『ある戦慄』原題:The Incident(1967)

ある夜、地下鉄に偶然乗り合わせた人々が、粗暴なチンピラ2人組のいやがらせに遭う恐怖を描いた傑作。現代人の脆さ、リアルな不快感を赤裸々に映し出したモダンスリラーであり、都会の縮図と病理をワンシチュエーションで見事に切り取った社会派ドラマでもある。若き日のマーティン・シーンの映画デビュー作としても知られている。
監督は『さよならコロンバス』(1969)や『パニック・イン・スタジアム』(1976)のラリー・ピアース。80年代以降はあまり目立たない職人監督になっていくが、アメリカン・ニューシネマ前夜に作られた本作には、その才気が全編に溢れている。秀逸なシナリオを手がけたのは、TV脚本家のニコラス・E・ベア。
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〈おはなし〉
ある日曜の深夜。マンハッタンへ向かう地下鉄の車両に、様々な人々が乗り込んでくる。眠った娘を抱えて家に帰ろうとするサラリーマンの夫婦(エド・マクマホン、ダイアナ・V・D・ブリス)。熱烈にキスを交わし合う若者カップル(ドナ・ミルズ、ヴィクター・アーノルド)。息子に借金を断られ、若い世代への不平を愚痴りながら帰途につく老人とその妻(ジャック・ギルフォード、セルマ・リッター)。休暇中の若い兵士2人組(ボー・ブリッジス、ロバート・バナード)。冴えない高校教師と、甲斐性なしの夫に不満を持つ妻(マイク・ケリン、ジャン・スターリング)。年老いたアル中の男(ゲイリー・メリル)と、彼のあとをついてきた孤独なゲイの青年(ロバート・フィールド)。白人嫌いの短気な黒人男性と、その妻(ブロック・ピーターズ、ルビー・ディー)。
そこに、今しがた強盗をしてきたばかりのチンピラ2人(トニー・ムサンテ、マーティン・シーン)が乗り込んできて、乗客の一人一人に絡み始めた。それぞれに反抗を試みるものの、弱みにつけこまれたり、強引にねじ伏せられたりして、結局は自分の脆さをさらけ出して萎縮してしまう。誰も助け船など出してはくれない。チンピラたちは図に乗り、次第に態度も暴力的になっていく。ついには、一人の若い兵士が立ち上がるのだが……。

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電車の中で酔っぱらいが暴れたり、調子に乗ったチーマーや、もしくは不良外国人が他の客に絡んだりする姿を目にすることは、誰しも経験があると思う。大体そういう時のパターンは決まっている。
・「そのうち静かになる」「誰かが注意してくれる」と思って誰も何も言わない。
・思いきって注意すると、大抵の奴は「もっと普通に言えよ」と逆ギレする。まして手など掴んだりすると「口で言えばいいだろう、触ってんじゃねえよ」と絡む。
・注意したはずが言い負かされた人は、屈辱にまみれた使用済みティッシュのように小さくなる。
・他人事のようにニヤニヤ笑いながら、事の推移を見ている奴がいる。
こういう状況に居合わせると、もうそれだけで心が腐るような気分になる。『ある戦慄』では、そんなシチュエーションであらわになる人間のネガティヴな表情……無力感、敗北感、不甲斐なさ、失望、増長、怒り、無関心などが、容赦なく映し出される。そこに肉薄するモノクロ映像はパワフルかつシャープで、俳優たちの演技も実にリアルで生々しい。細かい台詞や表情まで、人間の反応を実によく観察していて、もはや動物学的ですらある。

映画の構成はすごくハッキリしていて、律儀なくらい厳密。上映時間100分のうち、冒頭10分でチンピラ2人組を紹介し、前半40分で列車に乗り込んでくる人々の人間模様を丹念に見せ、後半50分で恐怖の密室劇を映し出していく。全員分のリアクションをきっちり回収していくシナリオが、何しろよくできている。キャラクターそれぞれの造形がしっかりしているので、後半のスリルと緊張感がいや増し、最後まで展開から目が離せない。ラリー・ピアース監督の力強く冷徹な演出、フットワークの軽いモノクロ撮影、リアリティ溢れる地下鉄車両のセットも素晴らしい。開巻10分してようやく出てくるオープニングタイトルが、またえらくカッコイイのだ(テリー・ナイトによる音楽の力も大きい)。

凶悪なチンピラを演じる2人の若手俳優、トニー・ムサンテとマーティン・シーンのインパクトが何しろ強烈。次第に凶暴性を剥き出し、歯止めを失っていくジョー役のムサンテは、後に『豹/ジャガー』(1969)や『歓びの毒牙』(1971)に主演し、70年代映画ファンのあいだではお馴染みの顔。アーティ役のマーティン・シーンも、お調子者っぽさと狂気が表裏一体になった、予測のつかない感じが怖い。
乗客を演じる俳優も芸達者ばかりだ。腕にギブスをはめたオクラホマ出身の兵士を演じるのは、ボー・ブリッジス。ジェフ・ブリッジスの兄としても有名だが、本作では柔和で純朴そうな(悪くいえば田舎くさい)青年を巧演し、クライマックスでは大立ち回りも繰り広げる。チンピラの一人がナイフを取り出した時の「ええ〜」みたいな表情が、実にリアルで素晴らしい。

『アラバマ物語』(1962)の名演が印象深い黒人俳優ブロック・ピーターズも、屈折したキャラクターを絶妙に演じている。最初は白人同士のなじり合いを楽しんでいたが、「俺はクロも嫌いだ」と侮辱されて激昂し、妻に懇願されて拳をおさめざるを得なくなる時の悔しさに歪む表情が凄い(鼻の穴の大きさにも驚くけど)。夫思いの妻を演じたルビー・ディーは、後にスパイク・リー監督の『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)などで、名脇役として返り咲いた。彼女の繰り返す「It's not worth it」という台詞も印象的。
最初にいじめの標的となるゲイの青年ロバート・フィールドの憔悴演技も、かなり真に迫っている(今ならウィル・フェレルが演りそう)。『拾った女』(1953)の名女優セルマ・リッターも顔を見せる。

狭い車内で2人の男が対決するクライマックスの緊張感とカタルシスも凄いが、決着がついた後、警官が車両に駆け込んでくるところで、さらにもうひとつダメ押しがある。これが凄い。そして、自ら血を流してまで暴虐に立ち向かった者に対して、誰も感謝の一言すら発さない。それが現実なのだ(辿り着いた終着駅は、グラインドハウスでおなじみ42番街)。実に苛烈な傑作である。まあ、日曜の深夜の地下鉄に、こんなにたくさん人が乗ってくるのかな? という疑問はあるけれども。
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『スパイダーマン』原題:Spider-man(2002)

サム・ライミ監督の『スパイダーマン』シリーズ最高傑作は、誰がなんと言っても1作目だ。あんなに泣かされた映画はなかったし、巷で評判のよかった『2』(2004)も、前作のマジックは薄らいでいるように思えた。『3』(2007)に至ってはあまりに腑抜けた作りにうんざりするところも多々あり、その弾みで今こんなことを書いている。
今『スパイダーマン』を観て、初見の時ほど感動できるかどうかは分からない。あの時、あの9.11テロが起きた翌年に観たからこそ、あそこまで激しく揺さぶられたのかもしれない。
『スパイダーマン』ほど、9.11の影響をダイレクトに受けた映画はないと思う。あの事件が起きたのは、まさに1作目を制作している最中だった。おかげでツインタワーを舞台に繰り広げられるアクションシーンがまるごとカットされてしまったという不運も生じたが、それは単なるアクシデントに過ぎない。人々に深い傷を残した惨劇が起きた時、奇しくも『スパイダーマン』はニューヨークの街を舞台に「守るべきもの」を問う物語として作られていた。その瞬間、映画は強靭なメッセージ性を帯びたのだ。祈りと鎮魂。そして自分達の暮らす街への愛情を、今一度人々に問う物語に。
無力な少年が超人的な力を得て、無邪気に高層ビルの間を飛び交い、街を破壊する強敵と戦い、やがて「守護者」としての宿命を受け入れていく。ラスト、主人公がいかにもサム・ライミ映画のダーク・ヒーローらしく、ガールフレンドにも背を向けて墓地を歩き去る弧高の姿を見ながら、号泣していた。彼には愛する街が、守るべき平和がある。これほど当時のアメリカ人観客の心を癒し、勇気づけた映画はないのではないだろうか。
ひるがえって観客である自分は、この世界にそんな愛着を抱けるだろうか? 『スパイダーマン』で覚えた感動は、そんな疑問とセットだった。だからこそ涙が止まらなかった。“ヒーローの誕生”に託されたドメスティックな表明に対する、ある種の羨望でもあった。
快哉と共に摩天楼の間を飛び回るスパイダーマンの姿には、少年の無邪気な喜びが溢れ、同時にニューヨークへの憧憬がストレートに表れていて、ここでも泣いた。1年前、悪夢のような悲劇に見舞われ、その惨状を世界中にさらした街。それでもここは美しい。どんな場所でも、いつもは灰色に見えているこの街を、いつかいちばん楽しい歩き方で見てみたい、という夢は誰しも抱くはずだ。
デイヴィッド・ベニオフの脚本をスパイク・リー監督がアフター9.11の物語として作り変えた『25時』(2002)と同じマジックが、『スパイダーマン』の場合は偶然に働いてしまった。その『25時』製作総指揮を務めたのが、ピーター・パーカー役のトビーマグワイアであるというのも宿命的である。そんな彼も、シリーズ3作目ではまったく怠惰な芝居を見せるようになってしまい、非常にがっかりさせられた。全編マスクを被ってた方がまだマシだ。
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DVD『スパイダーマン』デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組)
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『ブレードランナー ファイナル・カット』原題:Blade Runner(1982-2007)
なんでもいいからさっさと劇場で観た方がいい。凄いから。と、いきなり結論から書いてしまったけど、善は急げということで。劇場では2週間の限定公開だそうなので。
僕は仕事明けに、新宿バルト9の深夜上映で観た。もう何度も観ている映画だし、1992年の『最終版』公開時のようなハシャいだ気持ちもないし、ビール飲みながら軽い気持ちで観始めたのだけど、いざ始まったら酒を口に運ぶのも忘れて、最後まで見入ってしまった。
何しろ、DLP映写による画がおそろしく綺麗。まずオープニングショットの緻密なディテールと奥行きに驚き、フィルム感を損なわないシャープな明暗に嬉しくなり、デジタル特有の違和感を最後まで感じなかったことに安堵した。観ながら思ったのは、1992年の『最終版』に望んでいた映像はまさにこれだったんだ、ということ。今はなき旧渋谷東急で『最終版』を観た時は、フィルム品質保持の限界、35mmシネスコ映写の難しさを思い知らされた(12歳でもそのくらい分かる)。だがその落胆は今回、完全に霧消した。映画の修復技術・上映技術の進歩には、素直に感嘆するしかない。

今回のデジタル化がもたらした最も素晴らしい功績は、ショーン・ヤングの美しさが強烈に際立ったことだ。大袈裟でなく毛穴まで見えるほど鮮明な映像でも、彼女の神がかり的な美しさはなおさら引き立っている。そして一気に細かい話になるが、エンドクレジットがあんなにはっきり読めることにも感動した。ゾーラのヌードもくっきり見えたし。
ただ、これほど素晴らしいクオリティをスクリーン上に再現できたのは、『ブレードランナー』が当時からその鮮明さに堪えうるフィルムとして、しっかり撮られているからだ。何が凄いって撮影監督のジョーダン・クローネンウェスが凄いのである。2007年の現時点で、デジタルで撮ってデジタル映写する作品のほとんどは、このクオリティに遥か遠く及ばないだろう。
デジタルで蘇った『ブレードランナー』を観てつくづく思い知らされるのは、当時のスタッフの桁外れな力量だ。撮影スタッフ、美術スタッフ、SFXスタッフの仕事が凄まじいレベルに到達しているからこそ、高画質映像でもそれらが引き立つのだ。そのことは忘れてならない。

分かりきったことだけど、映画としても本当に面白い。主人公デッカードを演じるハリソン・フォードは実際、素晴らしいと思う。「元凄腕だったけど今はカンが戻りきってない」ハードボイルド・ヒーローにうまくハマッている(確かに現場がイヤでイヤで仕方ないという顔にも見えるけど)。聞き込みに行った先のバーで、レイチェルに電話して一緒に飲もうと誘ったら断られて、一人で飲んだくれるシーンが好き。
さて『ファイナル・カット』というだけあって、編集違いもファンとしては気になるところ。個人的に嬉しかったのは、『完全版』の残酷シーンがちゃんと含まれていたことだ(なぜか『最終版』ではカットされていた)。特に、ロイが素手でタイレル社長の眼球を潰すシーンは、今回初めて大スクリーンで観たけど、エグい! しかもDLPの高画質で観せられるもんだから、思っていたよりずっとショッキングな印象だった。初公開時にカットされたのもちょっと頷ける。ロイが手に釘を突き刺すシーンも同様。プリスがデッカードを殺そうとする場面では、鼻に指を突っ込んで持ち上げる痛快ショットが復活。ここではマジでハリソン・フォードに鼻血を吹き出させたという。文字どおり怒髪天を突いた状態のプリスは、『エル・トポ』(1970)後半のホドロフスキーっぽい。

そして『ファイナル・カット』独自の変更点として、分かりやすいところでは「ホッケーマスクを被った街頭ディスプレイ・ダンサーのショット追加」、「ゾーラのスタントの差し替え」、「飛び立つハトの背景差し替え」などがある。いちばん驚いたのは、タイレル社長を殺した後にセバスチャンを追うロイが、「Sorry, Sebastian.」と呟く台詞が新たに加えられていたこと。やっぱり可哀想だと思ったのか(個人的にはいらないと思う)。その他、細かい画面修正などはいちいち見ていたらキリがないので、あんまり気にしなかった。「デジタルくせー」とか思うところも、ほんのちょっとしかない。
音響デザインもクリアーに整理され、SEもディテールアップされていながら、台詞の音質はちゃんと80年代クオリティにとどめてあるのがよかった。映画を観ている、という気分にさせてくれるから。でも、ゾーラを追跡するシーンで、雑踏SEを何度も使い回している(男が日本語で「なんか変なもの落としていったぜ」とか言う)のがそのまま残っていたのは、ちょっぴり残念。まあ日本人でなけりゃ気にならない箇所だろうけど。
今回の『ファイナル・カット』でも、『最終版』同様、大まかな編集はあまり変わっていない。いじる必要がないからだ。『ブレードランナー』はカッティングが魅力的な映画でもあると思う。冒頭のホールデンを射殺するシーン、リオンがデッカードの銃を弾き飛ばすショットのコマ抜き処理、逃げるデッカードにロイが屋上で追いつく場面などには、初期のリドリー・スコットが得意とした省略のセンスが絶妙に活きている。『ファイナル・カット』でもその辺は手つかずのままだったので安心した。これに比べると、マイケル・マンが
『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙』(1986)でやっていたカッティング・テクニックは全然ヘタクソだなあ、と思ってしまう。

印象としては、まさに『ファイナル・カット』と呼ぶに相応しいバージョンだったと思う。これから初めて『ブレードランナー』を観るという人には、この『ファイナル・カット』だけ観てもらえば十分、と言えるくらい。ホント、素直に素晴らしかった。
12月に発売される国内盤DVD(もしくは発売延期されたBlu-ray・HD-DVDのリリース)を心待ちにしている人も多いだろう。家でじっくり観るから今回は映画館まで行かなくてもいい、と考えている人もたくさんいると思う。だがそんなことは一先ず忘れて、さっさと劇場で観てきた方がいいに決まってる。せっかく『ブレードランナー』が真の意味で「絶対にスクリーンで観るべき傑作」として復活したんだから。
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『泥棒番付』(1966)
WOWOWの勝新太郎特集で観た。脚本=伊藤大輔、監督=池広一夫、主演=カツシンの持ち味が十二分に発揮された傑作活劇。幕末の動乱のさなかに、一人の大泥棒がひょんなことから新撰組を相手に勝負を仕掛けることになるという物語を、タイトにテンポよく描いていく。原作は司馬遼太郎の『盗賊と間者』。
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〈おはなし〉
時は幕末。名うての大泥棒・佐渡八(勝新太郎)は、与力の田中松次郎(内田朝雄)に正体を見破られ、罪を見逃す代わりに奇妙な申し出を持ちかけられる。同じく牢屋にいた若い男・清七(青山良彦)と一緒に、カタギになって京都で店でもやれというのだ。
佐渡八と清七は早速うどん屋を開業し、真面目に働き始める。そこに松次郎が送って寄越したお慶(小林哲子)という孤児の娘も加わり、店は新たに三人所帯となった。常連客もつき始め、その中には新撰組を名乗る壬生浪人たちもいた。
佐渡八が察したとおり、やがて松次郎の真の狙いが明らかになっていく。松次郎は倒幕派であり、新撰組の動向を探るとともに、組内部に潜り込んだ元盗人・五大力(内藤武敏)の行方も追っていたのだ。五大はかつて佐渡八に濡れ衣を着せ、姿を消した宿敵でもあった……。
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キャラ造形、筋運びの巧さはさすが伊藤大輔。特に前半、互いに素性を知らない者同士3人が集まり、共同体を形作っていくあたりの呼吸がたまらなくいい。池田屋騒動から幕開けするという構成も洒落ているし、新撰組をならず者集団のように描いているのも新鮮。
池広一夫のシャープな演出も冴えまくっている。適度に様式的な構図を随所に活かしたカメラワーク、スピード感に満ちたカッティングのセンスが、実にモダンでかっこいい。ドライなユーモア感覚もいい案配だ。
勝新太郎は「泥棒番付東の正横綱」を名乗る関西弁の大泥棒・佐渡八を、水を得た魚のごとく快演。義理人情に厚く色恋には奥手というキャラも軽妙に演じ、ヒロインと互いに真情を伝え合うラブシーンは特に素晴らしい。クライマックスで聞かせる口上は圧倒的。本作では片手の人指し指を失くしたという設定で、芝居作りに集中するポイントを身体に持たせる勝新の好きそうな演技メソッドが活きている。
ヒロイン・お慶役の小林哲子もいい。最初に登場するシーンでは本当に小汚い田舎娘にしか見えないのだけど、中盤から見事に化ける。切れ者の与力を演じる内田朝雄のふてぶてしさも魅力的だ。内藤武敏の残忍そうな悪役ぶりは『KAMIKAZE TAXI』(1994)とまんま同じ。新撰組の山崎丞を戸浦六宏が演じていて、そこだけなんとなく大島渚の映画っぽかった(笑)。
西岡嘉信による見事な美術セットも印象に残る。本当に素晴らしい快作。ソフト化されていないのが惜しい。
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『檸檬のころ』(2007)

毎年行っている映画祭
「TAMA CINEMA FORUM」で観た。3本立てのうちの1本で、正直全く期待してなかったんだけど、意外によかった。というか、かなりの秀作だと思う。
高校生が主役のシリアスな青春映画なのに、イヤな感じが全然しない。そういう映画は珍しい。いい大人が作った映画である以上、感覚のズレ、リアリティの欠如は当然孕みやすいし、あるいは過剰な思い入れや、大人の一方的なセンチメンタリズム、わざとらしい物分かりのよさなどもカンに触る時がある。まして本作のように、悩める高校生の男女5人それぞれのドラマを描いていくとなれば、多少のうざったさは避けられない。
だけどこの映画は、彼らの恋と別れ、不安と疎外感、挫折と再生、何かに打ち込むことの素晴らしさなど、様々な青春模様をきっちりやりきった上で、気恥ずかしさや嫌味のない映画として成立している。普通にやったら顔が赤くなってしまうような瞬間の数珠繋ぎみたいな内容なのに。そんなの、なかなかできることじゃない。
監督・脚色はこれが長編デビュー作となる岩田ユキ。ケレンに走らず、真面目に丁寧に、抑えるところは抑えて撮って、微妙なバランス感覚を終始キープする姿勢が効を奏している。常に軽いユーモアを通わせようとするのも良心的だし、フレーミングには才気を感じた。田舎の描き方もリアルで、人の少ない町の空気感が伝わってくる。多少、繋ぎの拙いところもあるけど、丹念で節度の利いた演出には信頼が置ける。

配役もよかった。役者全員が芸達者というわけではないけど、それぞれが役柄にしっかりハマッていたので気にならなかった。榮倉奈々も、谷村美月もいい。後者は実質、いちばんの演技派として映画を引っ張っている。『カナリア』(2005)など、やや芝居っ気が強すぎる印象があったけど、ここではその個性がうまく活かされていた。
お調子者の野球部員・佐々木を演じた柄本祐も素晴らしい。滑舌にややモンダイのあるところもあるけど、やっぱり何か独特のムードがあって魅力的なのだ。「だって俺、好きな人にさよならなんて言ったことないんだもん」というラストの台詞は泣かせる。高校生バンドのリーダーを演じる平川地一丁目・弟は、芝居的には確かにちょっとアレだけど、本人のキャラが役にマッチしてるから大丈夫。先生役の浜崎貴司、駄菓子屋の店番役の石井正則(アリtoキリギリス)もよかった。
同じ日に観た『天然コケッコー』(2007)も、珍しくイヤな感じのしない青春映画の佳編ではあったけど、それはハナっからドラマの生まれる要素を取り除き、勝負を避けているからで、そこはちょっと気になった。それなら、田舎でくすぶる少年少女の悩みも痛みも喜びも描かれた『檸檬のころ』の方を推したい。
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DVD『檸檬のころ』
文庫本『檸檬のころ』(原作)
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全部買う金なんてないけど、とりあえず「欲っしい!」と海の向こうにおらんでみるDVDリストのコーナーです(もう買っちゃってるのもあるけど)。
前回の国内盤に続き、今回は海外盤を紹介。向こうは発売告知がリリース直前なんてこともザラなので、変則的に10〜12月リリースのDVDをピックアップ。
各商品タイトルのリンク先は各国のショップです(DVD Fantasium、Amazon.co.ukなど)。物によってはリンクしていない商品もあるのであしからず。もちろん地域コードや再生規格などが日本とは違う場合があるのでご注意を。
●発売中
『オー!ラッキーマン』O Lucky Man!: Special Edition (1973)
米国盤。リンゼイ・アンダーソン監督、マルコム・マクダウェル主演の珠玉の名作がようやくDVD化。キャスト・スタッフによる音声解説や、ドキュメンタリー「O Lucky Malcom!」などを収録した2枚組。(Warner)
『下り階段をのぼれ』Up The Down Staircase(1967)
米国盤。ロバート・アルトマン監督の
『雨に濡れた舗道』『わが心のジミー・ディーン』で強烈な印象を残した演技派女優、サンディ・デニスが女性教師に扮した学園ドラマ。監督は『悪を呼ぶ少年』のロバート・マリガン。(Warner)
『ザ・サイキック』The Psychic a.k.a. Seven Notes in Black (1977)
米国盤。ルチオ・フルチ監督が『サンゲリア』で芸風確定する前に手がけたジャーロ。主演は『スキャナーズ』のジェニファー・オニール。女優をちゃんと綺麗に撮るフルチの職人技が堪能できる秀作。(Rykodisc)
『The Eroticist』(1972)
米国盤。ルチオ・フルチ監督が手がけた艶笑喜劇の1本。主演はラウラ・アントネッリと、
『Pulp』のライオネル・スタンダー。(Rykodisc)
『妖艶毒婦伝 般若のお百』(1968)
米国盤。東映製作の「妖艶毒婦伝」シリーズ第1作。宮園純子演じるピカレスクヒロイン、お百の波乱に富んだ変転を描く。監督は石川義寛。世界初ソフト化。(Synapse)
『妖艶毒婦伝 人斬りお勝』(1969)
米国盤。中川信夫監督が撮った「妖艶毒婦伝」シリーズの1本。極悪非道な代官に復讐を挑むヒロインの活躍を描く。二階建ての屋内セット撮影がすごいらしい(そういえば『右門捕物帖・片眼狼』でもやっていた)。(Synapse)
『妖艶毒婦伝 お勝兇状旅』(1969)
米国盤。中川信夫×宮園純子による「妖艶毒婦伝」シリーズの続編。今回ヒロインは父母の仇を討つため、沼田藩家老を追う。(Synapse)
『John Waters: This Filthy World』(2006)
米国盤。ジョン・ウォーターズ監督のトークライブ・ショー。(MPI)
『天国の日々』Days Of Heaven: Criterion Collection(1978)
米国盤。テレンス・マリック監督の傑作がクライテリオン・コレクションで登場。画なんかメチャクチャ綺麗になってるんだろうなあ。美術のジャック・フィスクらによるコメンタリー、新撮インタビューなどを収録。ブックレット付き。(Criterion)
『ベルリン・アレクサンダー広場』Berlin Alexanderplatz: Criterion Collection(1980)
米国盤。全14話構成・全14時間56分にも及ぶライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の入魂作が、ついにクライテリオン・コレクションで登場。デジタル修復版、7枚組。特典はドキュメンタリー、インタビューなど。(Criterion)
『ヘル・レイザー』Hellraiser: 20th Anniversary Edition(1987)
米国盤。クライヴ・バーカーの代表作『ヘルレイザー』20周年記念盤。本編には、バーカーと主演女優アシュリー・ローレンスのコメンタリー付き。映像特典としてインタビュー(アシュリー・ローレンス、アンドリュー・ロビンソン、音楽のクリストファー・ヤング)、ドキュメンタリー、各種予告編、静止画ギャラリーなどを収録。(Anchor Bay)
「Bava: The Mario Bava Collection: Volume 2」米国盤。イタリアンホラーの名匠、マリオ・バーヴァ監督の『リサと悪魔』『新エクソシスト/死肉のダンス』『血みどろの入江』『処刑男爵』
『Kidnapped(Rabid Dogs)』『ロイ・コルト&ウィンチェスター・ジャック』『ファイブ・バンボーレ』『Four Times That Night』を収録したボックス。(Anchor Bay/Starz)
『ローレライ伝説の謎』The Loreley's Grasp: Special Edition(1974)
米国盤。スパニッシュ・ホラーの雄、アマンド・デ・オッソリオ監督の伝奇ホラー。水辺に棲む伝説の魔女ローレライが女子寮を襲う。諸星大二郎の漫画みたいな設定と、ムーディな映像がたまらない。(BCI)
『Golden Door』(2006)
英国盤(PAL)。シチリアからアメリカへ渡る移民たちの過酷な旅を描いた、エマヌエーレ・クリアレーゼ監督の映像叙事詩。今年のイタリア映画祭では
『新世界』のタイトルで上映された。移民船に乗り合わせた謎の淑女を、シャルロット・ゲンズブールが演じる。(Optimum Entertainment)
『爆走!』Fear is the Key (1972)
英国盤(PAL)。アリステア・マクリーン原作のアクション・スリラー。主演は『バニシング・ポイント』のバリー・ニューマンと、『影なき淫獣』のスージー・ケンドール。音楽は
『狙撃者』のロイ・バッド。(Optimum Entertainment)
『生きていた男』Chase a Crooked Shadow (1958)
英国盤(PAL)。マイケル・アンダーソン監督の傑作スリラー。主演はアン・バクスターと、リチャード・トッド。ラストのどんでん返しが有名。(Optimum Entertainment)
『A Day at The Beach』(1970)
英国盤(PAL)。デンマークの小説をロマン・ポランスキーが脚色したドラマ。海辺を訪れたアル中の父親と幼い娘の物語。ピーター・セラーズ、フィオナ・ルイス、『ポランスキーの吸血鬼』のジャック・マッゴーランも出演。ちょうどシャロン・テート殺害事件の時期にひっそりと公開され、幻となっていたらしい。(Odeon Entertainment)

「Italian Film Festival 2006」
オーストラリア盤(PAL)。現地のイタリア映画祭で上映された全11作品を6枚組・1パッケージにまとめた恐ろしい商品。しかも日本円で1万円足らず。収録作品は『わが最高の敵』『気ままに生きて』『クオ・ヴァディス、ベイビー?』『Mario's War』『哀しみの日々』『心の中の獣』『Viva Zapatero』
『カイマーノ』『The Land』『マルチェロ・マストロヤンニ 甘い追憶』
『犯罪小説』。全て本編のみ。英語字幕つき。(Palace Films)
『Wicked Women』(1977)
スイス盤(PAL)。ジェス・フランコ監督&リナ・ロメイ主演のエロティック犯罪スリラー。ニューテレシネ、ノーカット完全版。ドイツ語音声、英語字幕付き。(VIP)
●2007.11.20発売『変質犯テリー/殺人コレクターの甘いうずき』Killing Kind(1973)
米国盤。
『Ruby』のカーティス・ハリントン監督が手がけたサイコスリラー。主演は『ディア・ハンター』のジョン・サヴェージ。(Dark Sky Films)
●2007.11.26発売
『影なき淫獣』Torso(1974)
英国盤(PAL)。セルジオ・マルティーノ監督によるジャーロ映画の代表的傑作。びっくりするほどスリージーなジャケット! 日本盤も持ってるけど、これも惹かれる……。アンカット版、予告編つきとのこと。(Shameless)
●2007.11.27発売『Hot Fuzz』3 Disc Collector's Edition(2007)
米国盤。サイモン・ペグ&ニック・フロスト主演、エドガー・ライト監督の『ショーン・オブ・ザ・デッド』トリオによるポリス・アクション・パロディの大傑作。3枚組の豪華版で再登場。で、日本公開はいつ?(Universal)
●2007.12.3発売『Marketa Lazarova』(1967)
英国盤(PAL)。20世紀チェコ映画の最高傑作と謳われる173分の大作。二つの騎士一門が繰り広げる非情な戦いと、死よりも強い愛を描く壮大な叙事詩的ロマン。監督はフランチシェク・ヴラーチル。(Secondrun)
「The Terry Jones Collection」(1998)
英国盤(PAL)。『空飛ぶモンティ・パイソン』でおなじみ、テリー・ジョーンズによるギャグ満載の歴史レッスン。「The Surprising History of Sex & Love」「The Hidden History of Egypt」「The Hidden History of Rome」の3本シリーズ。2枚組。(Seventh Art Productions)
●2007.12.4発売
『The Girl Next Door』(2007)
米国盤。エリシャ・カスバート主演のラブコメではなく、ジャック・ケッチャム原作の例のアレ。あんなものを完全映像化できようはずもないんだけど、奇跡的に傑作になっていたとしてもベコベコに凹みそうで怖い。でも観たい。ケッチャム本人も参加したオーディオコメンタリーなどを収録。(Anchor Bay/Starz)
●2007.12.18発売『ブレードランナー』Blade Runner: Five-Disc Ultimate Collector's Edition(1982)
米国盤。2007年製作の「ファイナル・カット」、劇場公開前にリサーチ試写で使われた「ブレードランナー ワークプリント」、1982年に公開された「劇場公開版」、後にビデオやLDでリリースされた「完全版」、1992年に製作された「ディレクターズカット最終版」を収録した5枚組エディション。特典多数、アタッシュケース入り。(Warner)
『断絶』Two-Lane Blacktop: Criterion Collection (1971)
米国盤。先日、日本でもめでたくリリースされたモンテ・ヘルマン監督の名作が、2枚組のクライテリオン・コレクションとして登場。高画質リマスター本編に加え、2本の新録オーディオコメンタリー、幻のスクリーンテスト映像、ドキュメンタリー、オリジナル脚本などをパッケージしたコレクターズ・アイテム。(Criterion)
『Rob Zombie's Halloween: Unrated』(2007)
米国盤。ロブ・ゾンビ監督による『ハロウィン』リメイク。公開が待ちきれない!(Weinstein Company)
●2007.12.26発売
『Eastern Promises』(2007)
米国盤。デイヴィッド・クローネンバーグ監督の新作。主演はナオミ・ワッツとヴィゴ・モーテンセン。すげー観てー。(Universal)

買っても買ってもキリがないDVD。待ち受ける怒濤のリリース・ラッシュを前に、畏れ慄く今日この頃。だが出ると知っちゃあ黙ってられない! 先にくたばるのはオレかお前か、ひとつ勝負だ!
要するにただ欲しいものを列挙していくだけのコーナーです。各タイトルのリンク先は、Amazon.co.jp。
まず今年11〜12月に発売される国内盤から、リリース済みのものも含めて紹介。12月は「ユニバーサル・セレクション第6弾」あたりがかなりヤバイ……
『カインド・ハート』
が出るとはなあ。マシュー・ブライト監督の『Tiptoes』もいきなり
『タイニー・ラブ』
なんて邦題で出ちゃうし。ジェネオンの日活名作ロマンシリーズもついに堂々のフィナーレ。
●発売中
『影の軍隊』
(1969)
ユニバーサル・セレクション第5弾。言わずと知れたジャン=ピエール・メルヴィル監督の渋すぎる傑作。以前、東北新社から国内版が出ていたが、スタジオ・カナルと提携したユニヴァーサルから、1500円の廉価版で再登場。(ユニヴァーサル)
『白い酋長』
(1951)
同じくユニバーサル・セレクション第5弾。フェデリコ・フェリーニ監督の初期作品。とにかく安い。(ユニヴァーサル)
『ゾディアック』
(2007)
来年1月にアメリカでディレクターズ・カットが出ると知りつつ、買ってしまった。そしてまた観てしまった。全然飽きなかった。傑作。(ワーナー)
『ジミー・ウォング いれずみドラゴン 嵐の血斗』
(1973)
いれずみドラゴンことジミー・ウォング先生が、アヒル飼いの青年サミュエル・ホイをしたがえて、山賊集団に戦いを挑む! 監督は『ドラゴン怒りの鉄拳』のロー・ウェイ。(キングレコード)
『ジミー・ウォング 冷面虎 復讐のドラゴン』
(1973)
ジミー先生が京都を舞台に大暴れ! ヒロインを演じるのは『サインはV』の岡田可愛。ヤクザに襲われていた女を助けたジミー先生は、その腕っぷしを気に入られてヤクザの若頭になるが……。元々はブルース・リーの主演作として企画されていたんだとか。(キングレコード)
『ツイン・ピークス劇場版 ローラ・パーマー最期の7日間』
(1992)
イマイチ評価の低い劇場版が廉価で再リリース。しなくてもいい辻褄合わせは確かに退屈だけど、映画としては異様なムードと迫力に満ちていて素晴らしい。特にサウンドデザインが絶品。シティボーイズがライブでこの映画のギャグをパクっていた。(パラマウント)
『レミーのおいしいレストラン』
(2007)
ネズミ映画ファン必見! クライマックスはヘルツォークの『ノスフェラトゥ』もびっくり! 冗談ではなく、あの展開でまんまと感動へと持っていってしまうブラッド・バードの映画力に打ちのめされた。(ウォルト・ディズニー)
●2007.11.22発売
『ショート・カッツ』
(1994)
『ザ・プレイヤー』で一線に返り咲いたロバート・アルトマン監督が、おなじみの群像劇スタイルでL.A.を描いた力作。クライマックスでブチキレるクリス・ペンに哀悼を捧げたい。国内初DVD化。(パラマウント)
『ザ・プレイヤー』
(1992)
マイケル・トルキンの小説をロバート・アルトマン監督が軽いタッチで映画化したハリウッド内幕スリラー。ヴィンセント・ドノフリオもティム・ロビンスとの体格差には勝てなかった。(パラマウント)
『「粘土のお面」より かあちゃん』
(1961)
中川信夫監督によるホームドラマの名作。伊藤雄之助扮する貧乏でお人好しのブリキ職人が、正月を迎える金を工面するためにお得意先へと出かけるが……。(紀伊國屋書店)
『スカーレット・ストリート』
(1941)
フリッツ・ラング監督の悪夢的フィルムノワールが初DVD化。主演は『サスペリア』の校長先生、ジョーン・ベネット。(紀伊國屋書店)
『ビッグ・コンボ』
(1955)
『拳銃魔』のジョゼフ・H・リュイス監督によるフィルムノワール。以前はボックスのみの発売だったが今回ようやく単品で発売。(紀伊國屋書店)
『自由の代償』
(1975)
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが監督・主演を務めた絶望的ドラマ。これもボックスからの単品化。いくら話がドロドロしてもサラッと乾いてるのがいいですね、ファスビンダーは。(紀伊國屋書店)
●2007.11.23発売
『斬る』
(1968)
岡本喜八監督の最高傑作。メタクソ面白い。仲代達矢、高橋悦史、岸田森がひたすら素晴らしく、佐藤勝のスコアも死ぬほどかっこいい、とにかくすべてが完璧な映画。山本周五郎の映像化作品の中でも最高の出来。ラストの番傘は『椿三十郎』映画化によって失われた堀川弘通版「日日平安」へのレクイエム?(東宝)
『侍』
(1965)
井伊大老暗殺事件をアイロニカルなドラマとして描いた岡本喜八監督の佳作。小林桂樹がいい。(東宝)
『大菩薩峠』
(1966)
海外でも人気の高い岡本喜八版『大菩薩峠』。確かにこの映画の仲代達矢はファッキン・テリブル。(東宝)
●2007.11.28発売『浪人街 RONINGAI』
(1990)
黒木和雄監督版。傑作ではないけど、浪人たちの貧乏長屋暮らしがATGっぽくて好き。「鳥クセエ」とか「結構重いじゃねェか」とか細かいギャグも黒木和雄作品にしては珍しいし、ラストの殺陣もかっこいい。伊佐山ひろ子がまたいいんだよなぁ。(松竹)
『ロングストリート』DVD-BOX
(1971〜1972)
ジェームズ・フランシスカス演じる盲目探偵の活躍を描いたTVドラマシリーズ。主人公を助け、護身術を授ける拳法家を、ブレイク前のブルース・リーが演じる(24話中、4エピソードに出演)。世界初DVD化だとか。(マクザム)
●2007.12.5発売『ジミー・ウォング 大剣客 無敵の七剣』
(1971)
無実の罪を着せられ処刑されることになった名将・岳飛を救うため、憂国の義士たちが立ち上がる。ジミー先生が腕利きの剣士を演じた武侠アクション。(キングレコード)
『ジミー・ウォング セブン・ウォリアーズ 戦神灘』
(1973)
倭寇に襲われる村を助けるために立ち上がった7人の男たちの活躍を描く、娯楽時代劇アクション。お話的にはキン・フー監督の『忠烈図』も思い出す。ジミー先生は監督も兼任。(キングレコード)
『ジミー・ウォング シーマンズNo.7 波止場のドラゴン』
(1973)
ジミー先生がマドロスを演じる(似合いすぎ!)カンフーアクション。これも監督はロー・ウェイ。喧嘩の最中に誤って人を殺した船員が、逃げ込んだ先で殺人を目撃してしまう。(キングレコード)
●2007.12.6発売スタンリー・キューブリック コレクション
『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『フルメタル・ジャケット』『シャイニング』『アイズ・ワイド・シャット』5作品を収録。各2枚組のスペシャル・エディション、全作品リマスター仕様。(ワーナー)
●2007.12.7発売『ぼくの最後の恋人』
(2006)
傑作『ワンナイト・イン・モンコック』のイー・トンシン監督&ダニエル・ウー主演のラブコメ。(ジェネオン)
『非行少女ヨーコ』
(1966)
実話をもとに家出娘の放蕩を描いた、降旗康男監督のデビュー作。主演は緑魔子。(東映)
●2007.12.13発売
『カインド・ハート』
(1949)
ユニバーサル・セレクション第6弾。イーリング・コメディの最高傑作と名高いブラックコメディが、ついに日本初登場。大富豪の放蕩息子が遺産を独り占めするため、継承権のある一族を次々と亡き者にしていく。名優アレック・ギネスが1人8役に扮し、
『Pulp』のデニス・プライスが血も涙もない主人公を怪演。(ユニバーサル)
『乱闘街』
(1947)
ユニバーサル・セレクション第6弾。英国イーリング・スタジオの代表作の1本。ロンドンの下町っ子たちがギャング相手に繰り広げる冒険活劇。監督は『ワンダとダイヤと優しい奴ら』のチャールズ・クライトン。(ユニバーサル)
『アルフィー・ダーリング』
(1975)
ユニバーサル・セレクション第6弾。マイケル・ケイン主演のヒット作『アルフィー』の続編として作られた珍品が、まさかの国内初ソフト化。主人公アルフィーに扮するのは、なんと『オー!ラッキーマン』のアラン・プライス。全然イメージ違うじゃん!(ユニバーサル)
『ヘブンズ・アバーブ』
(1963)
ユニバーサル・セレクション第6弾。
『密室の恐怖実験』のボウルティング兄弟が手がけたドタバタ・コメディ。主演はピーター・セラーズ。(ユニバーサル)
●2007.12.14発売『ブレードランナー』製作25周年記念 アルティメット・コレクターズ・エディション
(1982)
2007年製作の「ファイナル・カット」、劇場公開前にリサーチ試写で使われた「ワークプリント」、1982年に公開された「劇場公開版」、後にビデオやLDでリリースされた「完全版」、1992年に製作された「ディレクターズカット最終版」を収録した5枚組エディション。目玉はやっぱ「ワークプリント」だろうなあ。特典は多すぎてよくわかんない。(ワーナー)
●2007.12.19発売『主人公は僕だった』コレクターズ・エディション
(2006)
すっごくよくできた映画。演出はともかく、ザック・ヘルムの書いた脚本の出来がいい。ウィル・フェレルが苦手な人でも大丈夫だと思う。マギー・ギレンホールはやっぱりいい。(ソニー・ピクチャーズ)
『セリーヌとジュリーは舟でゆく』
(1974)
パリを舞台に2人のヒロインの冒険を描く、ジャック・リヴェット監督の代表作。ボックスからの単品化。(コロムビアミュージックエンタテインメント)
『北の橋』
(1981)
『セリーヌとジュリー〜』に続く、ジャック・リヴェット監督と女優ビュル・オジエのコラボレート作品。これもボックスからの単品化。(コロムビアミュージックエンタテインメント)
『彼女たちの舞台』
(1988)
ジャック・リヴェットが相変わらずの長尺で、芝居のリハーサルを続ける女性たちの姿を描く。演劇教師を演じるのはビュル・オジエ。ブレイク前のイレーヌ・ジャコブも出演。これもボックスからの単品化。(コロムビアミュージックエンタテインメント)
●2007.12.21発売
『堕靡泥の星 美少女狩り』
(1979)
鈴木則文監督が手がけたロマンポルノ大作。悪に魅入られた主人公の魂の彷徨が胸を打つ傑作。どんなに極悪非道な描写を重ねても、作り手(監督)の人間性がブレないのはさすが。かなざわ映画祭でファンの募金によるニュープリント復活も成し遂げた。(ジェネオン)
『性談牡丹燈籠』
(1972)
曽根中生監督によるロマンポルノ版「牡丹燈籠」。主演は小川節子と谷本一。小品ながら胸に沁みる秀作。あのスローモーションはちょっと忘れられない。正直もっと早く出してほしかった。(ジェネオン)
『戦国ロック 疾風の女たち』
(1972)
長谷部安春監督のロマンポルノ初参戦作。戦国時代に生きる女ばかりの野盗集団「疾風組」の活躍を描いたアクションポルノ。(ジェネオン)
『ラブ・ハンター 恋の狩人』
(1972)
日活ロマンポルノ史に燦然と輝く、警視庁摘発作品! エロに対して前のめりなカメラワークに才気が迸る、山口清一郎監督の代表作。脚本のこうやまきよみは、山口監督と神代辰巳の共同ペンネーム。(ジェネオン)
『新宿乱れ街 いくまで待って!』
(1977)
待望の初ソフト化を果たす傑作ロマンポルノ。曽根中生監督×荒井晴彦脚本コンビが描く、新宿ゴールデン街青春絵巻。(ジェネオン)
『真夜中の妖精』
(1973)
傑作『牝猫たちの夜』と同じく、田中登監督が70年代新宿を背景に描く青春ロマンポルノ。主演は山科ゆりと風間杜夫。(ジェネオン)
『赤塚不二夫のギャグポルノ 気分を出してもう一度』
(1979)
こんなものまでソフト化されるとは……赤塚不二夫が原作・出演、山本晋也が監督、柄本明やたこ八郎が出演したロマンポルノの変わり種。(ジェネオン)
『タイニー・ラブ』
(2004)
なんと、マシュー・ブライト監督の
『Tiptoes』が今頃リリース。ゲイリー・オールドマンが小人を演じる秀作ドラマ。共演はマシュー・マコナヘイ、ケイト・ベッキンセール、パトリシア・アークェット。(ジェネオン)
『追悼のざわめき』デジタルリマスター版 スペシャル・エディション
(1988)
松井良彦監督の伝説的カルトムービー。この映画こそ、まさか本当にソフト化されるとは思わなかった。3枚組のスペシャル・エディション。(エースデュースエンタテインメント)
『ルネッサンス』
(2005)
白黒ハイコントラストの映像がクールなフルデジタルアニメの快作。整合性やリアリズムにとらわれない無茶なライティングが快感。なかなかデジタルの人にはできないんですよ、こういう発想は。フランス映画なのでストーリーは大したことないけど、映像と音響は素晴らしい。(ハピネット)
『死霊のえじき 完全版』
(1985)
ジョージ・A・ロメロ監督のリビングデッド三部作が廉価で登場。『ゾンビ』は米アンカーベイの観音開きBOX持ってるからいいけど、『死霊のえじき』はLDしかないので、この機会に欲しいかも。(ハピネット)
●2007.12.22発売
『歩道の終わる所』
(1950)
『ローラ殺人事件』のオットー・プレミンジャーが監督を手がけた日本未公開の傑作フィルム・ノワール。主演はダナ・アンドリュースとジーン・ティアニー。(紀伊國屋書店)
ルイス・ブニュエルDVD-BOX4
ブニュエルがメキシコ時代に手がけた『スサーナ』『昇天峠』『アルチバルド・デラクルスの犯罪的人生』の3本を収録。(紀伊國屋書店)
『マリア・ブラウンの結婚』
(1979)
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督による、説明不要の傑作。ボックスから単品化した、デジタルリマスター版。(紀伊國屋書店)
●2007.12.25発売『七月のクリスマス』
(1940)
ハン・ソッキュ主演の韓国映画ではなくて、コメディの名匠プレストン・スタージェス監督の1940年作品。主演は後に『眼下の敵』などの監督も手がけるディック・パウエル。(ジュネス企画)
『地獄の英雄』
(1951)
ビリー・ワイルダー監督の痛烈なドラマ。落盤事故をセンセーショナルに演出して特ダネ記事をものにしようとする新聞記者を、カーク・ダグラスが熱演。(ジュネス企画)
『鬼軍曹ザック』
(1951)
サミュエル・フラー監督の代表作の1本。朝鮮戦争を背景に、戦場をさまよう一人の兵士の姿を追っていく。(ジュネス企画)
……次回は海外編です。(つづく)
『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙
《ディレクターズ・カット》』原題:Manhunter(1986)

こないだ、米アンカーベイ社からリリースされていた2枚組DVD(現在は廃盤)を中古で買った。劇場公開版とディレクターズ・カット版の2バージョンが入っていて、前者はTHX高画質リマスターによる121分バージョン、後者はビデオから落としたような画質だが124分の最長バージョン。多分、ファーストカット素材ということだろう(後に高画質盤もリリースされた)。実はどちらも、日本で現在DVDリリースされている
普及版(119分)とは中身が違う。
まず3バージョン全てで異なっているのはオープニング。メインスタッフタイトルの出方、文字色、編集がそれぞれ異なっている。ディレクターズ・カット版では、グレアムとクロフォードの会話シーンはカット割りが変わっており、若干短い(スタッフタイトルが会話する画の上に被るかたち)。
▼ディレクターズ・カットのオープニング

以下は、普及版にはなくて、ディレクターズ・カット版にはある主なシーン、または差異。
・アトランタ市警による捜査会議のシークェンスがやや長い。捜査員たちが会議室に入ってくるショットから始まり、彼らの前でグレアムが犯人像について語るシーンもある。
・レクターに会いに行く前夜、グレアムと妻モリーが電話で話すシーン。
・グレアムがレクターとの面会前、チルトン博士と話す場面。
・レクターとグレアムの最初の会話シーンが長い。
・グレアムがバーミンガムにある被害者宅を訪ねるシーンで、管理人が鍵を開けて家の中に通される部分が足されている。
・タブロイド記者ラウンズの取材を受けた後、グレアムとクロフォードが会話するシーンが長い(モリーがワシントンに来ることを伝える)。
・モリーがグレアムの泊まるホテルの部屋を訪ね、愛を交した後、窓際で話すシーン。グレアムがレクター逮捕の際に負った傷も映し出される。
・リーバの自宅で、ダラハイドが「フランシスはもういない」と言って彼女に迫るシーンのカット尻を、コマ落としで劇的に引き延ばしている。
・救出されたリーバとグレアムの会話がない。
・ダラハイドの魔手から救われた一家を、傷だらけのグレアムが訪ね、感謝される場面がある。
アンカーベイ盤に入っていた「劇場公開版」も、普及版とは中身が異なる。何しろ画質がまるで違う。発色も明るさもシャープネスも、段違いでアンカーベイ盤の方がいい。以下は普及版との差異。
・オープニングタイトルは作品のキーカラーである緑色の文字で統一。黒バックで、監督クレジットまで全て出終わってから、海辺のシーンにフェイド・イン。
・バーミンガムの被害者宅を管理人に案内される場面が残っている。
・ワシントンのホテルで束の間グレアムとモリーが二人きりの時間を過ごす場面が残っている(クロフォードの説明はカット)。
上記のシーンのうちのいくつかは、松竹から出ていた旧版ビデオにはあったような気がする。音楽の入るタイミングや、細かい編集の違いはまだいろいろあるだろう。特にヨーロッパ資本の映画には様々なバージョンが存在するものだけど、『Manhunter』も調べ出すとかなりややこしいことになりそうだ。
▼全てのバージョンから削除されたダラハイドの「赤き龍」の刺青

・Amazon.co.jp
DVD『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙』
本『レッド・ドラゴン 決定版〈上〉』
本『レッド・ドラゴン 決定版〈下〉』
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『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙』原題:Manhunter(1986)

トマス・ハリスの小説『レッド・ドラゴン』の最初の映画化。製作は
『フラッシュ・ゴードン』や『デューン/砂の惑星』の大物プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティス。監督・脚本を務めたマイケル・マンは、ボリュームのある原作をうまくまとめつつ、自身の趣味を全編に行き渡らせた見応えある力作に仕上げた。ラウレンティスがイタリアから呼び寄せた撮影監督、ダンテ・スピノッティがもたらしたスタイリッシュな色遣いも大きな効果を上げている。
監督のこだわりは、ロケーションや美術、衣装や小道具など、画面に映り込む全ての要素に注がれた。モノトーンだがゴージャスなスタイル主義は、すでに本作でとことん貫かれている。硬質で渋く、ラグジュアリーな「男の美学」。服にも家にも車にも、腕時計にもオフィスの内装にも、自分の趣味を貫くためならいくら金を使っても構わない。貧乏くささは徹底的に排除する。そんなモテオヤジ的感覚が臆面もなく炸裂しているのがマン作品の特徴だ。だから「マイケル・マンが描く男の美学っていいよね〜」とは、ちょっと個人的に恥ずかしくて言えない。金持ちのおっさんに憧れてるみたいで。映画版『マイアミ・バイス』(2006)でも、そうした80年代マネー感覚が濃密に(やや時代錯誤的に)漂っていて、もはや眩暈すら覚えるほどだった。が、どんどん感性が貧乏くさくなっていく映画界において、そんな風情を醸し出せる監督はもういないと思うので、あまりリアル主義に傾倒していってほしくないな、とは思う。
同じくマン独特のファンタジーの中に、過剰なロマンティシズムというのもある。本作も例外ではない(特にこの時期は念願の企画『ヒート』実現のためにマンのテンションも上がりまくっていた頃だ)。異常殺人犯“トゥース・フェアリー”を追う元FBI捜査官ウィル・グレアムの手に汗握る推理劇も、マイケル・マンの手にかかれば、いつしか男の尊厳をかけた熱い闘いになっていく。原作にもそうした要素はなくはないが、この映画では間違いなく増幅されている。この強固な脚色のオリジナリティに触れてしまうと、リメイク版『レッド・ドラゴン』がいかに面白みのない凡作だったか、思い知ろうにも思い出せない。
そして、プロフェッショナルたちのチームワークをかっこよく描かせたら、マイケル・マンの右に出る者はいない。『ヒート』しかり、『マイアミ・バイス』しかり。犯罪者だろうと司法側だろうと、マンが描くチームへのリスペクトはひたすら熱い。『レッド・ドラゴン』でも観ていていちばん燃えるのは、ダラハイドがレクター博士に宛てて書いた手紙を、FBIの鑑識スタッフが数時間というリミットの中で解析するシークェンスだ。ちなみにここで鑑識員の一人を演じているのは、後にコメディ俳優として『メリーに首ったけ』(1999)などの作品で活躍するクリス・エリオット。
また、80年代のマイケル・マンは、ちょっと変わったカッティングやカメラワークにも意欲的で、細かくコマ抜きしたり、撮影スピードを変えたりといった技巧を随所に施している。その最たるものが、クライマックスのダラハイド邸における銃撃戦だろう。撮影監督スピノッティによれば、ほとんどのカットで異なるスピード調整がなされているという。他にも『ザ・キープ』(1983)で使ったような超現実的な視覚効果も、要所要所で観ることができる。今のマン作品にはない要素なので、なかなか貴重だ。
キャスティングも今にして思えばかなり豪華で、中でもダラハイド役のトム・ヌーナンが強烈なインパクトを与える。彼が全身に彫った“赤き龍”の刺青を誇示するシーンが切られてしまったのはいかにも惜しい(
ディレクターズ・カット版でも同様)。本作では
『ゾディアック』(2007)のブライアン・コックスがレクター博士を演じているが、アンソニー・ホプキンズの異常性や知的なムードとは違い、飄々とした不良性が漂っていて個人的には好きだ。

とはいえ、『羊たちの沈黙』(1991)のヒットがなければ、明らかに忘れられ、埋もれていた作品だろう。マイケル・マン監督の初期代表作として認知されるのも、当分先のことだったはず。当時は『レッド・ドラゴン』という原作どおりのタイトルにすれば間違いなくカンフー映画だと思われる時代だったため、『Manhunter』などという余計にチープなタイトルを付けられるという不幸もあり、興行・批評の両面で失敗。日本では『刑事グラハム/凍りついた欲望』という新宿ローヤルがよく似合う題名にされたため、ほとんど誰も観なかった(新しい邦題の『レクター博士の沈黙』もサイテーだと思うが)。しかし当時の惹句はかなり正鵠を射ていて素晴らしい。

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本『レッド・ドラゴン 決定版〈上〉』
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前作
『ブラザー・ハート』(2003)から4年、もうマイク・ホッジス監督の新作は観られないのかな……と思っていましたが、なにげに企画進行中であることが分かりました。
待望の新作タイトルは、トーマス・マン原作の『マリオと魔術師/Mario and The Magician』。脚本は、赤狩りでハリウッドを追われた過去を持つ反骨の映画作家、エイブラハム・ポロンスキーの遺稿。主人公マリオ役には、『ブラザー・ハート』に出演したジョナサン・リス・マイヤーズを予定。(クライヴ・オーウェンはエージェントの締め付けがキツいのか、ハリウッド製の大作・話題作ばかり出ていて、小規模のイギリス映画に出る余裕はなさそうです)
製作はマイク・カプラン。北米での映画配給・マーケティングの仕事に長年たずさわる彼は、
『ルール・オブ・デス/カジノの死角』(1998)のアメリカ公開を成功させ、『ブラザー・ハート』ではプロデューサーを務めた人物です。その他、リンゼイ・アンダーソン監督の『八月の鯨』(1989)、ロバート・アルトマン監督の『ショート・カッツ』(1994)の製作も手掛けています。
▼左からエイブラハム・ポロンスキー、マイク・カプラン、マイク・ホッジス。『ルール・オブ・デス/カジノの死角』の米国プレミア上映にて

『マリオと魔術師』は、イタリアの保養地トレを訪れた魔術師チポラが興行を打ち、異様なショーを繰り広げたあげく凄惨な結末を迎えるという物語。観客の心を巧みに操る魔術師の悪魔的な姿を描いたこの小説は、「ファシズムの心理学」とも評されています。邦訳もあり。ちなみにチポラといえば、マイク・ホッジス監督の最高傑作
『Pulp』(1972)に登場したファシスト政党のリーダーの名前でもあります。1994年にはドイツで映画化。監督は『メフィスト』(1981)などで知られる俳優のクラウス・マリア・ブランダウアーで、ジュリアン・サンズも出演しています。
以上の情報は、マイク・カプランが監督したリンゼイ・アンダーソンのドキュメンタリー『Never Apologize』(2007)の
公式サイトに載っていました。こちらの映画もかなり面白そう。アンダーソン作品の看板俳優だったマルコム・マクダウェルが、当時の思い出を舞台上でスタンダップコメディ風に語る場面が楽しそうです(
一部は公式サイトで見れます)。
マイク・ホッジス版『マリオと魔術師』、なんとか実現してほしいですね。がんばれ75歳!
・Amazon.co.jp
本『マリオと魔術師』
DVD『ブラザー・ハート』
『ブレイブ・ワン』原題:The Brave One(2007)

金のかかった『天使の復讐』(1982)。この映画でも、いつジョディ・フォスターが『イノセント・ボーイズ』(2002)以来の尼僧姿を披露してくれるのかと思ったけど、コスプレひとつしてくれなかった。ケチ。
真面目な社会派ドラマをつかまえて何を言ってるのかと思われるかもしれないが、これは単なるギャグ映画である。ただしひどく悪質で、無責任な。
『プルートで朝食を』(2005)で、主人公キトゥンが香水だけで悪者たちを次々となぎ倒していくという幻想シーンで、見事に反暴力を訴え、号泣させてくれたニール・ジョーダン監督の映画だとは、俄かに信じがたい。『ブレイブ・ワン(勇敢なる者)』というタイトルも皮肉まじりのギャグだ。
ジョディ・フォスター演じるヒロインは、深い傷とただならぬ決意をもって必殺処刑人の道を歩み始めるのだが、その後は特に「人を殺すこと」の重荷に直面したりしないし、憎しみと暴力の連鎖にも絡めとられたりしない。彼女自身の行為が悪循環を生んだりせず、ただその場その場のスリルとサスペンスだけで済んでしまう。なんとも作家的良心の感じられない展開が続き、どーすんのかなーと思っていると、最後の最後にものすごいギャグが控えている。
もうあんまりな内容なんでネタバレとか関係なく書いてしまうが、暴行犯に復讐を遂げようとするヒロインに対し、居合わせた刑事がそれを止めるかと思いきや、「殺るなら警察の銃にしろ」とか言って自分の銃を渡してしまうのである。観客全員が心のなかで「ちょっとオッサン!」と突っ込んでいたはずだ。「オッ、粋だね」とはあんまり思わない。

まあ、その刹那にこの悩める刑事もヒロイン同様、ボーダーを越えてしまったというのは分かる。つまり『ブッチャー・ボーイ』(1998)なんだ、と。殺るっきゃナイト! それが僕らの合言葉なんだ、と。それ以前にこのストーリーラインで思い出すべきは、当然ジョーダンの監督デビュー作『殺人天使』(1982)なわけだが、『ブレイブ・ワン』ではそれらの作品にあった幻惑性も客観性も、全て弛緩したかたちで存在している。職人的な巧さでまとめてはいるが、良心はない。この怠け方は何かというと、やっぱり単純にアメリカ映画だからではないかと思った。あんまし興味ないよな、外国の社会がどうなろうが。
とはいえラストには、復讐を遂げたヒロインが入り組んだ路地を右往左往する俯瞰ショットを挿入し、彼女がとうとう出口のない迷路に囚われてしまったことを鮮やかに示したりもする。まあでも、それくらい。確かにこんな題材ではトンチンカンな映画にせざるを得なかったのも、なんとなく分かる。明らかに脚本がロクにできてないんじゃないかと思えるシーンもいくつかあるし、『狼よさらば』と『タクシードライバー』からパチった場面でなんとかしのいでいる感もバリバリ。主演のジョディ・フォスターは製作総指揮も兼ねてるから世話ねえや、って感じだけど、主題歌に使われたサラ・マクラクランとか、こんな映画に参加しちゃったことを一体どう思ってるんだろう?
原作・脚本はロデリック・テイラー。誰かと思ったら、マイク・ホッジス監督のフィルモグラフィの中でもいちばんつまらない
『フロリダ・ストレイツ/脱出海峡』(1986)の脚本を書いた奴だった。バカ!
もちろん、エイベル・フェラーラの『天使の復讐』の方がずっといい。ヒロインが誰の助けにもすがれないまま、はけ口もないまま、ひたすら弧高に狂っていくからだ。共感もないし、止めてくれる人間もいない。だからこそ真の意味で、彼女は自立する。この映画も、ポール・ヴァーホーヴェンとかデイヴィッド・クローネンバーグが撮れば、少しは誠実な映画になったかもしれない。
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