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Simply Dead

映画の感想文。

『パブリック・エナミー・ナンバー1』(2008)

『パブリック・エナミー・ナンバー1』
原題:Mesrine: L'instinct de mort[Part1]、
Mesrine: L'ennemi public n° 1[Part2](2008)

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 東京国際映画祭2008コンペティション出品作品。パリのクリシーに生まれ、1960?70年代にかけて強盗・誘拐・殺人・脱獄とあらゆる犯罪を重ねた実在のギャングスター、ジャック・メリーヌの半生を描いた実録犯罪映画。“公共の敵ナンバーワン”と呼ばれ、権力を敵に回して破天荒な生きざまを貫いた男を、ヴァンサン・カッセルが熱演している。2部構成・全4時間6分という力作だ。

 ただ、つまらない。4時間もの尺をどう見せていくかという工夫もなく、単に長いだけで普通のギャング映画にしかなってない。たとえば『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ《完全版》』(1984)『ゴッドファーザーPartII』(1974)のように、長尺作品ならではのじっくりしたシーン演出とか、思いきった時間構成をしてやろうとかいう大胆な試みがあれば、もっと面白くなったと思う。あるいは『裏切りの闇で眠れ(暗黒街の男たち)』(2007)みたいに、イヤガラセまがいの残虐描写をガンガン入れたり、何かしら目の覚めるような特色があればよかったのだけど、それも見当たらず。まあ、ヘタしたらR指定になりそうなセックス&バイオレンス描写も散りばめられてはいるけど、総じてパンチに欠ける。TVのドラマスペシャルか、ギャング映画2本立てと大して印象が変わらず、ちょっと映画的な意欲に乏しい気がした。

 「とにかくジャック・メリーヌという男の人生がそのままでも充分に面白すぎるから、快調に見せていけば観客も4時間ついてくるよ」という作り手の思い上がり、題材への依存が、傑作に化ける可能性を本作から奪ってしまった。だから、それなりにテンポよくは作ってあるものの、演出が一本調子なのでだんだん飽きてくる。後半はもう、錚々たる助演陣がどこでどんな役で出てくるか、という興味でしか付き合っていられない。同じような時代背景で、作りも似たような映画だけど、イタリアのミケーレ・プラチド監督の『野良犬たちの掟(犯罪小説)』(2005)の方が、ずっと好感が持てた。というか、かなり影響されてるような気がする。

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 どちらかというと、ずさんな暗黒街ものでしかない第1部『L'instinct de mort』よりも、メリーヌが一匹狼の反体制主義者と化していく第2部『L'ennemi public n° 1』の方が面白かった。『ジェヴォーダンの獣』(2001)でもカッセルと共演していたサミュエル・ル・ビアンが強盗仲間のアルドワン役で登場し、『フロンティア』(2007)での度肝を抜く変貌ぶりから元の姿に戻っていて、ひと安心。売れっ子マチュー・アマルリックは、ストイックで神経質な脱獄のプロ、フランソワ・ベスを異様な眼力で妙演。作品に効果的なアクセントを添えている(だから彼が途中退場してしまうと、映画がどんどんもたなくなっていく)。

 ハッキリ言って、出ている俳優のファン以外は、観ても観なくてもどうでもいい作品。スタッフが誰とか全然チェックせず観に行ってしまったのだけど、監督はあの凡作『アサルト13/要塞警察』(2005)のジャン=フランソワ・リシェだった。くそう、知ってたら観なかったのに……。

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「TRASH-UP night」ファイナルはハロウィン開催!!

 僕も寄稿させてもらっているファンジン「TRASH-UP!!」主催のライブ&映画上映イベント、「TRASH-UP night」がついに最終回を迎えることになりました。といっても雑誌が廃刊になるわけではなく(第2号も絶賛準備中!)、イベントもまた違うかたちで継続していくそうですが、とりあえずライブ+DJ+映画上映ぶっ続けオールナイトという無茶なスタイルでの開催は、今回がラストになるとのこと。

 開催日はハロウィン、10月31日の夜10時から翌日の朝5時まで。場所は渋谷の「青い部屋」です。ハロウィンなので仮装割引あり。おなじみDARKSIDE MIRRORSが超かっこいいライブを繰り広げてくれるほか、DJには中原昌也さんや2 MUCH CREWも参加。今回はやや早めにスタートして、映画ライターさんたちによるトークショーもあります。お題は「2008年のホラー映画総括!」。他人事のように書いてますが、僕もドサクサに紛れて出させてもらいます。でも今年公開のホラー映画、あんまし観てないんで何を喋ってよいやら……。まあ僕はともかく、山崎圭司さん伊東美和さん真魚八重子さんという他の皆さんの顔ぶれが凄いので、ぜひ遊びに来てください。

 覆面ホラー映画上映には、ハロウィンにうってつけの「あの作品」が登場するとか。虫スウィーツもあるよ!

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TRASH-UP night vol.9
HORROR MAYDAY '08


2008年10月31日(金)夜10時?(翌5時終演予定)
会場:渋谷・青い部屋

「TRASH-UP!!」が贈るハロウィン・パーティー!!
血みどろのホラー映像をバックに、モンスター・バンドたちが朝までライブを繰り広げる!!
もちろん、ホラー映画の覆面上映もあり!

TALK:「2008年のホラー映画総括!」
 出席者/山崎圭司、伊東美和(ゾンビ手帖)、真魚八重子、岡本敦史
LIVE:DARKSIDE MIRRORS and ...
DJ:Helter&Skelter、ぽえむ&YO マイキー(2MUCH CREW)、中原昌也

話題の虫スウィーツも販売 !!
前売1500円  当日2000円(入場時にドリンク代として、別途500円頂きます)
※仮装してご来場の方は前売り料金で入れます。

『ロード オブ ライブ』(2008)

『ロード オブ ライブ』(2008)

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 7年ぶりの新作オリジナルアルバム「すべて時代のせいにして」を完成させた泉谷しげるが、各地でライブを敢行する姿を記録した音楽ドキュメンタリー。ただし、演奏する場所はライブハウスやステージでなく、路上だったり線路際だったり、川岸だったり川の中だったり、映画館だったり教会だったりする。時には単身ギター1本で、また時にはバンドメンバーを率いて、その場に居合わせた通行人や観衆をパワフルな狂騒へと巻き込んでいく。まさしく路上の歌い人と化した泉谷しげると仲間たちが繰り広げる、自由で型破りな道行きを綴るロードムービーだ。これは楽しい。

 監督は泉谷しげる本人が務め、プロデューサーも兼任。TBSで放映された音楽番組「R?ゼロ」用に撮影された映像と、自身のスタッフによる追加撮影部分によって構成されている。10月初めのオールナイトイベント「60×60」でDVDが先行発売され、劇中にも登場する黄金町シネマ・ジャックで初めて劇場公開された。多分、これからもツアー先などで上映イベントやDVD販売があるのではないだろうか(今のところ一般発売はされてない模様)。

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 “ロード オブ ライブ”とは、還暦を迎えた泉谷しげるが掲げる新たなライフワーク。簡単に言うと「町おこしツアー」だ。様々な表情を持つ町々の個性に注目し、その町の歴史や特色を知り、綿密なロケハンと現地の自治体とのコミュニケーションを経てライブを行い、地域の活性化に繋げようという試みなんだとか。同時に、自分の歌がその町や人々の季節となり得るかをテーマに、音楽を町へ放し、空に返す行為でもあるという。しかし、映画ではそういった説明はほとんど語られず、モノローグも最低限に抑えられ、ただその一見破天荒でゲリラ的なライブ活動の数々がテンポよく綴られていく。多くの言葉を弄するより、全てがアクションで示されるのが清々しい。市井の情景を演奏の場として、パフォーマーと聴衆の間にある隔たりがとっぱらわれていくさまは、映像だけで十二分に伝わる。

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 圧巻はやはり、4年に一度開かれる三社祭に沸く『青べか物語』の町・浦安に乗り込み、川べりでライブを敢行した際の映像。川の両岸と橋の欄干に張りついた祭りの大観衆と共に、「舞いだ!」コールを連呼するダイナミックな盛り上がりが圧倒的だ。そして、盛大に桜散る目黒川の底に下り、バンドメンバーと共に「春夏秋冬」を演奏するシーンも美しい。個人的にもよく通る場所で、桜の季節になると「これ川底から見たら綺麗なんだろうなあ」と思っていた景観でもあるので、なんだか嬉しかった。

 同時に新作アルバムのレコーディング風景も映し出される。とにかく妥協を許さず、それでいてスタジオ録音が嫌いで、3日間で収録を済ませたというのが凄い。ミュージシャンの演奏に満足いかなければ容赦なく怒号を上げ、出前ピザを注文すれば頼んだはずのイモが来てない! と言ってキレるなど、いまだ衰えぬ凶犬ぶり(?)もしっかり見せてくれる。最近はTVドラマでの俳優業などのおかげで、優しいおじいちゃん的なイメージが強くなってしまったが、なんのなんの、相変わらずリアルに面倒なオッサンであったという事実が分かって嬉しい。

 イモ事件はともかく、基本的にその怒りは「いいものを作る」「いい音を出す」というアーティスティックなこだわりから発生しているものだ。イメージと現実の齟齬からくる苛立ちが常にあり、そこで手前勝手なことをする奴、人の言ったことを聞けない奴、妥協と怠慢で音楽を台無しにする奴は許せない。映画の前半には、7年前に行われたライブ公演後に「ちゃんと演奏しろ!」とベーシストの横っ面をひっぱたく映像も挿入される。最も荒れていた時期の自分を振り返るように。

 そして、今また“ロード オブ ライブ”というかたちで演奏を続ける泉谷しげるの姿は、どこか心穏やかで、リラックスして音楽を楽しんでいるように見える。悪い意味で「丸くなった」というのではなく、自分の思う音楽ができているという手応えがあるからではないだろうか。屋外で演奏すればもちろん音質の限界やハプニングといった不自由さは免れないが、それを超えた開放感と高揚感がきっとあり、その清々しさが映像にも表れているように思える。だから、『ロード オブ ライブ』は音楽映画として、観ていてとても気持ちがいい。

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 池尻の専門学校で個展とミニライブを行ったり、黄金町で謎の金魚おじさんに出会ったり、ゲリラ豪雨に襲われたりしながら、最後に辿りつく場所は横浜の教会。そこで泉谷しげるはアルバムにも収録されていない新曲「頭上の脅威」を、荘厳なパイプオルガンの音色をバックに歌いあげる。今の世界と人への思いを切々と吐露するような、祈りのようなその歌をもって、映像の中での旅はひとまず締めくくられる。しかし現実の“ロード オブ ライブ”ツアーはいまだ継続中だ。次は一体どの町へ現れるのだろうか。

 黄金町シネマ・ジャックでの上映前にはミニライブが行われ、劇中でも流れる「業火」「すべて時代のせいにして」「春夏秋冬」「頭上の脅威」「時よ止まれ、君は美しい」の5曲が演奏された。アコースティック・ライブなのかと思っていたら、ちゃんとPAもドラムセットも入っていて、5人編成バンドで爆音演奏してくれたので凄く楽しかった。正直、『戦後最大の誘拐 ─吉展ちゃん事件─』(1979)を観るのが目当てで来ていたので、思いっきりハネるには心の準備が足らなかったけど……。それはともかく、さっきまで盛り上がっていた曲が映画の中でまたすぐに聴けるのは、なんだか嬉しかった。

 でも、やっぱりライブの方が断然いい。誰か知り合い誘って行きゃよかった。

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『戦後最大の誘拐 ─吉展ちゃん事件─』(1979)

『戦後最大の誘拐 ─吉展ちゃん事件─』(1979)

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 昭和38年(1963年)に東京・入谷で起きた幼児誘拐殺人事件を題材にしたTVムービー。本田靖春のノンフィクション小説『誘拐』を原作として、映画『あこがれ』(1966)やTVドラマ『傷だらけの天使』(1974?75)の恩地日出夫が監督し、泉谷しげるが犯人役で本格的な役者デビューを飾った。テレビ朝日「土曜ワイド劇場」放映時には視聴率26%という高い数字を叩き出したが、諸般の事情でソフト化されず、長らく幻の作品となっていた。

 それが今、横浜・黄金町で行われている“黄金町完全無罪フェスティバル 泉谷しげるが来るンだから大目に見ろよ!祭り”の一環として、泉谷しげる監督最新作『ロード・オブ・ライブ』(2008)と共に、シネマ・ジャック&ベティで2本立て上映されている。せっかくなので、ライブ&トークつきの回を観に行ってきた。上映前には、主演を務めた泉谷しげる本人の口から、作品についての解説や撮影当時のエピソードが語られた。

 吉展ちゃん誘拐事件が起こったのは、高度経済成長期の真っ只中、東京オリンピックの前年。事件の模様はメディアで大きく報じられ、ニュースの視聴率は59%にも達した。だが、解決したのは発生から2年3ヶ月も後のことだった。犯人は30歳の時計修理工、小原保。福島県の寒村に生まれ、幼い頃から足に障害を患う彼は、上京して時計職人として働いていたが、借金苦に陥って進退窮まっていた。彼は実家に帰って金を無心しようとするが、門戸を叩く勇気も出ず、野良犬のごとく村内を数日間さまよい、そのまま帰京。営利目的の誘拐を思いつき、近所の公園で遊んでいた4歳の男の子・吉展ちゃんを連れ出して、墓地で首を絞めて殺害した。遺体は適当な墓に隠し、それから男の子の両親に身代金50万円を要求。まんまと金を奪い、17万円足らずの借金を返済したあと、年上の内縁の妻と再出発を夢みた。しかし、警察が脅迫電話の録音テープを公開し、小原の知人や肉親たちがラジオでその声を聞いた時から、彼の運命は狂い始める……。

 恩地日出夫監督は、“戦後最大”と冠された誘拐事件の真実を、つとめて冷徹な演出で暴いていく。それは、悲しいほどちっぽけな男が、どうしようもなく安っぽい動機から起こした犯罪が、解決までに2年3ヶ月を要する難事件となっていく数奇な過程だ。ある種、デイヴィッド・フィンチャー監督の『ゾディアック』(2007)とも通じるものがある。しかし、視点の置き場所は正反対だ。難航する捜査の過程や、被害者とその家族の日常などは、ほとんど描かれない。犯人から自白を引き出した鬼刑事の執拗な取り調べも、この作品ではドラマ的な山場とはならない。ただ、どんな男がその罪を犯したのか、彼が罪を認めるまでどんな日々を生きたかを、厳しく凝視するだけだ。

 東宝で内藤洋子主演の青春映画などを手がけていた恩地監督は、70年代からドキュメンタリーの世界へと傾倒。テレビマンユニオンの初期メンバーとして活躍し、長寿番組「遠くへ行きたい」の演出などを手がけた後、本作『戦後最大の誘拐 ―吉展ちゃん事件―』で「ドキュ・ドラマ」という手法を確立した。だから劇中の登場人物は、全て実名。ロケ撮影も全て現地で行われ、えも言われぬ生々しさに溢れている。その中で浮き彫りになるのは、急速に変化を遂げる時代から取り残されていく者、資本主義社会の底辺でモラルも愛情も失っていく者の悲劇だ。かといって安易な共感などは抱かせない。いたずらに犯人の行動心理へと分け入ったりはせず、感情を退けたクールな目線で、ただ見つめるのみだ。

 主役に抜擢された泉谷しげるは、まさしく野良犬のような男として犯人・小原保を演じ、実に素晴らしい。哀愁も憐憫も一切背負わず、ただダメになっていく男の姿を、最小限の演技でリアルに演じている。その自然体の堕ちっぷりが圧巻だ。終盤、刑務所へ面会に来たかつての内縁の妻に「おばさん」と声をかける時の表情は忘れ難い。彼が罪を悔いたり、改心したりする姿を、最後まで映さないのもいい。

 その脇を固める役者陣の顔ぶれも魅力的だ。中でも小原の内縁の妻を演じる市原悦子が絶品。ダメ男に同情と母性愛をかたむける飲み屋の女将というキャラクターが、これ以上ないくらいハマッている。『青春の殺人者』(1976)の母親役に並ぶ名演だと思う。その他、兄・保を嫌っている末弟役の風間杜夫、借金取り役の殿山泰司、2人組のヤクザ役の長谷川弘と阿藤海、吉展ちゃんの母親役の音無美紀子、刑事役の芦田伸介など、錚々たるメンツが味わい深い演技を見せている。芦田伸介は、同じく吉展ちゃん事件を題材にした東映作品『一万三千人の容疑者』(1966)でも、捜査班の刑事を演じていた。ナレーターを務めたのは、恩地監督とは「遠くへ行きたい」でも組んでいた伊丹十三。

 映像は全編、凍えるような寒色系のトーンで統一され、明るさもギリギリまで絞って、昭和38年当時の町の空気感を再現。ロケ現場でも「当時と違うから」といって町中の灯りを消させたそうだ。昭和の濃密な闇に包まれた映像は、TVムービーというよりは完全に映画のルックである。あまりに画面が暗すぎるため、完成後もしばらくはオクラ入りになったとか(もちろん内容面での問題もあったらしいが)。時代色の再現もかなり細かい。都電や国鉄の出てくる場面も、ちゃんと旧い車両を使って撮っているのには驚いた。

 吉展ちゃんの殺害シーンも、まさにその犯行現場で撮影されたという。その近くには吉展ちゃん本人の墓があり、さすがの泉谷しげるも「あんたには人の心があるのか!」と監督に抗議したが、「そういう君にはあるのか」と返されて結局は折れたんだとか。問題の絞殺シーンは、引きの1カットで犯人の背中側から映したごく簡潔なものだが、その話を聞いたあとでは妙な凄みを感じさせる。「鼻から少し血が出ていたので、手で拭いております」といった言葉を淡々と語る、犯行供述書をもとにした主人公のモノローグも、異様なムードを生んでいる。

 撮影スタッフは黒澤組の強者揃いだったので、かなり無茶な要求が飛び交う荒っぽい現場だったらしい。早朝の場面を撮るために、買い物客で賑わう夕方の商店街を通行止めにしたこともあり、群衆から怒号が上がるたびに撮り直し。泉谷さんも「映画のスタッフってのは本当に無礼でロクなもんじゃないな」と思ったとか。ちなみに黒澤組と言えば、小原が犯行のヒントにしたと言われる『天国と地獄』(1963)のポスターも、劇中にしっかりと登場する(予告編を見て思いついただけで、映画本編は観ていないそうだが)。

 映像の質感といい、演出といい、役者の演技といい、本作はいわゆる実録犯罪ドラマの中でもベストの出来ではないだろうか。とにかく画面に張りつめる寒々しいリアリティが凄まじい。そこには「霊気」みたいなものも漂っているように思える。徹底したドキュメンタリー・タッチを貫いたことで、加害者と被害者、その両方の鎮魂の碑となり得た、稀有なフィルムなのではないか。

 個人的には泉谷さんというと、1992年頃にBS2で放映されていた映画番組「ヤングシネマパラダイス」で、長田綾奈と一緒に司会をやっていたのが印象深い。トークショーと映画の二部構成で、『地球に落ちて来た男』も『鉄男/TETSUO』もこの番組で観た。自分にとっては映画にのめり込む大きなきっかけになった番組だ。その中で「泉谷さんの出た実録犯罪もの、よかったですよね」みたいな話が何度か出てきて、当時はそれがTVムービーだとは知らず「そんな映画あるのかな?」としばらく謎のままだった。今回ようやく、それも大好きな黄金町の映画館で(しかもライブつきで)観ることができて、嬉しかった。

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原作本「誘拐」(ちくま文庫)

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『シューテム・アップ』(2007)

『シューテム・アップ』
原題: Shoot'em Up(2007)

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 まあマンガ映画として観ればねー、というスタンスならそこそこ楽しめる大馬鹿ドンパチアクション。カッコイイというよりは完全にギャグなので、真面目なアクション映画好きにはあまり薦めない。

 元々、B級映画畑でラブコメやホラーを撮っていた監督のマイケル・デイヴィスが、「こんなガンアクションがやりたいんだ!」という半分妄想・半分プレゼンのようなつもりでアニマティックス(映像コンテ)を自主制作し、それがニューラインシネマの重役連の目にとまって映画化が実現したというのだから、ある意味アメリカン・ドリームである。ただしその内容を見ると、ハリウッドの慢性的ネタ不足、溺れるものはワラをも掴む的などんづまり状況の方が、ひしひしと伝わってきてしまうが。

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 ボンクライズム溢れる見せ場の数々はいちいちツッコミどころ満載で、そのうち「え?」とか思うのも疲れてくる。頭のなかで考えてる分には楽しかったろうけど、実際やってみるとスピード感にもカッコよさにも欠けるし、なんだかなあ……と思えてしまうところも多々あり、お世辞にも全編息もつかせぬ展開などとは言えない。原案・監督・脚本を手がけたデイヴィスは、スタイリッシュな映像を演出できるセンスも力量も持ち合わせておらず、ひたすらチャイルディッシュな拳銃遊びに明け暮れる。男のロマンティシズムや美学といったものには興味がないようで、公園で撃ち合いごっこに興じる小学生と大して変わらない。だから、クールでスマートなガンアクションを本気で期待したりすると途中で辟易すると思うし、全世界に存在するジョン・ウー学校の生徒さんたちが観たら「校長に謝れ!」とクラス中から総スカンを受けることだろう。

 逆に、その無邪気さや底の浅さを独特のテイストとして認めてしまえば、それほど腹も立たない。ここまで潔く物語性だのキャラクターの内面だの葛藤だのを捨て去り、ひたすらマンガ的な馬鹿アクションと薄っぺらいギャグを数珠繋ぎに繋げていくだけの映画も、なかなか見られるもんじゃない(そういう意味では、捻ったストーリー展開を無理に織り込もうとして変調を誤った感のある『ウォンテッド』より、作品の出来はともかく、観終わってスカッとするのはこっちかもしれない)。メイキング映像に出てきた監督は、よく喋る陽気なデブの映画オタクで、作品とのイメージが気持ちよく合致する人物であった。まあ、よほどのことがない限り、次回作は観ないだろうけど。

▼撮影現場で指示を出している監督のマイケル・デイヴィス
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 いつもニンジンをかじっている主人公のガンマンを演じるのは、我らがクライヴ・オーウェン。こんなダメ映画に出るくらいなら、マイク・ホッジス監督と一緒に新作やってくれよ! と思わずにいられないが、まあ色々と事情があったのだろう(ギャラとか)。しかし、ここまで中身のないキャラクターを、これほど堂々と、カッコよく、気取らず、しかも空っぽのままに演じきれる役者は彼だけだ。とことん虚無的なヒーローを演じさせたら、クライヴ・オーウェンの右に出る者はいない(一時期『007』にキャスティングされかけたこともあるが、その役者的資質からいうと、ジェームズ・ボンドを演じるにはあまりにも本気で空虚すぎるのだ)。ところで、メイキングの中で監督が「クライヴ・オーウェンは世界一のアクションスターだよ! 特に『ルール・オブ・デス/カジノの死角』の彼は最高だった!」とよく分からない賛辞を送っていたので、いいかげん日本でも『ルール・オブ・デス』DVD化してくれないだろうか。>クロックワークスさん

 ポール・ジアマッティの開き直った変態悪役演技も気持ちよさそうで楽しい。特に死んだ女の乳をもむシーンの恍惚とした表情が素晴らしく、『アンダルシアの犬』(1928)の1シーンを彷彿とさせる。モニカ・ベルッチも、もう何度やったか分からない娼婦役をさらりと演じ、ベテラン添え物女優の風格を漂わせている。いちばん大人だなあと思ったのは、メイキングで全員が「喋ることねえな……」って感じなのに、彼女だけしっかり映画の魅力について語っていたところ。

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 この映画はカナダのトロントで撮影されているので、現地の映画人も多く参加している。銃器会社の社長ハマーソンを演じているのは、スティーヴン・マクハティ。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(2005)の冒頭に出てくる強盗殺人犯コンビの片割れ、そして『明日なき銃弾』(1978)の熱演などで、一部の映画ファンの間では印象深い性格俳優である。はっきり言って、本作の中ではいちばんカッコイイ(そのカッコよさをイマイチ使いきれてないのが、監督の力量のなさをまた感じてしまうところだが)。『ヒストリー・?』でマクハティの若い相棒を演じたグレッグ・ブリックも、主人公と空中ガンファイトを繰り広げるSP役で登場。そして、本作の衣装デザインを手がけているのはデニース・クローネンバーグ。言うまでもなくデイヴィッド・クローネンバーグ作品の常連スタッフであり、監督の姉である。

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 まあ、DVDレンタルで観て「くっだらねえなあ」と笑う分には、あまり損した気持ちにはならないと思う。それでもためらいがあるなら、半額サービスデーにでも。

・Amazon.co.jp
DVD『シューテム・アップ』
Blu-ray Disc『シューテム・アップ』

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『僕らのミライへ逆回転』(2008)

『僕らのミライへ逆回転』
原題:Be Kind Rewind(2008)

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 期待外れ。アイディア100点・演出35点みたいなハンパな出来だった。ミシェル・ゴンドリー監督の喜劇センスのなさには、ほとほと呆れ果てた。

 VHSしか置いてない時代遅れのレンタルビデオ屋で、ある日テープが全てオシャカになってしまう。困った店員とその友人は、苦し紛れにビデオカメラを使って即席リメイク映画を作り始める……というストーリーの着想は素晴らしい。でも、それをコメディとして活かしきれていないのだ。とてつもなくバカバカしい話のはずなのに、語り口がたどたどしくて、どうにも弾けきらない。はなっから人情ものに寄りすぎているのもどうかと思った(序盤は軽い伏線程度にして、あとで方向転換したっていいのに)。ジャック・ブラックやモス・デフが演じるキャラクターの造形も、紋切り型でインパクトに欠ける。このキャストと筋書きなら、いくらでも面白くできるところでそうしない歯がゆさ、演出力不足が終始つきまとう映画だった。

 見どころがないわけではない。製作費10円レベルで、いかにして『ゴーストバスターズ』や『ラッシュアワー2』をリメイクするか? という無謀なトンチを描く部分は、この映画における最大の見どころ。ボンクラ2人組のひたむきな努力と奇想天外な発想によって再現されるのは、あらゆる特殊効果や映画語法の原点となったプリミティヴな映像トリックの数々だ。デジタル全盛時代の今、作り手も観客も忘れがちな映画の原初的な楽しさを、チープな素人ビデオ映像を通して観客に思い出させてくれる。それらのアイディアはとても秀逸だし、特に中盤、主人公たちがリメイクビデオを量産していく過程をワンカットの長回しで撮ったシーンは、ゴンドリーの本領発揮と言える名場面だ。

 ただ、そういった単発的な思いつき、奇抜な映像トリックを考える才能には秀でているものの、映画全体の流れ、シーンの繋がりなどに関しては、やっぱり未熟としか言いようがない。要するに「おもしろビデオ作家」なのである。だから映画っぽくない映画……キテレツな画の連なりで物語を成立させた『エターナル・サンシャイン』(2004)のような作品や、PVサイズの短編がいちばん向いているのだ。

 感動的であるはずのクライマックスも、思ったほどは盛り上がらない。ヘタだから。何を撮っても映画にならない人間が、映画愛を語ることの虚しさが、逆にひしひしと伝わるラストになってしまった。今回ばかりは原案とか特殊効果だけ担当して、演出や脚本は他の人に任せた方がよかったのではないか。

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 そもそもネタにする作品のセレクトがぬるい! まあ、映画オタクのために作ったわけではなく、日々娯楽を求めてビデオ屋にやってくる市井の人々を描いた映画だから、別にいいんだけど。ミシェル・ゴンドリーはオタクではないので、クエンティン・タランティーノやケヴィン・スミスのような熱い映画愛を期待して観に行くと、物足りなく感じるだろう。レンタルビデオ屋そのものに対する愛着や郷愁も希薄だ。

 ここ最近、日本のTSUTAYAなんかでもVHSが次々と排斥されていて、DVD化されていないマイナー作品や古典作品を観るのがおそろしく困難になっている。そんな状況で、この映画が大々的に宣伝されているのを見ると、やや複雑な気持ちになる。

 ちなみに、本作でいちばんマニアックなタイトルとして登場するのが、1940年代に活躍した黒人エンターテイナー総出演のミュージカル『ストーミー・ウェザー』(1943)。その題名が、大手レンタル店で働く店員の映画知識を測ろうとするダニー・グローヴァーの台詞として出てくるところは、なかなか気が利いている。この映画で見事なタップダンスを披露するニコラス兄弟の1人、ファヤード・ニコラスは、アダム・リフキン監督の傑作『Night at The Golden Eagle』(2002)にも出演していた。
 
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『厳重に監視された列車』(1966)

『厳重に監視された列車』
原題:Ostre sledovane vlaky(1966)

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 世界でいちばんよくできた映画のひとつではないか、と個人的に思っている傑作。アカデミー賞外国語映画賞も獲得した、チェコのイジィ・メンツェル監督の長編デビュー作である(TV放映題は『運命を乗せた列車』)。とにかく見事な艶笑喜劇で、童貞少年の悶々をコミカルかつ切実に描いた青春映画でありつつ、巧みな社会風刺も織り込まれている。しかも、とてつもなくシンプルかつスマートで、愛嬌豊かな名作だ。3年前のチェコ映画祭で観た時は、あまりの面白さと完成度の高さに面食らってしまった。現在、渋谷のシネマ・アンジェリカで開催中の「Ahoj! チェコ映画週間」で10月10日まで上映されているので、時間がある人はぜひ観に行ってほしい。(追記:12月13日?19日、日比谷シャンテ・シネ3でも1週間のみ上映!)

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〈おはなし〉
 ナチスドイツ占領下のプラハ近郊の村。鉄道員の息子ミロシュは、信号係見習いとして小さな駅で働き始める。女ぐせの悪い先輩、間抜けな駅長、色っぽい女性職員などに囲まれて、だんだんと大人の世界を知っていくミロシュ。ある晩、彼は恋人のマーシャと一夜を共にするが、“肝心なこと”をできないまま朝を迎えてしまう。童貞を捨てられなかったショックで自殺を図ってしまうミロシュ。一命をとりとめた彼は、医師に「年上の女性と付き合ってみたらどうか」とアドバイスされ、相手を探し始める。そして、先輩の誘いでレジスタンス運動に協力することに……。

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 原作はチェコ文学界の代表的作家、ボフミル・フラバル。脚本はイジィ・メンツェルとフラバルが共同で執筆した。メンツェルの演出は優しさと辛辣さを兼ね備え、どこかファンタジックで寓話的。そしてたまらなくエロティックだ。後半に登場するレジスタンスの合言葉「勝利の女神(ヴィクトリア・フレイヤ)」のくだりの、なんとさりげなく秀逸で美しいことか。スタンダードサイズを巧みに活かした撮影も素晴らしく、全ての構図がことごとくキマッている。本当に豊かな映画を観ている、という気分にさせてくれる。

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 キャスティングも完璧。悩める主人公を好演するヴァーツラフ・ネツカージは、おどおどした佇まいとあどけない童顔が監督のメンツェルにそっくり。政府から20年間も上映禁止処分をくらった同監督の傑作『つながれたヒバリ』(1969)にも出演している。チョイ悪な先輩を演じるヨゼフ・ソムルも最高だ。まさしく「女神」のような美貌のナジャ・ウルバーンコヴァーを始め、女優陣も魅力的。メンツェル自身も、うさんくさい青年医師役で顔を見せている。

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 ラスト、全てを吹き飛ばす爆風の迫力は、チェコ・ヌーヴェルヴァーグのこぢんまりしたイメージをも豪快に吹き飛ばす。チェコ映画界のトップランナーが、ミロシュ・フォアマンでもなくヴェラ・ヒティロヴァでもなく、イジィ・メンツェルだった時期が確実にあるのだ。まさに非の打ちどころのない傑作。現役童貞も元童貞も、思わず憧れてしまう男子の一生がここにある。

・DVD Fantasium
DVD『厳重に監視された列車(運命を乗せた列車)』(米国盤・リージョン1)

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