ブルーレイ・エディション
DVD『マルホランド・ドライブ』

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『Doomsday』(2008)

『Doomsday』(2008)

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 呆れた。観る前から評判は聞いていたけど、もう本当にただ『ニューヨーク1997』と『マッドマックス2』(共に1981)の合体を女主人公でやってみたかっただけ、としか言いようのない映画だった。マジで、他の形容がなんにも思いつかない。これぞ中学生の妄想映画の決定版! と太鼓判を押したくなるほど、なんの新しさもヒネリもない映画である(オープニング・タイトルの字体までカーペンター調)。まあ、元ネタの2本を観てない新しい世代の観客にとってはメチャメチャ楽しいのかもしれないけど、オレ観ちゃってるしなあ……と、ひとつも胸ときめかないまま画面を見つめるだけに終わり、まるで何かに敗北した気分であった。

 ニール・マーシャル監督は前作『ディセント』(2005)でなかなか腰の据わった、粘りのある演出家に化けたな、と思っていたのだけど、今作では『ドッグ・ソルジャーズ』(2002)の頃に戻ってしまったか、あるいはそれよりさらに青くさくなってるかもしれない。カット割りがいちいち細かすぎて、演出もスピーディーなのは結構だが一本調子なのでグングン飽きてくる。つい観ながら「カーペンター先生ならもっと粘るゼ」などと思ってしまう。そのあたりの“今風な作り”が、オタク全開の内容のわりには琴線に響かない原因というか、心ないリメイク作品のような印象を与えてしまうのだろうか。そのくせ登場人物も映像も、全然かっこいいと思えないし。かなり大きな予算もかけられているだろうが、やってることは焼き直しでしかない。しかも低予算をアイディアでカバーした名作群の。

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 いや、でもきっと大半のB級映画ファンは、この作品を好意的に迎えるだろう。その心意気とパワーを買って。僕はいつも細かいことを気にしがちだから、たまたま受けつけなかっただけだ。今にして思えば、思考が麻痺してくる後半からはそれなりに楽しめるし、クライマックスのカーチェイスもなかなかの迫力である。ちょっと憎めない作品のような気もしてきた。

 でもやっぱり、オクラ入りしても全然困らない映画だよな、とは思う。

・DVD Fantasium
DVD『Doomsday』劇場公開版&アンレイテッド版(米国盤・リージョン1)
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『Never Apologize』(2007)

『Never Apologize』(2007)

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 カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した『if もしも…』(1968)などの作品で知られる、イギリスの映画監督/舞台演出家、リンゼイ・アンダーソン。本作『Never Apologize』は、その強靭な反骨心と風刺精神で社会を挑発し、多くの観客を魅了したアンダーソンの生き様を伝えるドキュメンタリーである。といっても、インタビューや資料映像やナレーションで構成された普通のドキュメンタリーではない。アンダーソン作品の看板俳優、マルコム・マクダウェルが劇場のステージに上がり、スタンダップ・コメディアンよろしく聴衆の前でエネルギッシュに喋り続ける姿をシンプルに映し出した、トークライブの記録映像のようなスタイルで作られているのだ。これがすこぶる面白い。映画ファンには興味深い話が満載だし、アンダーソンかマクダウェルのファンなら文句なしに楽しめるだろう(両方のファンならなおさらだ)。

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 『if もしも…』の主人公ミック・トラヴィス役で映画デビューを飾ったマクダウェルは、リンゼイ・アンダーソンという唯一無二のパーソナリティと、彼が自分にとっていかに大きな存在だったかを、笑いもふんだんに散りばめた巧みな話術でスピーディーに伝えていく。マクダウェル自身が舞台上から放つパワフルな存在感、役者ならではの見事な語りが、観客を魅了し引き込んでいくのだ。自らの体験に基づく思い出のエピソード、さらにアンダーソン本人の日記や関係者の手記の朗読などによって、そのエキセントリックな人間性と、彼らが才能を開花させた時代の熱気が鮮やかに浮かび上がる。

 ステージで語られるエピソードの数々はどれも魅力的で、驚きに満ちている。マクダウェルが初めてアンダーソンと出会った『if もしも…』のオーディション会場での逸話に始まり、クリスティーン・ヌーナンとの共演シーンでの珍事、公開時の反響、カンヌ映画祭での出来事、続くコンビ作『オー・ラッキーマン!』(1973)誕生までのいきさつ、などなど……。プライベートでも面白い話がポンポン出てくる。「これから映画スターとしてやっていくなら映画について知っておけ」といって、若きマクダウェルをジョン・フォードや黒澤明の映画上映に連れて行ったりする“映画の師”だったとか、『if もしも…』撮影後しばらくは仕事も金もないので、風呂場の改装をする代わりにアンダーソン家に住まわせてもらっていたとか。このあたりの話は、『オー・ラッキーマン!』の米国盤DVDなどに収録されているドキュメンタリー『O Lucky Malcolm!』(2006)でも出てくるので、知っている人もいるかもしれない。

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 特に『オー・ラッキーマン!』にまつわるエピソードは、聞いていて思わず涙が込み上げてきてしまうくらい感動的だ。『if もしも…』が成功した後、マクダウェルは「次も一緒に何か作ろうよ! 僕らは最高のチームなんだから」とアンダーソンに持ちかけ、それに対してアンダーソンは「そんなに私と組みたいなら、自分でシナリオを書いてこい」と返答。そこで「分かった、書いてみせるさ!」と受けて立ったマクダウェルが、自身の体験をもとにデイヴィッド・シャーウィンと共同でシナリオを書き上げたのが、『オー・ラッキーマン!』だった。この作品はまさにマクダウェルとアンダーソンの共同作業によって作られたマスターピースであり、公開当時は興行的にも批評的にも振るわなかったものの、一部のファンの間では『if もしも…』を凌ぐ2人の真の代表作として、今も熱烈に愛されている。アンダーソン本人も登場する鮮烈なラストシーンがいかにして生まれたかについても、本作では語られる。マクダウェルが監督に台本でぶん殴られるシーンは35回も撮ったとか。

 トークの中には、アンダーソン作品を取り巻く人々……ミュージシャンのアラン・プライス、美術監督のジョセリン・ハーバート、脚本家のデイヴィッド・シャーウィン、劇作家のデイヴィッド・ストーリーらの名前も登場し、当時の思い出をにぎやかに彩る。中でも、長編デビュー作『孤独の報酬』(1963)に出演して以来、アンダーソンお気に入りの女優となったレイチェル・ロバーツが、カンヌの豪華ホテルで繰り広げた奇行のエピソードは爆笑ものだ。また、『孤独の報酬』の主演男優リチャード・ハリスへの複雑な思い(アンダーソンはゲイだったが公言はしなかった)、舞台『Home』などに出演した名優ジョン・ギールグッドのマイペースぶり(マクダウェルも『カリギュラ』で彼と共演した時の楽しい話を披露)、そして最後の長編となった『八月の鯨』(1987)撮影現場でのリリアン・ギッシュとベティ・デイヴィスの演技スタイルの違いなども、アンダーソンの遺した日記から引用され、実に興味深い。マクダウェルの物真似がやたら上手いのにもビックリする(特にアラン・プライスとジョン・ギールグッドが最高)。

▼アンダーソンの死後に出版された日記本「Lindsay Anderson Diaries」
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 常に舌鋒鋭くあらゆるものを批判し、大のブルジョワ嫌いで、単なる冗談ですまないような言動のせいで人間関係のトラブルも絶えなかったというアンダーソン。そんな彼の強烈なパーソナリティを如実に伝えるのが、クライヴ・ドナー監督の家で開かれた食事会の席で、マクダウェル曰く“世界一いい人”の俳優アラン・ベイツを激怒させたというエピソードだ。まず、「なんで君はいつも首におかしなスカーフを巻いてるんだ?(その頃のベイツは二重アゴを気にして仕事でもプライベートでも常に首周りを隠す服装を好んだ、というのは誰でも知っている話だった)」とイチャモンをつけたところから始まって、「何だってアラン・ブリッジスみたいなブルジョワのダメ監督の映画に3本も出たんだ?」など、だんだんエスカレートしていく毒舌にとうとうキレたベイツは、「いい加減にしろ! お前らだってブルジョワだろ!」と怒鳴って出て行ってしまった。その場にいたマクダウェル夫妻らが「謝った方がいいよ」と説得しても、アンダーソンは「絶対に謝らん(Never Apologize.)」の一点張り。翌日には英国演劇界にそのニュースが駆け巡る始末だった。結局、アンダーソンは最後までベイツに謝らなかった、とマクダウェルは思っていた。

 しかし、アンダーソンはそれから数ヵ月後、アラン・ベイツへの謝罪の手紙を書いていたのだ。その文面をステージ上でマクダウェルが朗読するのだが、それがもうなんというか、ちょっと凄まじい。途中から謝罪文でもなんでもなくなってしまい、ただアンダーソンの筋金入りの批判精神と冷徹な分析力がいやというほど伝わる“声明文”になってしまうのだ。あの場でなぜ自分がそんな言動をしたのか、その時に他の連中はどうだったか、なぜアラン・ブリッジスを槍玉にあげたのか、ひいては自分がいかなる人間であるかを懇々と説明し、結局「あの時、君に不快な思いをさせた私と“彼ら”を許してほしい」という結論になってしまうのである。もちろん、そこにはアンダーソン流の辛辣なユーモアセンスが溢れている。これ以上にリンゼイ・アンダーソンという人物を物語る逸話があろうか、というエピソードだ。

 ちなみに、マクダウェルがひょんなことからアラン・ベイツの代役として、アンダーソン演出の舞台『In Celebration』のニューヨーク公演に出演した時に起きたハプニングの逸話も凄い。仰天必至のとんでもない名前が出てくる。

▼『オー・ラッキーマン!』制作中のアラン・プライスとアンダーソン
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 グロテスクな風刺コメディ『ブリタニア・ホスピタル』(1982)の失敗以来、アンダーソンは映画製作にかつてのパワフルな熱狂を取り戻すことはなかった。その晩年の孤独な暮らしぶりは、彼自身がBBCスコットランドのために作った52分の中編映画『Is That All There Is?』(1993)に克明に記録されている。しかし、そこには常に友人たちや仕事仲間の姿があり、いくら歳月を経ようと彼の魅力に惹かれ続ける人々がいることも証明していた。同作には登場しないが、アンダーソンを人生の師と仰ぐマルコム・マクダウェルも、もちろんその一人だ。ちなみに『Is That All There Is?』は、米クライテリオン盤の『孤独の報酬』に、映像特典として収録されている。

 映画のクライマックスで語られるのは、「最後の会見」……といっても、晩年のアンダーソンとマクダウェルの話ではない。1973年にL.A.を訪れたアンダーソンが、憧れの巨匠ジョン・フォードに会いに行った時のエピソードだ。ここでは、孤独な毒舌家でも不遇の芸術家でもない、純真な映画ファンとしての彼の表情が垣間見られる。すでに癌を患って余命いくばくもない状況にあったフォードは、自宅で最期を迎えたいと言って病院から出てきたばかりだった。フォードは葉巻をくゆらせながら、アンダーソンに「君のラグビーの映画は観たよ(『孤独の報酬』のこと)。ありゃいい映画だったな」と言ったとか。とても素敵な話である。

 そして、112分の上映時間はあっという間に過ぎ、マクダウェルとっておきの「とある席上でアンダーソンが言い放った、実にアンダーソンらしい一言」を披露して、映画『Never Apologize』は幕を閉じる。エンドロールには思わず笑い泣きしてしまうようなオマケもついてくるので、ファンは最後まで「耳」を傾けておくべし。

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 本作の監督を手がけたのは、マイク・カプラン。MGMやワーナー、20世紀フォックスなどで宣伝・マーケティングの重職に就き、ロバート・アルトマンやスタンリー・キューブリック、アラン・ルドルフやバルベ・シュローデルといった個性派監督たちとも深い交友関係を築いた人物だ。近年ではマイク・ホッジス監督の傑作『ルール・オブ・デス/カジノの死角』(1998)の米国公開を成功させ、クライヴ・オーウェンを一躍スターダムにのし上げた功労者の1人でもある。マルコム・マクダウェルとは『時計じかけのオレンジ』(1971)の宣伝を手がけて以来の付き合いで、リンゼイ・アンダーソンとは『オー・ラッキーマン!』で初めて一緒に仕事をした。プロデューサーとしても、アンダーソンの『八月の鯨』、アルトマンの『ショート・カッツ』(1994)、ホッジスの『ブラザー・ハート』(2003)などを製作。監督としてクレジットされるのは、『ショート・カッツ』の製作過程を捉えたメイキングドキュメンタリー『Luck, Trust and Ketchup』(1993)以来だ。本作では旧友のマクダウェルと共に製作も兼任している。前述の『O Lucky Malcolm!』では、マクダウェルが昔の冗談話でカプランをからかっている微笑ましい映像も観られる。次回作に予定されているのは、マイク・ホッジス監督の新作『マリオと魔術師』だ。

▼モスクワでの特集上映が行われた際の記念写真
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 『Never Apologize』は、対象へのパーソナルな視線がいい意味で結実した、刺激的かつ愛情に満ちたオマージュの秀作である。リンゼイ・アンダーソンならびにマルコム・マクダウェルのファンにはぜひ観てほしい。そしてこれを機会に『オー・ラッキーマン!』『In Celebration』といった作品群に再評価のスポットが当たってほしい。日本で上映される可能性はかなり低いと思うが、来年あたりのPFFなら有り得るかも? なお、下記の公式サイトでは、「Video Clip」コーナーで作品の一部分が見られるので、興味のある方はぜひ。

『Never Apologize』公式サイト


・Amazon.co.uk
DVD『Never Apologize』(英国盤・PAL)

・DVD Fantasium
DVD『孤独の報酬』(米国盤・リージョン1)
DVD『if もしも…』(米国盤・リージョン1)
DVD『オー・ラッキーマン!』(米国盤・リージョン1)
DVD『In Celebration』(米国盤・リージョン1)
DVD『八月の鯨』(米国盤・リージョン1)

・Amazon.co.jp
本『ジョン・フォードを読む ―映画、モニュメント・ヴァレーに眠る』 by リンゼイ・アンダーソン

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『セックス・カウントダウン』(2007)

『セックス・カウントダウン』
原題:Sex and Death 101(2007)

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 『ヘザース』(1989)や『バットマン・リターンズ』(1992)の脚本家として知られるダニエル・ウォーターズが、自ら監督・脚本を手がけた艶笑喜劇の秀作。「自分が一生のうちにセックスする相手全員のリスト」を手に入れてしまうという奇抜な設定で、軽佻浮薄な主人公のセックス遍歴をきわどいギャグ満載で描きつつ、愛と性をめぐる味わい深いドラマも盛り込んで泣かせるあたり、さすがの腕前だと思った。近年は表立った活躍が見られなかったが、本作を見る限りその力は衰えていない。むしろ円熟味を感じさせる逸品だった。ウォーターズの出世作『ヘザース』に主演したウィノナ・ライダーが、重要な役どころで出演しているのも感動的。

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〈おはなし〉
 ハンサムな青年実業家ロデリック(サイモン・ベイカー)は、数日後に結婚を控え、ビジネスも軌道にのって順風満帆の生活を送っていた。だが、ある日パソコンに届いた一通のメールが、彼の運命を一変させてしまう。“万物を司る大いなる意思”の些細なエラーで弾き出されたその文面には、ロデリックが一生のうちにセックスする相手の名前と人数が記されていたのだ。その数なんと101人! しかも婚約者の名前があったのは、まだリストの半分もいかない箇所だった。

 最初は誰かのいたずらかと思っていたロデリックだったが、バチェラーパーティーで起きた“偶然の事故”をきっかけに、そのリストが本物ではないかと信じ始める。いろいろ考えた末、彼は潔く婚約を破棄。そこへ次々と女性たちが吸い寄せられるように現れ、ロデリックの夢のプレイボーイ生活が幕を開ける。その先に悪夢が待ち受けているとも知らず……。リストの最後に記されていたのは、セックスした相手を永遠の眠りにつかせる“死の天使”デス・ネル(ウィノナ・ライダー)の名前だった!

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 何しろ、シナリオが本当に面白い。基本的にはもちろん、主人公が様々な女性たちと情事を重ねていくバリエーションの面白さで見せていく話になるのだけど、その作りがやっぱり巧い。それぞれのシチュエーションにも必ず何かしらツイストやドラマ性が加えてあって、細かいギャグも洒落がきいている。もちろんウォーターズ持ち前のシニカルで攻撃的なセンスも健在(とびきりの美人と出会っても、リストに名前がないと知ったとたんに興味が失せる、とか)。次の相手は誰か、あと何人で終わりなのか(つまり殺されてしまうのか)? という部分でも秀逸なアイディアをふんだんに盛り込み、ハラハラさせつつ笑いに導く手腕が見事だ。後半、カウントが終わりに近づいていってノイローゼに陥る主人公の描写もたまらなくおかしい。ちょっと時事ネタも入った(?)スクールバスのくだりは最高。

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 キャラクターも端役に至るまでしっかり魅力的に描き込まれ、その他大勢の描写にも愛を感じた(たまにちょっとクドイくらいだけど)。一方で、肩肘張らないコメディ映画らしく力を抜くところはテキトーに抜いて、そのさじ加減もいい。まあ、演出的にはユルイところも少なくないが、確かなコメディセンスとストーリーテラーとしての才能は誰が見ても明らかなので、安心して見ていられる。

 中盤、女漁りに飽き始めた主人公が理想の女性ミランダと出会い、彼女こそ運命のパートナーだと信じて一度はリストを捨てるのだが……というエピソードが、やはり素晴らしい。ちゃんとリアリティをもって恋愛の真実を描ける作家の強みが表れていると思うし、身近な相手に片思いしたことのある人なら誰でも深く共感してしまうであろう痛みを、切なくもおかしく真実味をもって描いている。そのオチも秀逸だ。まさか××(未遂)シーンがこんなにも胸に迫る、人間のどうしようもない性を見つめた、爆笑必至のギャグシーンになるとは! ユルグ・ブットゲライトもびっくりだろう。

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 そして、なんといってもこれはサイモン・ベイカーの映画である。この藤子不二雄マンガのごとくヘニャけた顔の色男の魅力を、本作は初めて最大限に引き出したのではないだろうか。今まで『ランド・オブ・ザ・デッド』(2005)の主人公や、『プラダを着た悪魔』(2006)のヒロインの相手役を演じてもイマイチ影が薄い感じだったけど、映画ファンは本作を観て「ああ、意外に芝居の幅が広い、いい役者なんだなあ」と気付いてほしい。ギャグ一歩手前のハンサムぶりも、コミカルな顔芸も、見かけによらない演技力も、全て惜しげなく披露している。

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 味のあるバイプレイヤー陣の好演、そして脱ぎっぷりのいい美女たちの登場も見どころ。中でも、本作の実質的メインヒロインといえるミランダ役のレスリー・ビブが飛び抜けて素晴らしい。聡明でユーモアがあって底抜けに明るくてセクシーで、主人公が“運命の相手”だと確信するキャラクターを説得力十分に演じている。こういう“知性とユーモアセンスを兼ね備えた人物”という芝居は、役者本人の中にそういう資質がないと嘘っぽくなると思うのだけど、レスリー・ビブはそれをとても自然に演じてのけている。美人ジャーナリスト役で出演していた『アイアンマン』(2008)でも、それほど大きな役ではないにもかかわらず、少ない出番で鮮やかな印象を残していたから、ファンになった人も多いのではないだろうか。公開待機中の出演作『Midnight Meat Train』が楽しみである(でも北村龍平の演出じゃなあ……)。

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 ポスターに大きく写っているウィノナ・ライダーは、実は特別出演扱い。出番も少ないし、妖艶なセックスキラーというまるで似合わない役を、半ば自虐的ギャグとしてお遊び感覚で演じている雰囲気も漂う。だから後半では彼女の登場シーンに全然期待しなくなるのだが、ウォーターズはそこで最大の見せ場を仕掛けるのだ。女優ウィノナ・ライダーの魅力なしには、その演技力なしには成立しないような、素晴らしい「会話シーン」を。今まで荒唐無稽なセックス喜劇として快調に進行してきたのに、クライマックスが地味な会話シーン? という驚きとともに、やっぱりウォーターズにとって彼女は特別な存在なんだと実感できる、素敵なシークェンスだった。この場面のウィノナ・ライダーは、本当に美しい。ハリウッドの一時代を築いたミューズでありながら、現在は諸般の事情で不遇をかこっている天性の女優に、最後の最後でちゃんと花を持たせるその愛情に、思わず涙が滲んだ。

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 セックスコメディとしては、最近ではよく頑張っていた部類の『噂のアゲメンに恋をした!』(2007)なんかとは比較にならないくらい、あるいはロブ・シュナイダー主演の名作『デュース・ビガロウ、激安ジゴロ!?』(1999)にも勝るほど、上出来の作品。ウォーターズ作品が好きな人なら絶対にチェックしなければならない秀作だし、何も知らずにレンタル店で手にとっても拾い物だと思える、良質の映画だと思う。

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DVD『セックス・カウントダウン』

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『火女'82』(1982)

『火女'82』(1982)

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 やっぱ凄かった。韓国映画界が誇る異才中の異才、キム・ギヨン監督の1982年作品(東京国際映画祭2008「アジアの風」で上映)。作家としての代表作であり、商業的にも成功を収めた『下女』(1960)の、2度目のセルフリメイク作品である。ちなみに前作は1971年の『火女』。ある中流家庭に住み込みの家政婦として雇われた田舎娘が、一家を不幸のどん底に叩き落とす、というストーリー展開は基本的に変わらない。驚いたことにセットの作りも第1作とほぼ同じだが、演出や映画自体のテイストは大きく異なっている。

 最も大きな違いは、本作が紛れもない女性映画であること。愛欲と性欲と独占欲が渦巻くギリシャ悲劇のごときホームドラマの中で、キム・ギヨン監督は今回、デリケートに女性心理を掘り下げてみせる。それが顕著に現れているのが、一家の奥さんと下女の関係性の変化だ。アナーキーな階級闘争ホラーといった趣きのオリジナル版では、双方の立場が逆転していく後半になるまで、ふたりは単なる雇い主と使用人以上の関係としては描かれなかった。しかし『火女'82』では、両者の間には女同士の親密さが芽生え、共闘意識のようなニュアンスまで漂わせる。

 別の言い方をすれば、本作では奥さんのキャラクターがより深く彫り下げられ、豊かになっているのだ。主人公は明らかに名女優キム・ジミ演じる妻の方であって、夫ではない。作曲家として身を立てようとする夢追い人の夫のために養鶏業を始め、やがて一軒家を建てるまでに成功し、社会的に自立を果たしながらも家庭内では昔ながらの“献身的な妻”の役割を担い続けるヒロイン。疲れと諦めの溜め息をつきながら家庭の維持に身を捧げる韓国女性の心理を、キム・ギヨン監督は生々しく繊細に映し出す。それが純情素朴で動物的本能のまま生きるような下女ミョンジャと鮮やかな対比をなし、その両者が関係をつむいでいく過程のほのかなユーモア、そして約束された破綻のスリルが、本作前半の見どころとなっている。

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 奥さんは、右も左も分からない田舎娘ミョンジャに「女だけが分かる連帯意識」のようなものを周到に刷り込んでいく。夫や子どもたちには分かりえない悩みも打ち明け合える、私がついてれば大丈夫という空気を何気なく伝えようとする(それは主従関係を円満に保つためのテクニックでもある)。「結婚するなら私の夫みたいな夢ばかり追いかけている男はダメ。女の夢を大きくしてくれる伴侶こそ“よき夫”よ」と、愚痴まじりに真情を吐露したりもするのだ。このあたりの描写には『下女』にはなかった味わい深さを感じる。しかし、お約束の決定的事件が起こり、両者の関係は男/家庭をめぐる女同士の闘争へと変化していく。そのサスペンスフルな感情の推移も、今回「女の怖さ」のバリエーションとして加味された要素だろう。一方、チョン・ムソン扮する夫の方は、ただ彼女たちの間でオロオロするばかりで、『下女』よりも格段に非力で情けないコメディリリーフ的存在となっている。

 キム・ギヨン監督の考える「女性観」が、20年を経て決定的に変化していることは明らかだ。『火女'82』には作り手の“女性”という題材に対するアティテュードと興味の深化がはっきりと打ち出されている。それは社会における女性の地位向上を反映してもいるし、年齢を重ねた上での意識の変化もあるだろう。前作の『火女』は未見なので、そっちがオリジナル版とどう違っていたのか定かではないが、同じストーリーを10年ごとに撮り直すのは、それが「時代」と「自身」を映しだしたマイルストーンになりうると強く確信していたからだろう。この物語には男女関係の普遍的な真理があり、同時にあらゆる時代と社会の様相を如実に反映しうるキャンバスでもあり、それはいつの世も人々の心をとらえるのだ、と。そんな“確信”に満ちた作家は稀である。

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 もうひとつ、『火女'82』がオリジナル版と大きく違っているのは、とっても魅力的なコメディになっている点だ。『下女』も意地悪なブラックユーモアの横溢する映画ではあったが、本作ではより露骨に爆笑を誘うギャグの数々が盛り込まれている。ただれた男女の愛欲ドラマにも、さながら陽性の日活ロマンポルノの一編のような、艶笑喜劇的なペーソスが漂うのだ。

 そこで大変な威力を発揮しているのが、下女ミョンジャを演じたナ・ヨンヒの存在である。なんなの、あの顔。黙っていればコン・リー似の美人に見えないこともないのに、女優に情け容赦のないキム・ギヨンの演出によって、ありとあらゆるヘン顔を引き出されてしまっている。特に、彼女が耳掃除をしながら浮かべる恍惚のバカ面は忘れがたい(そういう微妙な瞬間が抱腹絶倒のギャグになると確信しているキム・ギヨンの観察眼と笑いの先鋭性にも恐ろしいものがある)。のみならず、世間知らずで直情的で無神経な田舎娘を、完璧などんくささ・垢抜けなさで演じており、一瞬たりとも目が離せない。まさに天才的としか言いようのないキャスティングである。

 『下女』でミョンジャ役を演じたイ・ウンシムは、美しいがどこかアンバランスな不気味さを放つ、楳図かずお風の美女だった。しかし今作では華のないコン・リーというか、『紅いコーリャン』のオーディションで落とされたような絶品顔をわざわざ持ってくるところに、作家としてさらに突き抜けたキム・ギヨンの成熟を感じさせる。

 と、さんざん酷いことを書いてしまったが、それもキム・ギヨン演出の賜物で、実際のナ・ヨンヒさんはかなりの美人であると判明。イ・チャンホ監督の『暗闇の子供たち』(1981)で主演デビューし、最近では人気TVドラマ『悲しき恋歌』(2005)にクォン・サンウ扮する主人公の母親役で出演しており、斎藤耕一監督の日韓合作映画『親分はイエス様』(2001)では主人公・渡瀬恒彦の奥さん役を演じている。

▼最近のナ・ヨンヒさん
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 映画祭では『陽山道』(1955)、『自由処女』(1982)、そして本作と、3本のキム・ギヨン作品をスクリーンで観たが、やっぱりこれがいちばん面白かった。とはいえ117分という尺はさすがに長過ぎる気がしたけど……(いつも後半がクドすぎる)。それでも傑作であることは間違いないので、ぜひとも再上映・ソフト化してほしい。


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『The Lost』(2005)

『The Lost』(2005)

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 傑作。素晴らしい。『オフシーズン』『隣の家の少女』などの作品で知られるアメリカのホラー小説家、ジャック・ケッチャムの長編『黒い夏』を映画化したバイオレンス・スリラー。かつて殺人を犯しながら法の手を逃れた不良青年が、その狂気をエスカレートさせ血まみれの惨劇へと突き進むまでの物語を、スモールタウンの群像劇として丹念かつパワフルに描いた力作である。製作を『MAY/メイ』(2002)のラッキー・マッキーが手がけ、彼の大学時代のルームメイトで自主映画仲間のクリス・シヴァートソンが監督・脚本を務めた。2005年にはすでに完成していたが、映画祭などでの限定上映を経て、3年後の2008年にようやく一般公開。ケッチャム映画化ブームが本格化した今年になって、ついに陽の目を見た。その間に、監督のシヴァートソンはリンジー・ローハン主演の猟奇スリラー『I Know Who Killed Me』(2007)でメジャーデビューを果たしたものの、こちらは批評・興行ともに惨敗。その年のサイテー映画賞“ゴールデンラズベリー賞”を総なめにしてしまった。

 ラジー賞監督のお蔵入り映画かよー、と思って甘く見る人もいるだろう。構わない。油断するがいい。まず間違いなくファーストカットで「これは只事ではない」と気がつき、クライマックスまでに心拍数は倍に跳ね上がり、エンドロールではただ打ちのめされ呆然と画面を見つめているはずだ。

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 “考えうる限り最悪の結末”へ向かって紡がれる、内なる闇を抱えた者たちによるアンサンブルドラマ『黒い夏』は、ケッチャムの力量が存分に発揮された集大成的作品だ。その巧みな筆致の文体にみなぎるどす黒い邪悪な感情を、シヴァートソンは忠実な脚色と骨太な演出によって、ほぼそのままフィルムへ置換することに成功している。『The Lost』は、現時点で完成しているケッチャム文学の映画化作品の中で、最も達成度の高い傑作である。

 オーディションで選ばれた若手俳優たちの瑞々しい演技と存在感、挑戦的な映像技巧をたっぷり盛り込んだシネマスコープのビジュアル、人間の暗部をしかと見据えたブラックユーモア、そして卓抜した選曲・編集センス。様々な登場人物が交錯するドラマを手際よくさばきながら、ハリウッドメジャーでは映像化しえないエクストリームな描写の数々も真摯な姿勢で映像化し、阿鼻叫喚のクライマックスも容赦なく描き切った。低予算のインディペンデント作品であるため、撮影や録音などの技術的な粗さもそこかしこに見受けられるが、それでも上映時間119分を全く飽きさせない堂々たる問題作に仕上げたシヴァートソンの手腕は、称賛に値する。かのトビー・フーパー御大も「Must See(必見)」と太鼓判を押したほどだ。

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 驚くべきはキャスティングの見事さ。なんと言っても主人公レイ・パイ役に抜擢されたマーク・センターの素晴らしさに尽きる。タチの悪いカリスマ性と爆発寸前の狂気をたぎらせた悪の申し子を、ひたすらエネルギッシュに下品に凶悪に演じきっていて痛快。満を持して凶行に走るクライマックスでの爆発的なテンションの高騰ぶりも圧巻だ。成功するも失敗するもレイ・パイのキャスティング如何によって決まる企画だっただけに、原作ファンとしては満足のいく結果になって凄く嬉しい。

 レイの狂気に巻き込まれる悲劇の三人娘を演じる女優陣も、それぞれ魅力的。中でも、都会からやって来たセクシーで気丈な美少女キャサリン役のロビン・シドニーの存在感が群を抜いている。語彙が足りなくて申し訳ないが、ムチャクチャいい女なんでビックラこいた。レイの殺人を目撃しながら恋人として付き合い続けるジェニファー役のシェイ・アスターも、ヤンキー上がり風の安っぽさと幸の薄さを漂わせて熱演。レイを即座に嘘つきのスケコマシと見破る聡明なヒロイン、サリーに扮したミーガン・ヘニングのキュートな魅力も光っている。三者三様のキャラクター分けが、キャスティングの時点でちゃんとできているのが素晴らしい。DVDの音声解説によると、メインキャラそれぞれにキーカラーを設定してあるという(例えばレイ・パイは黒、キャサリンは赤、ジェニファーは青といった具合)。

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 主要キャストのほぼ全員が無名ながら、演技力のレベルは非常に高い。レイの腰巾着ティム役は、『エレファント』(2003)で銃撃犯の一人を演じたアレックス・フロスト。おどおどした冴えない少年を、ちょっと抑えた芝居で演じているのがいい。レイの逮捕に執念を燃やし、結果的に彼を凶行に追い込んでいく刑事シリングを演じるマイケル・ボウエンの憎々しさも秀逸だ。その他、映画ファンにも知られている有名キャストといえば、冒頭で虐殺されてしまう少女の一人を演じるマイナーアイドル女優のミスティー・マンデー(本作ではエリン・ブラウン名義)、死んだ少女の母親役のディー・ウォーレス・ストーン、そして元警官でサリーの年上の恋人であるエドを演じるエド・ローター(!)くらいか。ちなみに原作者のジャック・ケッチャムも、映画前半に登場するバーテン役でカメオ出演している。

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 原作の時代設定は1969年だが、映画では予算の都合からか、より現代に近い時代に変更されている(90年代前半くらいか?)。原作では、ヒッピー・ムーブメントの真っ只中でエルヴィスに心酔する時代遅れ気味の不良青年レイ・パイが、ラジオでマンソン・ファミリーによるシャロン・テイト惨殺事件のニュースを聞き、天啓を得るという皮肉に満ちたシーンが重要なターニングポイントとなっている。が、映画版からは当然そのシーンは削除され、その点は個人的にいちばん残念なところではあった。しかし、物語終盤でレイがシャロン・テイト事件について言及し、“再現”を試みるシーンは映画にもしっかり残されているので、原作ファンは安心されたし(できねえか)。

 とにかくもう、ものすごく感動してしまった。同じケッチャムの『老人と犬』を原作にした秀作『Red』(2008)の方を先に観ていたので、こっちはあまり期待していなかった分、ぶっとばされた。ぜひ日本でもノーカット版で公開してほしい。

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DVD『The Lost』(米国盤・リージョン1)

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原作本『黒い夏』 by ジャック・ケッチャム(扶桑社ミステリー)

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