Simply Dead

映画の感想文。

近況(仕事してました)

 ハイ、ごぶんさたしております。このところ全く更新が滞っておりまして、誠に申し訳ありませんでした。なぜ放置状態になっていたのかというと、ものすごく仕事が忙しかったからです(つまんない理由ですみません)。もう少ししたら余裕が持てると思いますので、今しばらくお待ちください。欲しいDVDリストも、まとめてやります。

 さて、一体何をやっていたかと申しますと、12月中旬に発売される「PLUS MADHOUSE 04 りんたろう」(キネマ旬報社刊)という本の編集作業に携わっておりました(まだ絶賛作業中なんですが)。そのキャリアがそのまま日本アニメ史の歩みと重なる、巨匠・りんたろう監督の特集本です。監督ご本人が少年時代から現在までを語り明かした「ロングインタビュー」、監督ゆかりの方々に貴重なお話をうかがった「関係者コメント」、そして「主要作品解説」「完全プロフィールデータ」「スペシャルコラム」などを掲載。はっきり言って、とてつもなく面白い本になります。日本の映画史・映像文化史に少しでも興味のある方なら、ぜひ読んでいただきたい一冊です。発売日等、いろいろ確定しましたら改めてご紹介します。お楽しみに。

▼同シリーズ「PLUS MADHOUSE 02 川尻善昭」も発売中!
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 来る12月23日からは、りん監督の最新作『よなよなペンギン』が全国劇場にて公開。それに先立ち、12月5日に池袋・新文芸坐にてオールナイトイベント「新文芸坐×アニメスタイル セレクション Vol.4 マッドハウス・マニアックス」が開催されます。上映作品は、りん監督の『カムイの剣』『X』、そして平田敏夫監督の『ボビーに首ったけ』『グリム童話 金の鳥』の4本。スクリーンにかかる機会が少ない作品ばかりなので、この機を逃すと次はないかも? という貴重な上映です。

 『カムイの剣』は、角川春樹プロデュースによる時代劇アクション大河ロマンの傑作。真田広之の好演、『AKIRA』に決定的影響を及ぼした宇崎竜童+林英哲の音楽も最高です。『X』は上映時間98分の間に、人体も都市も可能な限りデストロイ! という痛快至極な一編。平田監督の『ボビー』『金の鳥』も瑞々しさ溢れる秀作なので、未見の方はぜひ。トークゲストとして、りんたろう監督、平田敏夫監督が来場予定。チケットは新文芸坐チケットぴあにて発売中です(前売2300円、当日2500円)。

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 そんな中、クエンティン・タランティーノ監督の新作『イングロリアス・バスターズ』がいよいよ全国劇場にて封切られましたが、時同じくして「別冊映画秘宝『イングロリアス・バスターズ』映画大作戦!」も洋泉社様より絶賛発売中であります。そこになんと、わたくし、ライターとして参加しておるのでございます(なんだこの口調)。お題はレニ・リーフェンシュタール監督のナチ・プロパガンダ映画『意志の勝利』。ついに憧れの秘宝デビュー! というプレッシャーの中でビビりまくりつつ、夏に書いた『意志の勝利』劇場パンフ用の原稿とは全然違うものを書こうと意気込んでたんですが、気合いを入れすぎて方向性を見失い、すったもんだの挙句にさして変わり映えしない内容に……鳴呼……。しかし、こんな栄誉ある機会を与えていただき、自分の非力はさておいて、感謝しております。

 ぼくの原稿なんざ読み飛ばしてしまってかまいませんが、この本が映画ファン必携の超弩級の一冊であることは火を見るより明らかです。町山智浩さんによる大ボリュームの関係者インタビューを始め、錚々たる執筆陣の超重量級テキストが満載。最高に楽しい本なので、ぜひお買い上げください!

 来年発売の「TRASH-UP!! vol.5」の準備もすでに始まっております。無間地獄という言葉が脳裏をよぎりますが、それが人生ってもんでしょう。ではまた!

『凶悪犯』(1966)

『凶悪犯』
原題:Brigade Anti-Gangs(1966)

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 フランス犯罪小説の大家、オーギュスト・ル・ブルトンが原作・脚色を手がけた犯罪アクションスリラー。監督は『情報は俺が貰った』(1959)や『アンジェリク』シリーズのベルナール・ボルドリー。パッケージに「男の美学を追究したフィルムノワールの傑作」みたいな事が書いてあったから、渋めの映画なのかと思ったら全然違った。オープニングでミシェル・マーニュ作曲のやけにアッパーなテーマが流れた時点で「ん?」と思ったけど、とにかくサービス満点の娯楽作で、それはそれで非常に面白かった。

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〈おはなし〉
 白昼、パリ市内で銀行強盗事件が発生。かねてより強盗団をマークしていたル・ゴフ警部(ロベール・オッセン)率いる刑事たちは、激しい銃撃戦の末、犯人グループの逃走を許してしまう。数時間後、レストラン経営者サルテ(レイモン・ペルグラン)が重要参考人として連行される。その時、サルテは愛娘のマルティーヌ(キャロル・ルベル)に、銀行から奪った金の隠し場所をそっと耳打ちした。父親が本当にギャングだと知り、ショックを受けるマルティーヌ。その夜、彼女は元アイドルの恋人アップル(ピエール・クレマンティ)と共に、金の入ったスーツケースを取りに行く。そこには大量の銃も入っていた。

 アップルは大金と豊富な武器に目がくらみ、再び一花咲かせようと、仲間たちを引き連れて警察襲撃を企む。マルティーヌの父親を権力の犬どもから奪い返すのだ。若者たちはサルテが拘留されている警察署に乗り込み、壮絶な修羅場を繰り広げる。銃弾が雨と降り、おびただしい血が流れる。結局、サルテの奪還は失敗に終わり、アップル一味はなんとか逃げ出すが、警官殺しの現行犯という決定的な罪を背負ってしまう。サルテの正体もバレてしまった。が、アップルは次にサッカー場へ向かい、ル・ゴフ警部の弟で国民的サッカー選手のジョビック(ガブリエレ・ティンティ)を誘拐。サルテの釈放を要求するが……。

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 ル・ブルトン、ボルドリー、そしてフランシス・コーヌが共作したシナリオは、ノワール的なストイシズムや硬質さとは正反対ながら、なかなかの逸品。犯罪スリラー、刑事アクション、ラブストーリー、ファミリードラマ、さらにヌーヴェル・ヴァーグ調の無軌道な青春群像劇など、さまざまな要素がごった煮状態で詰め込まれ、あの手この手で次から次へと新展開がたたみかけられるので、観ている間まったく退屈しない。ピンボール的に連鎖していく人間関係も面白く、ご都合主義的なところもスピーディーな語り口で乗り切ってしまう。

 犯罪アクション映画としての視覚的な見せ場も多い。特に、呆気にとられるほど無鉄砲な警察署襲撃シーンは、ちょっと昔の映画とは思えないくらいアナーキーな興奮に満ちている。クライマックスの人質交換シーンにおけるスリルも相当なものだ。警察ものとしては『七人の刑事』風というか、日本の古き良き刑事ドラマにも通じるムードもある。昔気質の冷酷なギャングと若いチンピラ集団との対比、両者が交錯するところに流れる緊張感は、『いつかギラギラする日』(1992)も思い出させた。

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 登場人物もそれぞれ魅力的。特に、元イエイエのアイドルで、かつての栄光が忘れられず、ふとしたきっかけで凶行に走っていく青年アップルの無軌道ぶりと安っぽい悲哀がいい。こういう現代的なキャラクターを、クラシカルな犯罪映画の枠の中に突っ込んで、お手軽に新味を加えてみようという非常に分かりやすい魂胆ながら、本作の場合はそれがうまくいっている。

 主演は『傷だらけの用心棒』(1968)のロベール・オッセン。いわゆる「デカ長」的な役柄で、ひたすら渋い存在感を醸し出しているが、『夜の放蕩者』(1969)とか変な映画にもよく出ている人である。アップル役に扮したピエール・クレマンティの個性と好演も印象に残る。娘思いの父親と非情なギャングという二面性を持つレイモン・ペルグランの酷薄な感じもナイス。キャロル・ルベルをはじめ女優陣も綺麗どころが揃っていて、目に楽しい。また、おとぼけキャラ的な刑事役で、ルイ・ド・フュネス主演の喜劇映画や『サブウェイ』(1985)などでおなじみのミシェル・ガラブリューが登場するのだが、映画が始まって10分程度でいきなり殉職してしまう。ただの顔見せだったのか……。

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 ジャン=ピエール・メルヴィル作品みたいな、いぶし銀の魅力で迫るフィルムノワールを期待すると、あまりのゴラク味に胸焼けするかもしれない。でも、こういうなりふり構わないエンタテインメントが、フランス映画にも昔からちゃんとあったことは、年に一回ぐらい思い出しておきたい。なかなかの拾い物だった。

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『夜と霧』(2009)

『夜と霧』
原題:天水圍的夜與霧(2009)
英語題:Night and Fog

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 凄まじい傑作。香港で実際に起きた一家無理心中事件を題材に、ある平凡な家族が破滅へと至るまでの物語を、克明かつドラマティックに描ききった力作。理解しがたい現実の惨劇を、真正面からエモーショナルな人間ドラマとして解体しようと試みる骨太さに、アン・ホイ監督の底力を見る思いがした。劇場デビュー作『シークレット』(1979)にも通じる鮮烈な恐怖を誘う描写も多々あり、随所に冴え渡るシャープな演出技巧にも目を見張らされた。

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〈おはなし〉
 舞台は低所得者層が多く暮らす香港郊外の住宅地・天水圜。中国四川省の田舎に生まれ、出稼ぎ先の深圳で出会った香港人の夫と結婚したヒウリン(チャン・ジンチュー)は、双子の娘たちと一家4人で天水圜の高層団地に暮らしている。彼女が飲食店のウェイトレスとして目まぐるしく働く一方、失業中の夫・サム(サイモン・ヤム)は生活保護をあてにして働こうとしない。近所の川で釣りをしたり、前妻との間にできた息子に金を無心したりする毎日だ。

 ヒウリンは家庭を持ったことで男に依存していた過去から脱皮し、自立心に目覚め、日々疲労困憊しながらも逞しく家庭を支えている。そんな彼女を前に、すっかり落ちぶれた夫はプライドを傷つけられ、やがて精神の均衡を崩していく。度重なる家庭内暴力の末、ついにヒウリンは娘たちを連れてDV被害者の施設に駆け込む。つかの間の安息を覚える彼女だったが、それで悪夢が終わったわけではなかった……。

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 『夜と霧』は一家心中事件を伝える生々しいニュース映像から始まり、警察署で行なわれる関係者たちの証言とともに、在りし日の一家の姿が綴られていく。穏やかで幸福な日々もあったのに、なぜ彼らは悲惨な最期を迎えることになったのか。誰かが救うこともできたはずなのに、なぜ妻と娘たちは夫に惨殺されなければならなかったのか。その過程を見つめるアン・ホイの演出は、冷徹なようで、温かなヒューマニズムが静かに脈打っている。彼らの命を救えなかった司法や行政への怒り・批判をこめながら、つとめて主人公たちと同じ地平に立ち、寄り添うように事件を見直していく。その語り口は諦観と不安を湛えながら、同時にとても優しい。登場人物もそれぞれが血の通ったキャラクターとして描かれ、脇役に至るまで非常に魅力的だ。傷ついた者同士が絆を紡いでいく中盤以降のドラマはとても感動的で、それゆえに、冒頭で示された非情な結末が観客の心に重くのしかかる。

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 近年流行のセミドキュメンタリータッチなどで、いくらでも突き放した目線で描くこともできた題材を、アン・ホイはセンチメンタルな情感と、鬼気迫る戦慄に満ちた素晴らしい劇映画として完成させた。その映画人としての肝の据わり方には、胸を打たれずにいられない。

 少しずつ遡っていく時間のなかで、男女の社会的立場が変化していくさまも巧みに映しだされる。激動する中国/香港の様相と並行するように。そこにはまた、失業、貧困、そして大陸出身者への差別問題など、さまざまな社会の病巣が透けて見える。社会派監督の面目躍如たる見事な筆致だ。それでいて、あくまでヒロインを中心とした家族のドラマ、男と女の悲劇的な愛憎のクロニクルとしての骨格は崩さない。そのバランス感覚が、本作を成功に導いた大きな要因ではないだろうか。

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 殺伐としたテーマながら、アン・ホイは人間的な温もりを感じさせる描写を随所に配し、決して冷淡で重苦しいだけの作品にはしていない。普段はろくでなしの父親が娘たちと無邪気にじゃれ合う姿など、ユーモラスで微笑ましい場面もたくさんある(約束された悲劇に向けて、同時に感じる痛みもだんだんと増していくのだが)。また、ヒロインがDV被害者の施設で、同じ問題を抱えた女性たちと交流を持つシークェンスもいい。腕っぷしの強そうな姐御肌の女性や、狂人扱いされているてんかん持ちの女性など、ひとりひとりのキャラクターの見せ方がすこぶる巧いのだ。

 そして、映画の後半でじっくりと描かれる、ヒロインの実家でのエピソードも、物語に深みと広がりを与えている。結婚したばかりのヒロインと夫を囲むささやかな祝宴のシーンには、アン・ホイ監督がこだわり続ける「家族」と「世代」と「現代中国史」に対する強い思い入れが窺える。

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 もうひとつ特筆すべきなのが、随所に張り巡らされた恐怖と戦慄。例えば、前半でヒロインが同じ団地の住人と絡むシーンでは、ほとんど相手の顔が映されない。つまり団地内における彼女の周囲の人間関係がいかに希薄だったか、というようなことを示唆する描写なのだが、その撮り方自体が異様な不安を誘うのだ。これはまさに、デビュー当時のアン・ホイの特徴だった演出スタイルである。先述の『シークレット』、あるいは本作とともに東京国際映画祭で上映されたTVディレクター時代の作品群にも、同じように「得も言われぬ不安」を表現する描写に、突出した才気が見られた。『夜と霧』では、他にもサイモン・ヤム演じる夫の狂気に満ちた表情や、袋に入れられた犬など、忘れがたい不穏なイメージが多く登場する。

 また、同様にダークなユーモアも強烈なインパクトを残す。特に凄いのは、夫の暴力に耐えかねて実家に電話したヒロインに、母親が放つ言葉と、それを横で聞いている親父の反応。こんな鬼のような場面を、まったく平静なトーンを保ったままギャグとして差し挟める監督は、アン・ホイぐらいではないだろうか。やはり、肝の据わり方が違う。

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 その健気さゆえに悲運の最期を迎える薄幸のヒロイン役、チャン・ジンチューの熱演が素晴らしい。清楚で儚げな美しさと、生活に疲れた兼業主婦のリアルな表情が、ちゃんと両立できている。これは得難い才能だと思う。まあ、地獄のような日々を送っているDV被害者という設定にしては、あまりにも「映画的」に美人すぎるという声もあるだろう。しかし、この陰惨で生々しい物語を、映画というファンタジーとして受け入れられるのは、彼女の透明感のある美しさと愛らしい表情あってこそのもの。実際、この映画を観た誰もが、彼女のことを好きになってしまうのではないだろうか。

▼アン・ホイ監督(左)とサイモン・ヤム
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 狂気にとり憑かれていく夫を演じるサイモン・ヤムの怪演も圧巻だ。昔からキレた暴力男を演じさせると絶品だが、本作は紛れもなく彼のベストアクトだろう。この恐ろしいキャラクターを「共感」をもって描こうとするアン・ホイの視線にも驚かされる。貧すれば鈍する、いわゆる「激安人間」の最悪のパターンとして登場しながらも、彼を単に説明不能な“怪物”としては描かず、むしろ狂気に陥っていく彼の不幸と人間的な弱さに迫っていくのだ。もちろん、暴力的なマッチョイズムや古くさい女性観に鋭い諷刺の目も向けながら、男として去勢されていく者の焦燥、崩壊する香港男性のアイデンティティをも、等しく理解しうるものとして見つめていく。それは、負のサイクルに絡めとられた者たちへの慈しみとでもいうべきか。山岸涼子が津山三十人殺し事件を題材に描いた傑作漫画『負の暗示』のスタンスにも近いものを感じた。

 他にも、施設で友人となるシウレイ役のジャクリーン・ロウ、隣室の住人役のエイミー・チュムなど、脇を固めるキャストの演技も印象深い。双子の娘を演じた姉妹も、素晴らしい演技を見せている。

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 この『夜と霧』の前に、アン・ホイ監督は同じく天水圜を舞台にしたヒューマンドラマの小品『生きていく日々(天水圍的日與夜)』(2008)を撮っている。元々、企画としては『夜と霧』の方が先に進行していたが、題材が題材だけに資金集めが難航。最終的にバリー・ウォンがプロデューサーとして援助してくれることになったが、「いきなり重い話じゃアレだから、先に軽いやつも撮ってよ」みたいな話になり、数年前に教え子の学生が持ち込んだシナリオを元に『生きていく日々』を低予算で製作。それが興行的にも批評的にも大成功を収めたので、満を持して『夜と霧』に取り掛かったという経緯があるらしい。アン・ホイにとってはまさに入魂の一作であり、実際、『夜と霧』は彼女の最高傑作と言ってもいいフィルムに仕上がっている。ぜひ日本でも正式に劇場公開してほしい。


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