Simply Dead

映画の感想文。

『デビルズ・リジェクト』(2005)

『デビルズ・リジェクト』
原題:The Devil's Rejects(2005)

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 傑作。正直ここまでとは思わなかった。観ている間つまらない方向に裏切られることのない、近頃では全く希有な暴力映画。

 前作『マーダー・ライド・ショー』(2003)の時も思ったが、ロブ・ゾンビはとにかく呆れるぐらいにちゃんと撮る。ジャンルムービーへの限りない偏愛がなせる業だが、その「本気」が前作では空回りしている(もしくは自分の力量と齟齬が生じている)部分があった。しかし、本作『デビルズ・リジェクト』では、リスペクトの対象がB級ホラー映画から70年代アメリカン・ニューシネマに変わり、ポテンシャルが大きく広がった。手持ちカメラによる埃っぽい映像のトーン、汗ばんだ肌に文字通り肉薄するクロースアップ多用の演出は、まさに完璧な70年代アメリカ映画の再生である。

 昨今流行のリメイク作品も含め、やろうとする者は多いが、結果的には「そうじゃねえんだけどなー」としか思えない中途半端な代物しか生まれてこなかった。が、『デビルズ・リジェクト』が達成したレベルは、他の追随を全く許さない。まるで『ハッスル&フロウ』の見事なオープニングが2時間続くようなクオリティなのだ。

 形骸的な模倣や、生ぬるいオマージュではなく、ドラマもテーマも全てにおいて本気。ロブ・ゾンビは、真に魂そのものが70年代に生きている。作り手が本気なら、こんなことも可能なのだと初めて思った。

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 前作よりも遥かに血肉を持ったキャラクターとなって帰ってきた主要キャストたち──シェリ・ムーン・ゾンビ、ビル・モーズリィ、シド・ヘイグの3人は、1作目と比べ物にならない苦闘を強いられつつ、遥かに凌ぐ充実感を得たであろうことは想像に難くない。本作で彼らは最悪の殺人犯であると同時に、監督、そして観客の思いを一身に託されるアウトローとなっていく。俳優としてこれほど演り甲斐のある役はないだろう。

 そして、ウィリアム・フォーサイス演じるキチガイ保安官が、彼らの好敵手として圧倒的な存在感を発揮する。

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 その他のキャスティングにも、監督の映画愛が炸裂している。その時代の空気を得るためには、そこに出ていた人々を集めればいい。『サンダーボルト』(1973)のジェフリー・ルイス、『ゾンビ』(1978)のケン・フォーリー、『サランドラ』(1977)のマイケル・ベリーマン、『キャリー』(1976)のP・J・ソールズ──顔力と存在感へのこだわりからキャスティングされたであろう錚々たるベテラン俳優陣にも、単なるウケ狙い的な扱いに終わらない、本気のテンションの演技を要求しているのが、ロブ・ゾンビの涙ぐましいほど生真面目なところだ。そんな監督に応える役者の芝居(いたぶられっぷり)も、心地好くブルータルな戦慄を与えると共に、ほのかな感動を誘う。

 欠点があるとすれば、これは『マーダー・ライド・ショー』でも顕著だったが、イイ台詞(会話の応酬)を思い付きすぎる。ミュージシャンとしての気質なのか、台詞が切れない傾向がある。でも、画だけで魅せる技量がないわけではないし、その饒舌さも作家性と認めてしまうなら、単にあからさまな説明台詞の多いヘタクソな監督よりは百倍優れている。

 ひとつの時代への限りない愛を画面に焼き付けながら、同時にその終焉を描いてもいる本作(かつての名作たちが全てそうだったように)。映画を含む社会全体が何もかも変わってしまったターニングポイントとして、『スター・ウォーズ』を小ネタに仕込んでいるのも、ロブ・ゾンビの的確な批評眼を感じさせる。もちろん、「あれが全てをダメにした」というストレートな心情の表れにも見えるが。

 『デビルズ・リジェクト』はDVDの高画質で観るには向いていない。劇場のスクリーンに映し出される、ざらついたフィルムの質感で堪能するべき、美しい傑作である。9月30日より公開。

 最後に、タイニー役のマシュー・マグローリーに黙祷を。

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『M:I:III』(2006)

『M:I:III』
原題:Mission:Impossible III(2006)

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 遅ればせながら劇場で観てきました。見せ場のひとつひとつは面白かったですけど、脚本とかはホントどうでもいい感じですね。最後のクライマックスも、構造的に盛り上がらないし。知的興味で観客を引っ張ることを完全に放棄しちゃったラストなんて、新たなハリウッド映画のあけぼのって感じで、死にたくなりました。

 トム・クルーズは前作のサラサラヘアーをやめて、1作目の精悍な感じに戻ってよかったです。でも芝居はいちいちロボットみたいで、何をするにも不気味。笑顔の意味が読めない。あと、走り方も怖い。あの背筋がピンと伸びた全力疾走って、どこもかっこいいと思わないんですけど。

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 前作『M:I?2』は本当に「どこが『スパイ大作戦』やねん」と言いたくなる個人プレー戦でしたが、今回は脇がちゃんと目立ってるので、それっぽくなっていて良かったです(でもそれぞれのキャラクター描写はゼロ)。チームメイト役のジョナサン・リス・マイヤーズ、マギーQのほか、おそらく史上最も情けないIMF局員として『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004)のサイモン・ペグが大活躍してくれるのが個人的には嬉しかった(すっごい頭の悪い説明台詞も言わされてるけど)。あと、今年公開されたシェーン・ブラック監督の快作『キスキス,バンバン』(2005)でブレイクした、ヒロイン役のミシェル・モナハンも良いです。出てるだけでOK。

 もちろん本作最大の見所は、悪役フィリップ・シーモア・ホフマンによる「恫喝」。それ以上に冷徹な拷問シーンや、同僚を殺す場面などもあればよかったけど、その辺に関しては時間切れという印象。思わせぶりに回想形式で始めるくらいなら、もうひと押しあってもよかったのに。ちなみに、クルーズ=ホフマンの組み合わせということでか、エンドクレジットにかかる「スパイ大作戦のテーマ」のカヴァーに、『マグノリア』(1999)のジョン・ブライオンが参加してました。なんかシンセの音色がヘンだなーと思ったら……
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『Wilt』(1988)

『Wilt』(1988)

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 イギリスの人気コメディアン、グリフ・リス・ジョーンズとメル・スミスが主演したサスペンスコメディ。ふたりの主演映画は、マイク・ホッジス監督による異色SFコメディ『モロン』(1985)に次いで2本目。前作と違って、この作品では別のライターチームに脚本を任せています。

 オフビートなノリが楽しかった『モロン』に比べるとやや凡庸で、まあまあ楽しめる佳作といった印象。伏線をちゃんと回収するストーリー展開はよくできているけど、それ以上に秀でたものはないです。監督は『ロンドン大捜査線』(1971)のマイケル・タックナー。

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〈おはなし〉

 平凡な国語教師ヘンリー・ウィルト(グリフ・リス・ジョーンズ)は、魅力のない妻エヴァ(アリソン・ステッドマン)の尻に敷かれ、日々イライラを募らせていた。その鬱屈はやがて“殺意”へと成長する……。

 ある日、ウィルトが勤める学校内の工事現場で、女の死体らしきものが発見される。駆け付けたフリント警部(メル・スミス)の前に容疑者として姿を現したのは、以前たまたま捜査を邪魔されたことがあるヘンリー・ウィルトだった。私怨を燃やす警部は、ウィルトに妻殺しを自白させようと躍起になる。しかし、彼は濡衣だと言い、前夜に起きたことを回想する……。

 その夜、ウィルト夫妻は女友達のサリー(ダイアナ・クイック)が開いた豪華なパーティに招かれていた。セレブだらけの場に馴染めないウィルトは、サリーの悪戯で全裸にされた上、ダッチワイフを抱かされ、衆目の前で大恥をかかされる。エヴァにも見放された彼は、這々の体で屋敷から逃げ出すが、車の後部座席にはダッチワイフが乗ったままだった……。

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 本当はもうちょっと面白いんですけど、あらすじだけで説明するには限界が……でも、演出はひたすら平均的。

 東洋武術を習っている妻エヴァ役のアリソン・ステッドマンが好演。お高く止まった女友達サリー役で、『デュエリスト―決闘者―』(1977)『ブルーム』(1988)のダイアナ・クイックが、相変わらずイイ女っぷりを振りまいてます。M・ホッジス監督のTV映画『Dandelion Dead』(1992)で彼女と共演していたロジャー・ロイド・パックも、変な姿勢の精神科医の役で登場。

 また、『ルール・オブ・デス/カジノの死角』(1998)でヒロインを演じたジーナ・マッキーが、パーティ客の一人として出演してました。
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『オックスフォードの恋』(1991)

『オックスフォードの恋』
原題:American Friends(1991)

▼イギリス版VHS
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 『空飛ぶモンティ・パイソン』メンバーの中で、みんなから「いちばんイイ奴」と認められているマイケル・ペリンが、原作・脚本・主演を務めた作品。思わずパイソン的なコメディを想像してしまいますが、いたってオーソドックスなラブストーリーです。

 日本ではデラ・コーポレーション配給でひっそり公開されたきり、ビデオもDVDも出てません。こないだ米盤の中古LDを発見して、ようやく観ることができました。英語力に乏しいので、イギリス英語独特の言い回しとかニュアンスの全ては理解できませんでしたが、ドラマの内容自体はシンプルで、面白かったです。

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〈おはなし〉
 1864年の夏。オックスフォード大学の教授で副学長のアシュビー(マイケル・ペリン)は、休暇で訪れたスイスのアルプスで、アメリカからヨーロッパ旅行に来ていた17歳の少女エレノア(トリニ・アルヴァラード)と、その後見人のハートレイ夫人(コニー・ブース)に出会う。

 大学内の決まりで独身を通してきたアシュビーだったが、若く美しく積極的なエレノアに惹かれ、エレノアもまた同じ想いを彼に抱いていた。村での祭の夜、ふたりはくちづけを交わす。しかし翌日の朝、学長危篤の報せを受け、アシュビーは急遽イギリスへ帰ることに。

 スイスでは何もなかった、と自分に言い聞かせるアシュビー。次期学長選に備えて、色恋にうつつを抜かしている場合ではなかった。が、しばらくして、大学にエレノアとハートレイ夫人が訪ねてきた。動揺からエレノアを避け、ハートレイ夫人の方に視線を逃すアシュビー。そんな態度にエレノアは傷付き、さらにハートレイ夫人にもあらぬ誤解を与えてしまう。

 学長選のライバルである若き教授サイム(アルフレッド・モリーナ)は、突然の来訪者であるエレノアたちに興味を持ち、自分の隠れ家である屋敷を宿として提供する。サイムに誘惑されたエレノアは、衝動的に身を任せてしまうが……。

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▼アメリカ版VHS
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 世間知らずの中年大学教授が、異国で出会った美少女と恋に落ちる……などというインテリオヤジの夢想を、自分の脚本・主演で映画にするなんて一体どういう神経?と思ってたら、実はペリンの曾祖父である元オックスフォード大教授、エドワード・ペリンの実話(結婚話)を元にしているんだそうです。そんなこととは露知らず観てたもので、映画のラストで「実話です」という字幕が出た瞬間、びっくりして泣いてしまいました。それにしてもなー、とは思いますが、マイケル・ペリンの人柄が許させてしまうところはあります。ジョルジュ・ドルリューの美しい音楽も効果大。

 でも一番の功労者は、ヒロインを演じるトリニ・アルヴァラード。もうホント可愛くて、見ているだけで幸せ。いまいち伸びなかった女優さんですが、こういうちょっとした佳作にちょいちょい出ていて、印象に残ってます。『さまよう魂たち』(1996)とか、『タイムズスクエア』(1980)とか。

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 その保護者であるハートレイ夫人を演じたのは、『モンティ・パイソン』出演者の1人でもあるコニー・ブース。ジョン・クリースの元奥さんで、傑作シットコム『フォルティ・タワーズ』(1975?1979)の脚本家兼レギュラーキャストも務めた才人。現在はイギリスで心理療法士をやっているとか。この映画では、主人公に惹かれながらも敢えて身を引く女性を、上品さと気丈さを漂わせながら見事に演じています。20年来の付き合いである彼女を、すごくいい役でキャスティングするペリンの心意気も感動的。

 その他、『スパイダーマン2』(2005)のアルフレッド・モリーナ、『狙撃者』(1971)のアラン・アームストロング(どこにでも出てきますね、この人)、『Dandelion Dead』(1992)のロジャー・ロイド・パックなど、芸達者たちが脇を固めています。

 なんていうことのない、つつましい映画ですが、たまにはこういう作品で和むのもいいと思います。ジョン・クリースとコニー・ブース共演の短編映画『Romance with a Double Bass』(1974)も、同じく和み系の佳作。機会があればぜひ。

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『一番うまい歩き方』(1976)

『一番うまい歩き方』
原題:La Meilleure Facon de Marcher
英語題:The Best way to Walk(1976)

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 『ニコラ』(1998)のクロード・ミレール監督のデビュー作。ある夏のキャンプ場を舞台に、ふたりの青年の間に起こる心の波紋を、シンプルかつシャープな演出で切り取った傑作。

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〈おはなし〉
 男の子ばかりのサマーキャンプで体育を教える指導員マルク(パトリック・ドヴェール)と、演劇クラスを受け持つフィリップ(パトリック・ブシテー)は、性格も体格もまったく正反対のふたり。ある夜、マルクはふとしたきっかけから、フィリップが自室で女装している姿を目撃してしまう。

 それ以来、マルクの面白半分のちょっかいが始まり、フィリップは精神的に追い詰められていく。マルクもまた、フィリップに対して湧き上がる奇妙な感情を抑えることができない。不安に駆られたフィリップは、恋人のシャンタル(クリスティーヌ・パスカル)をパリから呼び寄せるが……。
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 簡潔な設定とストーリーの中で描かれる、豊かな隠喩と機微。全編に滑稽なユーモアを漂わせながら、心地よい緊張感を持続させる演出が素晴らしい。登場人物の心の揺れを犯罪的要素も絡め、一貫して描き続けてきたミレールの、デビュー作ならではの才気のほとばしりに驚かされる。無駄なく歯切れ良い語り口、さりげなく連発されるキメ画の数々には、思わず溜め息が出る。キャメラを担当したブリュノ・ニュイッテンは、本作でセザール撮影賞を受賞した。

左手前がブシテー、右奥がドヴェール

 いかにも文科系で線の細い青年フィリップ役を、パトリック・ブシテーが好演。やや挙動不審気味な目つきがなんともおかしい。彼は後にチャールズ・ブコウスキー原作の『つめたく冷えた月』(1991)で監督デビューも果たした。

 そんなブシテーとは対照的な、粗野で陽気な人気者マルクを、『バルスーズ』(1973)のパトリック・ドヴェールが演じ、やはり圧倒的な存在感を放っている。70年代以降のフランス映画界に登場した最もパワフルな俳優で、類い希なカリスマ性を持った逸材だったが、惜しくも1982年に自殺してしまった。ジム・トンプスン原作の『セリ・ノワール』(1979)で見せた演技も素晴らしく、このまま個性派俳優として驀進してくれなかったのが、かえすがえすも残念。

 ヒロインを演じるクリスティーヌ・パスカルの神懸かり的な美しさにも、息を呑む。このころの彼女の出演作がもっと観てみたい。傍役で、当時人気だったコメディ・チーム「レ・ブロンゼ」の、というより『仕立て屋の恋』(1990)のミシェル・ブランも出演している。

シャンタル役のC・パスカルと、P・ブシテー

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『ザ・アンタッチャブル/暗黒街のハスラー』(1968)

『ザ・アンタッチャブル/暗黒街のハスラー』
原題:The Big Switch
別題:Strip Poker(1968)

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 70年代英国エクスプロイテーション映画界において、『House of Whipcord』や『Frightmare』(共に1974)といった異様な怪作群を残した異才、ピート・ウォーカー監督によるギャングスリラー映画。かのマウントライト社が買い付け、日本でも昔ソニーからビデオが出てました。

 24時間でシナリオを書き、1週間で撮影したという低予算映画。ウォーカーの初期の映画は本当につまんないんですけど、これは比較的マシな方です。

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〈おはなし〉
 ロンドン。広告会社に勤め、スポーツカーを乗り回す伊達男ジョン・カーター(セバスチャン・ブレイクス)は、ある夜クラブで魅力的な女サマンサ(エリカ・ラファエル)と出会い、彼女のアパートに行く。が、近くへ煙草を買いに出た間、彼女はバスルームで何者かに殺されていた。面倒を避けるため、逃げるカーター。

 その翌日、彼は会社をクビになる。家に帰ればギャングの一団が勝手に上がりこみ、ストリップ・ポーカーに興じていた。カーターは身に覚えのない借金の返済を迫られ、袋叩きにされてしまう。

 女友達に誘われ、自棄な気分でクラブに赴いたカーターは、そこで店のマネージャー(デレク・エイルワード)から奇妙な仕事を依頼される。元モデルだったという女カレン(ヴァージニア・ウェザレル)と一緒に、ブライトンにいる男を訪ねてくれというのだ。金も入るし、しばらく町からも姿を消せる。どう考えても仕組まれた成り行きだった。

 ブライトンに着いたカーターとカレンは、いきなり軟禁され、無理やり顔写真を撮られる。その頃、国外逃亡したギャングが町に帰ってくるという情報が。はたして彼らの目的は……?
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 お話も演出もまったく陳腐な作品ですが、編集と音楽でがんばって見せています。少なくとも同時期の『結婚詐欺防止法教えます/中年ハイスクールPART1(原題:School for Sex)』(1969)なんかよりは普通に面白い。ただし、あんまりテンポよく切ってしまうと映画が45分くらいになってしまうので、長いところは本当に長いです。車が道路に出て行くところのモタモタした段取りを、無理やり音楽で盛り上げてたりするんで笑います。

 クライマックスは雪のそぼ降るブライトンビーチ(ウォーカー監督の故郷)での銃撃戦。これがね……なんか素敵なんです。ロングショットの寂しい感じとか、さびれた遊園地での鬼ごっことか。銃を撃ったギャングが凍った地面で普通にすっ転んだりして、アクション的にも新鮮な感じ(だいぶ贔屓目に見てますけど)。エンディングは、警察に逮捕されたギャングたちがボードウォークを歩いていくカットで終わるんですが、全員転ばないようにソロソロ歩きになってて(笑)、かなりキュート。

 日本版ビデオはイギリスで公開された68分のバージョン。アメリカではさらに暴力シーンやヌードのフッテージを13分ほど追加した『Strip Poker』という改題バージョンが公開されたそうです。主人公が借金取りに来たギャングたち(ポーカーで裸に剥かれていたお姉ちゃん含む)に、タバコの火を押し付けられるという場面は『Strip Poker』だけにある場面で、スチルも残ってます。ウォーカー本人は「オゲレツで、暴力的で、セクシーで、まったく何の意味も為さないシーンだ」と言ってますが。

 ヒロインを演じたヴァージニア・ウェザレルは、『時計じかけのオレンジ』(1971)で主人公アレックスの“更正治療”の成果を示すため、ステージに現れるトップレスの女性を演じていた女優。ほとんど「おっぱい役」みたいな印象でしたが。ウォーカーが次に手がけた犯罪スリラー『バイオレンス・マン』(1970)にも引き続き出演。後のインタビューでは「ピートは本当に愛すべき人物よ。『ザ・アンタッチャブル?』の撮影はすごく低予算で、とっても楽しかった。彼がいま映画を撮れないのは本当に残念ね」と語っています。

 メインサイト「dead simple」にも書きましたが、70年頃、映画プロデューサーのマイケル・クリンガーが道で知人のウォーカーとばったり出くわし、出来上がったばかりの『バイオレンス・マン』の試写を一緒に見て、「こりゃひでえ代物だな」と歯に衣着せず斬り捨てながら、今度作るギャング映画の参考のために『ザ・アンタッチャブル?』のプリントを借りていった、というイイ話が残ってます。そして翌年、『狙撃者』(1971)が公開。ウォーカーは『ザ・アンタッチャブル?』の主人公と、『狙撃者』の主人公(ジャック・カーター)の名前が実は同じなんだよねー、と後で言ったりしてますが、ただの偶然だと思います。

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久々に本サイト更新【06/08/18】

 長らく間が空いてしまいましたが、本サイト「dead simple」に、作品紹介(未映像化シナリオ)を1本追加しました。

『Mid-Atlantic』

 マイク・ホッジス監督が不遇をかこっていた70年代半ば頃、マルコム・マクダウェルとジャック・ニコルソンの共演作として動いていた幻の企画です。

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 キューブリック映画の狂えるヒーロー2人の競演! 観たかったなー。お話は、上の写真みたいにかっこいい感じじゃなくて、米国企業がおこなっていた自己啓発セミナーが題材のブラック・コメディなんですけど。実際は下の写真みたいなイメージでしょうか。

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 これでサイトも一段落。あとはちょこちょこ見苦しい点に手を入れたり、細かい情報を加えていったりしたいと思います。

 世界唯一のホッジス・ファンサイトなので、どうかご愛顧のほどを。

『ディセント』(2005)

『ディセント』
原題:The Descent(2005)

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 とっても面白かった。ホラー映画ファン必見の快作と断言していい。監督はこれが2作目となるイギリスの俊英、ニール・マーシャル。前作『ドッグ・ソルジャー』(2002)もなかなかの佳作だったけれど、『ディセント』はそれをさらに上回る完成度。同じパテ・ディストリビューション提供の『0:34』(2004)と並んで、いやそれ以上に、イギリス製ホラーのクオリティアップを感じさせる作品。

 冒険好きの女性グループ6人が、前人未踏の洞窟内に迷い込み、未曾有の恐怖にさらされる。暗闇・閉所といった視覚表現の難しい恐怖を、シネマスコープの大画面で巧みに描ききった演出がまず見事。あんまり暗い画面が続くと、客としてはついつい眠くなってしまうものだけど、本作ではわずかなライティングを巧みに使い、緊張感を途切れさせることなく、画面への集中力を維持させる。闇を味方につけているとでもいうか、ちょっと並はずれた上手さだ。後半における極限状況の血みどろシーンでは、軽いユーモアまでかましてみせる。

 主人公サラは夫と娘を失い、人生に絶望した女性。そんな彼女がいかにして生への執着に目覚め、恐怖との戦いに転ずるか? シチュエーションに頼らず、ドラマとしても非常に面白く出来ているのが本作の魅力。薄っぺらい集団劇になりがちなホラー映画に、女性だけしか登場させないことで、深みのあるドラマ性が加味されている。それでいてドロドロした嫌みがないのは、やはり監督の素質だろう。微妙な緊張感を孕んだ人間関係をシンプルに見せていく語り口はとても秀逸だ。沈痛なプロローグからは想像もできない、アクション派マーシャルの面目躍如といった壮絶なクライマックスも、女同士の因縁のドラマと密接に結びついた見せ場である点が素晴らしい。

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 6人のリーダー的存在であり、惨事の元凶である冒険家ジュノのキャラクター造形が見事。演じるナタリー・メンドーサ(上写真)は、ルーシー・リューとアシュレイ・ジャッドを足して割ったようなエキゾティックな顔立ちの美人(あと一歩でアンジェリーナ・ジョリー)で、ぴったり役にはまっていた。キャスティング全体にも味があって素晴らしく、画一的な顔選びしかできないハリウッドではこうはいかないだろう。

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 あと、初めて知ったんですけど、この監督って『キリング・タイム』(1996)の脚本にも参加してたんですね。ジャック・オディアールが脚本を書いた1987年のフランス映画じゃなくて、バハラット・ナルーリ監督のイギリス映画の方。イタリアから北イングランドにやってきた女殺し屋が、言葉の全く通じない見知らぬ土地で、標的が現れるまで「暇をつぶす(=Killing Time)」緊迫の数時間をクールに描いた快作。

 なんかまた観たくなってきたので、こんど書きます。

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『ハッスル&フロウ』(2005)

『ハッスル&フロウ』
原題:Hustle & Flow(2005)

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 堂々たる傑作。涙腺ぶっ壊された。

 ストーリーはまさに「ラッパー慕情inメンフィス」(嘘)。メンフィスのストリートでしがないピンプ(ポン引き)として生きる男、Dジェイ。ある日、彼はふとしたきっかけから音楽への情熱を呼び覚まされ、稼業を捨ててラッパーになる決意を固める。無謀な賭けにのめり込み、全身全霊を投じて曲を創り上げていくDジェイと仲間たち。果たして彼らは未来を掴むことができるのか……。

 観ているだけで汗のにじみ出すような熱気ただよう映像と、俳優たちのリアリティ溢れる演技が圧倒的。どん底暮らしから這い上がろうと、がむしゃらに突き進む人々のドラマが、有無を言わさぬ本気のボルテージで刻まれる。「バカだこいつら」と一笑に付すこともできようが、画面の放つ力がそれを許さない。その愚かしさ故のひたむきな力強さが、胸を打つのだ。

 綺麗事でない、いたたまれない場面も多い中で、地を這う者たちが自力で何かを生み出していく喜びが、高揚感と共に描かれる。キマったフレーズを思いついた時のはしゃぎっぷり、自分の声がトラックと一緒にスピーカーから聞こえてきた時の喜び、仲間たちとの連帯意識。ひとつひとつの感動は普遍的なものだ。それらが蓄積され、やがて爽快なラストで爆発する。

 たぶんここ5年ほどの間に作られた映画の中で、最も胸揺さぶるキス・シーンもある。

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 ピンプならではの口の上手さを活かして見事なライムを生み出す主人公・Dジェイを演じるテレンス・ハワードが最高。激情的で、考えるより先に口が動くような愚か者の危なっかしさも巧みに演じている。そして愛憎半ばしつつ彼を支える女たち――健気な妻シャグ役のタラジ・P・ヘンソン、共に変わろうとする娼婦ノラを演じるタリン・マニングの熱演が感動的。コメディリリーフ的な役の多いアンソニー・アンダーソンとD・J・クォルズが、ヘヴィな物語を軽量化しながら、これまでにない名演を披露しているのも見どころ。地元出身の人気ラッパーを演じたリュダクリスのバカで怖い感じも良かった。

 Dジェイによる曲の数々は、アカデミー主題歌賞まで受賞しただけあり、強烈なインパクトを残す。限られた機材で作るという設定の元、適度に完成度を落としつつ、キャッチーな力強さを優先し、ラップに疎くても十分心に響く。

 流行の音楽映画と、社会の底辺を舞台にした濃密な人間ドラマが、スポ根ものの精神で融合を果たした傑作。どうしようもない男の再生の物語を、112分間まったくテンションを下げることなく見せきった監督・脚本のクレイグ・ブリューワー(白人)の力量が凄い。70年代映画のフレーバーを完璧に再現したオープニング・タイトルも必見!

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『ユナイテッド93』(2006)

『ユナイテッド93』
原題:United 93(2006)

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 すっごく面白い映画になっちゃってましたね。柳下毅一郎さんが「よくできたサスペンス映画だった」と一言で評していて思わず笑っちゃったんですけど、観たらホントにそうでした。見事なカットバックの編集と、音楽の効果も大きいと思いますが、撮り方にもちゃんと演出が入っていて、思ったよりよっぽど映画的な映画になってました。

 だから、同じポール・グリーングラス監督のデビュー作『ブラディ・サンデー』ほどの衝撃はありません。
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『ブラディ・サンデー』
原題:Bloody Sunday(2002)

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 1972年1月30日、アイルランドのデリーで、平和行進中の市民たちが英国軍パラシュート部隊と衝突。非武装の一般人13名が死んだ。“血の日曜日”と呼ばれたこの事件で、アイルランド共和国軍(IRA)と英国の対立は決定的なものとなり、長く悲惨な戦いが幕を開けた。

 『ブラディ・サンデー』は、30年の時を経て謎多き事件の真相に迫り、惨劇の舞台となった現地デリーでロケした実録映画。技巧的なカッティングを排除し、音楽も皆無。さながら報道カメラがその場に居合わせているかのような臨場感あふれる映像で、悪夢の一日が始まり、そして終わるまでを、克明に映し出していきます。

 ……とはいっても映画なので、そのうち無理が生じます。手持ちカメラの映像はあまりに臨場感がありすぎて、途中から「これって一体、誰の視点なの?」という疑問が湧いてきます。その時点で、映画は迫真のドキュメンタリータッチというより、シュールな領域に突入。

 そこにいるはずのない誰かの視線とは、つまり、「幽霊」のまなざしです。


 てっきり僕は『ユナイテッド93』も、そんな視点の無自覚さが暴走した凄い作品になっているのかと期待してたんですけど、かなり手際のいいエンターテインメント作品になってました。そうか、間に『ボーン・スプレマシー』(2005)なんて撮ってれば成長するか……(あれはつまんなかったけど)

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イザベル・ユペール展@東京都写真美術館

 東京都写真美術館で行われた「イザベル・ユペール展 Woman of Many Faces」の最終日に行って来ました。72人の写真家が撮影した女優イザベル・ユペールのポートレートを厳選し、1973年から2005年までのコレクションを展示。絵画のように美しい写真から、そばかすだらけの肌をノーメイクでさらしたものまで様々。

 ポスターにはリチャード・アヴェドン、ハーブ・リッツ、アンリ=カルティエ・ブレッソン、ジョエル=ピーター・ウィトキンといった著名なアーティストの名前が前面に押し出されてましたが、その辺の作家性の強い人たちは大概「ああ、いつもどおりね」とか「そんな感じね」といった印象で、やっぱり実力派のファッションフォトグラファーたちによる作品の方が目を惹きました。ピーター・リンドバーグ、ユルゲン・テラー、ギイ・ブルダン、パオロ・ロヴェルシといった人たちです。そして、パリの街を活写し続けた名匠、ロベール・ドワノーが捉えた彼女の姿も、若々しい魅力にあふれてました。

▼ピーター・リンドバーグ,2002
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▼ユルゲン・テラー,2001
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▼パオロ・ロヴェルシ,2005
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▼ピーター・リンドバーグ,2002
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▼ロベール・ドワノー,1985
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 他には、鮮烈な色彩と共にリラックスした表情を映したナン・ゴールディンもさすが!という感じだったし、フィリップ・ロルカ・ディコルシアのやたら凝った舞台設定の写真も、デイヴィッド・リンチの映画みたいで笑えました。でも、普通に一番かっこよかったのは、映画『マリーナ』(1991)のポスターに使われた、くわえタバコの写真。

▼ナン・ゴールディン,2005
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▼カリン・ロショール,1990
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 映画女優としての代表作は数あれど、個人的には“クロード・シャブロル監督のミューズ”という印象があります。カンヌ映画祭女優賞を勝ち取った『Violette Noziere』(1978)以来、『主婦マリーがしたこと』(1988)、『ボヴァリー夫人』(1991)、『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』(1995)、『Rien ne va plus』(1997)、『ココアをありがとう』(2000)の6作品に主演。シャブロルにとっては初めての「共犯者」となった女優、という感があります。『ココアをありがとう』ラストでのエモーショナルな長台詞は、監督と女優の幸福な関係の締めくくりにも思え、とても感動的でした。

 と思ったら、シャブロルの最新作『L'Ivresse du pouvoir』(2006)では再びユペールが主演! ものすごく楽しみ!

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『オリバー・ツイスト』(2005)

『オリバー・ツイスト』
原題:Oliver Twist(2005)

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 『戦場のピアニスト』(2002)で何もかもやりきってしまったはずのロマン・ポランスキー監督による名作文学の映画化。演出タッチは前作と同じ。とてつもなく見事なセットの中で、ロンドンのどん底がカリカチュアなしに淡々と描かれます。死も暴力も仮借なく、かといって過度な作為を廃した語り口は、文芸映画としてはあまり例を見ないものです。

 自身の戦争体験に基づく「ひもじさ」のリアリティは揺るぎなく、感情の発露もままならない生活が見事に表現されています。ロンドンに辿り着いたオリバー少年が地面にへたばっている姿勢が秀逸。「もう動けない人間ってのは、こうなんだ」という真実味があります。

 ポランスキーは、様々な困難を乗り越えていくオリバー少年の成長ドラマにはさほど眼もくれず、彼と出逢って運命を変えていく周囲の人々(そのうち3人は死ぬ)のドラマの方に気持ちを入れています。泣かせに泣かせる感動作を期待すると肩透かしを食うと思いますが、ラストではしんみり感動させます。ベン・キングスレーはやっぱり巧いですね。

 貧困からは脱出できたけれども、「彼の未来はこの先も多難が待ち受けているのだろうな」と思わせるエンディングには、ポランスキーの実感がこもってます。でも、楽天的な結末よりはずっと誠実で、悪い感じはまったくしません。

 ポランスキーらしさが分かり易く出ているのは、一部屋に群れをなす大人達の不気味さ(冒頭の孤児院のシーン)、そしてクライマックスにおける、屋根の上でのサスペンス。『ポランスキーの吸血鬼』(1968)といい『テナント/恐怖を借りた男』(1976)といい『フランティック』(1988)といい、やっぱりポランスキーの描く屋根は魅力的です。本作ではかなりあっさりしたものですが、相変わらず真に迫った恐怖があります。

 この映画にも、マイク・ホッジス作品に縁のある俳優が何人か出演しています。悪党ビル・サイクスをリアルな恐怖感と共に演じたのは、『ブラザー・ハート』(2003)のミクサー役で好演を見せたジェイミー・フォアマン。最近わりと売れっ子みたい。そして、前半に登場する無茶苦茶な言動の判事ファング役を楽しそうに快演しているのが、『狙撃者』(1971)で不運な若者キースを演じたアラン・アームストロング。今やイギリスを代表する名バイプレイヤーです。

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『Emanuelle e Francoise (le sorelline)』(1978)

『Emanuelle e Francoise (le sorelline)』
別題:Emanuelle's Revenge/Blood Vengeance(1978)

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 ジョー・ダマト監督の偽エマニュエルもの第1弾。といってもエマニュエル役を演じるのは黒い宝石ローラ・ジェムサーではなく、『死んでいるのは誰?』(1973)のローズマリー・リント(顔が怖い)。他愛のない映画ですけど、そこそこ面白かったです。

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〈おはなし〉
 純真な娘フランソワーズ(パトリツィア・ゴーリ)は、ろくでなしの恋人カルロ(ジョージ・イーストマン)に一方的に捨てられ、悲嘆のあまり列車に身を投げて死んでしまう。姉のエマニュエル(ローズマリー・リント)は妹の残した遺書から、カルロの犯してきたむごい仕打ちの数々を知り、復讐を決意する。自らの美貌を武器に、巧みにカルロを自宅に誘い込んだエマニュエルは、彼を隠し部屋に監禁。マジックミラー越しに様々な痴態を見せつけるのだった……。
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 脚本がブルーノ・マッティなので、話はどってことないですが、音楽と演出のテンポがいいので、退屈せずに観られます。主人公のエマニュエル姐さんが着々と復讐計画を進めていく合間に、生前のフランソワーズちゃんがひどい目に遭う姿をフラッシュバックで映し出すという構成。何度となく恥辱を受けたあげく、ついには男の借金のカタにポルノ映画にまで出演させられ……という場面のつなぎが、なぜかアクション映画ばりにエキサイティングで、凄くかっこよかったです。なに考えてるんだろう?

 薄幸のヒロイン、フランソワーズを演じるパトリツィア・ゴーリがとてもキュート。健気に尽くす彼女を食い物にする種馬カルロを演じたジョージ・イーストマンは、この数年後に『猟奇!食人鬼の島』(1980)とその続編『Antropophagus 2』(1981)でハゲ頭のカニバリストを熱演。頑張り屋さんです。脚本家としても活躍していて、最近ではミケーレ・ソアヴィ監督の刑事アクションTVドラマ『Uno Bianca』(2001)も書いたりしています。

ドイツ盤DVDパッケージの裏面

 DVDのパッケージや予告編では、テーブルを囲んだ6人ほどの男女がカニバリズムや乱交を繰り広げ、さらに狂った男がハチェットで裸の女をガンガンぶっ叩くという強烈なスプラッタシーンがフィーチャーされてますが、本編では「薬を打たれて衰弱したジョージ・イーストマンが見た幻影」というオチ。まあ、そんなことだろうと思いましたが。でもシーン自体は強烈なので、一見の価値はあるかと。

 その点、フランチェスコ・バリッリ監督の『Il Profumo Della Signora in Nero』(1973)はマジだから偉かったですね。

 X-RatedレーベルのPAL盤DVDは、97分のノーカット版本編を収録(英・伊・独の3カ国語音声)。映像特典として、ドイツの映画製作者エルウィン・ディートリッヒが追加撮影した、陰部まるだしのヌードシーンのフッテージも観ることができます。ここだけ何故か有名ポルノ女優のブリジット・ラーエが出てるので、繋いで観ると変な感じだと思いますが。他に予告編、監督インタビュー(イタリア語・ドイツ語字幕のみ)、サウンドトラック5曲、フォトギャラリーを収録。音楽が入ってるのがいちばん嬉しいです。

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『グエムル ―漢江の怪物―』(2006)

『グエムル ―漢江の怪物―』
原題:怪物(2006)

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 ある日、ソウル市内を流れる川に、巨大な怪物が現れる。その初登場カットがまず素晴らしい。見た瞬間は「なんだあれ?」というしかない、シュールな恐怖感をさらりとビジュアル化しているのだ。そして、怒濤の惨劇が幕を開ける。映画開始10分足らずのことである。

 かように映画は簡潔にスタートし、娘を怪物にさらわれた一家の無謀な追跡劇へと手際よく突入する。とにかく運びが巧い。一家は怪物の持つウィルスの保菌者としても追われるため、怪物以外の障害とも戦わなくてはならない。そして囚われの身となった娘もまた、決死の脱出行を挑むことになる。

 監督のポン・ジュノは腰の据わった重量級の演出で、荒っぽい笑いもふんだんに投入しながら、とてつもない傑作エンターテインメントを創り上げてみせた。これまでの作品同様、社会派的な味つけも随所に施し、権力に対してひたすら無力な人間への苛烈な視線を貫くが、本筋は外さない。一気にカタルシスを爆発させるクライマックスは、凡百のハリウッド大作を蹴散らす感動と力強さに満ちている。こんな強烈な傑作を前にしたら、日本製のヒット作など虫けら同然である。

 さて、肝心の怪獣だが、これが大変かっこよろしい。冒頭の真っ昼間の大暴れシーンでも実によく動いてくれる。橋の下を振り子のように伝ってくるダイナミックな動きも秀逸だ。デザイン的には『WXIII 機動警察パトレイバー3』(2001)に出てきた廃棄物13号に近い、今様のクリーチャー造形だが、演出面でもキャラクター性がしっかり描き込まれていて、愛嬌まであったりするのだ。この辺りに、時間のかけ方の違いを思い知らされてしまう。

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 ソン・ガンホやペ・ドゥナ、そして名バイプレイヤーのピョン・ヒボンなど、俳優陣もみな素晴らしいが、中でも次男ナミル(学生運動家くずれのフリーター)を演じたパク・ヘイルの演技が光っていた。昨年の東京国際映画祭で上映されたカン・へジョンとの共演作『恋愛の目的』(2005)もそうだったが、社会人になりきれないふらふらした青年役が圧倒的にハマる。『殺人の追憶』(2003)で最後の容疑者を演じていた頃は、単にミステリアスな美青年でしかなかったが、近年は精悍さが加わって違った味が出てきている。若き日の若松武にも似た、嫌みのない胡散臭さと純真さを同時に醸し出せる、希有な役者だ。

『冷血』ロビーカード。右がS・ウィルソン

 映画ファン的に驚かされたのは、アヴァンタイトルで登場する「全ての元凶」ともいうべき駐韓米軍の解剖医を、あのスコット・ウィルソンが演じていたことだ。『冷血』(1967)の、『さすらいの大空』(1969)の、『傷だらけの挽歌』(1971)の、『トゥインクル・トゥインクル・キラー・カーン』(1980)の、あのウィルソンである。たとえ彼が何者か知らなくても、観客はその異様な迫力に圧倒されるだろう。そういうところにも有無を言わさぬ説得力を配置するあたり、実に巧い(映画オタクのパク・チャヌクはどう悔しがっただろうか?)。

 『グエムル』は現時点での韓国映画の力量を世界に知らしめる、新たなマイルストーンだ。ただ金がかかっているというだけではない。そこにはパワフルかつ巧みな映画演出があり、センスに富んだ見事なVFXがあり、役者陣の素晴らしい演技がある。総合的なプロデュース力が違うのだ。

 重い余韻を残す、しかし味わい深い結末も、ポン・ジュノらしい「韓流」メンタリティの意思表示だろう。よく言われる「ハリウッドでも通用する才能」という冠など、この監督にとっては小さな器でしかない。

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『2001人の狂宴』(2005)

『2001人の狂宴』
原題:2001 Maniacs(2005)

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 ハーシェル・ゴードン・ルイス監督の古典スプラッタ『2000人の狂人』(1964)の21世紀版リメイク。大して面白くありませんでした。努力してるのは分かるんですけど、ユーモア感覚がすでに間違っているので、単に尻軽なスプラッタ・コメディにしかなってません。「ヘビメタ好き」みたいな感覚って全然違うと思うんだけど、ちっとも直らないなあ……。

 肝心のスプラッタシーンも、勢いでバタバタッ!と強引に済まそうとするので興ざめ。H・G・ルイスの映画は、無意味に断面をだらだら映し続けたり、肉片をいじくったりするサービス精神が素晴らしいのに、それがない(まあ時代的にできないのかもしれないですけど)。こまかい悪趣味ギャグとかもやらなくていいのに。余計だから。あと音楽がダメ。殺した後に太鼓鳴らなきゃ。ディン、ドン、って。

 わざわざ暗いシーンは増感現像してへたっぴな質感を出そうとしてたり、無駄な努力の積み重ねもいじましいですが、だったらもっとイイ南部顔のエキストラを揃えたり、主人公たちの乗る車もボロっちくしたり、美術もぺたーっとした感じにしてくれればよかったのに。なんかみんな小綺麗なんですよね。まあ仕方ないんですけど、21世紀だし。でもルイス本人が撮った『ブラッド・フィースト/血の祝祭日2』(2002)の完璧さを思い出すと、「やっぱ本物には勝てねえ」って思っちゃいます。

 お祭り気分の映画なので、退屈しのぎにはいいんじゃないでしょうか。キャストの中では、カストラートみたいな声の猫殺し少年・ハックリビリー君を演じていたライアン・フレミングがよかったです(下写真の真ん中)。

真ん中がライアン君

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