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Simply Dead

映画の感想文。

『Le Createur』(1999)

『Le Createur』(1999)

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〈おはなし〉
 ノイローゼにかかって転地療養していた売れっ子劇作家・ダリウス(アルベール・デュポンテル)。パリに戻った彼を待っていたのは、新たな締め切り地獄だった。すでに主演女優(クロード・ペロン)も決まり、そろそろ稽古を始めなければならない。が、ダリウスはもはや一行たりとも書けない体になっていた……。

 プレッシャーにもがき苦しむ彼は、ある時はずみで隣家の飼い猫を死なせてしまう。すると、パソコンに新作の出だしが書いてあるではないか! 恐るべき法則に気付いたダリウスは、創作のため、自分の作家としてのアイデンティティを守るため、次々と殺しを重ねていく。

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 『ベルニー』(1996)で注目された才人、アルベール・デュポンテルが再び監督・主演を務めたブラックコメディ。英語字幕もないフランス盤DVDで無理やり観たので、台詞の妙とかも全く分からず、ちゃんと観たとは言えない。でも、視覚的な演出が多くて話も分かりやすく、面白かった。

 スランプに陥った作家の狂気という『バートン・フィンク』(1991)を思わせるテーマを扱った本作では、前作『ベルニー』の過激さは影を潜めているかのように見える。が、おどおどした被害者キャラだった主人公が、やがて破れかぶれな殺戮者となる『ドリラー・キラー』(1979)のごとき展開は、やっぱりデュポンテルならでは。一線を越えた危険なブラックユーモアの世界に突入していくのが楽しい。

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 主人公は臆病な自分を守るため、変装も兼ねて甲冑を着込んで蛮行を繰り返す。その滑稽な姿はさながらドン・キホーテのよう。立ち向かう敵は「創作の危機」という得体の知れない(だけど本当の正体はハッキリしている)脅威である。劇中1シーンだけ登場する神=万物の創造主(クリエイター)を演じたテリー・ジョーンズは、「これは自分に才能がないことを認めたくない作家の物語だ」と評する。『Le Createur』は“創造”を生業とする人たちにとって、きわめてリアルな危機感を残酷にえぐりだしたコメディなのではないか。

 どこまでも陰惨になりそうな話を、デュポンテルはあくまでスラップスティックに、滑稽なファンタジーとして映し出す。生々しく殺伐とした印象の強かった『ベルニー』に比べ、『Le Createur』は映像の質感もずっとリッチだし、ギャグも分かりやすい。だが、過激な本質は変わっていない。同情を誘う不幸な主人公が、暴力によって生命力を取り戻し、同時に取り返しのつかない破滅に向かって邁進する、というストーリーの不謹慎な高揚感は、観客をしっかり秩序の向こう側へ連れて行ってくれる。

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 主人公にプレッシャーをかける大女優クロエを演じているのは、デュポンテルのパートナー、クロード・ペロン。『ベルニー』で映画デビューした彼女は、本作、そして『Enfermes Dehors』(2006)と連続してヒロインを演じ、デュポンテル主演の犯罪スリラー『ブルー・レクイエム』(2004)でも共演している。また、デュポンテルがコメディアン時代にコンビを組んでいたミシェル・ヴュイエルモーズが、『フランケンシュタイン』のイゴールみたいな劇場の装置係の役で鬱陶しい怪演を見せている。

 映像的な面白さも見どころ。主人公の見る妄想や、テリー・ジョーンズ演じる神様の登場シーンなど、ファンタジックな場面もふんだんに織り交ぜ、おなじみの動物主観カメラ、パソコンのディスプレイの内側から見た映像など、変わった遊びもやっている。映画終盤、爆風に飛ばされて宙を舞う封筒を、延々とカメラが追いかけるというCGがあるのだけど、軌道や運動のディテールがあまりに見事で感動した。なかなかあんなに上手く作られたCGの具体物もないと思う。

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・Albert Dupontel Official Site
http://www.albertdupontel.com/

・Amazon.fr
DVD『Le Createur』(フランス盤)

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『秘密組織・非情の掟』(1974)

『秘密組織・非情の掟』
原題:The Nickel Ride(1974)

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 ジェイソン・ミラーが『エクソシスト』(1973)の翌年に主演した暗黒街ドラマの佳作。製作・監督は『悪を呼ぶ少年』(1972)のロバート・マリガンで、脚本はのちに『インサイダー』(1999)などを手がけるエリック・ロス。撮影監督は『ブレードランナー』(1982)の名匠、ジョーダン・クローネンウェス。日本ではTV放映された。

 ミラー演じる主人公クーパーは、ニューヨークの下町で裏稼業を取り仕切り、住民の相談役として一目置かれている男。世間はどんどん世知辛くなり、面倒事は増えるばかりだが、それでも仲間や愛妻に支えられてなんとかやってきた。ところがある時、上部組織との関係に亀裂が入り、立場が悪くなった彼は、ほとぼりを冷ますために妻と休暇に出かける。が、そこに追手の影が……。

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 前半ではクーパーの誕生日を背景に、主人公を取り巻く人間模様を活写し、後半では彼がノイローゼに陥っていく姿を主観的演出でサスペンスフルに描いていく。通常の犯罪映画のように対立関係をカットバックで映したりすれば、神経質で用心深い主人公の行動もストーリー上の説得力をもつだろう。が、本作では徹底して主人公ひとりの目線に限定されているため、パラノイアックな内面だけが強調される。それは常に疑心暗鬼と隣り合わせで生きるしかないギャングのリアリティでもあるだろうし、シビアな現実社会で生きることに疲れた中年男の焦燥も重ねられている。

 そして、後半のショッキングな悪夢のシーンを境に、主人公クーパーは虚実を見失っていく。観客もまた同様に。現実か幻想か判別のつかない状態で導かれる、クライマックスの緊迫感が見事だ。その辺りのセンスは『殺しの分け前/ポイント・ブランク』(1967)や『グッドフェローズ』(1990)後半の錯綜感に近いが、ロバート・マリガンはそれを一切あざとく見せず、正攻法の演出で押しきるところが渋い。中年ギャングの憂愁を綴るような導入から、神経症的な心理劇に至り、フィルムノワールとして幕を閉じる。ジョン・G・アヴィルドセン監督の力作『セイブ・ザ・タイガー』(1973)を思い出した。

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 やはり撮影監督ジョーダン・クローネンウェスの仕事が際立っている。それほど画質のよくない海賊版で観ても明白なほど、その光の作り方は独特だ。自然光も室内灯も、押しつけがましくないナチュラルなリアリティを感じさせながら、やたらと美しい。スモークなどを使って巧みに空気感をデザインし、人物の肌にもなめらかな光沢を持たせる技が随所に光る。暖色よりは明らかに寒色好みのクールな質感が、渋すぎるノワール世界を美しく満たしている(夫婦喧嘩のシーンとかそこまで綺麗に撮らんでもいいのに、とも思うけど)。なにげに犯罪スリラーとクローネンウェスの相性はよく、『ローリング・サンダー』(1977)、『男の傷』(1981)、そして『ステート・オブ・グレース』(1991)と傑作が多い。ちなみに本作の美術は『ブレードランナー』のローレンス・G・ポールだ。

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 ジェイソン・ミラーは言うまでもなく素晴らしい。オールバックの中年ギャング姿がなかなかサマになっている。妻にひっぱたかれて反射的にぶん殴ってしまうアクションが、あまりに素早すぎて強烈(さすが元ボクサー、ってそれは『エクソシスト』の役柄か)。ぶん殴られても尽くし続ける薄幸妻サラを演じるのは、『ローリング・サンダー』のリンダ・ヘインズ。脇役のキャラクターもいちいち立っているが、中でも主人公の親友でバー&グリルを切り盛りするパディ役のヴィクター・フレンチが素晴らしかった。味のあるオヤジ俳優をやたら集めて自由な演技をさせるというのも70年代的だ。馴れ馴れしいテキサス男ターナーを演じる、サム・ペキンパー作品でおなじみの名脇役ボー・ホプキンスの芝居も印象に残る。

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 なお、この映画は1974年のカンヌ国際映画祭に出品されたが、同じ肌触りをもった(より分かりやすくパラノイアックな)フランシス・フォード・コッポラ監督の『カンバセーション/盗聴』(1974)にグランプリをかっさらわれた。以来、一度もソフト化されず、文字通り明暗を分ける結果となった。

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『Enfermes Dehors』(2006)

『Enfermes Dehors』(2006)
英題:Locked Out

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 最高!! 涙が出るほど笑った。ここ最近観たコメディの中では断トツの傑作。

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〈おはなし〉
 昔々、あるところにシンナー中毒のホームレス(アルベール・デュポンテル)が暮らしていた。ある日、彼は警官が川に身投げする現場に居合わせ、制服一式と拳銃を拾う。さっそく警察署に届けに行ったものの、「暖房に当たりたいだけのくせにツマラン嘘をつくな!」と冷たく追い返されてしまう。

 その時、彼は素晴らしいアイディアを思いついた。この制服で警官になりすまして、署の食堂でタダメシを食らおう! まんまとカフェテリアに潜り込み、久々に腹を満たした彼は、署内で憧れのポルノショップ店員(クロード・ペロン)と出くわす。彼女は義父母に幼い娘を奪い取られ、苦情を申し立てに来たのだが、なかなか聞き入れてもらえない。……困った市民を救うのが警察の義務じゃないか!

 かくてホームレスの男は制服のまま町へ飛び出し、警官としての力をフルに活用して、社会の悪を正そうとするのだが……?

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 監督・脚本・主演は、個性派俳優として知られるアルベール・デュポンテル。本作『Enfermes Dehors』は、カルトムービーになったデビュー作『ベルニー』(1996)、書けない劇作家の狂気を描いた『Le Createur』(1999)に次いで7年ぶりに手がけた、待望の監督第3作である。個人的には今のフランス映画界でいちばん才能溢れるクリエイターだと思っている(とにかく『ベルニー』は必見の歴史的超傑作)。役者としても、ジャック・オディアールやギャスパー・ノエ、ジャン=ピエール・ジュネといった一筋縄ではいかない監督たちの作品によく出ている実力派だが、最近は『地上5センチの恋』(2006)とか『モンテーニュ通りのカフェ』(2006)とか、やけにオサレな出演作が相次いでいて、正直そんなんどうでもいいから自分の映画だけ作っててください! と土下座して頼みたいくらいの才人なのだ。

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 話はとてつもなくシンプル。「警官の服を拾ったホームレスが、ニセ警官となってムチャをする」。このお膳立てだけで、全編にわたって抱腹絶倒のスラップスティック・ギャグをたたみかけ、息つく暇を与えない。ドライブ感溢れるスピーディーな演出は前2作を凌ぐほどだ。過激な反骨精神と、腹の底から真っ黒なギャグセンス、切れ味鋭いバイオレンス描写は本作でも健在。それでいて、ファンタジックな童話性や可愛らしさも忘れないところに好感が持てる。やっぱりどこかに可愛げがあってこそ、本当にかっこいいと思えるから。

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 人間を徹底して即物的にとらえたギャグが何しろ痛快。主人公がバイクと衝突してオモチャのようにすっ飛んでいく画が、どうしてこんなに楽しいの? と、プリミティブな笑いの神髄を思い出させてくれる。もちろんそこにはデュポンテル独自の間合いとカッティング術があり、容易に真似できるものではない。病院の屋上で繰り広げられるクリフハンガー的展開から『太陽を盗んだ男』ばりのスタントへ雪崩れこむ、サービス精神旺盛なアクションも素晴らしい。

 突拍子もない幻覚シーンや、動物の主観映像など、映像的にも面白いエフェクトが随所にちりばめられている。3作目にしていまだに表現への貪欲さを持ち続けている態度が頼もしい。その若々しさは今見ると90年代っぽいセンスなのかもしれないが、引き算思想だけでかっこつける若手や、持ち駒を使いまわすだけで安定してしまった商業作家たちとは一線を画している。

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 『ベルニー』以来ずっとヒロインを演じ続けているパートナー、クロード・ペロンを始めとする常連俳優たちのハジケた演技も楽しい。主人公の勘違いでひどい目に遭う悪徳社長デュヴァルに扮したニコラ・マリエの力演が素晴らしい。祖父母に軟禁されてしまう女の子、ローラ・アルノーが本当に可愛く撮られているのもさすが。また、デュポンテルが敬愛するテリー・ジョーンズとテリー・ギリアムの特別出演も見逃せない(唖然とするほどクッダラナイ役で登場)。ジョーンズは『Le Createur』の神様役に続く登板である。

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 『ベルニー』や『Le Createur』には、ある種マニアックと言われても仕方ない毒気の強さがあったが、『Enfermes Dehors』は過激でありつつ単純明快なエンタテインメントに仕上がっている(主人公は頭のおかしいホームレスだけど)。こんなに面白い映画が未公開のままなんて、世の中間違ってるとしか思えない。『ホット・ファズ』のあとに公開するべきはこの映画じゃないの?

・Amazon.fr
DVD『Enfermes Dehors』(PAL?FR)

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『愛をもとめて 素顔の貴婦人』(1989)

『愛をもとめて 素顔の貴婦人』
原題:La Vie et rien d'autre(1989)

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 第一次大戦後のフランスで、身元不明の戦死者を捜索・統計する任務に奔走する仏軍将校デラプラン。そして、戦地から戻らない夫を探しにパリからやって来た上流階級の夫人イレーヌ。ふたりの出会いと束の間の交流を、ある村の群像劇の中に描いた秀作ドラマ。監督・共同脚本はベルトラン・タヴェルニエ。

 物語を数日間の出来事に凝縮し、片田舎の人間模様を連鎖形式でつぶさに描きながら、重苦しい状況下で惹かれ合っていく男女の葛藤、悲劇的な時代の空気を浮かび上がらせたシナリオが見事。今こういう熟達したドラマ運びをする映画って見当たらないのではないか。それぞれのキャラクター描写も魅力的で印象深い。台詞も痛烈にあけすけだったり、深みに富んでいたり、フランス映画の伝統と新しさが混在した独特のタッチが面白い。

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 ぶっきらぼうで変わり者、恋に無器用なベテラン将校デラプランを、名優フィリップ・ノワレが好演。タヴェルニエとは『サン=ポールの時計職人』(1973)以来の名コンビであり、本作で2度目のセザール主演男優賞を獲得している。気丈でひたむきな貴婦人イレーヌを演じるのは、アラン・レネ作品でおなじみの女優サヴィーヌ・アゼマ。イレーヌと同じく行方不明の恋人を探し続ける村の女性アリスを演じるパスカル・ヴィニャルがいい。その他の村人や軍人たちを演じる役者も全員キャラが立っていて、強い印象を残す。また、70年代のクロード・シャブロル作品で主役を演じたミシェル・デュショーソワが、デラプランの上官役で顔を見せている。

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 タヴェルニエという人は、日本ではわりとおとなしめの作品が多く輸入されているけど、実はその作品歴は幅広い。連続殺人鬼の刑事責任を問う裁判を描いた『判事と殺人者』(1976)、ジム・トンプスンのノワール小説『ポップ1280』を映画化した『Coup de Torchon』(1981)、父殺しの天使ベアトリスの物語を描いた『パッション・ベアトリス』(1987)など、血生臭い題材や、社会のタブーに切り込む気骨を持った監督でもある。本作では、戦死者の捜索・統計に精魂を傾ける男が主人公であり、大戦後の150万人にのぼる不明者の処理問題、灰と泥の中から死体や遺品を掘り出し続ける人々の日常が、リアルに淡々と描かれている。

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 しかし、ドラマの作りはいたって繊細で味わい深い。全編、死体の話しかしていないのに、人々の日常はユーモアとペーソスに溢れ、グロテスクな直接的描写も皆無だ。繊細すぎて、わずかな機微を見落とすと、荒っぽい作劇と見られてしまう危うさすら持っている(個人的にはそれを単なるヘタとは言いたくない)。ミステリー風の展開も後半に用意されているが、明確な答えは最後まで避けられる。作家としての主張と、描きすぎることへの抵抗感が常にせめぎ合っている人なのだろう。元シネフィルならではというか。

 134分をこういったかたちで見せきる監督も珍しいと思った。やっぱりしばらく追い掛けていきたい。

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