Simply Dead

映画の感想文。

『LOFT』(2005)

『LOFT』(2005)

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 去年の公開時には見逃したので、先日行われた新文芸坐の黒沢清オールナイトでやっと観た。これまた『叫』(2006)と同様、面白かった! 前から「よく分からない」とか「デタラメ」という評判を聞いてはいたが、みんな誉め言葉だったのか……と思うほど、退屈するところのない映画だった。

 嬉しくなるのは、黒沢監督が久々に怪奇映画の実践に敢然と挑んでいること。人里離れた森の中にある建物、歩く死体、忌まわしい何かが沈んだ湖……これを現代の日本で、自家薬籠中のホラー演出を駆使しながら、大胆に蘇らせようとした野心作なのだ。流行のJホラー的な部分と怪奇映画趣味、さらに監督がこだわる新基軸=破綻スレスレのスリラー構築が盛り込まれ、結果的に積載量オーバー気味の作品に仕上がっている。だから筋運びや人物描写がデタラメになるのも致し方ない、というか、そこが面白い。映画学校の先生風に言うと「まとまりがなく、とらえどころがない」映画だが、つまらなさとは真逆だ。

 あらゆるものを詰め込んだ本作では、黒沢清の恐怖演出も存分に楽しめる。違う言い方をすれば、こんだけメチャクチャやってるのにきっちり怖い。ヒロインが配電盤のカバーを開けて、廊下の奥への視界を遮る(閉じたときに見えるものは?)というベーシックなスリラー演出もちゃんとやっている。だが、そこでは何も起こさない。安直なサプライズ演出には行かず、主人公が「何か起こる」と思ったときに、やっぱり幽霊はそこにいる……こういう描写で“怖さ”を成立させてしまうのは凄いと思う。幽霊を演じる安達祐実のビザールな存在感の貢献度も大きい。ラストの汚しは本当に見事で、怖かった。

 そしてもうひとりの主役であるミイラだが、これがついに立ち上がり、迫り来る場面では『墓地裏の家』(1981)のクライマックスを思い出した。目も口も塞がれた死者の造形も少し似ている。

 今回も、ここ最近の黒沢作品で顕著な「人違い」という大胆なギミックが、複雑怪奇な物語に組み込まれている。これをミステリではなくホラーでやるのが凄いところで、しかも状況的にはちょっと可笑しい。『ドッペルゲンガー』(2002)でヒロインに想いを告白する役所広司が“悪い方”だったと分かるシーンの可笑しさを思い出してもらえれば分かる。それでいて『LOFT』も『叫』も、そいつが“違う誰か”だったと分かる瞬間は、ゾクゾクするほどスリリングなのだ。怖いと楽しいの入り混じる瞬間、というか。

 度肝を抜くのは恐怖シーンだけとは限らず、登場人物の言動もまた想像を越え、目が離せない。みんな言ってることはメチャクチャだが、笑ってしまうと同時に感動的でもある。とりわけ、一部で物議を醸した「ミイラに説教する」というシーンの台詞などは、もちろん怠惰な我々観客へのストレートなメッセージである。この豊川悦司の言葉に刺し貫かれない者などいないだろう。最も凄いのは西島秀俊が演じる編集者のキャラクターだ。彼は完全にどうかしている。

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 本作は恋愛映画でもあるわけで、しかも中谷美紀と豊川悦司が出会った瞬間から「恋という名の共犯関係」を結ぶところが、黒沢監督らしいアクション派の恋愛解釈で楽しい。アキ・カウリスマキ監督の『パラダイスの夕暮れ』(1986)の素晴らしくカッコイイ男女のやりとり……「(俺と結婚したら)毎日イモだ」「いいわ」……を思い出す、ユーモラスな清々しさがある。説得力の有無など関係ないのだ、そこで起こっているのは恋なのだから、という強引さ。西部劇で好敵手同士がいつの間にか友情関係を結ぶのを描くような、きわどいねじ伏せ方が快い。キャスティングも絶妙だ。真顔で何を考えているか計り知れない2人だからこそ、通じ合う何かがあるのだと思える。特に中谷美紀は『嫌われ松子の一生』(2006)なんかよりずっと魅力的なコメディエンヌぶりを発揮している。フランス語では普通に「女優」という意味なので、そちらでとらえても構わない。豊川悦司もまた、真剣になればなるほど奇妙な可笑しさを醸し出す演技を見せていて素晴らしい。「アーッ」という叫びも最高だ(2回あって2回とも笑わせてくれる!)。

[以下、ちょっとネタバレ]

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『石の微笑』(2004)

『石の微笑』
原題:La Demoiselle d'honneur(2004)

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 静かに鳴り響き続ける悪意のトーン。それがクロード・シャブロル監督の作品に抱く個人的なイメージですが、久々に劇場公開される新作『石の微笑』も、まさにそんな音色に貫かれた映画でした。原題は原作タイトル「The Bridesmaid(花嫁付添人)」の仏訳。

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〈おはなし〉
 とある閑静な住宅地。ハンサムな青年フィリップ(ブノワ・マジメル)は地元で堅実な職に就き、美容師の母親や妹たちと同居している。そんな彼に人生の転機が訪れた……妹の結婚式に付添人として現れたセンタ(ローラ・スメ)と出会ったのだ。二人は瞬く間に恋に落ち、情熱的な愛を交わす。

 付き合い始めてからしばらくして、センタは二人の愛の証として「殺人」を提案する。彼女の少々エキセントリックな言動を愉しんでいたフィリップは、ちょっとした嘘をついてセンタを歓ばせようとするが……。
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 監督は今回もまた随所にコミカルな悪意を忍ばせ、小気味よくシーンを畳み掛けながら、観客を犯罪心理の現場へと巧みに導いていきます。ルース・レンデルの小説をもとにしたプロットも無駄なく出来ていますが、それよりはシャブロル独特のこなれた語り口を楽しむべき。キレのいいカメラワークと編集、そして美しく不穏な音楽に乗せられつつ、終始ニヤニヤ笑いが止まない逸品です。意地の悪い人でなくとも楽しめる笑いも用意されているので、ご安心を。

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 今回の作品で特に強烈なインパクトをもたらすのが、ヒロイン・センタを演じるローラ・スメ。初登場シーンからとんでもなくヤバイ感じを発散させていて、思わず悲鳴を上げたくなります(嬉しさのあまり)。「この女と関わってはいけない」と即座に思わせつつ、決して目を反らすことのできない女の妖気が、そのワンシーンで強烈に描かれています。実際、映画が進行するにつれて、最初は野暮ったい印象の彼女がだんだんと美しくなっていくのです。この辺の撮り方の巧さはさすが。彼女の存在感のおかげで、シャブロル絶頂期の諸作群『女鹿』『肉屋』などに漂っていた、濃密なムードが甦ったように感じました。

 危険な愛にのめり込んでいく主人公ブノワ・マジメルの演技も絶妙。感情が表に出ない、ちょっぴり不審な佇まいは程良くユーモラスで、シャブロル演出への深い理解を示しています。息子に依存気味な母親を演じるオーロール・クレマンの好演も印象的。また、『野獣死すべし』や『Nada』などに主演したシャブロル作品の常連俳優ミシェル・デュショーソワが、気のいい浮浪者という役で久々に顔を見せています。

 ちなみにローラ・スメは、女優ナタリー・バイの娘(父親は歌手のジョニー・アリディ)。ブノワ・マジメルはシャブロル監督と組んだ前作『悪の華』(2003)でナタリー・バイの息子役を演じていたので、シャブロル作品で立て続けに母娘と共演したことになります。そんな関係を思い出せば、劇中にたびたび映し出される濃厚なラブシーンも、よりビザールに見えてくるかも……。

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『Gガール 破壊的な彼女』(2006)

『Gガール 破壊的な彼女』
原題:My Super Ex-Girlfriend(2006)

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 まず心の財布は空っぽにしてから観た方がいい。そうすれば観終わった後、嵐にかき回された胸の底に、幾ばくかの小銭は残されているかもしれない。簡単に言うと「面白いところもあるけれど微妙」なコメディだった。

 嫉妬深くてタチの悪い元カノがもしスーパーガールだったら? という設定だけでもいいアイディアだと思うが、それをほとんどセックス中心の笑いに絞ったのが本作の新味。それはいいのだけど、なら艶笑喜劇としてもっとやりようがあったのでは……実際の映画は、呆気にとられるほど何もかもあけすけで、含みもないし洒落た感じもない。何より台詞がアンマリ酷すぎる。ダグ・リーマン監督の『Mr.&Mrs.スミス』(2005)もそうだったが、直截すぎて逆に不感症っぽいのだ。ビリー・ワイルダーが草場の陰で泣いている、とか分かった風な口もたたきたくなる。

 監督はアイヴァン・ライトマン。コメディ映画のベテランらしい冴えた演出も随所に見せてくれるが、的外れなところも少なくない。「やっぱりカナダ人に喜劇は作れないのか」とか「そもそも80年代にハリウッド喜劇を堕落させたのはこの人では?」とか、いろいろ不安に駆られてしまうが、それでもテンポのいい語り口に持ち前の才能を発揮することもあって、一概に否定できないところがまた微妙。少なくともドナルド・ペトリー監督の『ラッキー・ガール』(2006)に覚えた唾棄すべき嫌悪感に比べたらずっとマシなのだけど。

 ここで大きな効力を発揮しているのが、主人公ルーク・ウィルソンの間抜け面である。才人オーウェン・ウィルソンを実兄とするウィルソン3兄弟の末っ子であり、数々の映画で人気女優の噛ませ犬を努めてきた彼の“顔力”が、本作ではフルに活かされている。観ているうちにヒロインよりも彼の顔を見る楽しみにシフトしていったくらいだ。

 そう、意外にもこの映画はヒロインが魅力的でない。とにかくユマ・サーマンが怖い。怒れるスーパーガール役なんて非日常的な美女サーマンにはぴったりだし、現に前作の『プロデューサーズ』(2005)では若干不似合いなセクシー美女も強引に演じてみせた。しかし、すでにのっけから情緒不安定な狂女である「Gガール」のキャラクターに、甘い魅力を持たせるほどのスキルはなかった。エロくもないし、可愛くもない。強いて言えば「強そう」だが、それよりはやっぱり「怖い」。まあその開き直り方は素晴らしいと思うのだけど、イロモノ路線を突き進むにはチト早い気が……。

 対する真のヒロイン、アンナ・ファリスはやっぱり可愛かった。傑作『ホット・チック』(2002)からずっとファンで、本作のキャスティングも「あー分かってるなぁ」という感じ。悪役エディ・イザードも相変わらず芸達者なところを見せてくれる。

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 期待外れの凡作と一蹴するには惜しい映画ではある。ドン・ペインのシナリオは着想のよさを棒に振っているが、ひねた観客に易々と「俺ならこうするぜ!」とも思わせない一方的な勢いがある。いろんな部分で際どい作品だが、いちばんギリギリなのはエンドタイトルのアニメ。ちょっと本気でヤバイ感じが漂っていて、軽い戦慄が背筋を走った。ちなみに手がけたのは『ハルク』『運命の女』『親切なクムジャさん』などのオープニングタイトルを作ったyu+co.……大丈夫か?

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『ジョジョの奇妙な冒険 ファントム ブラッド』試写版(2007)

『ジョジョの奇妙な冒険 ファントム ブラッド』試写版(2007)

 OVA版『ジョジョの奇妙な冒険』のキャラクターデザイン・作画監督を手がけた羽山淳一が、今度はついに監督として第1部を映画化するということで楽しみにしていた初の劇場版。封切5日前の一般試写で観たのだけど、まだ未完成状態だそうで、公開版はさらに手が加わるという。この期に及んで直せるのは撮影ミスとか音周りくらいしかないだろうから、劇場でこれより作画がよくなったりはしないだろうとは思うけど、それでも一見の価値はある力作に仕上がっていた(試写用プリントで特に目立ったのはSEの歯抜け)。

 かなり厳しい状況で制作していると聞いていたが、各シーンに注ぎ込まれた羽山総作監の気合いは凄まじく、目を見張る場面が幾つもある。特にディオのアクションがいちいち素晴らしい。何箇所か「あらら」と思ったところもあるが、他の部分のインパクトがそれを補ってくれた。緑川光が怪演するディオも予想以上にいい。頭部粉砕、胴体寸断などの美しいゴア描写も逃げずにしっかり描いているところも好感が持てた。

 とはいえ全体的には、残念ながらファンには不満の残る映画化ではある。まずシナリオのバランスが悪い。90分という尺の中で、前半のジョジョとディオの確執を描くのにしつこく時間を割いていながら、後半のバトルをものすごく割愛してしまっている。そこまで描いていると制作が終わらないから、スピードワゴンら仲間たちの登場もカットして、敢えて2人のドラマに焦点を絞ったのだろう。それにしても、そこからの展開があまりに性急すぎやしないか(まるで打ち切りマンガだ)。やっぱりファンが観たいのはジョジョ一行と異形の吸血鬼たちが繰り広げる熾烈な戦いなのだから、後半もねちっこく描いてほしかった。前半をしつこく描いた分、肩透かし感は否めない。監督が『ジョジョ』のアニメ化ならこの人しかいない! という羽山氏だけに勿体なかった。

 それから個人的に残念だったのは、ツェペリさんが飄々とした年齢不詳の紳士ではなく、ナマズの親分みたいな筋肉質で屈強なキャラに変えられていたこと。あと、『ヘルレイザー』みたいなゾンビ四人衆が名乗りを上げるところも削られて悲しかった。あのカット大好きなのに……。

 『ジョジョ』は小学生の頃に第2部から読み始めて、遡って読んだ第1部に夢中になり、第3部からついていけなくて挫折した。というわけであまりいい読者ではない。とにかく第1部だけがものすごく好き(きっと少数派なんだろうなあ……)なので、やっぱりこれを映画化するなら、120分を超える大作として作ってほしかった。まあ無理なんだろうけど。しかしそんな無理を承知で、プロデューサーからの束縛もありつつ果敢に映像化に挑んだという点では、『どろろ』なんかに比べて百倍よく戦った方だと思う。ちなみに試写の時、ラストの船のシーンに入るところで、フィルムが突然止まって焼け焦げた……スタッフか観客の怨念か。

 ファンは各自「ウリィィィィ」とか「ズキュゥゥゥゥン」とか「ヌメタァ」とか叫びながら観ると楽しい気がする。週末のレイトショーだけ《奇声OKの回》とかにしたら、『ロッキー・ホラー・ショー』みたいなパーティムービーになるかも。

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『ルワンダの涙』(2005)

『ルワンダの涙』
原題:Shooting Dogs(2005)

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〈おはなし〉
 4月。ルワンダの首都キガリには、英国人神父クリストファー(ジョン・ハート)が運営する公立技術専門学校があった。そこに英語教師として赴任していた青年ジョー(ヒュー・ダンシー)は、生徒たちの人気者。彼は特に、成績優秀で運動能力にも長けた少女マリー(クレア・ホープ・アシティ)に目をかけていた。

 ある夜、ルワンダ大統領の乗った飛行機が墜落したというニュースが入り、国中に緊張が走る。平和監視目的で学校の敷地内に駐留していたベルギー軍はすぐさま臨戦態勢をとり、一夜のうちに校門前には避難を求めるツチ族の人だかりができていた。

 夜が明け、避難民はさらに増える一方。クリストファー神父が駐留軍のデロン大尉(ドミニク・ホロウィッツ)に兵士の増強要請を提案すると、「我々の目的は平和監視で、独断による支援はできない」という答えが返ってくる。ジョーはマリーを探すため、トラックで彼女の家に向かった。その時、町で繰り広げられていたのは、フツ族民兵による理不尽な虐待。だが、それは地獄の始まりに過ぎなかった……。

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 当時は誰も気に留めなかった(あるいは見て見ぬふりをした)が、10年を経てやっと世界的に振り返られるようになった事件。アフリカの小国ルワンダにおける大虐殺。ルポルタージュ『ジェノサイドの丘』や映画『ホテル・ルワンダ』(2004)などによって、初めてその出来事を知った人も多いだろう。僕もそうだった。そうした近年の風潮にはどこかしら「贖罪」の気分が含まれているが、この『ルワンダの涙』はまさに、虐殺を目の当たりにしながら何もできず逃げ帰るしかなかった白人の悔恨と苦渋の物語だ。ある種、人間性の尊さを説く美談だった『ホテル・ルワンダ』に比べ、絶望も為す術のなさも一層強烈である。

 原題の“Shooting Dogs”という言葉の意味は、ベルギー平和監視軍の大尉が「死体に群がる犬は不衛生だから撃ちたいんだが、どうか?」と神父に問う場面から採られている。弾丸を暴徒の鎮圧に使わず、野良犬にくれてやるって? 言い換えれば、他にやるべきことがあったはずなのに? という自問、忸恃たる思いのこもったタイトルだ。

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 パンク状態の避難所からこっそり抜け出したツチ族の一団が、すかさず駆けつけたフツ族に殺されるシーンは圧巻だ。その中には老神父の名を授かった赤子もいる。その時、かの地では確かに全ての希望が潰えたのだ。

 襲いくるフツ族の人々の表情には、ほぼ例外なく、えもいわれぬ高揚感が浮かんでいる。泣き叫ぶ人間を鉈でガンガンぶっ叩いているうち、物言わぬズダ袋になっていくのが、うれしい! という。人は理由さえ見つけられれば、暴力を心底楽しんでしまう。その変容こそが恐怖の神髄であり、その表情をしっかり描いた点でこの映画はとても誠実だ。

 さらに、劇中ではBBCの女性ジャーナリストが「ボスニアで白人が虐殺されているのを見た時は胸が痛んだけど、ここじゃ何も感じないの。ただ黒人が死んでるだけ」と言い放つ。あまりに正直な、しかし真実であろう欧米諸国の反応を代弁してみせる。それが黒人でもアジア人でも同じことだ。本作の原案・製作を手がけたのは、他ならぬBBCのジャーナリストである。

 監督はマイケル・ケイトン・ジョーンズ。『ホテル・ルワンダ』は南アフリカで撮影されたが、ジョーンズは「現地で撮らねば意味がない!」と、ルワンダの首都キガリでのロケ撮影を貫徹した。意図的に主要人物が一部の白人に限られているので、場面作りのバリエーションには欠けるが、全体にみなぎる生々しい緊迫感は凄まじい。この映画でよほど度胸がついたのか、それともやりたいことはやりきったのか、次回作には『氷の微笑2』(2006)の監督を引き受けたつわものである。

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 極限状況の中で人間への愛を試される老神父役は、ジョン・ハート。相変わらず名優らしい気取りがなく、常にナイーヴな青年が心にいるのではないか、と思える。それでいて毅然とした人物を見事に演じており、最近『10番街の殺人』(1971)を観ていただけに感慨深かった。まさに地獄を目にする青年ヒュー・ダンシーの熱演も忘れ難い。ヒロインである少女マリーを演じるクレア・ホープ・アシティがやけに艶めかしく、社会派問題作という以上のうずきを映画に与えている。『トゥモロー・ワールド』(2006)での印象とはえらい違いだ。

 『ルワンダの涙』は疑いの余地なく必見の秀作である。しかし、これはあくまで白人の目から見た物語だ。自らの罪に向き合い、救いを得るための。だから、ツチ族の視点から虐殺を描いた『Sometimes in April』(2005)の公開も望まれる。

 追記:『Sometimes in April』はすでにスターチャンネルで『ルワンダ 流血の4月』のタイトルでTV公開され、2007年3月にWOWOWでも放映することが決定。

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『ホワイト・ライズ』(2004)

『ホワイト・ライズ』
原題:Wicker Park(2004)

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 俊英(だと思う)ポール・マクギガン監督がジョシュ・ハートネットと最初に組んだ作品。期待していた『ラッキーナンバー7』(2006)が今ひとつ冴えなかったので、未見だった本作をDVDで観てみたら、こっちの方が監督のスタイルが巧く活かされた秀作だった。

 本作はヴァンサン・カッセルとモニカ・ベルッチが共演したフランス映画『アパートメント』(1996/ジル・ミモーニ監督)のリメイク。ヒッチコック風味のサスペンス劇をきびきびした演出で描いた、これも拾い物だった。マクギガン監督は、お得意の凝った映像技巧やスタイリッシュな美術デザインによって意匠に満ちたビジュアルを作り上げながら、青春映画としての側面を強調して再生させている。キャストの印象も若々しくなり、とりわけキーパーソンであるアレックス(オリジナル版ではアリス)が同情すべき愛らしいキャラクターとして描かれているのが、変更点として大きい。

 『アパートメント』でロマーヌ・ボーランジェが鬼気を孕んで演じた役を、本作ではオーストラリア出身の若手女優ローズ・バーンが好演。伏線となるシーンに顔を出していても気付かれないほど、地味に化けられる彼女の存在が物語に説得力を与えている。ロマーヌは面が割れすぎていて、トリックを成立させるのに苦しい(?)。それに、『ルームメイト』(1992)にも通じる美しい同性への憧憬は、バーンの方が切なく演じていたように思う。『マリー・アントワネット』(2006)でポリニャック伯爵夫人を演じていたのも彼女だったが、さすがに幼すぎる印象だった。

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 ジョシュ・ハートネットは、繊細で騙されやすい青年役がいかにも似合っている。監督と主演男優が意気投合している様子はすでに画面から窺えた。そして今や国際女優となったダイアン・クルーガーは、「一目惚れ必至の女」という重要なイメージをしっかり演じきっている。味のないブロンド美女に見られがちだが、実はちゃんと人間味を出せるのが貴重。あまり登場しないが、主人公の美しい婚約者を演じるジェシカ・パレも魅力的だ。ドゥニ・アルカン監督の佳作『しあわせの選択』(2000)に主演していたが、以降あまり大成しないのが残念。

 語り口は幻惑的だが、スリラー要素は控え目。監督はあくまで役者の表情に注視して、丹念にドラマを掘り下げていく。どちらかといえばビジュアル派に分類される監督だと思うが、ライティングはおしなべてフラットなのが特徴的だ。基本ルックはローコントラストで、俳優を濃密な影の中に置くことはあまりない。やはりセットと役者はとことん見せたいというこだわりがあるのか。

 言語に頓着しない日本人観客にはリメイク不要と思える『アパートメント』だが、『ホワイト・ライズ』はそれでも一見の価値はある作品だと言える。ブランドン・ボイスの脚色が優れているのは、よくできたプロットを丹念に再構築しながら、最後にまったく別の物語を浮かび上がらせた点だ。「愛し合っていながら離れ離れにされた男女が、長い年月を経て再びめぐり逢う」というおとぎ話めいたラブストーリーが、ミステリーの裏から不意に姿を現すのだ。その要素はすでにオリジナル版にも内包されている(トリックを暴く一手が靴のサイズというのはもちろん「シンデレラ」である)。その辺りの妙味を巧く掬ってみせたのが、本作が独立した映画として成功した一因だろう。

 ラストシーンは『アパートメント』の方が全ての伏線を残酷に着地させて見事だが、リメイク版のエンディングも単なるハリウッド的改変とは一線を画すものとなっている。そのロマンティシズムもまた、マクギガン監督らしい。

 ただ、幻惑的な映像テクニックに凝りすぎるせいか、映画の主観設定が見失われるという欠点はある。中盤のとあるターニングポイントで、主人公以外の登場人物の回想が入り込み始めると、唐突な違和感を覚えてしまう。この監督の映画はいつもそうかもしれない。

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