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Simply Dead

映画の感想文。

2022年に面白かったもの

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 2022年もいろいろありましたが、湯浅政明監督の『犬王』ではプレス、パンフ、完全生産限定版Blu-rayのブックレットと一年通して携わらせていただきました。特にパンフレットは好評で、なんと3刷まで達成。映画の力はもちろん、デザインを手がけた芥陽子さんのパワーがものすごく大きかったと思います(Blu-rayのブックレットもすごいので是非!)。年が明けても各地で『犬王』の上映は続くようで、長く愛される作品の端っこに関わることができて嬉しかったです。未完成バージョンも含めて何度も観ていますが、いちばん感動したのは12月13日に行われたファン待望の発声OK応援上映だったかもしれません。

 今年は「これを押さえとかなきゃ」みたいな発想が年末になってもなかったので、例年ほど新作を観た本数は少ないと思います(忙しかったり、単純にお金がなかったり)。夏の間は「日本昭和トンデモVHS大全」の作業で、ひたすらVHSで旧作を見まくっていたので、その楽しさをいまだに引きずってるところもあります。なので、みんなが観ているものを逆に観てなかったりしますが、とりあえず印象に残った2022年公開・放映・配信作品を思いつくまま挙げていくと以下のような感じです。「あれが入ってない!」と思われるものは、大体観てないやつです。なかには2021年以前に観たものもあります。

犬王
マッドゴッド
MEN 同じ顔の男たち
リコリス・ピザ
古見さんは、コミュ症です。《第2期》(TV)
平家物語(TV)
チェンソーマン(TV)
ぼっち・ざ・ろっく!(TV)
モブサイコ100 III(TV)
ハウス・オブ・グッチ
時代革命
さがす
なまず
恋愛の抜けたロマンス
ウ・ヨンウ弁護士は天才肌(Netflix)
ハケンアニメ!
THE BATMAN-ザ・バットマン-
ベター・コール・ソウル《シーズン6》(Netflix)
異世界おじさん(TV)
エルヴィス
アネット
ギレルモ・デル・トロのピノッキオ(Netflix)
TITANE/チタン
ポゼッサー
よふかしのうた(TV)
ケイコ 目を澄ませて
フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊
七人樂隊
ピースメイカー(HBO Max)
シチリアを征服したクマ王国の物語
モガディシュ 脱出までの14日間
麻希のいる世界
無聲 The Silent Forest
ドント・ウォーリー・ダーリン
ゴーストバスターズ/アフターライフ
あたしゃ川尻こだまだよ ~デンジャラスライフハッカーのただれた生活~(TV)
マルケータ・ラザロヴァー
わたしは最悪。
ユンヒへ
ドライビング・バニー
ナイトメア・アリー
流浪の月
親愛なる同志たちへ
スティルウォーター
ウエスト・サイド・ストーリー
ひかり探して
奈落のマイホーム
ナルコの神(Netflix)
スプリガン(Netflix)
拾われた男(TV)
岡本太郎式特撮活劇 TAROMAN(TV)
ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ
ファイブ・デビルズ
四畳半タイムマシンブルース
人質 韓国トップスター誘拐事件
犯罪都市 THE ROUNDUP
女神の継承
ジ・オファー/ゴッドファーザーに賭けた男(TV)
殺人鬼との対談:ジョン・ウェイン・ゲイシーの場合(Netflix)
殺人鬼との対談:ジェフリー・ダーマーの場合(Netflix)
ベイビー・ブローカー
スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム
炎のデス・ポリス
グリーン・ナイト
ガンパウダー・ミルクシェイク
ソー:ラブ&サンダー
三姉妹
ポプテピピック TVアニメーション作品第二シリーズ(TV)
その着せ替え人形は恋をする(TV)
夏へのトンネル、さよならの出口
サマータイムレンダ(TV)
潜水艦クルスクの生存者たち
1950 水門橋決戦
キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性
とんでもカオス!:ウッドストック1999(Netflix)
ペプシよ、戦闘機はどこに?~景品キャンペーンと法廷バトル~(Netflix)
すずめの戸締まり
バズ・ライトイヤー

 『犬王』を除くと、いちばん感動したアニメーションは『古見さんは、コミュ症です。』第2期のエンディングかもしれません。演出は藤本航己。アニメーターとして近年『劇場版 呪術廻戦 0』『チェンソーマン』などでバッキバキに活躍されている方ですが、『古見さん』2期では演出家としての才能も強く感じました。

 作りとしては、主人公の古見さんと只野くんが通う高校の教室のようすを、定点カメラ映像のように見せる非常にシンプルなもの。春と冬、ふたつの季節で構成されていて、カット数としては2カットですが、大勢の登場人物が動き回る姿を同画面内で映し出すという、アニメーションとしてはかなり大変な内容です(しかも普通のモブシーンではなく、それぞれが個性とバックグラウンドをもつキャラクターとして動く)。作画はライブアクションを下敷きにしたロトスコープ風タッチで、それでいて作画枚数を抑えたリミテッドアニメ感があり、随所にデフォルメもきかせていて映像としても面白い仕上がりですが、何より良かったのは演出です。

 ふたつの季節でクラスメイトの関係性や人間性が大きく変化しているようすが、ちゃんと登場人物たちの個性をそれぞれ反映して描き込まれていて(しかも顔の表情を書略した動きだけで)、それまで古見さんたちのドラマを見守ってきたファンであればあるほど細部まで楽しく観られるように作られていることに、毎回じんわりと感動していました。個人的にちょっとしんどい時期に観ていたせいもあって、本当に生きる支えになっていた作品です。


▲『古見さんは、コミュ症です。』第2期エンディング、ノンテロップバージョン。FantasticYouth「小喋日和」に合わせてテロップが出るタイミングも芸術的かつ感動的なので、オンエア版のほうもぜひ観てほしいです。

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 で、来年以降の公開作、または公開に期待したい未公開作でオススメなのは、以下の作品群。こちらも順不同です。

別れる決心(2/17公開)
SHE SAID/シー・セッド その名を暴け(1/13公開)
カンフースタントマン 龍虎武師(1/6公開)
非常宣言(1/6公開)
The Witch/魔女 -増殖-(5/26公開)
モリコーネ 映画が恋した音楽家(1/13公開)
エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(3/3公開)
ワース 命の値段(2/23公開)
エッフェル塔 ~創造者の愛~(3/3公開)
オマージュ(3/10公開)
呪餐 悪魔の奴隷(2/17公開)
パーフェクト・ドライバー/成功確率100%の女(1/20公開)
ノースマン 導かれし復讐者(1/20公開)
VORTEX
Muru
Crimes of the Future
Leila's Brothers
Dream Palace
Peafowl
The Kingdom Exodus
神探大戦
消えゆく燈火

 行ってよかった!と思った映画館は、長野県の伊那旭座、京都府の舞鶴八千代館、いまごろ初めて行った柏のキネマ旬報シアター。3年ぶりに釜山国際映画祭に参加できたのも嬉しかったです。買ってよかったと思ったソフトは、ラフカット版も収録した『光る女』ニューマスター修復版Blu-ray、ようやくソフト化された『にっぽん三銃士 おさらば東京の巻』『にっぽん三銃士 博多帯しめ一本どっこの巻』DVD、またこんな新鮮な気持ちで観られるとは思わなかった高画質が眩しい『サンゲリア』4Kレストア版Blu-rayなど。本では関川夏央と色川武大のエッセイをひたすら読んでいたのと、友人たちの単著デビュー作『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』『読むと元気が出るスターの名言 ハリウッドスーパースター列伝』などが面白かったです。『チェンソーマン』『古見さん』の原作で火が点いて、マンガを読む量も増えました。

 最後に。映画ファンにとっては悲しいニュースが多かった年でもありましたが、マイク・ホッジス監督逝去(1932-2022)の報はひときわこたえました。このブログも元々はホッジス監督のファンサイトから派生したもので、いまでも世界一かっこいい映画監督だと思っています。少し先になりそうですが、本サイトの記事も更新しようと思います。それも含めて、2023年も何かしらやっていきたいと思ってますので、よろしくお願いします。
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2019年に面白かったもの

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 2019年は劇場長編アニメーションだけでベストテンが作れてしまうのでは?と思ったので、実写作品は抜きにして年間ベストを選ぶとするなら、以下のとおり。

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』
『海獣の子供』
『スパイダーマン:スパイダーバース』
『羅小黒戦記』
『チェリー・レイン7番地』(東京国際映画祭にて上映)
『音楽』(2020年1月11日公開)
『都市投影劇画 ホライズンブルー』
『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』
『きみと、波にのれたら』
『アヴリルと奇妙な世界』

 なんと、これだけ挙げても『トイ・ストーリー4』『ディリリとパリの時間旅行』『プロメア』『天気の子』『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形-』『幸福路のチー』『空の青さを知る人よ』といった見応えある傑作・快作が溢れてしまうのだから、いかに今年はアニメーション豊作の年だったかということ。とはいえ、数が多かったぶん残念な作品もけっこうありましたが……。

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 実写作品でベストテンに入れたいくらい面白かったのは、以下のとおり。2020年1月発売の『映画秘宝』ベスト&トホホ号にて、悩みに悩んで決めた順位を発表しております。ちなみに大晦日に駆け込みで観た『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は入っておりません。

『アイリッシュマン』
『アベンジャーズ/エンドゲーム』
『アマン』(カナザワ映画祭2019「大怪談大会」にて上映)
『アメリカン・アニマルズ』
『We Have Always Lived In The Castle』(プチョン国際ファンタスティック映画祭にて上映)
『ウトヤ島、7月22日』
『ウルフズ・コール』(フランス映画祭にて上映)
『Extra Ordinary』(プチョン国際ファンタスティック映画祭にて上映)
『エクストリーム・ジョブ』(2020年1月3日公開)
『エンテベ空港の7日間』
『オーヴァーロード』
『家族を想うとき』
『ガルヴェストン』
『感染家族』
『記者たち 衝撃と畏怖の真実』
『GANG』(釜山国際映画祭にて上映)
『キング・コーエン』(カナザワ映画祭2019「大怪談大会」にて上映)
『グリーンブック』
『グレタ GRETA』
『コンフェッション・キラー:疑惑の自供』(ドキュメンタリーシリーズ/Netflix)
『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』(ドキュメンタリーシリーズ/Netflix)
『ザ・テキサス・レンジャーズ』
『サバハ』
『ザ・フォーリナー/復讐者』
『Savage』(釜山国際映画祭にて上映)
『さらば愛しきアウトロー』
『The Lodge』(プチョン国際ファンタスティック映画祭にて上映)
『The Art of Self-defense』(プチョン国際ファンタスティック映画祭にて上映)
『G殺』(大阪アジアン映画祭にて上映)
『ジャスト6.5』(東京国際映画祭にて上映)
『SHADOW/影武者』
『シュヴァルの理想宮/ある郵便配達員の夢』
『ジュマンジ:ネクスト・レベル』
『少女は夜明けに夢をみる』
『ジョジョ・ラビット』(2020年1月17日公開)
『ジョン・デロリアン』
『スピード・スクワッド/ひき逃げ専門捜査班』
『全裸監督』(ドラマシリーズ/Netflix)
『ダンボ』
『鉄道運転士の花束』
『Dragged Across Concrete』
『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』(2020年1月31日公開)
『なまず』(大阪アジアン映画祭にて上映)
『ニーナ・ウー』(釜山国際映画祭/東京フィルメックスにて上映)
『ネバーランドにさよならを』(ドキュメンタリーシリーズ/Netflix)
『バイス』
『ハイ・フォン』
『ハッピー・デス・デイ』
『ハッピー・デス・デイ2U』
『パドマーワト 女神の誕生』
『パラサイト 半地下の家族』
『バンブルビー』
『羊とオオカミの恋と殺人』
『ヒンディー・ミディアム』
『ひとつの太陽』(2020年1月24日、Netflixにて配信予定)
『フォードvsフェラーリ』(2020年1月10日公開)
『ブラインドスポッティング』
『ブラック・クランズマン』
『フリーソロ』
『フリードキン・アンカット』
『ボーダー 二つの世界』
『ホームステイ ボクと僕の100日間』
『ホテル・ムンバイ』
『Volare』(釜山国際映画祭にて上映)
『マインドハンター《シーズン2》』(ドラマシリーズ/Netflix)
『マーウェン』
『マザーレス・ブルックリン』(2020年1月10日公開)
『マリッジ・ストーリー』
『ミスター・ガラス』
『MOPE』(プチョン国際ファンタスティック映画祭にて上映)
『ラスト・ムービースター』
『ラ・ヨローナ伝説』(東京国際映画祭にて上映)
『リトル・フォレスト 春夏秋冬』
『淪落の人』(2020年2月1日公開)
『ルチアの恩寵』(イタリア映画祭にて上映)
『ルディ・レイ・ムーア』
『LEGOムービー2』
『レ・ミゼラブル』(2020年2月28日公開)
『Roam Rome Mein』(釜山国際映画祭にて上映)
『ワイルドライフ』
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』


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 2019年の『映画秘宝』本誌では『ハイ・フォン』レ・ヴァン・キエ監督、『なまず』イ・オクソプ監督、『天国でまた会おう』アルベール・デュポンテル監督、『海獣の子供』渡辺歩監督、『きみと、波にのれたら』湯浅政明監督、『ホームステイ ボクと僕の100日間』パークプム・ウォンプム監督、『アナと世界の終わり』ジョン・マクフェイル監督、『惡の華』原作・押見修造さん、『エンテベ空港の7日間』ジョゼ・パジーリャ監督、『エクストリーム・ジョブ』イ・ビョンホン監督に取材。「吹替秘宝」では堀内賢雄さん、多田野曜平さん、宮内敦士さん&安原義人さんにインタビューする機会に恵まれました。さらに『CLIMAX クライマックス』ギャスパー・ノエ監督&塚本晋也監督、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』片渕須直監督&町山智浩さんの対談まとめも担当。本誌以外にも『別冊映画秘宝 サスペリア マガジン』『別冊映画秘宝 決定版ゾンビ究極読本』に参加できて楽しかったです。

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 また、本ブログで微力ながら応援させていただいた『死霊の罠』Blu-ray化クラウドファンディング企画が実現し、ブックレットの関係者インタビュー(『死霊の罠』特殊メイク・若狭新一さん、『死霊の罠2 ヒデキ』監督・橋本以蔵さん&脚本・小中千昭さん)を担当できたことも嬉しかったです。東宝ステラさんに声をかけてもらった『海獣の子供』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『空の青さを知る人よ』のパンフレットの仕事も、大変でしたが忘れがたい思い出になりました。インタビューを担当した「公式ビジュアルストーリーBook 海獣の子供」も読んでもらえると嬉しいです。

 突然の『映画秘宝』休刊の報に揺れているさなかではありますが、悲しんでばかりもいられないので、とにかくやることはやっていきます(ちなみに休刊になったこと自体は「時代の流れ」とは全然関係ありません)。いろいろありますが、2020年もよろしくお願いいたします!

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おかあさんがいっしょ。『死霊の罠』と『ハサミ男』

『死霊の罠』ブルーレイ化クラウドファンディング
達成記念企画(あとづけ)

おかあさんがいっしょ。
『死霊の罠』と『ハサミ男』


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「この子は、体も病んでいるが心がもっとやられている。火傷のように爛れているんだ」

 あの眼光。鬼気迫る表情。映画ファンなら誰もが『赤ひげ』(65年)の二木てるみに圧倒されたはずだ。狂気に満ちた眼差しで床を磨き続ける天涯孤独の少女、おとよ。上のセリフは、三船敏郎演じる赤ひげが見習いの保本(加山雄三)を担当医として任命し、鼓舞するときの言葉だ。『死霊の罠』(88年)米国盤DVDのオーディオコメンタリーでも、池田敏春監督は二木てるみを紹介するときに『赤ひげ』を代表作として挙げていた。

 もし、おとよが岡場所から救出されず、あのまま狂気を育み続けていたら、どうなっていただろうか?

 『死霊の罠』で二木てるみが演じたのは、謎の殺人者ヒデキの母の声。冒頭とクライマックス近くで聞こえる「ヒデキちゃーん」という呼び声は、どこにでもいる普通の母親のそれだ。子供の秘めた邪気や悪意など、まるで疑っていないような母の声。だからこそ不気味さはいや増す。彼女はヒデキの闇を知らなかったのだろうか?

 そして16年後、二木てるみは再び池田敏春作品で「殺人者の母親」を演じることになる。

【注:映画『ハサミ男』の核心部に触れていますので、未見の方はご注意ください】

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 池田敏春監督が飽くことなく描いてきた「二面性」というモチーフ。『魔性の香り』(85年)の哀しきヒロイン・秋子、『ちぎれた愛の殺人』(93年)の妻と同化する男・村木、そして『死霊の罠』のヒデキと大輔。殊能将之の同名小説を映画化した『ハサミ男』(04年)はそのひとつの到達点と言えよう。それまでの池田作品では謎めく存在として配置してきた多重人格者を、ここではついに堂々の主人公として、語り部として、共感をさそう者として、さらには救われるべき者として描いている。

 原作小説のファンにはあまり評判のよくない映画化であり、その理由もわかる。原作が持つミステリ小説としての醍醐味、巧みなミスリードがもたらす衝撃とカタルシスは、この映画版においては早々に放棄されるからだ(映像化のアイデアとしては秀逸だと思うが、たぶん本当の問題はそこではない。詳しくは後述)。人格が分離していることを明白に可視化した「彼女と彼」を主人公として、物語は展開していく。

 原作では別人格が現れるタイミングにはあるパターンがあるが、映画版は「2人」でいることが常態化しているため、一種のバディものに振っている。自殺願望と殺人衝動に取りつかれた異常に自己評価の低い女性(麻生久美子)と、知的で能弁、飄々として常に偉そうなメンター兼サポーター人格(豊川悦司)の凸凹探偵コンビ。豊川演じる「彼」は、原作における「医師」とはだいぶ人物造形も異なるが、どこにでもくっついてくる“口の悪い探偵助手”として、それはそれで魅力的なサイドキック・キャラになっている。池田監督いわく、喋り方は相米慎二をモデルにしたそうだ。どこへ行くにも常に一緒の2人が、周囲に違和感をまきちらしながら事件を解明していくという、キャラクターものとしての舵の切り方は功を奏していると思う。『死霊の罠』のヒデキと大輔の日常も、こんなふうにポップに描いたらどうなるか?なんて夢想してしまう。

 映画独自のアレンジとして、「彼女」と会話していた者が「彼」の声を耳にして、不気味がるというくだりがある。ここで即座に思い出すのが、『死霊の罠』の終盤、ヒデキと大輔の“会話”を名美(小野みゆき)が盗み聞きするシーンだ。サイコな人物の内面が漏れ出て外部の人間にも影響を及ぼす、ほんの少し条理を超えた映画のマジックも池田作品のトレードマークである。

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 作品全体のタッチは、原作のクールな一人称文体を反映して、池田敏春作品としては珍しいほど温度が低く、淡々として、冷笑的だ。それでいてテンポは速い。捜査に奔走しながら見当違いの方向へ突っ走っていく刑事たちのパートは、監督も「テレビの刑事ものを意識した」とメイキングで語っているが、フィクショナルな感触が強調されるぶん「茶番」感もいや増している。それに拍車をかけるのが、オールアフレコという手法だ。

 池田監督がロマンポルノ時代から親しんできたアフレコという手法は、本作においては単なる経済的事情以上に、作品全体に漂う虚構性、非現実的な作り物っぽさを増強するために機能している(ちなみに『死霊の罠』もオールアフレコだし、『赤ひげ』の岡場所での乱闘シーンも、見事なまでに音が整理されたアフレコ処理で作られている)。ただ本作の場合、その狙いが誤解され、額面どおり「チープでわざとらしい」演出と受け取られているフシはある。

 池田監督は、おそらく音づくりに関しては同録の生々しい音より、夾雑物の少ないフィクショナルな音響設計のほうを好んだのではないか。そういう部分でも『ハサミ男』は池田監督の実験意欲がひときわ強く感じられる作品である。「不自然」であることが、むしろ歓迎されるのだから。

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 メインストーリーの女子高生殺人事件が解決したあと、映画では原作にないオリジナルパート=最終幕が20分近くも続く。ここで登場するのが、二木てるみ演じる「彼女」の母親である。我が子の罪を知らない、のんきな母親。二木は『死霊の罠』、『鍵』(97年)に続いて3本目の池田作品への参加となる。『がんばれ!! タブチくん!!』(79年)などで声優経験もあり、アフレコ慣れしている二木の達者なセリフ回しが、ゾクゾクするほど違和感を際立たせる。

 本作の違和感、不自然さがピークに達するのが、「彼女」のトラウマとなった父親の死の回想シーンだ。バカバカしければバカバカしいほど良い、とでも言いたげな安っぽい合成処理の飛び降り映像。普通に映画を観ていたら終盤で急に投げやりになった……みたいな印象すら抱きかねないだろう。でも、あの描写にこそ池田敏春という人の凄みを感じてしまうのは、気のせいだろうか。父親の死にわざとらしく居合わせる女子高生姿の「彼女」。わざとらしくそこに駆けつける母親。おそらく複数の時制が混濁した、事実と異なる記憶の再生。そこには「人は記憶を改竄する生き物だ」という強い意識を感じるし、もっと言えば「トラウマなるもの」に対する不信感が伝わってくるような冷たさがある。

 そうなると、『死霊の罠』のあのテープの声も怪しく思えてくる。あれは本当に「ヒデキの母」の声なのだろうか? ヒデキ(大輔)の作り上げた記憶のなかにある母のセリフを読まされている、赤の他人の声なのではないだろうか?

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 原作では素早く切り上げられる「彼女」と「父親」のドラマを、池田監督は独自の脚色でたっぷりと掘り下げ、殺人衝動の根源たるコンプレックスからの解放を丹念に描いていく。それは、原作ファンにとっては受け入れがたい部分でもあるだろう。それでも、このエピローグは感動的だ。少女たちを殺して回る殺人鬼よりも、「彼女」に寂しい思いをさせた父親の自殺のほうをこそ、この映画では罪深いものとして描く。希死念慮に憑かれた主人公の内面世界を、そして彼女が救済を得るまでのプロセスをひたすら丹念に真摯に描くことは、もしかしたらセルフセラピー的な意味もあったのかもしれない。

 池田監督は原作者に映画化のオファーをしたとき、『シックス・センス』(99年)を引き合いに出したという。それは終盤のどんでん返しからの連想ではなく、おそらく池田監督のなかで『シックス・センス』が歳の離れた凸凹探偵コンビを描いたバディものであり、なおかつ疑似親子ものであるという認識があったからではないか。池田監督にとって『ハサミ男』は、ずっと「父と娘」のドラマだったのだ。

 ここまでシリアルキラーの心情にやさしく寄り添った映画も、なかなかないだろう。もし「もうひとりの自分(またはイマジナリーフレンド)とお別れする名場面ベストテン」みたいなランキングがあるなら、個人的には『ファイト・クラブ』(99年)や『氷の接吻』(99年)や『キャスト・アウェイ』(00年)などと一緒に、本作の屋上のシーンはけっこう上位に入れたい。真犯人が社会的制裁なしに救いを得て幕を下ろすエンディングを、原作の切れ味とはまた違った繊細さで描いてみせるのも、池田監督らしくて痛快だ。

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 そして、本作にはもうひとりの「母親」が登場する。殺された女子高生、樽宮由紀子の母・とし恵だ。娘とは不仲の冷たい母親というイメージで語られる彼女を演じるのが、『死霊の罠』の名美こと、小野みゆきである。かつてヒデキたちが母の面影を重ねたヒロインの、16年ぶりの池田作品への帰還となった。出番は多くないが、「真実は見たとおりとは限らない」という本作のサブテーマを体現する人物であり、主人公の心を強く揺さぶる重要なキャラクターを好演している。池田監督がこの役を彼女に託したことに、ちょっと感動する。

 監督自ら「持てる技術の集大成」と語った『ハサミ男』には、それまで池田作品を支えてきたキャスト・スタッフが集結。常連俳優の清水宏や広岡由里子、プロデューサーの渡辺敦、共同脚本の香川まさひと、撮影の田口晴久、音楽の本多俊之ほか、池田作品ゆかりの人々が多数、名を連ねている。企画立案から撮影に至るまで、さらに完成から劇場公開されるまでも時間がかかり、都内ではお台場のシネマメディアージュでの単館公開という不遇な扱いを受けた作品だが、改めて再評価されるべきではないだろうか。特に『死霊の罠』とは、セットで(殺人者側から)観直してほしい一作だ。


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https://motion-gallery.net/projects/cinema_donuts-001

『ハサミ男』 2004/119分/メディアボックス配給/DVD:東宝
製作/東宝、東北新社、広美
企画/藤原正道、瀬崎巌、岡田真澄
エグゼクティブプロデューサー/斎春雄、渡辺英一
プロデューサー/釜秀樹、林哲次、渡辺敦
原作/殊能将之
監督/池田敏春
脚本/池田敏春、香川まさひと
音楽/本多俊之
ラインプロデューサー/大里俊博
撮影/田口晴久
照明/斉藤志伸
美術/西村徹
編集/大畑英亮
録音/神保小四郎
整音/山本逸美
脚本協力/長谷川和彦、山口セツ、相米慎二
出演/豊川悦司、麻生久美子、斉藤歩、樋口浩二、石丸謙二郎、清水宏、永倉大輔、菅原大吉、小池章之、阪田瑞穂、小野みゆき、柄本佑、外波山文明、蛍雪次朗、広岡由里子、三輪明日美、二木てるみ、寺田農、阿部寛
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